09.アピールしたいらしい
あたしは学院が『クッキー焼き大会』をする話をデイブに連絡したのだけれど、そのついでで聞き捨てならない話を知ってしまった。
「王宮からの食事会のお誘いってどういう話よ?」
「ん? そのまんまの話だが、お嬢は参加したかったか?」
こともなげにデイブは言ってのけるけれど、何となく言葉の端々にあたしを引っ掛けようと企んでいる感じがした。
「それに答える前に、どういう経緯なのかもうちょっと説明してよ」
「なんだよ詰まんねえな。お嬢なら『絶対参加するわ!』とかいきなり言い出すとか思ってたんだが」
デイブのやつめ、あたしの声色を真似ようとしやがったぞ。
「…………」
「はいはい、説明するぜ。つってもお嬢が知ってる通り、ローズ様の快気祝い関連の動きさ。貴族連中も招待して、今週の闇曜日に王宮で食事会をやるんだとよ」
「ゲッ、貴族?」
そういうことならノーサンキューである。
食事会のマナーとかめんどくさそうだし、どんな格好をしていけばいいのやら。
でも学院の生徒なら、制服を着ていくっていう手はあるか。
「ほらな、そういう反応になると思ったんだ。まあ、お嬢の反応はともかく、貴族の集まりに顔を出すのは面倒ごとの切っ掛けづくりになりかねねえ。おれとしても全力で断った」
「ふーん……。幾つか気になることはあるけど、そもそも断っても大丈夫だったの?」
マナー的な話をするなら、王宮からの食事会のお誘いはディンラント王家からのご指名な気がする。
いくら月輪旅団が独立独歩の立場を貫く傭兵団といっても、不敬だと言われて糾弾される道もあり得るんじゃないだろうか。
「今回は言い訳が立つうえに、王家が配慮してくれたのさ」
「言い訳? あと配慮って?」
「言い訳ってのは、そもそもおれらはお嬢のお手伝いでハイキングしただけだ」
「あくまでもハイキングって言い張るのね」
たしかにサンドイッチは美味しかったんだよな。
「あんなヌルい状況なんざハイキングだろ。レディ・ティルグレースが居たのが決定的だった」
「ああ、それは確かにそうね」
シンディ様の魔法が炸裂した関係で、あたし達の仕事はあまり無かったと言っていい。
いちおう捕獲作戦の案出しを、現地で多少は手伝ったけれども。
あとは別班では、月輪旅団のみんながミネラルアントの巣を探索してくれてたか。
「まあ言い訳が立つとしても、王家の配慮って何よ」
「それなんだが、王宮から来た使いの文官が説明してくれてな――」
日付の上では今日、昼過ぎころに王宮からの使いを名乗る文官が招待状を持ってデイブの店にやってきたそうだ。
招待状には、『食事会は王国の威信を示すためのものでは無く、王国で暮らす者の健康に感謝する会と位置付ける』とあった。
文官が補足するように説明し、『健康への感謝を抱いている限り、その者は尊き者であるとみなす』とライオネル様が陛下の名代として決定したらしい。
要するに、『気持ちの上で祝ってくれれば欠席してもいいよ』ってことのようだ。
それは同時に食事会だけではなく、『王都ディンルーク健康スライム祭り』を意識しての決定だという。
「どういうこと?」
「ライオネル様の意向で、『貴族だけではなく庶民も尊い』と言ったことにする。それで『王家が庶民派だ』ってことをアピールしたいらしい」
「そんな計算があるの?」
「文官の『個人的意見』らしいけどよ、どう考えても王家の意向だろ」
「うへえ」
わざわざ食事会の開催の文言だけで庶民派のアピールに使うって、どれだけ貴族社会ってめんどくさいんだよ。
「そもそも陛下が外交で王国の外にいるのに、準備期間とかもほぼ無い状態で食事会を開くのも意図があるようだ」
「あたしも気になったわ。そんなに急いで開催しても、地方にいる貴族の人たちは参加できないわよね?」
「そこで『健康への感謝』の文言が効いてくるんだとよ。べつに食事会を断っても王家への不敬としないってことらしくてな」
それが『配慮』ってことなのか。
でも月輪旅団への謝意があるにせよ、そこまで配慮をするものなんだろうか。
デイブに確認すると、陛下がいない間にライオネル様とローズ様が超スピードで食事会を手配して実施することが重要らしい。
「ええと、つまり『食事会』を行って、王太子殿下とそのお妃さまは遣り手なんだって印象付けたいってこと?」
「その積もりらしいぞ」
それは大丈夫なんだろうか。
急な決定や強行に、反発する貴族とかが居そうな気もするし。
それをデイブに指摘すると、「そうなったらそうなったで、そこから更に手を考えてあるんじゃねえの?」と言って笑った。
「そこまで行くと面倒くさいというよりは、病気な感じがするわ」
「まあ同感だな。やり口として宰相閣下の匂いがするがそれはいいか。――そういうワケで王宮からお誘いがあった食事会は断ったぜ」
「了解よ。お料理は残念だけど、そこまで聞いたら行く気がすっ飛んだわよ」
あたしがそう言ってため息をつくとデイブは笑っていた。
「あ、そう言えば文官のあんちゃんが手土産を持ってきてくれたぞ」
「手土産?」
「ああ、断ったんだが無理やり置いていってな。なんでも『渡せないと騎士団のトレーニングに強制参加の刑になるんです』とか言ってたぜ」
文官の人は確かに、運動とかは得意じゃなさそうだけれども。
「ふーん。どんな手土産だったの?」
「ええと、ホールケーキだな。アーモンドクリームを使った本格的な奴だ。お嬢もた「今から秒で行くから!!」」
そんな話を聞いてしまったら、直ぐに行くしかないだろう。
アーモンドクリームケーキがあたしを待っているなら、万難を排して迎えに行かねば。
「落ち着けやお嬢!! “仕事”でもねえし、もう今日は遅いから明日にしろ!! あんましムリ言うとジナの姐御に連絡するぞ?」
「…………わかりました」
母さんへの連絡を選択するのは悪手だ。
あたしは泣く泣くアーモンドクリームケーキ回収作戦の延期を決定したのだった。
その後デイブに礼を言ってから魔法を切り、ハーブティーを飲んでから早めに寝た。
一夜明け風曜日になった。
いつも通り授業を受けてお昼になり、午後の授業を受けて放課後になった。
「それじゃあそういうワケで、あたしはアーモンドクリームケーキに行ってくるわ」
「執念を感じますわね」
「ウィンちゃん気ぃ付けてな」
すでに期待感で微妙に発言内容がバグっている気がするけど、仕方ないとおもう。
キャリルやサラがそう言ってくれたけれど、他のみんなはなにやら苦笑いを浮かべていた。
その後あたしは寮にダッシュで移動し、私服に着替えてから外出の手続きをして王都を駆けた。
「こんにちはー、ケーキを回収しに来たわよー」
「こんにちはお嬢。学校はどうしたんだい?」
「いつも通り授業を受けたわよ。それでアーモンドクリームケーキはどうなったの?」
「ああ、その件か。ちゃんとお嬢の分もあるよ。デイブに訊いておくれ」
ブリタニーに促されてそのまま店のバックヤードに進むとデイブが居た。
何やら木箱を開けて革製防具を確認していた。
「こんにちはデイブ。ごめん、仕事中だった?」
「おうお嬢、こんにちは。ちょっと検品してただけだ。どうした? ――ってケーキを受け取りにすっ飛んで来たか?」
「当り前じゃない」
そのために放課後になったら大急ぎで来たんだし。
「そうか。お嬢の分もホールで一個預かってるからそれは渡すんだが、ついでにちょっと情報共有しとくか」
「情報共有? それってケーキよりも大事……」
あたしがそこまで口にすると、デイブが呆れたような視線を向けてきた。
「ごめん、ちゃんと聞きます」
「はあ……、まあお嬢には直接関係無いかも知れねえが、お嬢の友だちには戦えない奴もいるんじゃねえかと思ってな」
そこまで聞いてからあたしはようやくスイッチが切り替わった。
ケーキのことは気にかかるけれど、『戦えない友達』の話っていうのは不穏だろう。
「ごめん、集中するから話して」
「ああ。じつは最近商業地区なんかでストリートチルドレンが、ひどい暴力を受けるケースが増えててな――」
デイブによると、王都への巡礼目的の客を標的に盗みを働こうとして失敗し、返り討ちにあって重傷を負うケースが増えているそうだ。
「知っての通り王都はそういう問題児の連中にも、ある意味で甘い土地だ」
「裏社会の連中が、だいたい元ストリートチルドレンだからって話よね」
「そうだ。だが巡礼客にとっては、そんなことは知らねえわけだ」
確かにそう言われてみればその通りか。
王都の暗黙のルールなど、外から来たばかりの者には分からないだろう。
「ここまでは問題児相手の話だが、そうじゃない学生相手にも犯罪まがいのことをする連中が出てくるかも知れねえ」
「話は分かったわ。その辺りのことはちょっと風紀委員会で話題にしてみる」
「ああ。今すぐにどうこうって話でもねえだろうが、外から来る奴が増えればトラブルはやっぱり増えるわな」
「そこは元から話してたじゃない」
あたしがため息をつくと、デイブは肩をすくめてみせた。
そしてデイブは空気を換えるようにマジックバッグを手元に用意し、中からケーキを取り出した。
それはホールサイズのケーキで、ケーキの上にはスライスされた洋梨が乗っている。
その事実の前にあたしは身を震わせた。
「そんでこれがまるまる一個、お嬢の分だとよ」
「ちょっとデイブ、アーモンドクリームケーキって言って無かった?!」
「ああ、文官の話だとアーモンドクリームケーキらしいぜ。上に洋梨が乗ってるが、ローズ様の好物なんだとよ」
「ローズ様バンザーイ!!」
あたしがその場で叫ぶと、デイブが苦笑いを浮かべていた。
デイブ イメージ画 (aipictors使用)
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