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07.気持ちの代わりだろう


 ディナ先生からコツを教わって白梟流(ヴァイスオイレ)の技である無影射(むえいしゃ)に成功したあと、先生から今後のトレーニングの指示があった。


 当面のあいだは今日と同じ距離のマトを、水属性魔力の無影射で射るトレーニングを続けて欲しいとのことだった。


「理想をいえば (物理的な矢に魔力を纏わせる)千貫射(せんかんしゃ)と同じ程度になるまで反復練習して欲しいですが、まずは安定的に射ることを目指してください」


「分かりました!」


 あたしの指導をしてくれたあと、ディナ先生は他の部員の指導に向かった。


 先輩と共にあたしは淡々と水属性魔力の魔法の矢を射る練習を重ねる。


 われながら現金なものでマトを射られるようになったら、前回退屈に感じた (魔力の矢を飛ばす)無影射(むえいしゃ)の練習が楽しくなってきた。


 そのままあたしは練習の時間が終わるまで確実に射続けた。


 一緒に練習してくれた先輩は、全ての射を成功させたことに驚いていた。


 練習が終わった後はみんなで挨拶をして解散し、あたしはサラと一緒に部室で着替えてから別れた。


 あたしは狩猟部の部室から美術部の部室へと歩きながら、さっきまでサラや狩猟部の部員と話していたことを考えていた。


 『クッキー焼き大会』の件だけれど、やっぱり自分で食べる分を減らして、他の子にお裾分けする子が増えるんじゃないだろうか。


「そのこと自体は、べつに学業の妨げとかには必ずしもつながらないと思うんだけど。甘いのかな……」


 部活棟の廊下を歩きつつ思わず呟いてしまうけれど、学院としても誰が誰に贈り物をしても本来は気にしないんじゃないだろうか。


 そもそも善意とか好意のこもった贈り物って、贈る人の気持ちの代わりだろう。


 プレゼントって面でいえば言葉でもいいけれど、言葉でも済まない気持ちをモノに託すのは別にズルではないとおもうし、風紀とかは関係無いんじゃないだろうか。


「クッキーのプレゼントかあ……」


 前回は貰ってばかりだった気がするから、お返しにあげてもいい気はするんだよな。


 少なくともいつも世話になったり、どついたりシバいたりしてる相手には。


 そこまで考えて、思わず廊下で足を止めて窓の外を見る。


 いつもと変わらない構内の風景だけれど、ときどき外を歩いていく生徒の姿が見える。


 あげるとしたら誰だろう、男女問わずにあげたい気がする。


 実習班のみんなは確定として、『夢の世界』に参加してるみんなも確定。


 あとは部活関係だとカレンやジャスミン、クラウディアか。


 ライナスはどうでもいいけど、あげないと拗ねるだろうか。


 ドルフ先輩にはあげておきたい。


 風紀員のみんなにもあげておきたいし、先生たちはどうしよう。


 ヤバいな、キリが無くなっていくぞ。


 ていうか、『クッキー焼き大会』はみんなで焼いてそれを分配するようだ。


 それを考えれば誰かに贈るのは、自分焼いたものでなくてもいいんじゃないのかと思い至った。




「『クッキー焼き大会』は週明けの地曜日か……。闇曜日にでも買いに行こうかな……」


 それにしても、渡す相手の数が増えると大変な気がするな。


 日本の時の記憶ではお中元とかお歳暮とかがあったはずだけど、選ぶ基準とかどうだったんだっけ。


「そこまでは覚えてないのよね……」


 こんなことでソフィエンタ(本体)に相談しても、笑顔で『好きにしろ』ってひとこと言われて終了することになるだろう。


 スウィッシュに相談とかも微妙だ、使い魔に相談するのは何かがちがう気がする。


 こんなことでもし『粋じゃないねえ』とか言われたら、微妙にダメージを食らう気がするし。


「あんまり時間は無いけど、少し考えますか――」


 そう呟いてから、あたしは美術部の部室に向かった。


 部室ではアンを見かけたので、声をかけてから隣の席にお邪魔して木炭画を描くことにした。


 そう言えば今日はニナやアイリスを部室で見かけないけれど、相変わらず使い魔の件で論文化に挑んでいるんだろうか。


 彼女たちを見かけないことをアンに話すと、最近美術部に来る時間が減っているのだそうだ。


「ニナちゃんとアイリス先輩だけど、なんだか用事があるらしいわ。まったく来ないわけじゃないけど、ちょっとさみしいかな」


「ふーん。用事ってたぶんコレよね?」


 あたしがペンで書き物をするジェスチャーをしてみせると、アンは微笑む。


「たぶんそうだとおもうわ」


「それじゃあ仕方が無いと思うわ」


「わたしも手伝えたらいいのに……」


 そう言ってアンは視線を落とす。


「ニナには訊いてみたの? まずはニナに手伝うって言えばいいんじゃないかな」


「え? うん……。まだきいてないかな。でもわたしでも出来るかな?」


 アンはそう言ってあたしに視線を向けるけれど、何か不安を感じているんだろうか。


「正直な話をすれば、論文を書くこと自体はニナがいれば手が足りる気がするわ。彼女は『専門家』だし」


 何て言っても精霊魔法に関しては共和国が送り出すレベルの専門家だ。


 その他の魔法の知識も、そこら辺の研究者と議論ができるほどあると思うんですけど。


「うん……」


「でも今回ジェイク先輩やアイリス先輩を巻き込んでいるのは、お手伝い以外にも目的があるのかも知れないわよ?」


「目的?」


「たとえば、『専門家』ではないひとの視点でチェックしたいとか、そういう何かが。だからアンも、先ずはニナに声を掛けたらいいんじゃないかな?」


 あたしがそう告げると、アンは柔らかく微笑む。


「そうね、ウィンちゃんの言うとおりだとおもう。手が足りてるっていうなら、ニナちゃんはそういうとおもうし」


「でしょ? 独りで考えて無いで、ニナに相談してみたら?」


 あたしがそう告げると、アンの目にはやる気がこもった気がした。




 アンとその後もお喋りをしつつあたしが木炭画を描いていると、美術部の部員の数名から声を掛けられた。


 その子たちは『美少年を愛でる会』でも見かけたことがある女子生徒だったけれど、なにかトラブルだろうか。


「どうしたんですか?」


「あ、ごめんなさいね、画を描いてたのよね。……意外と上手いわね」


「ありがとうございます。ええと、何かトラブルですか?」


 あたしが確認すると、声を掛けてきた先輩が告げる。


「平たく言って、クッキーを他の生徒に贈るのって、風紀委員会的にセーフだとおもう?」


 その先輩はけっこう真面目な表情で訊いてくるけれど、贈りたい相手がいて考え込んでいるのかも知れないな。


「風紀委員会がどうという話は、あたしはまだ聞いていないです。ただ――」


「「「ただ?」」」


「ええと、クッキーを贈るという事はあたしも悩んでいたんです。けっきょく贈り物って気持ちの問題じゃないですか」


「『気持ちの問題』っていうのはあなたがいう通りね」


「ですよね? 今回の行事では、クッキーを食べられない子が出る訳では無さそうですし」


 あたしの言葉に相談してきた女子生徒たちが頷く。


 アンを含めて、部室に居たほかの美術部員たちも手を止めてあたし達の方を窺っているな。


「それで、あたしも贈る贈らないの基準を考えてたら、悩んじゃってたのは事実ですよ」


「あなたが? ……ちなみに誰に贈ろうとしてたの?」


 何やら好奇心を浮かべてその先輩生徒は訊いてきたけれど、べつに面白い話は無いんだけどなあ。


 あたしがさっき考えていたことを伝えた。


 前回貰ってばかりだったので、今回あげるならいつもお世話になっている生徒に男女問わずあげたいし、先生たちにもあげたい気がする。


 クラスの実習班の仲間だとか、姉とその友人、クラスメイトや部活関係の友だちや先輩。


 風紀委員会の仲間に顧問の先生たち。


「――あとはあたしダンジョンに行ってるんで、そのパーティーの仲間にも上げたい気がするんですよ。そうなると段々キリが無くなってきて。……なにかあげる基準とかありますかね?」


 あたしがそうやって説明したところで、話しかけてきた女子生徒たちは表情を引きつらせていた。


「まじめすぎるわ――」


「私らとは悩みのレベルが違った――」


「これが風紀委員か――」


 そんなことを言いながら絶句している。


 あたしとしてはけっこう地味に悩んでた話題なんだけどな。


 そう思いつつアンの方に視線を向けると、彼女はあたしをみてニコニコ微笑んでいた。


 まあいいか、と思っていたら先輩が声を掛けてきた。


「ゴメン、私にはちょっとその話の答えは分からないわ」


「そうですか……」


 自分で何とかするしかないか。


「それで、申し訳ないけれど、ちょっとリー先生か風紀委員会の会長とかに確認してもらうことはできるかしら?」


「確認ですか。『クッキーを他の生徒に贈るのが大丈夫か』ということですね?」


 あたしの言葉に彼女たちは頷く。


「べつに大丈夫ですよ。まずは風紀委員会の副委員長に訊いてみますから、ちょっと待って下さいね」


 そう応えると、あたしは彼女たちに感謝された。



挿絵(By みてみん)

アン イメージ画 (aipictors使用)




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