03.技術が発展すれば
双子のストレイカー兄弟が鉱物スライム療法を学んだのは、海の向こうのアルゲンテウス大陸からもたらされた本を読んだのが切っ掛けだ。
とある国の伝統医療の一つにそのような技術があり、脳神経系の疾患に対して効果が高いというものだった。
かねてより魔法医療の限界で悩んでいた二人は、相談の末に休職して海を渡った。
現地でも魔法医療は行われていたが伝統医療も大切にされており、二人は医師として働きながら様々な経験を積んだ。
ステータスの“役割”で『薬師』を覚えたころ、現地で師匠となってくれた人に勧められて故郷であるディンラント王国に戻った。
医療技術が広まれば、技術はさらに発展する機会が増える。
技術が発展すれば、救える患者も増える。
そうすれば、自分たちももう少し心穏やかに仕事ができるだろう。
師匠はそう言って送り出してくれた。
「――そして我々の師に当たる人は、鉱物スライムを使う医療の最大の障害についても教えてくれました」
「それが、患者と家族の理解だと?」
「はい。鉱物スライムの核の破壊が前提とはいえ、魔獣を身体に投与します。説明しても納得できない方は多いですし、身分の高い方ほど慎重です」
タヴァンはそう告げて頷く。
いまストレイカー兄弟は施術の準備を終え、ローズが伏せる部屋の隣室で夫のライオネル相手に詳しい説明を行っていた。
その場には宮廷医師たちや宮廷魔法使いの役付きの者たちが控え、彼らの説明を注意深く聞き取っていた。
そのなかの一人、宮廷医師長にライオネルは問う。
「彼らの治療法は信頼に値すると思うか?」
「私は問題無いと結論します。その根拠は、予備的な施術をすでに宮廷医師相手に行っているからです。あらゆる魔法的な手段を用いて安全性は確認しております」
「そうか」
「ええ。その結果、彼らの説明は信頼に値すると結論します。ただし――」
そこまで告げて宮廷医師長はストレイカー兄弟に視線を向ける。
「実際の施術は、われわれ宮廷医師たちが行います。作業の難易度はそれほどではありませんし、タヴァン先生とエイダン先生の監督下で実施できるでしょう」
そこまで話を聞いた後、ライオネルは大きく頷いた。
「よし、ローズへの施術を頼む」
「承知しました殿下。大丈夫です。――じつは予備的に試した者は、長年慢性的な神経痛に悩まされていたのですが、短時間で改善しています。それに万一、不測の事態が起きても、投与したものを回収する手はずも整えています」
宮廷医師長の言葉に、ライオネルはホッとしたような表情を浮かべる。
医師長とは言っても、彼にとっては幼いころから自分たち家族を診てきた医師の一人だ。
その彼の言葉に、ライオネルは本音を漏らす。
「分かった、俺の妻を救ってくれ」
「はい、殿下」
そう告げて宮廷医師長は穏やかに微笑んだ。
学院の附属病院の車寄せ近くから、あたしは【風のやまびこ】でアルラ姉さんに連絡を入れた。
「――詳しくは後で説明するけど、緊急事態はたぶん大丈夫だとおもうわ」
「そう、それは良かったけれど、何ごとかと思ったわよ」
「レノから許可も下りてるし、何があったかは説明できるわ。夕食のときにでも話すわね」
「そう? ならキャリルはいいとしてロレッタは――」
「キャリルが連絡を入れるわ。ディアーナもあたしから連絡しておくから」
「うん、いいと思うわ。そういえばディアーナちゃんだけど、今日はもともとマルゴーさんとウィンとで喫茶店に行くつもりだったみたい」
「え、そうなの?」
それは悪いことをしたか。
前々からマルゴーに誘われてはいたんだよな。
「まだ時間的に早いし、ディアーナちゃんと連絡を取って、お茶してこればいいじゃない」
「姉さん、ナイスアイディアね! そうするわ」
あたしはそこまで話して、アルラ姉さんとの連絡を終えた。
そのままあたしはディアーナに連絡を入れると直ぐに繋がった。
「ウィンさん! 大丈夫だったんですか?!」
「うん、緊急事態の方は目途が立ったわ。大丈夫よ」
「そうですか、よかった……。それでウィンさん、今日はこのあと予定はありますか?」
「あ、姉さんから聞いたわ。マルゴーさんとあたしとディアーナで、喫茶店に行くつもりだったのね?」
「ええ。まだ時間的に大丈夫だと思いますけど、どうしますか? 実はいま商業地区でマルゴー姉さんと買い物をしてるんです」
そういうことなら付き合うか。
スイーツ目的とかだったとしても夕食とは別腹でしょう、うん。
「分かったわ。どこに向かえばいいかしら?」
確認すると知っている店の名前が出てきた。
そこを待ち合わせ場所にして、あたしは連絡を終えた。
「キャリル。これからあたし、ディアーナとマルゴーさんとでお茶してくるけど、あなたも行かない?」
キャリルはすでにロレッタへの連絡を終えたのか、あたしがディアーナと話し終わるのを待っていたみたいだった。
「それは非常に気になりますが、姉上からすぐに話を聞きたいと言われてしまいましたの」
それは確かにそうか。
元々は『王族の緊急事態』という話だったし、ロレッタ様は貴族家の者として情報を確認しておきたいのだろう。
「ですので、直ぐに寮に戻りますわ。ウィンはディアーナに詳しく話してあげなさいまし」
「うん、分かったわ。キャリル、そういうことならニナやアルラ姉さんにも話しておいて」
「分かりましたわ」
そこまで話してから、あたしとキャリルはグータッチをして別れた。
待ち合わせの店に向かうと、すでに店の中にはディアーナとマルゴーが居た。
二人も直ぐにあたしに気が付き、ディアーナが手を振ってくれた。
「こんにちはマルゴーさん。ディアーナも放り出す形になっちゃってゴメンね」
「こんにちはウィン」
「気にしないでくださいウィンさん」
「まずは甘いものを注文しようか。ワタシが注文しちまってもいいね?」
「あ、はい。お願いします」
あたしの返事に頷いてマルゴーは店員さんを呼び、ケーキとあたしの分のお茶を注文していた。
「それで、二人で買い物って話だったけど、ジャマしちゃったわね」
「そんなことは無いさ。ディアーナがエプロンとか台所で使うような服が欲しいっていうんで付き合ってただけだよ」
「ええ。料理研究会で着ようかと思って、姉さんに相談したんです」
「まあ、ワタシとしちゃあ格好なんかよりも、料理は場数だと思ってるんだけれどね。ただ学校の部活だし、着るものにこだわって好きにやった方が楽しいだろう」
「あ、それはあたしも同感です」
そんな話をしているうちにケーキとお茶が届き、マルゴーが無詠唱であたし達の周囲に見えない防音壁を作った。
「それで、『王家の緊急事態』って何だったんだい? ワタシらが聞ける内容なら教えてほしいんだが」
「そうですね。ディアーナとマルゴーさんなら話しても大丈夫でしょう。じつは第一王子妃殿下のローズ様が体調を崩されまして、その治療に使うものを取りに行ったんです――」
ベリー系のケーキを頂きつつ、あたしは二人に経緯を説明した。
初めのうちはマルゴーなども驚いたような反応をしていたのだけれど、凍らせたクリスタルアントを王城まで持ち帰った話をしたあたりでは聞き役に徹していた。
ディアーナにしても興味深そうにあたしの話を聞いていたか。
「――そんな事があったんですね。ものすごい強行軍だけど、転移の魔道具が使えるのなら頷ける話です」
「確かに移動距離だけで言うと、ちょっと信じられないカンジよね」
そう応えてあたしは思わずため息をつく。
忙しない感じは否めないけど、レノックス様の義理のお姉さんがヤバいなら強行軍にもなるよ。
「お疲れさまだねウィン。……もともと『ローズ様は身体が弱いのでは?』っていうのは言われてたんだ。お妃候補のときからね」
「そうなんですか?」
「ああ。それでもローズ様に決まった」
マルゴーの話によれば、ライオネル様のお妃候補にはローズ様以外にも何人かいたらしい。
その有力候補がライオネル様の同年代だと、ローズ様以外にも南部貴族と北部貴族に二人ずついたそうだ。
「今でこそ笑い話だけど、当時の王都の裏社会には『国が割れるんじゃないか?』なんて話まであったね」
マルゴーは「商売柄そういうのは敏感だからね」といって鼻で笑っていた。
確かに政治とか経済の話は、王都の裏社会にとっても影響のある話だろう。
貴族派閥の問題なんかも彼らに影響があるのかも知れないな。
濃厚なケーキの甘さとベリーの食感やフレーバーを味わいつつ、あたしはそんなことを考えていた。
マルゴー イメージ画 (aipictors使用)
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