01.その内容を精査する
あたし達の模擬戦の審判役をしていた先生が終了を告げた直後、研究者チームの先生たちの方から歓声が上がった。
「キタキタ!!」
「ダメージのチェック急げ!」
「よーし、まずは効いてくれたな」
「落ち着くんだ、まだ慌てるような時間じゃないぞ」
「口ではなく頭と手を動かすのじゃ」
「観測値の計算早くしてくれよ」
何やら色んな声が飛び交っているけれど、魔道具が表示する情報を食い入るように眺めつつ、先生たちは検討を進めているようだった。
審判役の先生が研究者チームの一団に大声で確認する。
「おーい、マクスくんを起こしても構わないか? 魔獣毒だし【解毒】を使った方が――」
『まだちょっと待てやコラ!!』
一斉に研究者チームの人たちに怒鳴られて、審判役の先生がショボーンとしていた。
「効果があったかどうかでいえば、目の前の通りね」
あたしが武器を鞘に納めつつそう言うとレノックス様が告げる。
「もちろんそうなのだが、問題はどのようにして効果があったのかだろう。可能なら仕組みを突き止めたいところだな」
「単純に考えれば、眠らせたら魔力暴走が解けたということになりますが、なぜ解けたのかを把握する必要があるのですわね」
「まあレノが言うことも分かる。先生たちにしろ、マクスが協力してくれた『無尽狂化』には効果があったけど、魔力暴走に効くのかどうかを知りたいだろうし」
キャリルとカリオが順にそう言うけれど、確かにその通りだ。
先生たちは今回の研究で魔力暴走への対応方法を知りたいわけだし。
「でもホントにマクスをこのままにして大丈夫なのかな?」
コウが少し心配そうな表情を浮かべるけれど、当のマクスは盛大にいびきをかいて眠っている。
特に苦しそうな感じもしないのでたぶん大丈夫なんじゃないだろうか。
「念のため【鑑定】をかけた方がいいのかしら?」
「いやウィン、ちょっと待った方がいいだろう。先生たちもマクスの状態を魔道具経由で把握しているだろう。迂闊にオレたちが魔法を掛けて影響があったら、マクスを眠らせるところからやり直しだ」
そう言われたら確かに面倒だけれども。
でもレノックス様からそう指摘されてから、あたしはあることに気が付いた。
それを口にしようとしたらカリオが先に告げる。
「なあ、もし睡眠の毒が使えるって分かったら、陣形とか戦術とか要らないんじゃないか?」
「あたしもカリオと同意見ね」
「必ずしもそうとも言えん。どんな衛兵でも実行できる戦術を探すのは必要だろう」
でもそれは『相手を眠らせる』って決まってるなら、後はあたし達じゃ無くても出来そうな気がするんだけれど。
「まあ、方針さえ決まれば、あとは魔獣毒で眠らせるのはマクスを使わずに出来そうだよね」
コウもそう言って胸の前で腕を組んでいる。
「そうなると指名依頼達成ということになりますわね」
「――確かにその通りです」
マーヴィン先生があたし達のところまで来て穏やかな表情でそう言った。
マーヴィン先生がマクスに【解毒】を使って睡眠毒を無害化したあと、水魔法の【活力制御】を使った。
するとマクスはあっさり目を覚ました。
「あ~……、ええと俺様はどうしてたんだぜ?」
「マイヤーホーファー君はスキルの効果が解けて眠っていました。まずは魔獣の睡眠毒が効果があったことは今回確認できました」
「おお、ようやくだなマーヴィン先生」
マクスはそう言いながら立ち上がる。
マーヴィン先生はマクスに頷きつつ、あたし達に告げる。
「指名依頼の達成を判断するためには、魔力暴走を止める仕組みを私たちが理解する必要があります。ですので次回、念のためまたここに来てください――」
先生によればマクスの『無尽狂化』の状態変化を魔道具で記録しているので、その内容を精査するのだそうだ。
その内容が一般的な魔力暴走でも当てはまると言えるなら、戦術の検討は先生たちだけで出来るだろうとのことだった。
「――次回までにもし依頼達成と判断できるようなら、改めてその旨を連絡します」
あたし達はマーヴィン先生の言葉に頷いた。
そのあと装備品類を片付けて解散したけれど、あたし達『敢然たる詩』のメンバーはタヴァン先生のところに向かった。
マクスはこれからマーヴィン先生やニナ達研究者チームに加わって、色々と議論するようだ。
附属研究所を出て学院構内を歩いていると、レノックス様が晴れやかな表情をしている気がした。
「レノ、何だかホッとしたような顔をしてるわね」
「ああ。――そうだな。指名依頼が達成できそうだからな」
「ふうん」
別にレノックス様はウソを言っているわけでは無さそうだったけれど、あたし達に言っていないことがあるような気がした。
でもまあ、必要なら相談してくれるだろう。
その後『敢然たる詩』のみんなでお喋りをしつつ、附属病院の建物に歩いて移動した。
学院の講義棟と同じく、歴史ある附属病院の建物にみんなで入る。
玄関ロビーを進み、奥にある受付でレノックス様が職員に声を掛けた。
「お忙しいところ失礼する。パーティー『敢然たる詩』の者だが、タヴァン・ストレイカー先生にお時間を頂いている」
「承知しました。先生をお呼びしますので、代表の方のお名前を伺っていいですか?」
「オレはレノ・ウォードという。手間をかける」
「いいえ。それでは玄関ロビーでお待ちください」
あたし達は玄関ロビーにあった長椅子に座って待っていると、しばらくしてタヴァン先生がやってきた。
先生はあたし達のところまで歩いてきて、声をかけてくれた。
「皆さん、わざわざ来て頂いてありがとうございます。ええと……」
タヴァン先生はレノックス様に視線を向けて考え込んでしまった。
受付の担当者からレノックス様の偽名を聞いて、反応に困ってしまったんだろう。
「先生、オレのことは諸々の都合でレノ・ウォードと呼んで欲しい。安全のためにも学院生徒として接してくれると助かるのだ」
「そうですか、――分かりましたレノさん」
「忙しいところに皆で押しかけてしまって申し訳ない。直接礼を伝えたかったのだが、忙しいようなら出直すことにする。診療などは大丈夫だろうか」
レノックス様の言葉に微笑むと、タヴァン先生は応えた。
「いえ、この時間帯なら大丈夫です。大規模な急患などが発生しない限りは問題無いですから。礼などもお気遣い無用ですよレノさん。私の方も……」
そこまで言ってタヴァン先生はあたしの方に視線を向ける。
「ウィンさんと言いましたか。凍らせるのはあなたの発案だったと聞いています。その話を聞いたときは私は思わずフリーズしてしまいました……氷結だけに、フリィィィズッ」
そう言ってタヴァン先生はツヤツヤした笑顔を浮かべる。
『…………』
むしろフリーズしたのは今のあたし達だった訳ですけれど。
何だろう、これはタヴァン先生がジョークを言ってくれたんだろうか。
取りあえずあたしが反応に困っていると、タヴァン先生は何ごとも無かったかのように話を進めた。
「さて、せっかく来て頂いたのですし、簡単に附属病院を案内しましょう。と言っても患者さんたちがいる病棟エリアはダメですが、研究棟は案内出来ますし」
「分かった。よろしく頼む、タヴァン先生」
「いえ、見学だけに、ビューっと移動しましょう」
そう言ってタヴァン先生はまたツヤツヤした笑顔を浮かべる。
『…………』
あたし達はやはり反応に困ってしまうのだけれど。
というか、王宮であったときのタヴァン先生は優秀な医師っぽい風格を感じたんだけれど、あのナゾの笑みを見ると残念な変人のように感じてしまう。
「なあウィン、タヴァン先生って大丈夫か?」
「あたしが知る訳ないでしょ。きっと先生の渾身の話術なのよ」
「渾身……、そうかなあ……」
カリオが何やら不安に感じてあたしに耳打ちして来たけれど、どうコメントしろというのだろう。
あたしは思わず嘆息してから告げる。
「でも、あたし達が病院に来て緊張しないように、気づかってくれているんじゃないかしら?」
「ああ……、そういう見方もできるか」
何やらカリオも、それでいちおう納得した表情を浮かべていた。
マーヴィン イメージ画 (aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




