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10.舞台裏を見せられた気分


 寮に戻ったあたしはクラウディアのアドバイスに従い新聞に目を通した。


 食堂に置かれている今日の新聞は、幸い誰も今は読んでいないようだった。


 適当な席に座って目を通すけれど、あたしが把握していない話なんかも書かれていた。


「はー……、将軍さまのチームが大量にスライムを持ち帰ったのね。今回の治療に使われなかった分は、国内の患者の治療やスライムの研究に使われる予定、か」


 直接的な量はボカされていたけれど、数千人分は確保したのでは書いてある。


 この新聞報道なら、スライムの乱獲は防げるかなあ。


「でも外国に輸出しようとする連中が出る可能性はあるのね……」


 その他のことも、基本的にはすでに知っている内容だった。


 ローズ様に関しては直接お会いしていないけれど、本当に劇的に改善したらしい。


 それに関連して、第一王子が祝いの席を設けたいようなことを言っていたと記事にあった。


 あたしはレノックス様が快気祝いの話をした時に、『何か食べたいものはあるか』とか言われたことを思いだした。


「あのとき何か口走らなくて良かったよね、ホントに」


 下手をしたら、あたしが王家におねだりして食べ物を用意させた形になりかねない。


「まあいいか……、細かい話はタヴァン先生に訊いてみよう」


 自分で独りごちてから、あたしは大切なことを思いだす。


 今回の『薬師(くすし)』が関係する一連の流れに、魔神さまとソフィエンタが関係しているかも知れない件だ。


 というか、たぶん間違いない気がする。


 あたしは思わず眉間を押さえた後に新聞を畳んで元の位置に戻し、自室に戻った。


 少しして部屋の扉がノックされたけれど、アルラ姉さんとロレッタ様とキャリルの気配がする。


 どうしたんだろうと思って扉を開けると、ロレッタ様が告げる。


「大した話では無いけど、ちょっといいかしらウィン」


「あ、はい、どうぞ」


 あたしの部屋に入ってもらい用件を聞くと、『闇神の狩庭(あんじんのかりにわ)』で『夢の世界』に行く件だった。


「昨日ウィンとキャリルは強行軍で王都南ダンジョンに行ったでしょう? ロレッタとも話したけど、今日の『夢の世界』でのトレーニングは中止しようと思うの」


「え、そう……? でも今日、ふつうにあたし授業とか受けたんですけど」


 アルラ姉さんの説明にあたしが応えると、ロレッタ様が微笑む。


「でもウィン、『闇ゴーレム』のこともあったし、予想しないトラブルがぜったい無いとは言えないわ。今週は休みにしておきましょう」


「わたくしも大丈夫だと言ったのですが、姉上の判断も間違いでは無いと思うのです」


「まあ、間違いでは無いといえばそうだけど……。たまにはお休みにしますか?」


「心配しないで、みんなには私から連絡しておいたから」


 どうやら先にアルラ姉さんが手を打ってあるようだ。


 そういうことなら、連絡済みなのを先に言ってくれればいいのにと思って、あたしは苦笑してしまった。




 夕食はいつものように姉さん達と取り、食後に自分の部屋で椅子に座る。


 そしてローズマリーの鉢植えに向かって胸の前で指を組んで目を閉じる。


「ソフィエンタ、ちょっといいかしら。確認したいことがあるの」


「何かしら、って言ってもお姫様の件ね?」


 念話では無くてソフィエンタの声を耳で聞いたので、あたしは目を開けた。


 するとあたしは真っ白い神域の中に立っていた。


 目の前にはソフィエンタのほかに、以前会ったことがある魔神さまの姿もある。


 特徴的な長い耳だけれど、学院で見かけた魔族は陽に焼けた感じの健康的な肌だった。


 それに対し魔神さまは白人のような肌をしている。


「やあウィン、元気そうだね」


「こんばんは魔神さま、ご無沙汰しています。というかソフィエンタと魔神さまが居るってことは、今回のローズ様の件は何か手を打ったのね?」


「そうだよ。なかなか面白い展開に誘導できたと思うんだけれどどうかな?」


「まあまあじゃないかしら。放置すれば短命になったローズって子を助けられたし」


 魔神さまの言葉にそう言って、ソフィエンタは笑みを浮かべる。


「とりあえず、座って話そうか」


 魔神さまが視線を移すと、その場にテーブルと椅子が出現した。


 テーブルの上には焼き菓子とカフェラテが用意されている。


 なんだかおやつを頂きに伺ってるみたいで微妙に恐縮ではあるけれど、出された以上頂かないのは失礼だよね。


 そう思いつつ、あたしは席に着いた。


「魔法医療以外への期待感がこれまで以上に高まってるわね」


 そう告げるソフィエンタの機嫌は良さそうだ。


「あとはこれでストレイカー兄弟が、『薬学者』で『薬の有効性を実証する者』になってくれれば、化学とか薬学の芽が育つでしょう。あたし的にも大歓迎ね」


「ん? 大歓迎?」


 あたしがそう告げると、ソフィエンタはその反応を鼻で笑う。


「あたしの権能は樹木と薬よ、今回の流れは好ましいわ」


「……もしかしてスゴイ打算の結果なの?」


 あたしがじっとりした視線を向けるけれど、ソフィエンタは特に動揺する様子はない。


「べつにそういう訳じゃ無いわ。いまでも十分神としての敬意を貰ってるし、承認欲求みたいなものに駆られてはいないもの」


「信者数にこだわってるわけじゃ無いのね」


「まあ、そうよね。いまさら信者がふえるのは、そこまで気に掛けている訳じゃ無いわ」


「でも大歓迎なのよね?」


「ええ。想像できると思うけど、あたし自分の権能にするくらい薬が好きなのよ。その同好の士が増えるのってテンションが上がらないかしら」


「そっちなの?! ていうか、ソフィエンタの権能を決めたのは創造神さまじゃないの?」


 『薬が好き』って響きに不穏なものを感じるのあたしは、何かズレてるんでしょうか。


「まあ、その辺は色々あったのよ。ウィンは忘れてるだけだけど」


「ふーん……」


 我が本体はどうやら薬というものを愛する、ちょっとアレな感じな神さまのようです。


「ウィン、なにか無礼なことを考えて無かったかしら?」


「気のせいじゃないかしら」


 あたしが笑ってごまかしていると、ソフィエンタは一つため息をして魔神さまに視線を移した。




「それよりもアレスマギカ、一連の流れはなかなか見事でした」


「いえいえ、ソフィエンタ先輩の助言のお陰です」


「助言じゃ無いわよ、お小言よ。だってウィンちょっと聞いてよ、この新人いきなり地球で見かけた仙薬を再現させようとしてたのよはじめに」


「あー……」


 というかいまサクッと『仙薬』とか言った気がするけれど、そういう薬って実在したんだろうか。


 わりと引っ掛かる話ではある。


 でもあたしのモヤモヤをスルーして、話は進む。


「でもソフィエンタ先輩は、『不老不死とかは鉄板』って言ってましたよね?」


「確かに言ったけれども。ある意味ド本命ではあるけれども……」


 何だろうこの神々。


 あたしとしては妙な舞台裏を見せられた気分になってきたんですけど。


 人間界の歴史なんかでも、重要なことが決まる舞台裏はわりと残念な感じで事態が動いていることもある気がする。


 誰某(だれそれ)が気に入らないから嫌がらせしとこうぜ、とか。


 何某(なにがし)がジャマだから仲間外れにしようぜ、とか。


 幸い目の前で話されている舞台裏はネガティブなものでは無いけれど、なぜか残念な感じがするのは気のせいなんだろうか。


 あたしとしては焼き菓子を齧りながら考え込んでいた。


「はあ……、まあいいわ。そういうわけで、あとはストレイカー兄弟が『薬学者』になれば、今回の仕込みは完成よ」


「それももうほぼ確定したね。大量の鉱物(ミネラル)スライムが持ち込まれたじゃないか。あれを治療目的に選別する過程で彼らが覚えるのは、もう確率的に間違いない」


「確率ですか?」


 あたしが訊くと魔神さまは嬉しそうに頷く。


「うん、彼らは大量のスライムの選別で、凄い経験値を稼ぐことになるからね」


「ああ、そういう……」


 だれも覚えていなかった新しい“役割”を覚えてしまうほど、大量の鉱物スライムの選別にかられるのか。


 それはもう苦役なんじゃないだろうか。


 でもそういう話を聞いてしまったので、現実で日が変わったらタヴァン先生のところを訪ねるのに気を付けることは無いかが気になった。


 それを確認したんだけれど、魔神さまからは特に注意事項は出なかった。


 ソフィエンタに視線を向けると口を開く。


「特に無いんじゃないかしら? たぶん手が欲しいとか言いだすと思うから、時間があるときに手伝うといいことがあるかも知れないわ」


「いいこと? よく分からないけど、覚えておくわ」


 あたしの言葉に、ソフィエンタと魔神さまは機嫌が良さそうに頷いた。


 ああでも、数千人分の治療用鉱物スライムの取扱いか。


 軽く地獄な感じになってるかも知れないけど、まずはタヴァン先生に会ってみてかな。




 ローズ様の件にソフィエンタと魔神さまが関わっていることを聞けたのだけれど、話の区切りが付いたところで魔神さまがあたしに問う。


「それでウィン、別件なんだけど、赤の深淵(アビッソロッソ)と接触した感じはどうだった?」


「見てたんですか?」


「ああ。人間だった時に連中とは色々あってね」


 そう言えばそんな話を以前ソフィエンタから聞いたのだったか。


 あたしが連中に接触したのを知っているくらいだ。


 赤の深淵の動きは直接観察しているんじゃないだろうか。


 それでもあたしに話を聞くのは、人間の身で連中に対峙した印象を確認しておきたいんだろう。


「一言でいえば、対処するには面倒そうな連中ですね。怖くは無いけれど、油断はしたくないカンジかな」


 いちおうあの芳炎流(ノビリスフランマ)を使うと判断された魔族は要注意だけれど、それ以外は対処自体は何とかなると思うし。


「それは妥当な評価だと思うよ。あまり手助けをするわけには行かないけれど、ちょっとこのあと「アレスマギカ!」あ、はい」


 魔神さまが何か言いかけたところで、ソフィエンタがそれにツッコミを入れていた。



挿絵(By みてみん)

アルラ イメージ画 (aipictors使用)




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