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04.ねじ込んで実施すること


 鉱物(ミネラル)スライムを凍らせて捕獲した件について、どういう発想でそうしたのかをタヴァン先生に確認された。


 そして食材の新鮮さを保つために、『冷やす』ということに注目していたと説明した。


「そういう経緯があったんですね……」


「どうしたんですか?」


 タヴァン先生が何やら考え込んでいたので、思わず声を掛けてしまった。


 別にどこかが矛盾するような話は、していなかったと思うのだけれど。


「いえ、すこし考えてしまったんです。じつは『鉱物スライムを凍らせる』という発想自体は、修行先のパールス帝国でも聞いたことがあります。ですが幾つか問題があったんです」


 タヴァン先生によれば、氷結の魔法がそこまで一般的では無かったのと、凍らせても傷んでることがあって、それほど『冷やす』ということは重視されなかったそうだ。


「あまり良い手段では無いのですが、入手して状態が悪かった鉱物スライムを回復させる魔法を掛けてから使う手順(プロトコル)もあります」


「話を聞く限り、それで十分な気がするが」


 レノックス様はそう言うけれど、あたしを含めて『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー』のみんなも頷いている。


 それでも先生は苦笑いを浮かべた。


「魔獣には人間を回復させる魔法が効くものと、効かないものがあります。鉱物スライムの場合は、かなり効きづらいんです」


「効率があまりよろしく無いんですの?」


「そうですね。非常に手間が掛かると申し上げておきます」


『ふーん』


 ここまでの話をきいて、あたしは日本の記憶で冷凍食品のことを考えていた。


 鉱物スライムを凍らせても痛んでいることがあると言ったけれど、地球の冷凍食品を知る人は凍結と解凍を繰り返すと食材が痛むことを知っている。


 転じて、鉱物スライムについては伝統医療と言っているし、さすがに凍結と解凍の話は現地でも調べてるんじゃないかと思うのだけれど。


「しかし、そうですね。――ウィンさんは凍らせることと鉱物スライムの品質保持についての論文を書くつもりはありませんか」


「え゛……、あたしなんか、まだ研究を行えるほど知識がありませんよ?!」


 ここであたしはアイリスの気分が少し分かった気がした。


 だがあたしとしてはアイリスのように、フサルーナ料理フルコース攻撃など、食べ物で釣られてはいない。


 まだ回避可能なハズだ。


 そんなことを考えてどう断ろうかと思っていると、タヴァン先生は可笑しそうに微笑む。


「知識は私がフォロー出来ますが、ウィンさんは初等部でしたか」


「学院の魔法科初等部一年です」


「失礼ですがクラスは?」


「……Aクラスです」


「なら多分そこまで苦にはならないとは思いますけれどね。でも、確かに学業などを圧迫するのも申し訳ないですし、他をあたることにします」


「ご期待に沿えず済みません……」


 あたしはそう言って思わず重い溜息をついた。


 みんなはそんなあたしの様子を面白そうに伺っていた。解せぬ。




 べつにあたしを気遣ったわけでは無いだろうけれど、レノックス様が別の方向に話題を進めてくれた。


「タヴァン先生、ウィンの話に興味があるのなら、食材の研究を行っている研究者に相談してみるのもいいのではないだろうか」


「仰る通りですレノさん、流石ですね。もともと今回のことで鉱物スライムの品質については、何らかの形で標準化をするつもりだったんです。最悪でも私たち兄弟で行うつもりでしたが……」


「だがタヴァン先生とエイダン先生は、これから王国でパールス帝国の伝統医療を教えることになるのではないか?」


「そうなのですよね。むしろそれは私たち兄弟の望みではあるのですが……」


 少し前にクラウディアと話したけれど、やっぱりタヴァン先生たちはこれから教えを請う人たちへの対応でてんてこ舞いになるだろうな。


 でも教えているだけでは、鉱物スライムの品質の話とかが解決するわけでは無い訳で。


「忙しくなることを考えれば、食材とか魔獣の専門家の先生を頼るのが賢明ですねレノさん」


「ああ。恐らく王国としては、今後は魔法医療と同じくらい、それ以外の医療にも力を入れて行くだろう」


「差し当たっては、今回大量に入手した鉱物スライムを仕分けしなければなりませんがね」


『仕分け (ですの)?』


 そう言えばソフィエンタがそんなことを言っていた気がするな。


 あたし達の言葉にタヴァン先生は頷き、将軍さまのチームがワインの中樽で十個分の鉱物スライムを捕獲したと説明した。


 現在その半分を学院で預かっていて、附属研究所の魔獣の専門家の協力の元で飼育を考えているそうだ。


 残りの半分はブライアーズ学園で預かっているらしい。


 仕分けの作業量は大丈夫かとカリオが質問していたけれど、そのあたりは附属研究所で手伝いの人員を手配してくれているそうだ。


 それでもタヴァン先生も、手を動かす必要があるみたいだけれども。


 それを聞いて、あたしも手が空いている時は手伝うことを伝えた。


「熱でもあるんじゃないのかウィン? タヴァン先生に診てもらった方がいいんじゃないか?」


「うっさいわね。医療目的の作業で手が足りないのよ? 手伝える人は手伝った方がいいじゃない」


 カリオが意外そうな顔で何か言い始めたので応えたら、「ウィンが正論を言ってる」と絶句されてしまった。解せぬ。


「そう言って下さるのはありがたいですね。もし鉱物スライムに関心がある方がいれば、私から附属研究所に紹介することは可能ですよ」


 ここまでで鉱物スライムの仕分けと飼育の話が出た。


 仕分けはともかく飼育の方がどんな作業になるのかは、あたしとしては想像できなかった。


 家畜に餌をやるような感じで、何かの鉱石を与えたりするんだろうか。


 ただそれよりも、あたしには気になることがある。


「先生、いま紹介というお話が出ましたが、あたしが今後薬草などを医療分野でもっと利用することを考えたくなったら、相談させて頂いていいですか? あたし以外にも先生から教えを請いたいという先輩に心当たりがありますし」


「それは歓迎しますよ」


 タヴァン先生は嬉しそうに微笑んでくれた。


「ありがとうございます! あたし、『ラクは正義』だと思ってるんです。だから勉強をして、先生に相談するときにラクが出来るようにしておきますね」


「ちょっとウィン?」


 あたしの言葉にキャリルが呆れたような声をかける。


 でもあたしとしてはウソ偽りない覚悟だったりする。


 それを伝えて少しホッとする。


 だが――


「ええ、そういう態度は存外悪くないんじゃないかい(、、、、)って思いますよ、内科医だけにッ」


 タヴァン先生はそう言い放ってツヤツヤした笑顔を浮かべた。


 その笑顔にあたしは固まってしまう。


 どうしよう、あたしは早まってしまったんだろうか。


 でもソフィエンタや魔神さまと話したことを思いだして、何とか笑顔を浮かべてあたしは頷いた。




 その日の午後、ルークスケイル記念学院の副学長であるリーは、学内の打合せに参加していた。


 本日になって急きょ王宮から学院に連絡があった。


 今週末の光曜日から三日間ほど、ローズの快癒を祝う祭りを行うそうだ。


 かなり急ではあるのだが、王族の行事としては王宮で食事会を開くらしい。


 それに伴い王立の学校である学院にも、祭りにちなんだ行事を行うよう通達があった。


 当初は急な話なため、案出しだけでも難航することが懸念された。


 だが教員の一人が苦し紛れで言い出した案に、参加者たちは飛びついた。


「それでは決を採りたいと思います。第一王子妃殿下の快癒の祭りを学院内で祝うのに際し、『クッキー焼き大会』を行うことに賛成の方は挙手をお願いいたします」


 進行役の事務方の学院職員がそう告げると、参加者全員が手を上げた。


 それを確認すると進行役の職員は『クッキー焼き大会』に決まったことを告げた。


 以前、学院の非公認サークルが切っ掛けとなり、クッキーを焼いて好意を寄せる相手に送るのが流行ったことがあった。


 だがこれが『学業の妨げになる』と主張する生徒が現れた。


 その結果、学院は『菓子作りを学院が定めた期日に行事として行う』と決定した。


 それを今回、ムリヤリねじ込んで実施することにしたのだ。


「いやあ、王宮から『健康への感謝を示す行事にしろ』と言われたときはどうなるかと思いました――」


「『菓子作り』と『健康』を結びつけるのはムリかと思いましたよ――」


「いいえ、決してそんなことはありません。心を健康に保つのにお菓子は有効ですし、食べ物は私たちを元気にしてくれる(みなもと)です――」


 参加者たちが安どする中で、リーが微笑みながら告げる。


「さて、『クッキー焼き大会』の開催が決まりましたが、健康を意識させるためのレシピは考えておく必要があるでしょう。他にも実施のための予算や場所、道具や人員など、決めるべきことは多いです」


 そう言ってリーは会議室を見渡すが、方針が定まったためか参加者の顔は明るい。


「焦る必要はありませんが、細かく話を詰めていきましょう」


『はい』


 そうして、学院内の会議室の一つでは、新しい行事の予定について話し合われていった。



挿絵(By みてみん)

キャリル イメージ画 (aipictors使用)




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