04.おそうじ上等です
王都南ダンジョンへの強行軍で鉱物スライムをミネラルアントごと捕獲して来た。
その後は解散してアルラ姉さんやディアーナに連絡し、いまディアーナとマルゴーとお茶をしながら詳しい話をした。
マルゴーによればローズ様はもともと、妃候補の頃から身体が弱いと指摘されていたようだ。
「でも今回の治療が効くなら、ローズ様の健康状態も良くなるんじゃないかねえ」
「だといいけれど、治療の詳しい話は聞いていないんです」
今回の話は急だったし、ソフィエンタに確認してもいいかも知れないな。
なんせ薬神と呼ばれる樹木と薬を司る女神なんだし、病気の治療には詳しいだろう。
「さすがに国の内外で実績がある伝統医療なら、それなりに効果があるんじゃないかねえ」
「たしかに伝統医療ってことは、長い歴史がありそうよね姉さん」
「ああ。――ということはだ、効果がある可能性も高くて、それが発表されればお祭り騒ぎになりそうだね」
「「あー」」
ただでさえいま王都は巡礼客で騒がしいのに、そこへ来てローズ様の快気祝いでお祭りとかになったら大騒ぎになりそうだな。
「……スライム祭りとかナゾの祭りになったりしませんよね?」
「なんだいそりゃ?」
あたしは地元で起きた奇跡と聖塩の祝祭の話をした。
「それでスライム祭りだって? 面白いかも知れないねぇ。スライムといえばヌルヌルするのがイイ感じだし、ワタシの店でm「そういえばウィンさん!」」
マルゴーが妖しい笑みを浮かべて何かを言おうとしたところで、不穏な気配を察したディアーナが会話に割込んだ。
マルゴーはそれに苦笑いしつつ、ディアーナの言葉を待っている。
「ええと、ウィンさんは誰かを好きになった経験とかありますか?」
またいきなり急に方向転換したな。
マルゴーのお店の話をされるよりは、よっぽど安心な気はするけれども。
「ええと、父さんや母さんは好きよ?」
「とぼけるんじゃないよウィン。コレの話だよコレ、男を好きになったことはあるのかって話だよ」
そう言ってマルゴーはビシッと親指を立ててあたしに見せる。
あたしはとりあえずどう反応したらいいものかと思いつつ、こちらもサムズアップしてマルゴーの親指に自分の親指をぴたっと重ねた。
「とくに無いですよ?」
あたしがそう応えると、マルゴーとディアーナは信じられないものを見るような視線であたしを見た。
マルゴーは手を引っ込めてティーカップを握り、ひと口お茶を飲んだ。
「あくまでもシラを切るか。本当に枯れてるというか、妙に堂に入った子だねえ」
「なかなかウィンさんは手ごわいわね」
「そんなことを言われても、もう応えたじゃないですか」
無い袖は振れないんですよ、うん。
言ってて微妙に侘しい気分になる気もするけど、誰に対しても特に恋愛感情とか無いんだよな。
「女子会では恋バナくらいするだろ」
「凄く残念です」
「いや、ホントに無いんですよそういう話。地元でも友達はいたけれど、恋愛とかは無いかなあ……」
「「ふーん?」」
そう言ってマルゴーとディアーナはあたしに視線を向けるけれど、全く納得していない様子だった。
だが話はここで終わらなかった。
なぜかマルゴーが無理にでも訊き出そうと質問をし始めたのだ。
「なら訊き方を変えるが、ウィンはどういう奴が苦手なんだい?」
その質問にはディアーナも不思議そうな表情を浮かべているな。
あたし的には特に問題無い質問ではある。
「それはもちろん、バカなやつはダメですね」
迷わず即答した。
「そりゃまたどうしてだい?」
「だって、そうだな……、話してて疲れるのはイヤじゃないですか」
あたしはラクがしたいんですよ。
めんどうな相手には関わりたく無いわけです。
だがここまでのやり取りで何か気付いたことがあったのか、マルゴーはディアーナに確認した。
「どう思う?」
「たしかに怪しいわ……!」
「だよねえ」
怪しいって何の話だよ。
「もうちょっと教えてくれないかい? バカって言っても色々いるじゃないか」
「色々ですか……」
改めて言われてもなあ。
そうして主にマルゴーに確認されながら幾つか問いに答えて行った結果、彼女は何かを把握したらしい。
「だいたい整理できた感じかねえ」
「マルゴー姉さん、さすがね!」
「まあね。ワタシの仕事でも結構大切だったりするんだよ」
何の話なんだよ。
あたしがじとっとマルゴーを見ていると、妖しく笑いながら告げる。
「まとめると『優秀なのに謙虚すぎたりバカなフリ』とか、『偽悪的な行動をするバカ』は疲れるってことでいいんだね?」
「ええと、あたしのことならそれで合ってますけれど……」
「ふむふむ、好きの反対は無関心だけど、バカな奴にこだわりがあるってのは確定だね」
「確定よね」
「見方を変えれば『優秀なのに謙虚な奴』、『優秀なのにバカなフリをしてる奴』、『偽悪的な行動をする奴』は放っておけないってことだね?」
「マルゴーさん?」
「つまりは、ハイスペックな照れ屋さんな男性が好みってことですよね?」
「ディアーナ?」
「しかも外見的な特徴を、一切言わないあたりが末恐ろしいねえ」
「ええと……」
「もしかしたら、かなりストライクゾーンが広いのかも知れません!」
「…………」
あたしの戸惑いはお構いなしに、マルゴーとディアーナは頷き合っていた。
そうして一連のナゾの誘導尋問により、あたしの好みが認定されたようだった。解せぬ。
「はあ……。あたしの好みの話は割とどうでもいいんですけど、べつの話をしていいですか?」
あたしの表情を伺いつつ、マルゴーが妖しい笑みを引っ込める。
「もちろん構わないよ」
「ええと、学院の構内に不審者が入り込んで、通り魔的な感じで生徒を襲った話は知っていますか?」
「ああ、その話かい。捕まって無くて『赤の深淵』の連中だろうって話は流れてるね」
「流れてる? 情報屋にってことですか?」
「ああ。王都の裏社会ではちょっとした騒ぎになるかもだねえ」
マルゴーは知っていたか。
あんな不審者がウロついていたら、エルヴィスはともかくディアーナのこととか心配になるよな。
それよりもいま『裏社会』って言ったけれど、その言葉であたしは以前ノーラたちから聞いた話を思い出した。
「『裏社会』で思い出しました。共和国出身の冒険者から聞いたんですけれど、『赤の深淵』は闇ギルドと敵対関係にあるみたいですよね?」
「それなんだよねぇ……。ただ、末端まで含めた組織の大きさでいえば、闇ギルドの方が圧倒的に大きな組織だ。その連中を敵に回して存続している以上、『赤の深淵』は隠れることに慣れてると言っていいだろう」
それは関わりたくないなあ。
あたしとしては乱入してきた魔族に妙な視線を向けられたし、できるだけ関わらないようにしたいです。
「あの、わたしも『赤の深淵』の名は魔神さまから聞いたことがありますが、闇ギルドと敵対してるってどういう話ですか?」
「そうだね、ディアーナは魔神さまの巫女だし知っていた方がいいだろう――」
そう言ってマルゴーはディアーナに説明をした。
闇ギルドの身内が赤の深淵に生贄にされた件だ。
あたしとしてはノーラたちから教わった話だったけれど、蘇生が失敗した話が出なかったので補足して説明しておいた。
『赤の深淵』はステータスの改造や生贄の能力の吸収、優秀な人材の前世の記憶の解放のために禁術の儀式を行う。
その生贄にされた者は魂をエネルギー源のように消費されて、それが原因で蘇生に失敗する。
そういうことも説明した。
「……話は分かりました」
あたしが補足の説明を終えたあと、ディアーナはひどく酷薄そうな笑みを浮かべて告げる。
「それは見つけ次第、漏らさず仕留めましょう。おそうじ上等です」
そう告げる彼女からは殺気が漏れていたけれど、気持ちは分かるんだよな。
あたしだって最初に聞いたときはキレそうになったし。
「ディアーナ、『おそうじ』には異論はないが、いまのアンタには大切な仕事があるのは忘れて無いだろうね?」
「大切な仕事?」
「アンタは魔神さまの巫女だろう? 独りで突っ込んでおそうじに失敗したら、ディアーナ以外の誰が魔神さまへの信仰を広めるんだい?」
「………………」
マルゴーの指摘にディアーナは殺気を引っ込め、そのまましばらくフリーズした。
声を掛けようかと思ったところで、彼女は静かに頷いた。
「分かったわマルゴー姉さん。もしその時は必ず相談するわね」
「あたしにも相談してディアーナ。結構ムカついたのよその話には」
あまり積極的に関わりたくは無いけれど、ディアーナが戦うっていうなら手伝うのに否は無い。
「ワタシも人間をモノとして扱うような手合いは、好き勝手させたくないね。だからディアーナ、ウィン、アンタたちが動くときは一枚噛ませな」
マルゴーの言葉にあたしとディアーナは頷いた。
ディアーナ イメージ画 (aipictors使用)
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