09.ずい分頑張ってくれてな
週明けの地曜日も夕方近くになって、ライオネルはようやくギデオンと話す機会を得た。
ギデオンは外交日程の合間を縫って、訪問国にある王国の大使館から遠距離通信の魔道具を使っている。
一方ライオネルは自身の執務室で机に向かっていた。
机上の魔道具から空中に表示される画像越しに、ギデオンと話をしている。
「――そういうわけで、こちらは何とかなった。結果としてローズの病名が判明し、その根治が成功した」
「全く、今の今まで分からなかったとは難儀な病だな。体質かと思っていたが……、いや、体質ではあるのか」
「医師長の見立てでは、地属性魔力に関する感受性が人並み外れて強いそうだ」
ライオネルの話にギデオンは首を傾げる。
「ふむ、それはどういう意味だ?」
「魔法兵であるとか宮廷魔法使いの鍛錬を積んでいたなら、王国屈指の地属性の戦術魔法の使い手になっていた可能性があるんだとよ」
「それはつまり、なんだ……、妃教育を優先したせいで魔法の才を伸ばせなくて、病気になったって訳か?」
画像に表示されるギデオンが顔をしかめる。
それを見てライオネルは肩をすくめてみせた。
「そういう可能性もあるだろうって話みたいだぜ。だがまあ、今回鉱物スライム療法で治療を行った関係で、そういう偏りは治ったようだ」
「そうか。結果がすべてだ。お前とローズは無事な未来を勝ち取った、いまはそれでいいじゃないか」
「うん、そう考えることにするぜ親父」
通信の魔道具越しではあるが、穏やかな表情を浮かべるライオネルにギデオンは内心安どしていた。
仮定の話をするのは意味が無い。
だがもし今回ローズを失うようなことになれば、ライオネルは悲しむ暇もなく妃を新たに娶る準備を進めねばならなかっただろう。
ライオネルの年代でいえば、目ぼしいかつての妃候補はすでに婚約や結婚が済んでいる。
ローズに決まった段階で、国内の貴族たちはそれぞれの娘の未来を決めていた。
もし新たに探すとなれば、現実的には北のオルトラント公国や南のフサルーナ王国から娶ることになる。
その上で貴族派閥の問題へ対処をしなければならない。
王国貴族の動きによっては、貴族間の溝を深める可能性もあった。
それを今回防ぐことが出来た。
「盛大に祭りにしたい気分だな」
「おお、親父もそう思うか? 俺も祭りにしていいと思っていたんだ。そこで元気なローズの姿をアピールできれば、王家も安泰だと各方面に示すことができる」
「そうそう、それでいい」
「祭りの名前はどうしようか?」
魔道具の画像越しにライオネルは問うが、ギデオンは特にこだわりなどは無さそうだ。
「べつにそんなのは任せるぜ。『スライム祭り』とかでいいだろ」
「えー……、そのまんま過ぎねえか?」
ライオネルが呆れた視線を送るが、ギデオンはそれに細く息を吐く。
「バカたれ、分かりやすいのは大事だろ。迂闊に人名を使ってみろ、そういうのが積もり積もると後で収拾がつかなくなってくるんだぞ」
そう言ってギデオンは王国の記念日のうち、人名が付けられた中で有名なものを幾つか上げてみせた。
ギデオンに指摘されたライオネルは眉間にしわを寄せた。
「まあいいか、祭りは遣る方向で宰相や将軍と相談を始めておく」
「うむ、良きに計らえ」
ギデオンは可笑しそうに画像越しに笑ってみせた。
その後ライオネルはギデオンと、祭りを行う上での方針などを相談した。
今回外部に協力を得たのは共和国の駐在武官と月輪旅団、そしてレノックスの学友だ。
ティルグレース伯爵夫人も直接的な協力を得ているが、彼女の場合はダンジョンなどでのフィールドワークの実績もある。
社交界での評判も悪くはない。
レノックスが指名したことにしても、そこを妬むような貴族家は出てこないだろう。
迂闊なことを言えば、似た局面で同様の立ち回りが求められかねない。
悔しければシンディと同じ力量の魔法の使い手を、招集後すぐに用意してみせろという話になる。
共和国と月輪旅団に関しては、開催予定のスライム祭り (仮)で王家主催の食事会でも開くことにして、そこに招けばいいだろう。
先方が辞退するのも、それを許容すればどうにでもなる。
祭りを含めて急な話だし、予定が付かないなら参加辞退は許容する。
それだけで騒ぎそうな貴族への対策としては、『食事会は王国の威信を示すものでは無く、王国で暮らす者の健康に感謝する会』と位置付ける。
加えて、『祭りの期間に健康への感謝を抱いている限り、その者は尊きものとみなす』、とでも布告すれば文句は出ないだろう。
その条件を満たす庶民も『尊きもの』と認めたことになるし、庶民派の王家をアピールするためにそうしたといえば全て丸く収まる。
あとは鉱物スライム療法の、安定的な実施体制を目指すのを国の内外に示す。
それを王家からの感謝だとすれば、度量も示せるはずだ。
「――方針としては大体そんな所だろうな」
「分かった。あとはそうだな、今後はスライム治療のような、従来にはない医療をもっと研究してもいいだろうな」
そう言ってライオネルは、オリバーが精鋭騎士百名を率いて大量に確保した鉱物スライムの話をした。
「あー……、小さい樽じゃ無く中樽なんだな? ワインの中樽で十個分はあるって? スライムだけで?」
「ああ、ずい分頑張ってくれてな」
「さっきの話だと、ジョッキ一杯で足りるとか言って無かったか?」
「「…………」」
二人の脳裏に過ぎったのは何人分の治療に使えるかということだった。
おおよそだがワインの中樽一つでジョッキ数百杯分を格納できる。
それが十個あるので単純計算で数千人を治療できる分は確保したことになる。
実際には品質の問題があるようだし、全部が全部そのまま使えるわけでは無いだろうが。
「いちおう今回使わなかった分は、半分ずつルークスケイル記念学院とブライアーズ学園に下賜した。研究してもらって、家畜よろしく増やせないかと思ってな」
「ほう、それは面白いな」
「その辺りのことはロズランに投げといたから、適当な大臣なり文官に割り振るだろう」
ライオネルから宰相であるロズランの名が出るとギデオンは頷いた。
「分かった。それでいい」
「ところで親父の方はどうだ? 話してて特に機嫌が悪くは無さそうだが」
ライオネルに訊かれてギデオンは自身が会った訪問国の為政者たちを思い出し、鼻で笑う。
「そうだな。先方は協力的だ、少なくとも表向きはな。巡礼客として自分のとこの労働力が国外に出るのは気に食わないだろう。だが王国に人が集まって、そのことで王国にモノを輸出できるのは嬉しいわな」
「ま、外貨が獲得できるなら嬉しいだろ。だが親父、それってリンが言ってた件と絡んでくるんじゃねえの?」
ライオネルはギデオンの話で、物資の輸入によって王国から支払いが発生することを想起した。
王国で足りない分を他国から輸入すること自体は、いままでも普通にあることだ。
だが先日ライオネルもギデオンも、第二王子であるリンゼイから王都の拡張事業に関連して、金の流れに問題が起こりうるという話を聞いている。
「ふむ、懸念の段階ではあるが、ゴールドの量か」
「ああ、いまは情報を整理させてるところみたいだが、無視できる話じゃあねえ」
「無視という話は当然無い。王国は歴史が長い分ゴールドの保有量は十分なものがあるが……。確かに色々と考えていい時期かもな」
その話しぶりにライオネルは首を傾げる。
「拡張事業が本格的に始まれば物価が上がるのは避けられねえし、悠長にしてられねえぞ親父」
「分かってる。――それで、いまはこんなところか?」
ギデオンが連絡を切り上げようとしたところで、ライオネルは一つ思い出したことがあった。
「なあ、レノの王都地下遺跡調査の件はどうするんだ?」
「ううむ……」
すっかり頭から除外されていた話を思い出し、ギデオンは呻き声を上げた。
王都地下の古代遺跡に関しては、学院のマーヴィン学長から口頭で説明を受けている。
王国が今の形になってから、これまでに何度も調査が行われた件だ。
だが毎回目ぼしい発見も無く現在に至っている。
それでももし古代の超魔法文明の遺跡が眠っているのなら、国力の底上げには調査したいところだった。
しかし懸念はある。
「学長の話では、もし入り口を開封することに成功した場合、スタンピードが起きる場合もあるとのことだったな」
だがギデオンとしては、正直半信半疑ではある。
長い王都の歴史で、そういう話が上がったことは無い。
拡張事業が本格的に始動してしまえば、仮に街に被害が出ても建物などは事業のついでで何とでもなる。
人的被害にさえ気をつければ、問題では無いだろうとギデオンは考えている。
「それなー。……悪いけど親父、先にスライム祭りをやっちまってもいいか?」
「何も悪くは無いな。もし実在しても、今まで眠ってた古代遺跡が、今日明日にどうこうすることは無いだろう。開封してスタンピードなんて起きた日には、祭りどころじゃ無くなってしまうしな」
そこまで話をして、ライオネルとギデオンは頷き合った。
連絡を終えるとライオネルは呼び鈴を鳴らし、ロズランとオリバーとの面談を調整するよう指示を出した。
「スライム祭りかあ……。それでも何かいい名前はねえかなぁ……」
独り執務室で思わず呟いてみるものの、ライオネルに妙案が浮かぶ気配は無さそうだった。
ギデオン イメージ画 (aipictors使用)
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