06.テクノロジーな感じがする
あたし達は三人で喫茶店を出て、学院に向かった。
身体強化と気配遮断を行って王都を駆けて行ったのだけれど、あたしとディアーナにマルゴーが同行してくれた。
どうやら護衛のつもりらしいけれど、不審者のこともあったし確かに心配だよな。
「それじゃあ、今日は付き合わせて悪かったね」
「いいえ! ありがとうございましたマルゴーさん」
「姉さんありがとう!」
あたしも自分の分は出すと言ったのだけれど、大した額でもないからと言って奢って貰ってしまった。
「また今度、なにかディアーナに奢っておきますね?」
「ウィンさん?!」
「気にしなくていいんだよホントに、そういうのは歳相応に『ゴチです』って笑ってればいいんだ」
マルゴーはそう言ってからりと笑う。
「でも最近、色んな値上げがあるじゃないですか?」
学院内でずっと過ごしている分にはそこまで自覚することは無い。
食堂のメニューとかは値上げは無いし、購買でも同様だ。
けれど少し商業地区を歩くと、細かい値上げが色んな所で始まっている気がした。
「まあ、値上げがあるのはそうなんだけど、その分稼げばいいだけだよ」
そう言ってマルゴーは妖しく笑った。
「は、はあ……」
「それじゃあマルゴー姉さん、今日はありがとう」
「ああ、いつでもお呼びディアーナ」
「ありがとうございました」
「またねウィン」
そうしてあたしとディアーナは、手を振ってマルゴーと別れた。
二人で寮までもどり、あたしは先ず姉さんの部屋に向かった。
アルラ姉さんの部屋にはロレッタ様とキャリルもいて、あたし達は鉱物スライムを取りに行った話やローズ様の話をして過ごした。
その後いつものように姉さん達と夕食を食べ、自室に戻って日課のトレーニングをする。
寝る前には読書をして、何となくスウィッシュを呼び出してお喋りしてから寝た。
週が明けて一月の第四週になった。
朝起きて、ふと脳裏に過ぎったことがあった。
王都地下にあるという遺跡について、ライゾウをはじめとした史跡研究会の面々が調査を行う件だ。
あたしもキャリルと共に、薬神のレリーフに魔力を流し込む担当として参加することになっている。
ただ、遺跡を開封したときにスタンピードが起きたら対処する必要がある。
「スタンピードとかホントに起こるのかなあ……」
心配になる以前にいまひとつ現実感が感じられなくて、少し考え込みながら寮の食堂に向かう。
配膳口で料理を受け取って席に着こうとしたところで、新聞を広げている生徒の姿が目に留まる。
新聞を立てて読んでいるので一面の記事が目に入るけれど、『第一王太子妃のご病気が快癒へ!』という文字が躍っていた。
おもわずトレーを握りしめつつ「おー」とか呟くと、新聞を読んでいた生徒と目が合って笑われてしまった。
「新聞読むかしら?」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。ローズ様のご病気が快癒されたってニュースなんですね?」
普段ほとんど喋らない先輩だったけれど、面倒がらずにあたしの話に応じてくれる。
「そうね、きのう一日で王室は大騒ぎだったらしいわよ」
「あ、そうみたいですね」
「ふふ、斬撃の乙女はそういう話には耳が早そうね」
そう言われると物言いをつけたくなるのだけれど、今回はたまたま巻き込まれたわけで。
「べつにそんなことは無いですよ」
あたしが絞り出すように答えると、先輩は笑っていた。
食事を済ませてから、あたしはいつものようにクラスに向かう。
みんなと挨拶をしつつお喋りをしているとディナ先生がやってきて、朝のホームルームが始まった。
挨拶もそこそこに本題に入ったけれど、週明けから不穏な連絡事項があった。
「それではまず皆さんにお話しておくことがあります。本日朝より、学院構内での警備の強化が行われています――」
具体的には学院は王立の組織なので、完全武装した衛兵が二人一組で何組か、常時構内を巡回して警備してくれているそうだ。
加えて、正規の警備だと分かるように、衛兵は全員学院の紋章が入った真っ赤な腕章をつけて巡回しているそうだ。
「――基本的に衛兵の人たちは学生同士のいざこざには介入しませんが、そういう人たちが巡回しているのは覚えておいてください」
『はい』
ディナ先生の話によれば他の学校でも、同様な巡回警備が行われているらしい。
ブライアーズ学園とボーハーブレア学園は、年間契約した何組かの冒険者たちを警備に充てているそうだ。
聖セデスルシス学園については、王立国教会が神官戦士団を警備に充てることになったという。
「知っている人も多いでしょうが、一昨日の光曜日に学院内に不審者が現れ、生徒に危害を加えようとする事件が起きました。幸いケガ人はいませんでしたが、これを機に外部の者へのチェックを厳しくします。皆さんは学生証を必ず持参するようにしてください」
『はい』
そういうことなら、夜なんかに学院を抜け出すときは厳しくなるんだろうか。
今まで以上に気配の遮断をがんばろう。
そもそも夜中に出かけるなという話になりそうだけれど、そこは気にしないようにした。
ホームルーム後は普通に授業を受け、お昼休みには実習班のみんなと昼食を食べる。
その後あたしとキャリルは、『敢然たる詩』の打合せに向かった。
いつものように魔法の実習室に向かい、メンバーが揃ったところであたしは【風操作】で周囲を防音にした。
「まずはお前たちに感謝を。昨日は急に呼びつけて済まなかった」
「気にしなくてもいいですわレノ。皆あなたが困っていたから手伝ったのです」
「そうだぜ。正直、戦闘力という点では手が足りてたような気がするけど、確かに連携の取りやすさっていう面ではいい判断だったんじゃないか?」
レノックス様の言葉にキャリルとカリオが真っ先に応じる。
あたしとしても大きな異論はないけれど、コウは別のことを考えていたようだ。
「いやカリオ、手が足りたのは結果論だよ。王都南ダンジョンの現地の状況については、事前に詳細は掴めていないって話だったね? レノとの連携に慣れているボクらが同行したのは、不測の状況に備えるのには大切だったんじゃないかな」
「コウは意外と慎重ね。でもその考え方は大切だと思うわよ。レノの警備陣にしても普段のダンジョン行きに同行してくれる人たちが集まってたわよね?」
「「え?」」
あたしの指摘にコウとカリオが首を傾げる。
「まさか気付いて無いってことは無いわよね? ふだん鍛錬で王都南ダンジョンに同行してくれる人たちが中心だったけど、気が付かなかったかしら?」
あたしがじっとコウとカリオを見ると、二人はスッと視線を逸らした。
ていうか気付いて無かったのか。
「いずれにせよ、お前たちのお陰でローズ姉上への施術は無事に成功した」
「おめでとうございますレノ。わたくしも本日の朝刊で知りましたわ」
「「「おめでとう」」」
「本当に感謝だ……、ありがとう」
レノックス様はそう言って穏やかに微笑んだ。
ローズ様の体調に関してあたしが訊いてみると、急激に回復したという話だった。
「いちばん驚いているのはローズ姉上本人だろう。一日で血色がいきなり改善したからな」
「そんなに急に効果があったのか?」
「どうやらそのようだ。詳しい話は知らんが、核を破壊した鉱物スライムに処置を施して治療用に調整して投与すると、患者の脳神経系のダメージを修復するのだそうだ」
そこまで来ると魔法というよりは、何らかのテクノロジーな感じがするのは気のせいだろうか。
いや、医療技術だってテクノロジーなんだと言われたらそうなんだけど、少なくとも魔法医療とは毛色が違う気がする。
「そうなのね。骨や筋肉とかじゃあ無くて脳神経系の修復だから、直ぐ効果が出たってことなのかしら」
「どうやらそうらしいが、詳しい理屈はオレは知らん」
「そういうのは医者の先生たちに任せればいいだろ」
カリオがお気楽な感じでそう言って笑う。
確かにそうなんだけど、そういうところでもっと好奇心を持てばいいのに。
残念なカリオだなあ。
「どうしたんだウィン?」
「何でもないわ。残念なカリオだなあって思っただけよ」
「なんでいきなりそんなこと言われるの俺?!」
「それよりもレノ、あたしタヴァン先生と話をしてみたいかも」
カリオがなにやら衝撃を受けているけれどスルーして、あたしはレノックス様に確認した。
「ああ、問題無い。そもそも今回の鉱物スライム捕獲の件で、タヴァン先生とエイダン先生がウィンに話をしたいと言っていたらしい」
「あたしに?」
「ああ。品質保持の発想について、話をしたいそうだ。それにオレも直接礼を言いたい」
品質保持の発想って言っても、マグロの氷締めの話はちょっとなあ。
でもまあ、何とかなるか。
「それなら訪ねてみればよいではありませんか。わたくしも同行しますわ」
「あ、俺も附属病院の見学とかは興味があるかも」
「そういう話ならボクも行きたいな」
たしかに病院の見学とかは、許されるなら興味深いけれども。
「じゃあレノ、タヴァン先生のところをみんなで訪ねることにしない?」
「分かった。オレの方で調整しておこう」
そうして明日の放課後に『敢然たる詩』として魔力暴走の研究に参加したあとに、みんなで病院に向かうことになった。
レノックス イメージ画 (aipictors使用)
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