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06.成功させるきっかけは


 いつものようにクラスに行くと、みんな『王都ディンルーク健康スライム祭り』の件で噂話をしていた。


 あたしも挨拶もそこそこにその輪に加わる。


「噂だと学院も『クッキー焼き大会』をやるみたいじゃない?」


「そうみたいやね。またクッキーの贈り合いが起こるのとちゃうんかな思うんやけど、どうなんやろ」


「贈り合いはまだ分からない感じですね。そもそも準備などはどうするんでしょうか」


「まあ、自分用のクッキーを確保して、贈りたい相手に贈るのは普通にありそうじゃの」


「ただ今回の学校行事では、“仲間外れ”的な生徒が出ることは無いと思いますわ」


 キャリルがそう言ってまとめるけれど、行事のやり方次第だよなと思ったりする。


 やがてディナ先生がやってきて朝のホームルームが行われ、『クッキー焼き大会』の説明が行われた。


「――そのような経緯で学院としては行事を行います。つまり、クラスごとにまとまってクッキーを焼き、最後にそれをみなさんで分配する形になります」


『おお~』


 歓声を上げるほどのことでもないと思うのだけれど、なぜか男子たちのテンションが高めだった。


「なあ、鑑定の魔法で誰が焼いたクッキーか調べられないか?――」


「ばか、それだと男子に火の管理とか回ってきそうだろ――」


「待つんだ、生地を練ってくれたり、型で切り分けてくれたのを調べるだけでも意味はあるはずだ――」


 一部の男子が何やら私語を交わしているが、女子たちは呆れた視線を送っていた。


 だが彼らもディナ先生に私語をたしなめられて静かになる。


 先生からは『クッキー焼き大会』が週明け一日目の地曜日に行われることになった簡単な説明と、屋外の訓練場などに魔法で作った窯を仮設する説明などがあった。


 当日天候が怪しい場合は、野営天幕(マーキー)を張って対応するそうだ。


「先生、かなり大規模な行事になりそうだが、窯の用意はともかく野営天幕などは足りるだろうか?」


 レノックス様が挙手をして確認したけれど、先生によれば大丈夫だとのことだった。


「まだしばらく先ですが、五月には学院祭があります。この時に大量に使うので足りないということはありません」


 窯なども教職員が闇曜日の休みのうちに用意してしまうと説明していた。


 その他にはいつもの連絡事項があり、ホームルームの後は授業を受けてお昼休みになった。




 昼食を取ろうとする生徒で込み合う学院の食堂で、彼らは集まっていた。


 十人ほどの生徒がそれぞれ自分の昼食の料理を取り、近くのテーブルに固まって何やら真剣そうな表情で話し込んでいる。


 彼らの周りには風魔法によって見えない防音壁が作られており、周囲に聞かれたくない話をしていることが分かる。


 その生徒たちを観察するとやや男子生徒が多く、学年はバラバラだが高学年の生徒が多そうだった。


「――健康を祝う祭りなんだろう? 俺はいいアピールの機会だと思うんだが」


「まあ待て、今回のイベントはローズ妃殿下の快癒のお祭りだ。迂闊な計画では反省文程度では済まないだろ」


「確かにそこは懸念すべき点ね。でももう私たちがジリ貧なのは分かるわね?」


 女子生徒の一人がそう言って仲間を見渡すと、それぞれ様々な反応を示したが総じて悲観的な表情をしていた。


「はあ……、『闇鍋研究会』も最大勢力の魔獣食材派が『魔獣素材研究会』として切り取られてしまった。先輩たちもずい分抜けちゃったんだよな」


「残ったのを後悔するなら、今からでも魔獣食材派に移ってもいいんだぞ」


「冗談! 『魔獣素材研究会』は、顧問のパーシー先生がなかなか恐ろしいらしいんだ」


「恐ろしい?」


「そうだろ、マニュエル?」


 彼らは『闇鍋研究会』の残党だったが、『クッキー焼き大会』の話をそれぞれの担任から聞き、非公認サークルとしてどう行動すべきかを話し合うために集まっていた。


 その中にはオブザーバー(相談役)として、『虚ろなる魔法を探求する会』に所属するマニュエルも参加していた。


「パーシー先生の参加者をその気にさせる課題設定は、なかなか美しいものがあるようだね。ゴードンから耳にしているよ」


 『虚ろなる魔法を探求する会』の盟友であるゴードンは、最近は呪いの実践の時間を削ってでも魔獣の素材の知識にのめり込んでいるようだ。


 もっともマニュエルが聞いた話では、ゴードンとしては呪いの文献を読み解く知識を厚くするためにパーシーに従っているようだが。


 その辺りの話を説明すると、周囲の生徒たちは暗い表情を浮かべる。


「なるほど、確かに恐ろしいわね。好奇心を刺激するように様々な小さい課題を挟みこんで、気が付いたらスキルや魔法の技量が上がっている、か」


「でも僕らは彼らとは方向性が違うし、今回のクッキー焼き大会でも僕らのアプローチの方が健康どころかパワーアップに通じるはずだ」


「然り。ヒトを超えた存在、“超人”を目指すのは美しいと思うよ」


 その場の生徒たちが苦悩しつつ語る内容に、マニュエルは微笑みながら肯定してみせる。


 彼の反応に、その場の生徒たちの目には意志の光が宿る。


「ああ、どうせなら漏れなくやろう――」


「だが仕込みには時間が無いし、情報が必要だ――」


「テストの情報では無いし、そこまではガードが固く無いはずだ――」


「狙うなら食材を仕入れたところと、保管のところか?――」


 会話の流れから判断するに、彼らは『クッキー焼き大会』について、何らかの形で横やりを入れるつもりのようだった。


 それを見ながらマニュエルは、嬉しそうな表情を浮かべて告げる。


「闇鍋を超えて超人に至る。いいじゃないか、非常に美しい」


 その言葉に何か気付いた表情を浮かべ、高学年の生徒の一人が大きく頷いてみせる。


「ああ、そうだな。そう考えると、すでに俺たちは別の団体かも知れない。例えばそう、『超人研究会』を名乗ってもいいくらいにはな」


 だがそれには納得できない生徒も居るようだ。


「ちょっと待てよ。ビミョーに『超能力研究会』と被ってないかそれ? あの脳筋たちと一緒にされるぞ」


 『超能力研究会』というのは、ステータスの“役割”で覚えたスキルの有効活用を目指す生徒の集団だ。


 脳筋と評されるだけあり、武術研究会などでも所属する生徒がいるようだが、学院相手の手続きを面倒がる生徒が多く非公認サークルのままだった。


「名前など、後から考えればいいじゃないか。君たちは賢明に行動すればいいんだ。しぜん、それは美しい」


 マニュエルがそう告げると、『闇鍋研』残党の生徒たちは頷いてみせた。




 午後の授業を受けて放課後になった。


 実習班のみんなと一緒に部活棟に向かい、玄関からはサラと二人で狩猟部の部室に移動した。


 そこで制服から運動が出来る格好に着替え、他の部員と共にみんなで部活用の屋外訓練場に向かった。


 移動の途中や合同練習が始まるまでの合間に『クッキー焼き大会』の話が出た。


 学年を問わずに女子の部員の声としては、またクッキーの贈り合いが起こるんじゃないかというのが主流みたいだ。


 ディナ先生が現れたとことでみんなは意識を切り替え、身体強化をしない状態で弓矢の合同練習を行った。


 その後に個別の練習になって、先週の続きで魔力の矢を飛ばす無影射(むえいしゃ)を練習するかと考えていた。


 するといつも相手をしてくれる先輩のほかに、今日はディナ先生も練習を見に来てくれた。


 先輩によるとあたしの習熟度を覚えていたので、先生に指導をしてもらうよう伝えてくれたそうだ。


「そうですね。まずはウィンさんの無影射の練習を見せてもらえますか」


「分かりました。よろしくお願いします」


 あたしは前回先輩から教わった通り、水属性魔力を使って魔法の矢を形成してみせる。


 矢はあたしのイメージの働きにより、弓を引いたところに物理的な矢のように現れていた。


 でも物理的な矢と違って、魔法の矢は先輩の指導に従って緩く回転している。


「はい、いいですよ。矢を仕舞ってください」


「はい」


 あたしが魔法の矢を消してから弦を弓をひく前の位置に戻し、ディナ先生の方に身体を向ける。


「うん。やっぱりウィンさんは魔法の矢の扱い自体は苦にしないようですね。あなたの流派でも魔法の刃を使う技はあるのでしょう? 魔法の刃を使う武術流派の子は、矢の形成までは簡単にできるようになるんです」


 ディナ先生はそう言って頷く。


「魔法の矢は飛ばす方が難しいんですか?」


「そこは『人による』という回答になりますね。ただ、成功させるきっかけは意識のコントロールなので、適切なイメージが出来ればスムーズです」


 先生によれば卒業生の中には矢の形成に苦労したけれど、飛ばすことはコツを聞いた途端に成功した生徒も居たようだ。


 ただその生徒は雷霆流(サンダーストーム)の上級者だったようだが。


「ディナ先生、あの流派は雷撃を放てるじゃないですか」


 思わずキャリルの雷撃を思い出してそう言ってしまった。


 結構厄介なんだよなアレ。


「それも影響したのかも知れませんが、白梟流(ヴァイスオイレ)の方が緻密で自在に矢を制御します――」


 そう言ってから先生はコツの話をしてくれた。


 まず水属性の魔法の矢を作った後に、矢が飛んでいく軌道に水を通す雨どいや排水パイプみたいなものが伸びているとイメージするのだそうだ。


「じっさいに雨どいやパイプのように、魔力を伸ばすわけではありませんよ。あくまでもそういうイメージをするということです」


「それは、分かりましたけれど……」


 イメージとはいえ、そんなことで魔力の矢をコントロールできるものなんだろうか。


 するとあたしの当惑が伝わったのか、ディナ先生が微笑む。


「ウィンさんは殺気というものが分かりますか?」


 微笑みながら物騒なことを問われてしまったけれども。


「ええと、分かります。魔獣や肉食獣に向き合った時はとても分かりやすいです」


 ディナ先生はあたしの言葉に頷く。


 結局その殺気も、意志の力とかイメージの力を介したチカラの伝達なのだそうだ。


「一説には波長を有さない魔力の流れであるとか、属性を獲得する直前の魔力が向けられているという人もいます」


「殺気を向けるのって、魔力を向けてたんですか?」


「気配がそもそも魔力の在り方の一種ですし、そういう見方もあるという話です。それでさきほどの雨どいや排水パイプの例えに繋がります」


 先生によればイメージで作り出したその雨どいを、まるで色水が流れるように水属性魔力の矢が進んでいくようにするという。


「まずはやってみてください」


 そう告げてディナ先生は無詠唱の【土操作(ソイルアート)】で五メートルほど前方に、土人形のマトを用意してくれた。


 あたしはマトに対して位置に付き、弓をひいて水属性魔力の魔法の矢を形成する。


 そしてさっきの先生の説明の通り、空中に見えない排水パイプが伸びるのをイメージする。


 そのパイプを水のように流れるのをイメージしながら、あたしは魔法の矢を放つ。


 するとあっさりと虚空を飛び、魔法の矢はマトの土人形にあたってから虚空に消えた。


「やっぱり。ウィンさんで二人目ね」


「すごいすごい!!」


 微笑みつつ声をかけるディナ先生と、先輩の反応が少し嬉しかった。


「でも殺気は必須ではないですし、むしろ無い方がいいでしょう。そこは練習ですね」


 ディナ先生はそう言って補足した。


 どうやらさっきの説明で殺気を向ける感覚で集中したのが、ディナ先生には分かったらしい。


「はい。ありがとうございます!」


 それでもあたしとしては、かなり前進できたと感じられた。



挿絵(By みてみん)

ディナ イメージ画 (aipictors使用)



――


イベントテントを野営天幕(マーキー)に修正しました。(2025/3/24)




お読みいただきありがとうございます。




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