05.変な奴が増えたなあ
喫茶店でケーキとお茶を頂きながら、マルゴーとディアーナと話し込んでいた。
話の流れ的に『赤の深淵』の話題が出たので、あたしは魔族の一人に妙な視線を送られた話をした。
「妙な視線ですか?」
「うーむ、ウィンは魔族ウケする娘だったか。その線はちょっと想定外だったね」
「マルゴーさん、結構マジメな話なんですけど」
あたしがじとっとした視線を送ると、マルゴーはニヤニヤ笑う。
「ああごめんよ。芳炎流の使い手らしき魔族ねえ」
「ええ。デイブにも相談したんだけど、『植物系の魔獣だと思った方がいい』とか言われたんです」
あたしの言葉にマルゴーは頷く。
「そりゃ確かに言いえて妙だね、武術を学んでいると無意識に人間の動きに応じてしまうときがある。いつもは普通に戦える奴でも、リズムが崩れることはあるだろうさ」
「しかも動きの速さがデイブ以上かもです」
「ああ、そういう奴もいるだろうね。ただ『速さ』を相手にするときには幾つか選択肢がある。何だか分かるかい?」
そう言ってマルゴーは悪戯っぽく微笑む。
選択肢って言われてもなあ。
「どういう意味での選択肢ですか?」
「戦略や、戦術面での選択肢だね」
「うーん……。速度で勝負するか、速度で勝負しないかの二択ですか?」
「なかなかいいセン行ってるが、……ディアーナはどう思う?」
「わたしもウィンさんと同じことを思ってたわマルゴー姉さん」
あたしとディアーナの言葉に細く息を吐き、マルゴーは得意げに告げる。
「まあ、正確には三択だと思ってるよ。『速度で勝負する』か、『守勢で速度以外で勝負する』、そして『攻勢で速度以外で勝負する』の三つだ――」
マルゴーによれば、守勢とは防御に徹して長期戦に挑んだり、相手が速度を活かせないような守りに適した場所で戦う戦略だという。
そして攻勢とは広範囲に広がる攻撃を繰り出したり、カウンターであるとか罠を使ったり、魔法薬や魔獣毒を使ったりして戦う戦略だそうだ。
「ウィンやディアーナの場合は防御はそこまで得意では無いだろうから、『攻勢で速度以外で勝負する』のが無難ではあるだろうけれどね」
「「ふーん」」
マルゴーから罠の話が出たので、あたしは思わず考え込む。
「そういうことなら、今度トリモチを買っておいた方がいいですかね?」
「ああいいねえ、ワタシもそうするかな。最初から使っても避けられるだろうけど、持っていれば選択肢が増えるだろうし」
「ですよね?」
あたしとマルゴーがそう言って頷き合っていると、ディアーナは「物騒な女子会ね」と言って苦笑した。
「でもディアーナ、準備しておけば却ってムダになったりするじゃない? あたしはその方がいいかしら」
「うーん……、でもおそうじはしたい気がするんですよね」
ディアーナはまるで自室の掃除をするような気軽さで笑みを浮かべる。
彼女の言葉を聞いて、ディアーナの方が物騒だと思ったあたしはズレているだろうか。
そんなことを考えていた。
闇曜日の王都の商業地区は、平日よりも人混みでごった返している。
収穫祭の頃ほどでは無いにせよ、聖地となった関係で巡礼客が増えていることもあり、商業地区には多くの客が訪れていた。
「舐めてんのかコラ!!」
そう言って商業地区の細い路地裏で、旅装をした男が子供を殴り飛ばした。
旅装の男には連れが二人いるようで、彼らは全員腰に片手剣を佩いていた。
殴られた子供はみすぼらしい身なりをしているが、王都のストリートチルドレンの一人だ。
子供は旅装をした冒険者である獣人の男から、鞄を置き引きしようとして失敗したのだ。
【収納】に入れずに持ち歩く時点でマジックバッグか、そうでなくてもちょっとした金品などの手荷物が入った鞄だと当たりをつけた。
手慣れた犯行だったが相手は獣人の冒険者で連れも居り、直ぐに気づかれて捕まった。
そのまま近くの路地裏に連れて来られて殴られている始末である。
子供は殴られて距離が出来たところを逃げようとするが、獣人の冒険者とその仲間がすぐに捕まえてさらに殴ると大人しくなる。
「魔神さまの聖地にわざわざ来たってのによ、お前みてえなクソガキがいるなんざどういう了見だ? あ?」
「……」
子供は場慣れしているのか、獣人の冒険者が声を荒げても怯えは見せなかった。
ただいつものように、早く目の前の状況が終わればいいという風な死んだような目で地面を眺めていた。
それが獣人の冒険者のリーダー格らしき男を怒らせてしまった。
「もういい……、言っても分からねえガキには仕置きが必要だよな?」
そう言って男は腰の片手剣を抜く。
両刃の標準的なものだったが、殺傷能力はそれなりにありそうだった。
「手癖が悪いガキには、手足の二、三本はぶった切って理解させなきゃならねえだろ。分かってるのかゴルァ?!」
そこまで勢いだけで叫んで獣人の冒険者が剣を振り上げると、その手を後ろから掴んだ者が居た。
「――他所じゃあ知らねえが、ここは王都だぜ?」
そう告げる若いスキンヘッドの男は身体強化を行っており、獣人の冒険者の手をミシミシと握りしめている。
それはたまたま通りかかったゲイリーだったが、その後ろにはいつものようにケムとガスの姿もある。
彼らの登場に旅装の冒険者たちは構えを取る。
そんな獣人たちを観察しながらゲイリーは言葉を続ける。
「王都でガキ相手に遣り過ぎたら、そいつは肉にされても自業自得だ」
「なんだハゲ! やろうってのかよチンピラ野郎」
「威勢のいい野郎だなゴロツキ。必要なら幾らでも相手してやんよ」
そう言ってゲイリーは獣人の冒険者たちを油断なく観察する。
とりあえず彼の見立てでは、剣を抜いた者が連中のリーダー格だと判断できたので、そのままミシミシと手を握りながら言葉を続ける。
「だがな、いいかゴロツキ。王都じゃ裏社会の連中は、ほとんどが元ストリートチルドレンだ。その意味が分かるか?」
「何だっていうんだよチンピラハゲ!」
剣を抜いた者とは別の獣人が、ゲイリーに叫ぶ。
それに対してゲイリーの後ろに控えていたケムが、鼻ピアスを閃かせながら説明する。
「ガキ相手に遣り過ぎたら、チンピラ含めて色んな奴から目の敵だぜ? オレたちが言うのも何だが、そういうのはウザいと思うんだ」
「そーそー、そこんとこどうよ、おのぼりさん?」
ケムの言葉に合わせて、耳ピアスを閃かせながらガスが首を傾げて告げる。
ゲイリーの圧に比べてケムとガスはまるでやる気が無さそうな感じで告げているが、それが却って獣人たちを冷静にさせた。
少なくとも、ゲイリー達が言いがかりをつけて、担ごうとしている訳では無さそうだと思い至る。
そして獣人たちは構えを解き、剣を抜いていた男も力を抜く。
それを観察しながらゲイリーが問う。
「で?」
「ちっ、やめだ。しっかりそのガキ説教しとけやチンピラハゲ。あと手を放せや」
「おうよ。……狙われたのは同情するが、旅先で油断するなよゴロツキ」
そう言いながらゲイリーは掴んでいた手を離した。
「ケッ」「うっせえチンピラハゲ!」「もう行くぞ!」
何やら捨て台詞を残しつつ、獣人の冒険者たちはその場から去って行った。
その様子を油断なく伺っていたゲイリー達だったが、彼らが視界から消えてから路上に座り込んでいる子供に視線を移す。
子供はゲイリーと視線が合うと口を開いた。
「ありがとうゲイリー……」
「おう小僧、ケガぁねえか?」
「……うん」
子供はそう言ってゆっくりと立ち上がった。
その様子を見てゲイリーは爽やかに微笑みつつ「そうか」と告げて、その直後に子供の頭にゲンコツを叩き込んだ。
叩かれた子供は頭を抱えて悶絶している。
「遣り過ぎはお前だよ?!」
「大丈夫か? おいッ?!」
ケムとガスがよろよろと悶えている子供に駆け寄るが、ガスが【治癒】を子供にかけ始めた。
その様子を見ながらゲイリーは長い溜息をつく。
「ったく、変な奴が増えたなあ。どうしたもんだろうな……」
そうしているうちにガスの魔法で回復した子供が居住まいを正し、ゲイリー達に頭を下げた。
「ごめんなさい、ゲイリー、兄貴たち」
「全くだ……」
「相手を選べ」
ケムとガスが順にそう告げるのを見ながら、ゲイリーが諭すように言葉を駆ける。
「冒険者ギルドで、依頼の予行演習を始めたの知ってるだろ? カネは貰えねえがメシは貰える。食うだけならそこで何とかなるぜ。……だから、もしやるならもっと上手くやれ」
「うん……、分かった。ありがとう」
そう言って手を振る子供を送り出し、ゲイリーは嘆息する。
「衛兵は相手にしねえし、相談役かなあ……」
そう呟いてから、彼らもまたその場を後にした。
同じころ、何故かデイブが自分の店で盛大にくしゃみをしていた。
ゲイリー イメージ画 (aipictors使用)
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