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03.何から勉強するか


 今日も寮で夕食を終えて自室に戻り宿題を済ませてから、最近ようやく日課として定着した環境魔力の取り込みトレーニングを行った。


 広域魔法研究会で姉さんたちに教わった奴だ。


 なかなか地味で効果が実感しづらい。


 というか、ほぼ変化が無いけどトレーニングだけは続けている。


 そこまでやってから、冒険者ギルドで貰って来た冊子や図書館で借りてきた本を読みこんだ。


 冊子の方はもう何周か読んじゃったから、明日以降は借りた本メインでいいか。


 そうしているといい時間になった。


 今日は共用のシャワーで身体を洗って温まってから自室に戻り、【風操作(ウインドアート)】で髪を乾かしてベッドに入った。




 翌日、授業を受けて昼休みになったので、実習班のいつものメンバーで昼食を食べた。


「それでキャリル。このあと他のクラスのクラス委員長に挨拶しに行こうと思うんだけど」


「そうですわね。一日に三クラスほど回ってみましょう」


「分かったわ」


 サラとジューンとは食堂で別れ、あたしたちは隣のクラスから順に回ることにした。


 互いに自己紹介して、困ったことがあったら相談してほしい旨を伝えて回った。


 昼休みだからクラス委員長が教室に居ないところもあったけど、そういうところは後回しにした。


 初等部の場合、魔法科も教養科も一学年に六クラスあるので、前部で十二クラスある。


 急がず順に回ることにして、三クラス分の挨拶が終わったらあたしたちは自分のクラスに戻った。




 放課後になってみんなで部活棟に歩いて行くときに、アミラ先生の話を思い出した。


 回復魔法研究会にいい入門書があるという話だ。


「ちょっとあたし、回復研に顔を出してみるわ」


「医学の勉強とか難しそうやんな。ウィンちゃんはホンマにチャレンジャーや思うで」


「ちょっと入門書を見せてもらう感じよ」


「行ってらっしゃい、ウィン」


「わたくしは歴史研に行きますわね。行ってらっしゃいですの」


 みんなと別れて回復研の部室を訪ねると、予備風紀委員のジェイクが居た。


 プリシラも回復研のはずだけど、どうやら今は居ないようだ。


「こんにちはウィン。回復研究会に遊びに来たのかい? 予備風紀委員の参加の話は聞いている。改めて歓迎するよ」


「こんにちはジェイク先輩。風紀委員の方はよろしくお願いします。今日は入門書を見せてもらおうと思って来てみたんです」


「入門書かい?」


 ジェイクは興味深そうな表情を浮かべる。


「ええ。もともとあたしは薬草薬品研究会に入ったんですけど、薬薬研て農学寄りじゃないですか」


「そうだったかも知れない」


「『医学に役立つような薬草や薬品の勉強』をするには、何から勉強するかをアミラ先生に相談したんです」


「何て言われたの?」


「生理学と解剖学は最初に勉強しろって言われました。人間の体の仕組みは医学の基本なんだって言ってましたね」


「そういうことなら話は分かったよ。――生理学と解剖学の図解の入門書は新入部員にも読んでもらってるんだ」


 そう言ってジェイクは本棚から書籍を持ってきてくれた。


「部室で閲覧する分には、誰かに訊かれたらアミラ先生やぼくの名前を出せばいいから」


「分かりました」


「あと、もし本を借りて行きたかったら、回復研に入部してもらうことになるかな」


 回復研への入部か。


 そう言えばちゃんと活動内容は訊いていなかった気がするな。


「順序が逆になっちゃいましたけど、回復研てどんな活動をしているんですか?」


「そうだね。回復魔法の技術向上と、そのための知識の集積かな。具体的には運動部なんかを回って回復魔法を掛けたりしている」


「じゃあ、学内を回って歩いたりするんですね」


「そうだよ。でも緊急時を除いて、重いケガや慢性の病気なんかの医療行為とかは医師ギルドの範疇だから、ギルド登録が無い学生は病院では活動できないかな」


 なるほど、医師ギルドが関わってくるのか。


「それって、医療行為で薬草を処方したらアウトになりますか?」


 この歳で闇医者扱いで牢屋入り、とかだと嫌だなと思う。


 たぶん母さんにぶっ飛ばされるな。


「民間療法みたいな、王都の乾物屋とかで手に入る薬草を選んで渡すくらいは大丈夫だと思う」


「ふむ」


「鑑定の魔法を使って薬効のある物質を取り出して治療に使うとかだと、たぶん医師ギルドに相談したほうがいいだろう」


「難しいんですね」


「人の命とか健康に関わる分野だからね。だから迷ったときは顧問のアミラ先生に相談するのがいちばん確実だと思う」


 そういうことなら、薬草や薬品の使用には医師になることが前提になりそうだと思っていた方がいいかも知れないな。


「分かりました。……とりあえず今日は、部室で本を読ませてもらっていきます」


「ああ。割と部員じゃ無い高等部の生徒も医学書を読みに来るから、好きに過ごしてくれて構わない」


「はい」


 そこまで話したところで部室に回復研の部長や高等部の部員が現れたので、ジェイクがあたしを紹介してくれた。


 回復研の部室を出る前に、ジェイクと【風のやまびこ(ウィンドエコー)】で連絡をとれるようにしてから寮に帰った。




 翌日の昼休みも昨日と同じような流れで過ごした。


 キャリルと二人で魔法科の同学年のクラス委員長を訪ねて回った。


 その時に、事前のパトロールで一人になっている生徒を見かけたクラスでは注意喚起した。


 具体的にはクラス委員長に、一人でいる生徒への声掛けや先生との相談、部活動への加入の誘導などを話しておいた。


 どのクラスの委員長も話しやすい子が多かった。


 最初の委員長は担任の先生が選んでいたから、そういう子を選んだのかも知れない。


 そうして放課後になった。


 顧問のスコット先生に話を聞いてからまだ行っていなかったので、今日は薬草薬品研究会に顔を出した。


「ジャスミン部長? まだ来てないわよ」


 部室にはカレン先輩がいたけど、ジャスミンはまだ来ていないようだった。


「そうですか。ちょっと先週高等部の先生たちに『医学に役立つような薬草や薬品の勉強』のやり方を相談してみたんです」


「そうだったんだ! 何て言われたの?」


「アミラ先生やスコット先生に話を訊いたんですけど、スコット先生からは【鑑定(アプレイザル)】と【分離(セパレイト)】を組合わせて使えるようにした方がいいって言われました」


「そういうことか! スコット先生は研究で王国西部の海に面した地域で、塩害を研究したことがあるのよ!」


「塩害ですか?」


「そう! 海の水が塩を含んでるのは知ってるわよね? その塩が土に含まれているのを取り除く研究をしたらしいわ! たぶんその時に必要だったんだと思うの!」


「でも、個人でひとつの地域の土の塩を、丸ごと取り除くとかできないですよね?」


「そうね! だから、どの方法を試した時に一番効果があったのかを魔法で定量的に確かめたんだと思うの!」


 そうか、一定量の土の中の塩分量を、色んな作業の前後で比較して効果を確かめたんだな。


「カレンの認識で正解ね」


「あ、ジャスミンちゃん来たわね! ウィンちゃんが鑑定と分離を組合わせて使いたいみたいなの!」


 あたしはジャスミンに、スコット先生に勧められたことを話した。


「スコット先生が分離の魔法を勧めた以上、薬草の中にある物質の取出し方を覚えなさいって事よね。……中々面白いわね」


「先生には気を付けて練習しろって言われましたよ」


「ん? 何に気をつけろって?」


「魔法の範囲を間違ったら、自分の身体から水分を抜いたりしかねないとか言ってました」


「またそれは極端な例ね」


 そう言ってジャスミンは苦笑した。


「よほど魔力を込めて細かく制御をしながら【分離(セパレイト)】を発動しなければ、生き物の身体から水だけを取り出すとか成功しないと思うわよ」


 それを聞いて、あたしは少しだけ安心した。


 でもそれって人間には難しいんであって、そういうことをする魔獣が居たら嫌だなと一瞬考えてしまった。


 やはりあたしはバトル脳になってしまったんだろうか。


 せめて狩人の娘くらいの範疇で収まっていればとも思ったけど、月転流(ムーンフェイズ)を学んだ時点で今さらなのかも知れない。


 ともあれ、ジャスミンが魔法を教えてくれることになり、部室の隣の薬薬研の実験室に移動した。


 陶製の乳鉢に砂と塩を別々に用意し、さらに空の乳鉢を二つ用意した。


 空の乳鉢の一つに、小さじを使って砂と塩をそれぞれ少量取り分けてよく混ぜた。


「この状態で【鑑定(アプレイザル)】と【分離(セパレイト)】を組合わせて、何も入って無い器に塩を分離するわね。見ててちょうだい」


 そうすると、ジャスミンが言ったとおりに塩だけが空の器に分離された。


「こんな感じね。砂と塩を使った練習なら、組合わせる練習もしやすいと思うわ。ウィンちゃんは鑑定は使えるのよね?」


「使えます」


「それなら【分離(セパレイト)】の魔法をいまから教えるわね。覚えるだけなら簡単だから」


「お願いします」


 その日の部活の間に、分離の魔法を覚えることはできた。


「鑑定の魔法との組み合わせは、繰り返し練習してみるといいわ。わたしが練習したときは塩と砂を使ったけど、他のものでもできると思うの」


「分かりました、ありがとうございます。練習してみます」


 次に薬薬研に来たら練習してみよう。



お読みいただきありがとうございます。


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