03.感覚的な説明で
あたし達が暮らすディンラント王国は、アウレウス大陸と呼ばれる大陸に存在する。
その東側の海を船で越えて辿り着くのがアルゲンテウス大陸で、その西部に位置する国にタヴァン先生たちは学びに行ったそうだ。
「学院では初等部で習っていたかは覚えていませんが、私が訪ねたのはパールス帝国になります」
「我が国とは国交がある国だな。商才のある皇帝と魔法の才に優れた臣下たちが代々治める国であるはずだ。民は穏やかで識字率が高いことが知られている」
レノックス様が簡単にそう評したけれど、あたしの印象では地球でいえば中東あたりの文化圏のイメージがある。
もちろん訪ねたことは無いので、本などで得た知識だけれども。
「そうですねレノさん。国交があるから医学書が我が国に入ってきていたということもあります」
「タヴァン先生たちが学んだのは伝統医療というお話でしたが、パールス発祥の医学なんですか?」
「いいえ、現地の話をすれば、我々の大陸から広まったと考えられる魔法医療と、アルゲンテウス大陸の中部や東部から流入した伝統医療がともに扱われていました」
「ある意味、現代医学の中心地と言えそうですね」
あたしの言葉にタヴァン先生は頷く。
「先生、お隣の大陸の中部や東部ってことは、ダルマ国や春江国から伝わった医学ってことか?」
「はい。そのようです」
カリオが確認したけれど、ダルマ国というのは地球のインド周辺の文化圏のイメージで、春江国というのは中華の文化圏のイメージだ。
あたしは最初にダルマ国という単語を目にした時、日本の記憶のだるまさんが頭に過ぎった。
でもどうやら『秩序』とか『法』という意味を持つ単語らしい。
あとは春江国については中華文化圏じゃないかと勝手に想像しているんだけれど、さすがにディンラント王国に住んでいる身としては断言できない。
意外とディンラント王国の西部あたりに、海を越えて反対側から回り込んで交流しているところがあったりするんじゃないかと思っているけれど不明である。
こんど西部出身の知り合いに訊いてみようかな。
ちなみに海の向こうのアルゲンテウス大陸には、日本は無い。
何を言っているかといえば、王国から見て海を越えて東の果てにジパングとかそれに類する土地は無いようだ。
あたしの住む世界では、マホロバが唯一和風の文化圏みたいだ。
歴史の本を読む限りでは、現在のマホロバの地に『モノ』と名乗る一族がどこからともなく船で流れ着いたそうだ。
そしてモノ一族の伝承では、『万の神々が住まう国から追われて来た』という話が残っているらしい。
日本の記憶を思い出すと色々と妄想してしまうことはあるけれど、真相はソフィエンタ辺りに訊くしかないだろう。
「私がエイダンと共に学んだ伝統医療は、起源が幾つかあります。ですが大まかにまとめると、我々の大陸の伝統医療のように薬草を使うものと、魔獣素材を使うものに分けられます」
「薬草については、ウィンが興味を持っていると言ったな」
「ええ、今のところは勉強してみたいと思っているわ」
レノックス様の言葉にあたしが頷くと、タヴァン先生は目を細める。
「なるほど、専門教育を受けていない初等部の学生の段階から、薬草に興味があるんですね」
「ええ。魔法医療も素晴らしいのは分かっているんですが、勉強すると治療が出来ない病気の話があったりするじゃないですか」
「おっしゃる通りです」
「ええ。そして王国での選択肢としては、薬草を上手く使えないかなって思ってたんです」
「そこに突然スライムを使う医者が現れたと。確かに気になりますよね」
タヴァン先生はそう言って微笑む。
「でも薬草と魔獣素材って、ずい分毛色が違うように感じるんですけど」
薬草とかだと要するに、ハーブとか地球でいう漢方薬の材料みたいな素材だ。
対するに魔獣素材だと、あたし的には闇鍋研究会の連中の顔が脳裏に過ぎってしまう。
あたしの表情を面白そうに眺めながらタヴァン先生が告げる。
「薬草の利用は、農耕の歴史ほどに古いものがあるようです」
「はい」
「そして魔獣素材を使う話は、共生関係にある魔獣を研究したのが最初だと言われています――」
先生によれば海の向こうでは、好奇心旺盛な人たちがいたそうだ。
補食された魔獣が、宿主に消化されずに体内に居付く。
そのあと互いにうまく栄養を回したり、身体強化をはかる例を不思議に思ったのが切っ掛けらしい。
「そこから研究を進めて医療に応用するとは、アルゲンテウス大陸の医師の皆さんは本当に探求心が旺盛なんですのね」
「そこは私も同感です。魔獣素材というと、身体に入れるという発想にはなかなか至らないでしょう」
タヴァン先生はその後、鉱物スライムをどういう風に使ったのかを話してくれた。
先ず魔法を使って鉱物スライムの核を破壊するか除去する。
その状態の鉱物スライムに、患者の血液などの体液を吸収させ、新しい宿主だと刷り込ませる。
宿主だと刷り込ませておけば、患者に投与することで寄生して核を再生しようとする。
「それだと患者さんに危険は無いんですか?」
「その辺りが、伝統医療で積み重ねられた知恵によるのです」
コウが指摘すると、タヴァン先生は嬉しそうに説明を続ける。
鉱物スライムは鉱石を食べるような魔獣でなければ、本来の寄生ができなくなる。
人間に投与された場合は核の再形成に時間が掛かり、その間に宿主の人間の脳神経系の異常個所を正常に作り変えるのだそうだ。
鉱物スライムが核を再形成した時は、人間の場合は魔法の効果が著しく下がるだけらしい。
あとは【分離】などで、患者の身体から鉱物スライムを除去すれば治療完了とのことだ。
「…………」
「どうしたのだウィン?」
「あ、うん。積み重ねられた知恵とは言っても、鉱物スライムの動きがあまりにも出来すぎかなって思っただけよ。まるでそういう魔道具みたいなというか」
あたしが感想をそのまま口にすると、みんなはあたしをじっと見ていた。
「なんかヘンなことを言ったかしら?」
「なかなか面白い視点だと思いますよウィンさん。そういうことを仰っていた医学者も、私の修業先の病院にはいましたし」
その言葉でみんなは考え込むけれど、キャリルが口を開く。
「冒険者ギルドなどでの区分では、古代遺跡のゴーレムであるとか魔法人形も魔獣扱いされますわ。ですがゴーレムは遺跡を防衛するために作られた魔道具に似たものです」
「そうだな。全てのスライムがそうだとは言わないが、鉱物スライムに関してはどこかの古代遺跡で、魔道具として作られたものが野生化したようなこともあるかも知れん」
レノックス様も興味深いことを言うけれど、その発想は歴史研究会に所属しているから出てくるのだろうか。
あたしはそんなことを考えていた。
「ところでウィンさん、今回鉱物スライムを捕獲するのに際し、氷結させることを発案したのはあなただと聞いています」
「あ、はい」
そう言えばレノックス様の話では、その辺りのことに興味があって今回タヴァン先生が会ってくれたという面もあるみたいだけれど。
「もし宜しかったら、どういう経緯でそういう発想に至ったのかを教えてもらっていいですか?」
「分かりました。といっても、そこまで大層な話では無いんですけれどね」
「そんなことはありません。今回皆さんにご用意いただいた鉱物スライムは、いつも冒険者ギルドに出している依頼のものに比べて、とても品質が良かったのです」
そう言ってタヴァン先生はニコニコと微笑む。
でもホントにそこまで大層な話では無いんだよな。
マグロの氷締めの話は出来ないし、どう説明したらいいものなんだろう。
まあ、感覚的な説明でお茶を濁すか。
「今回の捕獲で個人的に引っ掛かっていたのは、『新鮮なものはありがたい』という言葉だったんです」
「たしかに、そういう話をした記憶はあります」
「ええ。そのうえであたしの頭に思い浮かんだのは、『食材などの新鮮さを保つのはどうするのがいいだろう』という考えだったんですね」
「なるほど、食品の新鮮さの話ですか」
「はい。王国の北部には冬に雪が多く降る地域がありますが、そういった土地では秋に収穫した野菜を低温で保存するという話を聞いた記憶があります」
これは事実だ。
カブやニンジン、ダイコンなどの根菜は良く長期保存される。
ほかにも地域によってはキャベツだとか、タマネギだとかカボチャなんかも割と話を聞く。
「細かく検証したことは無いのですけれど、『冷やす』っていうことは素材の前処理には有効かもしれないなとは前から思っていたんです」
これも事実ではある。
切っ掛けは日本の記憶ではあるけれども。
「以前から興味を持っていたんですか?」
「あたし、狩人の家に生まれたので、獲物の前処理は親から仕込まれてるんです」
そう言って微笑むと、タヴァン先生は納得したような表情を浮かべた。
「それで野菜の話を耳にして、魔法とかで冷やせたらラクに新鮮さが保てないかなって思ってたんです」
「ウィンはラクをするためには一生懸命ですしね」
「あたしとしてはそこは譲れないわ」
タヴァン先生は、あたしとキャリルのやり取りを見て微笑んでいた。
ウィン イメージ画 (aipictors使用)
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