05.ちょっとズルしてる気分
タヴァン先生の研究室への訪問を終え、あたしたち『敢然たる詩』のメンバーは病院の玄関ロビーまで先生に送ってもらった。
「忙しいところに時間を取らせて手間をかけた。本当にありがとう、タヴァン先生」
「どうか気にしないでください。私としましても王国に生まれた身ですし、微力を尽くせたことは本当に喜びなんです。今までの努力が無駄ではなかったと再認識できました」
「そうか。またいずれ父や兄たちから改めて礼を言う機会があるだろう。手間に感じるかも知れないが許して欲しい」
「大丈夫ですよ、レノ様」
タヴァン先生が病院の玄関で『様』と呼んだことで、レノックス様はすこし困ったような表情を浮かべて微笑んだ。
先生はあたし達にも再度、声を掛けてくれた。
「皆さんには本当に助けて頂きました。近くで働いておりますし、いつでも気兼ねなく連絡してくださいね」
結局タヴァン先生は、あたし達は全員と【風のやまびこ】で連絡を取れるようにしてくれた。
これから忙しくなるだろうし、気軽には連絡しづらいと思うのだけれど。
「日々の雑事にあくせくしていても、皆さんからのアクセスは歓迎します。連絡だけにッ」
そう言ってタヴァン先生はツヤツヤした笑顔を浮かべた。
少々あたしは早まってしまった気もしたけれど、細かいことはいまは気にしないことにした。
レノックス様とコウとカリオは一緒に寮に戻って行った。
いつもよりは少し早めだったけれど、あたしもキャリルと寮に戻った。
自室にもどるととりあえず宿題を片付けて、共用の給湯室でハーブティーを淹れてボケっとして過ごした。
「そういえば紅茶のお店があるって話だったよね。いつ買いに行こうかな……」
まあ、最近の物価高を考えれば、早めに買いに行った方がいいと思うけれども。
少ししていつものようにアルラ姉さん達と夕食を取り、その後は日課のトレーニングを行った。
日課のトレーニングに関しては、【加速】と【減速】で当初の目標を達成したけれど、順番に振り返ってみる。
まず、『魔神の加護』は魔法や魔力を使う技の上達が速くなる効果があるけれど、あたしのそれはディアーナとおなじく通常の十二倍だ。
そして今日は一月の第四週の二日目だけれど、魔神の加護を得たのは昨年十二月の第五週の一日目だ。
初日を一日目として、加護を得てから今日で二十六日目になる。
二十六日を十二倍すると、『魔神の加護』の効果で三百十二日分のトレーニングをしたことになる。
この世界ではひと月が三十日なので約三百日ということは、あたしは約十か月分のトレーニングをしたのと同じな訳だ。
そして以前、タイムを計測して【加速】と【減速】の上達速度を調べたけれど、時魔法の場合はひと月のトレーニングで約一パーセント効果が伸びた。
それが十か月分だから、約十パーセント伸びたわけだ。
「じっさい、【加速】と【減速】だけでタイムを計るとその位なのよね……」
今さらながら『魔神の加護』のえげつない効果を実感してしまっている。
環境魔力の制御を昨日クラウディアに見てもらったけれど、彼女の常識では本来は十か月近くかかるはずの実力が、すでにあたしには宿っている。
そりゃ褒めてもらえるわけだけど、ちょっとズルしてる気分になる。
ただこの習熟スピードも、加護をくれた魔神さまの中では想定通りなんだろう。
魔神さまの意識には超魔法文明へのこだわりがある気がする。
本当は、地球でネット端末とかにアプリをインストールする手軽さで、魔法を覚えられるようにしたいのかも知れない。
ふとそんなことを思った。
「そんなことになったら、魔法の概念が変わりそうな気がするわね」
あたしはひとり呻きつつ、日課のトレーニングを始めた。
勉強机の椅子に座った状態で、自身を包むように球状の環境魔力をイメージしてそれを回転させる。
以前ゆっくりとしか回転させられなかったのが、言語化しずらいけれどもいまはカンタンに出来ている。
「魔力の制御って、何となく皮膚感覚に似てる気がするかな」
思わずそんなことを呟いて雑念を浮かべるけれど、環境魔力の制御に乱れはない。
あたしはそれに満足して、時魔法と【回復】のトレーニングに移る。
【加速】と【減速】は【純量制御】を重ね掛けして、大豆を箸で移すトレーニングをする。
次に【回復】の練習を、いつも通り寮に戻ってくるときに入手した葉っぱで行う。
その次は同じ葉っぱをメリっと千切り、【減衰】で枯らした上で【符号遡行】で元の状態に直す。
【符号演算】は、相変わらずサイコロで狙った目を連続して出せるように練習している。
ただ【符号演算】を賭け事にしか使えないのも微妙なので、サイコロで目標を達成したら、確率だけでボールだとか水面の葉っぱを動かすことに使えないかを考えている。
そこまで行くと事象改変に近づく気がして、ヤバい気がするけれども。
でもソフィエンタやティーマパニア様にダメって言われて無いし、試すこと自体はいいんじゃないだろうか。
始原魔力を身体に纏わせるトレーニングはほぼ完了した気がする。
でも練習成果を錆びつかせないように、身体や道具のイメージした場所に点や線で発生させるトレーニングを続けている。
そのうちハサミとかナイフが無くても、あたしに任せれば何でも切ってくれるとか言いだす奴が出て来なければいいなと思っている。
始原魔力はゴッドフリーお爺ちゃんや母さんに念押しされた極伝なので、某デイブとかにも漏らさないように注意しているけれども。
時属性魔力を身体に纏わせるトレーニングは、全身で纏わせる方は環境魔力と同じで雑念を浮かべても維持するのを練習している。
いっぽう時属性魔力を手刀に纏わせる方は、収束させる魔力を高密度にするのを練習している。
その次に『風水師』のスキル『環境把握』を発動させて周囲の気配や環境魔力の動きを探る。
発動はもうかなりスムーズになっていて、自然に行えている気がするんだけれど、スキルに頼らずに発動するほどには魔力の動きを把握できていない。
【風壁】のトレーニングは自室では手のひらの上で行っているけれど、これもスムーズになってきているからそろそろ覚える予感がする。
最後に手のひらに葉っぱを乗せて、【振動圏】の“調査”で調べるトレーニングを行った。
【振動圏】で“調査”を行うことにして発動した魔法的視覚で、葉っぱが半透明になったように透けて葉の組織が視覚情報で見えている。
「やっぱり風属性魔力が漏れてるわよね。いくら絞っても特級魔法だし、仕方ないかなあ」
自室でそう独りごちて日課のトレーニングを終えた。
トレーニング後はまた共用の給湯室でハーブティーを淹れて、そのあと自室でスウィッシュを呼び出してお喋りした。
「――タヴァン先生? あの話し方はたぶん、何か精神的なものを開放しているんじゃないかな?」
何を開放しているのかは知らないけれど、先生本人が幸せそうだしそっとしておこうということでスウィッシュと方針を決めた。
その後は読書をしてから寝た。
翌日一月第四週の三日目になり、朝からローズ様快癒のお祭りの話でもちきりになった。
あたしがいつものように寮の食堂で朝食を取ろうと降りて行くと、みんなは食い入るように新聞を読んでいた。
そうでは無い人たちも何やら話し込んでいる。
そのなかの一人にホリーが居て、あたしに話しかけてきた。
「おはようウィン。お祭りのことは知ってるかしら?」
「お祭り? …………もしかしてローズ様の快癒を祝う話かしら」
「正解ねー。お祭りになるんじゃないかって話は一部であったんだけど、ここまで動きが早いとは思わなかったわー」
はて、動きが早いとはどういうことだろう。
それを確認すると、どうやら今週五日目の光曜日から三日間を祭りにするようなのだ。
どうやら今日の新聞の朝刊で報道されているらしい。
「確かに急ねえ。ところでホリーは朝食は食べたの?」
「あ、まだねー」
「一緒に食べながら話しましょう」
そうしてあたしはホリーと朝食を食べた。
そのうちプリシラもやってきて三人で食べながらお祭りの話をした。
「ええと、『王都ディンルーク健康スライム祭り』? なにそれ?」
もはやどこからツッコめばいい名前なんだろう。
「そのまますぎるわよねー」
「たしかに直接的すぎると判断できますが、その事でかえって他と混同する余地が排除できたと理解します」
あたしは混同するような祭りが存在する方が恐ろしいと確信するよ、プリシラ。
ホリーはあたしと同様あきれた感じで評し、プリシラは淡々と受け入れた感じだった。
「それで、昨日のうちにわたしのところに話が流れてきたんだけど、学院でもお祭りにちなんだ行事をやるらしいわよー」
「それは……、間に合うの? 準備とか」
だって、あさってから三日間だぞ。
ほとんど準備期間が無いじゃないか。
するとホリーは、あたしとプリシラに顔を近づけるように促して小声で説明した。
「たぶん実施は週明けの地曜日で、内容は『クッキー焼き大会』らしいわ」
それは果たして大丈夫なんだろうか。
あたしとしては色々な面でイヤな予感がし始めていた。
ホリー イメージ画 (aipictors使用)
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