02.報われる思いです
あたし達『敢然たる詩』の一行は、タヴァン先生に案内されて附属病院の玄関ロビーから移動した。
附属病院といっても日本の記憶にあるような現代的な建物では無い。
学院の古い講義棟とおなじく歴史を感じさせる石の建物だ。
それでも内部は装飾が施されているので、王都内の貴族邸のような雰囲気があると思う。
あたし達は玄関から石造りの廊下を進み、いちど建物を出る。
よく手入れされた中庭を横目に、屋根付きの渡り廊下を歩く。
「先ほどまでの建物が、附属病院の病棟がある建物です。そちらの中庭と併せて、学院の創建当時から使われている建物ですね」
『ふーん』
「ご存じの方も居るでしょうが、学院の附属病院は一般的な大病院と同様に五つの診療科があります――」
そう言ってタヴァン先生は診療科について簡単に話してくれた。
治療に切開や切除がともなう外科と、切開や切除をせずに治療をする内科。
幼児特有の病気を治療する小児科、妊婦特有の病気の治療などを行う産科。
あとはあらゆる手段を使って救命措置を行う総合診療科に分かれているという。
渡り廊下から指さして、病棟のどの辺りがどの診療科なのかを説明してくれた。
「お話を聞くだけでは、リフブルームにあった病院と診療科には差が無いようですわね」
リフブルームというのはティルグレース伯爵家の領都の名だ。
地方の大病院とも診療科の構成は差が無い訳だ。
「キャリル様の仰る通りです」
「様は不要ですわ」
「おっと、そうですか。キャリルさんが指摘した通り、ディンラント王国や周辺国の都市にあるような大病院では、置いてある診療科に差はありません」
「聞いたことがあるが、専門家の数の違いという話だったか」
タヴァン先生はレノックス様の言葉に頷く。
「そうですね。正確には、それぞれの診療科の中に、属人的に特定の病気の専門家が揃っています。その専門家の数が大病院ほど多いという説明になります」
なるほど、地球の記憶では病院ではもっと細かい診療科の区分けがあった気がする。
でも、よく考えれば放射線科などはこちらの世界には無いだろう、放射線の概念が無いんだし。
眼科とか耳鼻科、皮膚科や呼吸器内科など、地球では身体の色んな機能ごとに診療科が別れていた。
それもこちらの世界では、各診療科の中で専門家に分かれて治療を行っているようだ。
「それじゃあ、専門家がいない病気の患者さんは、治療が受けられないってことなんですか?」
コウが不安そうな視線でタヴァン先生に質問したけれど、意味のある質問だと思う。
じっさい魔法医療では治せない病気がある訳で。
「治療法が確立している病気に関しては、専門外の医師でも治療を行うことは可能です。治療の上手さのちがいはありますが、魔法医学的には誤差の部分ですね」
誤差っていうのは微妙な言い回しな気がする。
治療が下手な先生にあたっても、魔法医療ではそこまで差が無いってことなんだろうか。
カリオも気になったみたいで、『誤差』について確認していた。
「少なくとも『治った』といえる状態にして退院させられるということです。そのための日数だったり、費用だったりで若干差が出ますがね」
『ふーん』
「ちなみにタヴァン先生は何科の先生なんだ?」
「何科だと思いますか?」
カリオの問いにそう言って、タヴァン先生はニコニコと微笑む。
「ええと、そうだな……、小児科とか?」
「ざんねん、不正解です。私は総合診療科を経験したあと、内科で働いています」
「診療科を変えたのは何か理由があるんですの?」
「そうですね。総合診療科で自身の治療をかえりみた時、『内科の方が向いてるんじゃないかい』って思ったんです。内科医だけにッ」
そう言い放ってタヴァン先生はツヤツヤとした表情で笑った。
「自身の来た道をかえりみるのは大切ですわね」
何事も無かったかのような表情を浮かべ、タヴァン先生の言動に動じることも無くキャリルはそう応えた。
あたしとしてはそのやり取りを見て、久しぶりにキャリルのことを誇らしく感じたのだった。
タヴァン先生の謎の話術をときおり喰らいつつ、あたし達は学院の附属病院の中を移動する。
先生はヘンな――もとい、特徴的な話術を除けば、分かりやすく病院内を説明してくれた。
研究棟と呼ばれる建物に入り、その中を移動して内科の先生たちの研究室がある一角に向かう。
その中の一室に案内されると、良く片付けられた執務室という感じの部屋だった。
「そちらのソファに掛けてください。いまお茶をお出ししますね」
「ここはタヴァン先生だけの研究室なんですか?」
「そうですよ。附属病院で医師として働くひとは、魔法医学の研究者でもあります。ですのでこうして研究室を与えられます」
あたしの質問に応えながら、茶器を用意してタヴァン先生はお茶を用意し始めた。
思わず手土産に何か持って来れば良かったかと思うけれど、なにも用意しなかったのはもう仕方がない。
そう思っていたらソファに座ったレノックス様が、【収納】の魔法で何やら包みを取り出した。
「オレからの礼だ。タヴァン先生、受け取って欲しい」
「受取れませんよレノさん」
「規則でもあるのだろうか?」
こちらの世界でも、病院によっては医師への贈り物を禁止しているところもある。
ただ学院の附属病院の場合は、貴族などが治療を受ける場合がある。
彼らがお礼の品を持ち込むことがあるようなので、特に病院としては禁止していないはずなのだけれど。
「いいえ、そういうわけでは無くて、お礼の有無で治療内容を変えることが無いのは私の誇りだからです」
誇りと言われてしまったら、さすがのレノックス様も引っ込めるしか無いんじゃないだろうか。
そう思っていたら、レノックス様は細く息を吐いて告げる。
「分かった。そういうことならこれは仕舞おう。ところでタヴァン先生、鉱物スライムを使った治療を成功させたのを我々は祝っていないのだ」
「そうですか?」
タヴァン先生はニコニコ微笑みながら応じつつ、お茶を準備している。
「ああ。――なのでこの場を借りて、あの治療に関わった我々でお茶を飲みながら祝いたいのだがどうだろうか? あなたも治療の成功を医師として祝っていいはずだ」
そう言ってレノックス様は一度仕舞った包みを、再度【収納】で取り出した。
「我が家の厨房の者が作った焼き菓子なのだ、オレを含めてみんなで味わうのは問題だろうか?」
その言葉を聞いたタヴァン先生は少し考えた後に告げる。
「たしかに、成功したことを祝うのは正攻法な考えでしょう。成功だけにッ」
そう言い放ってツヤツヤした表情で微笑みつつ、先生はお茶を用意した。
『…………』
みんなはどう反応したらいいものか考えていたけれど、レノックス様は淡々と手を動かして包みを開き、焼き菓子を取り出して机に並べていた。
あたしも席を立ってタヴァン先生が淹れてくれたお茶をみんなに配るのを手伝った。
「タヴァン先生、改めて礼を申し上げる。ありがとう。義姉が救われたことを嬉しく思う」
そう言ってレノックス様はソファから立ち上がり、頭を下げた。
それに対してタヴァン先生も立ち上がって告げる。
「お掛けください殿下、お喜びになっているのは察しますし、微力を尽くせたのは光栄です。ですが何度も感謝を告げられては恐縮してしまいますよ」
「そうか。だがそれくらいあなたには感謝していることを伝えたかったのだ」
「はい、光栄です。謙遜では無くてもったいないお言葉ですよ。私たち兄弟が伝統医療を他国で学んで来たことが報われる思いです」
「そうか。その話もウィンなどが知りたがっていたようなのだ」
おっと、レノックス様からいきなりこちらにパスが来たか。
あたしも立ち上がったほうがいいんだろうか。
そう思っていたらタヴァン先生が、「それではお掛けください」とレノックス様に座るように促していた。
「ウィンさん、どういった話をご所望ですか?」
「それは……、改めて基本的なところから伺いたいです。あたしは個人的に薬草の医療への利用に関心があるのですが、魔法医療ではない医療の話を知りたいんです」
「そうでしたか。ならそうですね、私たちが行った国の話からしましょうか。どうぞお茶を召し上がりながら聞いて下さい」
そう言ってタヴァン先生が勧めてくれたお茶は紅茶だった。
「これは薫り高いお茶ですわね。ハーブティーとも趣きが違いますわ」
「紅茶といいます。海の向こうのアルゲンテウス大陸では、収穫した茶葉を発酵させて頂く文化があるのです。店は少ないですが、王都にも扱っているお店がありますよ」
「先生!! 伝統医療の話も伺いますが、まずは紅茶を売ってる店を訊いてもいいですか?!」
まさか紅茶を入手できる店があるというのは想定外だった。
ここはぜひとも訊いておくべきだろう。
いや、ハーブティーも好きなんだけどさ。
「大丈夫です。紅茶のお店の話ですね。チャチャっとお教えしますよ、紅茶だけにッ」
そう言ってタヴァン先生はツヤツヤした笑顔をあたしに向けてくれた。
あたしが反応に困って固まったのは言うまでもない。
コウ イメージ画 (aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




