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08.後出しジャンケンで取り締まる


 美術部員でもある非公認サークルの『美少年を愛でる会』の女子生徒から相談され、あたしはまずニッキーに魔法で連絡を入れた。


「――そういうことね。贈り物としてのクッキーか……。私個人の判断としては大丈夫だと思うけれども、リー先生にも確認を取った方がいいとおもうわね」


「ニッキー先輩も大丈夫だと思いますか?」


「ええ。だって贈り物よね? しかも善意とか好意のこもったプレゼントを完全に止めるのかって言われたら、風紀委員会の権限を越えてしまう気がするもの」


 そうなんだよな。


 べつに改まった贈り物でなくても、日常の中で色んなモノのやり取りはあり得る訳で。


「線引きの問題ですよね。善意や好意なら何でもいいかっていうと、それもちょっと違う気がしますし」


「そうよね。……とりあえず私たちで悩んでいないで、リー先生に確認してみるわ。私から連絡を入れてみるから少し時間を頂戴」


「分かりました、お願いします」


 そこまで話して、あたしは【風のやまびこ(ウィンドエコー)】を切った。


 相談してきた女子生徒たちにはやり取りを説明して、少し待ってもらうことにした。


 いつ返事があるか分からないし、取りあえず絵を描きながら待とうと言って席に戻ってもらう。


 その後アンとお喋りしながら木炭画を描いていたけど、アンとしてはそこまでクッキーを誰かに贈ることを考えていなかったそうだ。


「でも、そうね。ウィンちゃんの話をきいたとき、わたしはお父さんとお母さんに贈りたいっておもったわ」


「ああ、それも分かるわね。ただクッキーを王都の外に送るとなると、カビたりしないかちょっと心配ね」


「そうなのよね。そういうことってできないのかな」


 お菓子の地方発送か。


 ふつうに考えたら難しい気もするけれど、魔法で技術的には行けそうな気もする。


 サラの実家とかは国をまたいで物のやり取りをしているみたいだし、一度訊いてみてもいい気がする。


 アンとそんな話をしていたら、ニッキーから折り返しの連絡があった。


「ウィンちゃん、いま大丈夫かしら?」


「あ、大丈夫です。連絡ありがとうございます」


「さっきの件だけどリー先生に確認したわ。先生によれば『常識的な範囲で贈り物をやり取りする分には、学院としては問題としない』だそうよ」


「ええと、それだけですか?」


 もっと細かい縛りがあるかとも思ったんだけれども。


「それだけね。私も確認したけれど、あまり細かい規則で縛るつもりは無いらしいわ」


「そうですか……」


「もちろん何か問題になるようなことをする生徒が出てきたら、それを取り締まるように規則が出来るとは言っていたわね」


 あれ、ちょっと待って下さいね。


「それって……、『いざってときは後出しジャンケンで取り締まるから、調子に乗っちゃダメですよ?』ってことですよね?!」


 考えようによっては、けっこうズルい取り締まり案の気がするぞ。


 思わず確認してしまったあたしをニッキーが笑う。


「ウィンちゃんのいう感じで間違いないとおもうわ。でも、今のところは穏当な話で済んでいるみたいね」


「ええと……、分かりました。相談してきた生徒には正確に伝えておきます」


「お願いします」


 ニッキーとはそこまで話して連絡を終えた。


「どうだったかしら?」


 あたしの話し声を聞いて、相談してきた女子生徒たちが近くにやってきた。


「確認は取れましたけれど――」


 あたしはニッキーに念押しするように確認した内容まで丁寧に説明した。


 女子生徒たちは一様に苦笑いを浮かべていた。




「結局、『常識的な範囲』って何かしら?」


「そこは学院としては細かく決めるつもりは無いみたいですね、いまのところは」


「それでも参考になる話は無いのかしら?」


 何やら考え込む女子生徒たちに向かって、あたしの個人的な意見を伝えてみる。


「あくまでもあたしの個人的意見はありますけど」


「構わないわ、教えて頂戴」


 先輩の女子生徒に頷いて説明したのは、完全にアウトな例だ。


 具体的には『他の子のクッキーを強奪して別の誰かに贈る』とか、『市場で買い占めたクッキーをハコで持ち込んで、学院内で転売して荒稼ぎする』とかだ。


 あたしの言葉に女子生徒たちは微妙に引きつった顔をしていたけれど、「それはたしかに常識外れね」とは言ってくれた。


「あくまでもあたしの個人的な意見ですし、幾らでも抜け穴はあるかも知れないですよ」


「そうね。そうやって考えると『常識』の線引きが肝になりそうね」


「ええ。そういう意味では……、ふむ」


 常識について判断が出来る人に相談した方がいいんじゃないかと考えたところで、あたし的にはパメラの顔が思い浮かんだ。


 パメラは『美少年を愛でる会』の幹部だけど礼法部にも所属している。


 あの部活は貴族文化に根差すお茶の作法やテーブルマナー、手紙の書き方とか色んな生活の中の作法の研究が活動目的だったとおもう。


 あたしも断片的な知識しかないけれど、『常識』に関しては何らかの線引きが出来るんじゃないだろうか。


「どうしたのよ?」


「あ、いえ。先輩たちはパメラ先輩と顔見知りですよね? パメラ先輩は礼法部だし、『常識』とかの線引きは上手くできるんじゃないでしょうか」


「「「おおー!」」」


 あたしの言葉で納得できたのか、女子生徒たちは拍手してみせた。


「いいアイディアね。さっそくパメラと相談してくるわ」


「あの、済みません。せっかくリー先生に確認したので、ここまでの話を伝えてもらっていいですか?」


「分かったわ! 何度もあなたの手間を取らせないわよ!」


「ありがとう、さっそく相談してくるわ! 先手を打つわよっ!」


「じゃあね、斬撃の乙女(スラッシュメイデン)!」


 何やら女子生徒たちは喜色を浮かべて美術部の部室を飛び出していった。


 あたしとしては最後に二つ名で呼ばれて不本意だったわけだが。


「待ってくださいよ! 名前で呼んで下さいって!! おーい!!」


 その時にはすでに女子生徒たちの気配は廊下にあり、部活棟を物凄い速さで疾走していた。


 あたしが思わずため息をつくと、傍らにいたアンが慰めてくれた。


「ウィンちゃんは、ウィンちゃんって呼んだ方がかわいいのにね」


「いや、かわいいとかは別にいいけど……、あの二つ名はちょっと複雑かな」


 そう応えた後、あたしはまたアンとお喋りをしながら木炭画を描いていった。


 後日、武術研究会に顔を出した時に、なぜかウィクトルから女性生徒たちが礼法部に現れた時の様子を聞くことが出来た。


 パメラとしては難しく考えずに、『周囲に迷惑を掛けない』、『学業を疎かにしない』、『贈る気持ちを大事にする』というのを話していたそうだ。


 その辺りを守れば学院に説明ができると言っていたとのこと。


 あとは誰が誰に贈るのかを話し、大盛り上がりだったそうだ。


「そういえばウィンさんの話も出ましたが、パメラ先輩は嬉しそうに頷いていましたよ」


 何がどう嬉しかったのかは、確認するのが怖かったのであたしはスルーした。




 美術部からはアンと一緒に寮に戻った。


 その後はいつものように姉さん達と一緒に夕食を食べ、宿題や日課のトレーニングを片付け、読書をしてからスウィッシュとお喋りをしてから寝た。


 ちなみにスウィッシュにプレゼントをする相手のことを相談してみたけど、「必要な相手には全員贈ったほうがいいんじゃない?」と言われた。


 それだと結構な人数になるから相談したんだけどな。


 それを伝えると、「でも必要な相手に贈るのは当たり前だよね?」とすました顔で指摘された。


 スウィッシュに贈り物の件で有効なアドバイスを貰えるとは期待していなかったので、別にガッカリしてることは無いんですけど。


 その後ふと思い立ってデイブに連絡してみることにした。


「こんばんはデイブ。こんな時間にごめんなさい、ちょっといいかしら?」


「こんばんはお嬢。どうした?」


 デイブに【風のやまびこ(ウィンドエコー)】で連絡をすると、直ぐに応じてくれた。


「大した話でも無いんだけど、学院のことで耳に入れておこうと思ったことがあったの――」


 あたしが『王都ディンルーク健康スライム祭り』を受けて、学院が来週の地曜日に『クッキー焼き大会』を行う話をした。


「へえ、王立の学校だとそんな行事をやるんだな」


「そうなのよ。前に話したような気がするけど、非公認サークルが学院内でクッキーを贈りまくったことがあったの――」


 あたしは以前起きたクッキーを贈る騒動の話をした。


「――で、もともと学校行事でやることになっていたのを、ローズ妃殿下の快癒のお祭りの名目でやることになったみたいね」


「なるほどな。まあ月輪旅団(うち)としては関係は無いだろうが、よそ様と話をするときにネタにはなるかも知れん。ありがとうなお嬢」


「いえいえ」


「他には何かあるか?」


 デイブにそう確認されてから、あたしは学院内で衛兵が巡回するようになったことを伝えて無かったのを思い出した。


 月輪旅団のみんなが学院に来るようなら、覚えておいてもいいだろう。


 その話も伝えた。


「なるほど。衛兵が二人一組(ツーマンセル)で腕章をつけて、常時構内を巡回して警備か。拠点警備の訓練も兼ねてそうな感じだな」


「ん? 訓練?」


「ああ。警備には『見せる警備』と『隠す警備』があるだろ? 見せる方は外敵を威圧して攻撃とか犯罪を思いとどまらせるやつだ」


「なら隠す方は、初動で油断してる外敵を奇襲して制圧するってこと?」


「そうだ。近年の衛兵の拠点警備は、魔道具の発達で『隠す警備』が主流だ。でもそれだと、『見せる警備』の実戦勘が鈍るだろうからな」


「ふーん?」


 あたしとしては『赤の深淵(アビッソロッソ)』の連中への抑止力になるかが気になるところだけれど、デイブによれば数を揃えておくのも有効だと言っていた。


 衛兵を使って警備を行うということは、いざとなったら国が動いて敵を潰すという警告の意味もあるそうだ。


「確かにそう言われたら、そこまで考えられる相手には有効なのかしら」


「考えられない相手なら、そんなザコは詰めてる衛兵で対処できると思うぜ」


 あたしはそれで納得したけれど、デイブは他にも何かあったら連絡を頼むと言ってくれた。


「――それからお嬢、月輪旅団に王宮から食事会のお誘いが来たが、断っといたからな?」


「なんですって?!」


 あたしは思わず反射的に叫んでしまった。



挿絵(By みてみん)

ニッキー イメージ画 (aipictors使用)




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