07.知識として持っている
『敢然たる詩』の打合せで、今週は魔力暴走の研究に参加することを確認した。
そのあと解散してあたし達はクラスに戻り、午後の授業を受けた。
放課後になって実習班のみんなやプリシラたちと一緒に部活棟まで向かい、部活棟の前で別れてあたしとニナとディアーナは附属農場の“特別講義臨時訓練場”に向かった。
前回と同様、あたしは訓練場入り口に用意されていたマジックバッグから、参加者が使う木製バケツやランタンなどを取り出す。
そしてデボラに協力してもらいながら、バケツに水を張ったりランタンに火を灯したりして準備した。
「さて、今回も皆には前回と同様に、環境魔力中の精霊の感知を練習してもらうのじゃ。こう告げると『いつまでやるのだろう』と考える者も居るかも知れんのじゃ」
そう言ってニナは参加した生徒たちを見渡すが、特に何か否定的な反応をする生徒はいなかった。
何というか、あたしの個人的な印象だけれども、参加者の生徒は性格的に素直な子が多い気がした。
あるいはそういう性質が精霊の加護に関わっているのかも知れないな。
そこまで考えてからあたしが精霊の加護を得られなかった事実を思い出し、ひとりで勝手に微妙な気分になっていたのは秘密である。
「先にその辺りの話をすると、共和国では週一回一時間弱のトレーニングを続けて、約三か月は精霊の感知を練習したのじゃ。しかし皆は『魔神の加護』を得ているのじゃ」
ニナの言葉にディアーナが得意げな表情を浮かべている。
魔神さまの巫女としては『魔神の加護』の話題は歓迎したいんだろう。
熱心な信仰に繋がるかも知れないし。
「妾の見立てでは、皆の練習は今回か次回までで一区切りになるのではと考えておるのじゃ。そして精霊の感知に区切りが付いたら、精霊のイメージ形成の話が出来るのじゃ」
そう言ってニナは再度参加者の生徒達を見渡すけれど、今の言葉でみんな興味深そうな表情を浮かべている。
あたし的には精霊魔法が使えない以上、ひとごとになってしまいますが。
「そのような訳なので、皆は今回と次回、特に集中していま行っているトレーニングに取り組んで欲しいのじゃ」
『はい!』
そうして参加者たちはニナの指導の下、トレーニングを行った。
前回の続きなので、特に問題無く特別講義は行われた。
時間になると、ニナは参加したみんなに今回の特別講義の終了を告げる。
「それでは今から十五分ほど休憩をした後、刈葦流の指導を行うのじゃ。お疲れさまなのじゃ」
休憩時間に入ったところであたしは参加者が使った道具を片付けて回った。
道具を仕舞ったマジックバッグを入り口近くに置き、アルラ姉さん達のところに移動して声を掛けた。
刈葦流の鍛錬が始まると、アルラ姉さんとロレッタ様の付き添いで来ていたキャリルと二人で見学して過ごした。
それも無事に終了して解散となる。
あたしとキャリル達やディアーナと一緒に部活棟に向かうことにしたけれど、ニナは別方向に向かうらしい。
彼女の傍らにはジェイクとアイリスが立っていた。
「ニナはジェイク先輩やアイリス先輩とどこかに行くの?」
「うむ。これから三人で図書館に向かって調べ物なのじゃ」
「ニナさんと一緒に調べ物なんて、ぼくは楽しみで仕方がないよ」
「ウィンちゃんも興味がある? 何だったら一緒に行きましょう?」
ニナやジェイクの言葉に被せるようにアイリスがそう言いつつ、あたしにウィンクしてきた。
たぶん何かのサインを送っているつもりなんだろう。
「ええと、特に興味は無いです。ニナ、先輩たちも頑張ってくださいね」
「ありがとうなのじゃ」
「うん、頑張るよ」
「がんばります……」
三者三様に返事をくれたけれど、それでもアイリスは逃亡するつもりは無さそうだった。
ニナが使い魔の件で論文化がどうとか言っていた気がするし、三人で共同して執筆するんだろう。
あたしはアイリスの健闘を祈りつつ、みんなとその場を後にした。なーむー。
その日の昼下がり、王都内にある闇ギルドの拠点の一つへと、一人の男が呼び出されていた。
呼び出したのは闇ギルドの元締めであるオードラであり、呼び出されたのは現在はブライアーズ学園で働いているザックだった。
オードラはザックを自身の執務室に呼び出し、ソファで向き合って部下に茶を出させたところで話を始めた。
「それでザック、最近はどうだい? 少しはいまの立場に慣れたんじゃないかい?」
「ああ、君たちのお陰だよオードラ。すこぶるいい調子だけど、こんなことなら国教会などとっとと引き払って転職すべきだったよ」
「やれやれ、ブライアーズ学園ってのはうちとは別の意味で魔窟なのかね」
「確かに、私から見ても怪しい人材は多いけど、その辺は運営母体に冒険者ギルドなんかが入っているからだと思うよデュフフフフ」
「まあ、そう言われりゃあ納得だがね」
呆れた視線を浮かべつつ、オードラはハーブティーを啜る。
「それで、今日私を呼び出したのは学園で用事でもあるのかい?」
「いきなり本題に入ってもいいんだが、そうだね。ちょっとあんたに確認しておきたいことがあるんだ」
腕組みをしながらオードラは問う。
「ザック、あんたは赤の深淵とは関係あるかい?」
そう告げるオードラの表情は表面上は穏やかだ。
ザックは闇ギルドと赤の深淵の確執は、いちおう知識として持っている。
もっとも新聞報道に毛が生えたレベルの内容でしかないが、オードラが直接問い質しておきたかったのは理解できた。
「君を相手に不要な誤解を生みたくない。結論を先ず言えば『関係無い』だ」
「へえ、そいつは良かった」
オードラはそう言って微笑む。
だがザックはオードラのこういう微笑みが記憶にない。
たぶん確認はまだ終わっていないのだろうと判断する。
「オードラ、君のことだから私のことは充分以上に調べただろう。先ず私には連中と接点はない」
「それで? あんたは呪術とか大好きだけど、共感する部分はあるんじゃないのかい?」
そう言ってオードラはニコニコと笑うが、その笑みが深まるほどザックの背筋に冷たいものが走る。
「何を懸念しているのかを知りたいけれど、はっきり言っておこう。私が呪術に触れるのは魔法体系として大きな可能性を感じるからだ。『魔力を使わずに魔法と同じことができる』というのは、面白いと思っているんだ」
「へえ?」
「それは言わば『生きるための呪術』だよ。だが、君らが蛇蝎のように嫌う赤の深淵は、『死のための呪術』だ。信仰のために死ぬことを至上とする奴らと、同じだと言われるのは虫唾が走るんだ」
口調こそ穏やかだったが、ザックは強い意志の働きを込めてオードラの目を見る。
彼女の右目は眼帯に覆われているから、しぜんと左目に視線が向かう。
そのザックの様子を黙って観察していたオードラは、息を吐いてから口を開いた。
「まあ済まなかった。あんたに一度キッチリ確認しておきたかったのさ。確かに連中と一緒にされて、ありがたがる奴は居ないだろうさ。悪かったねザック」
「はあああ……、ホントに何を言い出すのかと思ったよオードラ。これでも立場上は、私は君らのお目付け役のノエルと同格なんだよ?」
「そんなことは知らないね。私らがノエルと行動してるのは、その方が利があるからだ。あんたはノエルの仲間だから、いちおう尊重してるだけさ。邪魔なら消すだけだよ」
「君らの流儀は尊重するよ、やれやれ。……それで、私はオードラのお眼鏡にかなったのかい?」
ザックはそう言って肩をすくめてみせた。
その様子を不敵に笑い、オードラは問う。
「『同格』なんて話が出たしもう一つ教えてほしいんだが、あんた『竜担当』としての仕事はどうなってるんだい?」
「ぐぬっ……」
オードラに問われてザックの表情に怒気が混ざる。
だが直ぐにそれを内面に引っ込めて盛大にため息をつく。
「はああああ。恥ずかしながら停滞中だよ。ディンラント王家のガードが堅くてね、情報も得られないし進展もない。面白そうな動きもあるんだけど、進展する様子が隠されてるのかそもそも無いのか……」
そこまでひと息に喋った後に、ザックはもう一度ため息をついた。
その様子をうかがって、ニヤニヤとヒトの悪そうな笑みをオードラが浮かべ始める。
「そいつは良かった」
「ぜんぜん良くないよ! 何言ってるんだよ君は? これは魔神さまから私らへの宿題なんだよ?」
「ああ、済まないね。べつにあんたや魔神さまをどうこう言うつもりは無いんだ。ちょっと手伝ってほしいことが出てきたのさ」
「手伝ってほしいこと? ……ふむ。君らには大きな借りがあるから、私にできることなら手伝うが……」
そこまで口にして、ザックは闇ギルドの仕事を想像して首をひねる。
彼のそんな表情を楽しそうに観察しながら、オードラは問う。
「なあ、あんたは呪術比べは興味は無いかい?」
「呪術比べ? 闇ギルドは呪術まで扱うのかい?」」
「はあ、ここまで話して察しが悪いねえ。『竜担当』の計画が停滞するのは、あんたが賢すぎて狡猾さに難があるからじゃないかい?」
オードラの挑発するような視線と言葉で、ザックは思い至る。
「ああ、なんだ……、そういう事か。赤の深淵絡みの話だね」
「気付くのが遅いよ」
「元からそういうつもりなら、そう言ってくれればいいじゃないか」
「話の段取りとかあるんだよ、ここまでの会話をもう忘れたかい?」
オードラに呆れた視線を向けられ、ザックは嘆息する。
「分かったよ。それでどこから始めるんだい?」
「そうだね、先ずはネズミ狩りからってところだね」
オードラは何の感慨もなくそう言って、茶を一口飲みこんだ。
アイリス イメージ画 (aipictors使用)
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