02.知的好奇心の話をしていた
王都南ダンジョンの地上の街に戻ったけれど、外はまだ余裕で明るい。
時間的にもあまり経過していないし、急いだ甲斐はあったんじゃないだろうか。
そのままダンジョンの入り口付近に居た冒険者たちの視線を浴びつつ、あたし達は衛兵の駐屯所の中庭に移動した。
中庭ではレノックス様に衛兵が報告しているけれど、将軍様たちのチームはまだ帰還していないらしい。
ただ、大規模なクリスタルアントの巣は制圧出来たようなので、鉱物スライムを確保するために現地で解体を進めているようだ。
「状況は分かった。将軍たちに、オレたちが目的のものを入手して城に帰還すると伝えておいてくれ。大丈夫だとは思うが、『将軍たちの階層のものも、念のため入手した方が隙が無いだろう』と伝達を頼む」
「承知いたしました。直ちに」
衛兵が敬礼をして建物の中に入っていくのを見ていると、あたしはデイブに声を掛けられた。
「それじゃあお嬢、おれたちはここで帰るぜ」
「あ、うん。ありがとうデイブ、みんな!」
「気にすんな、中々楽しいハイキングだったぜ」
そう言ってデイブは笑う。
「ハイキングって言えば、あのサンドイッチは美味かったなあ。やっぱりバターが違うのか?」
「そうじゃないかなと思うけど、市場では買えない気がします」
ジャニスの言葉にエイミーが何やら考え込んでいる。
というかみんなはハイキングで済ませるつもりなんだろうか。
確かに知り合いの身内を助けるのに、報酬とか言い始めるのは無粋だとは思うけれども。
あたしがそんなことを考えていると、レノックス様がデイブに声を掛けた。
「デイブ殿、突然呼び出して手間を取らせた。後日、礼や褒章があるだろうから楽しみにして欲しい」
「いや、レノックス様、そういうわけには行きませんよ。おれたちは『ウィンのパーティーメンバーの家族のため』に動いただけです。義姉殿の回復をお祈りいたします」
「それでは父や兄にオレが怒られてしまうぞデイブ殿。ふむ……、ならこうしよう。また後日、快気祝いを持参するので受け取って欲しい」
快気祝いって要するにお見舞いの返礼品だけど、これは断りづらいなあ。
『いずれ病気が良くなった報告をするから待っててくれ』って今言われているようなものなんだし。
「お礼とかはホントにいいですってレノックス様。サンドイッチも美味かったですし」
デイブの言い草に困ったように嘆息し、レノックス様が告げる。
「そういうわけには行かんが、いまは急いでいる。またいずれ」
レノックス様がそう言って目礼すると、デイブは頭を下げた。
あたしも月輪旅団のみんなに手を振って駐屯所の中に移動した。
その後、王城から駐屯所まで魔道具で転移してきたメンバーは、フレディを加えて帰りも同じように転移した。
転移した先は王城の砦部分の屋内訓練場だったけれど、そこからみんなで王城内を移動した。
すると以前ブルースお爺ちゃん達と模擬戦を行った訓練場に辿り着いたのだけれど、あたし達を出迎える人たちが居た。
その中にはホープが居たので宮廷魔法使いの一団だと分かる。
直ぐにレノックス様が彼らと話し始めるけれど、予め今後の段取りを魔法で連絡してあったようだ。
シンディ様が立ち会って、今回氷漬けにしたクリスタルアント達から鉱物スライムを魔法で抜き取るらしい。
すでに訓練場にはマジックケージが持ち込まれ、作業用の巨大な金属製テーブルや陶製の器の類いが準備されていた。
「それではカドガン殿、よろしく頼む」
「承知いたしましたわ。もっとも、宮廷魔法使いの皆さんが揃っていれば、わたくしは見学くらいしかすることが無いでしょうけれど」
「それでも捕獲の際に現場にいたあなたが、監督してくれると心強い。手間をかけるがよろしく頼む」
「はい、レノックス様」
そうしてシンディ様は頷き、キャリルやあたしに声をかけてから宮廷魔法使いの人たちと一緒に作業に取り掛かる。
あたし達はその一団から距離を取り、見学する形になった。
「さて、これで一区切りついたが、皆には世話になった。感謝する」
レノックス様はそう言ってフレディと『敢然たる詩』の面々に一礼した。
こちらとしては恐縮するが、それに輪を掛けるようにその場にいたクリフやロッド達も同じように頭を下げた。
「頭をお上げくださいまし、レノックス様。王族のために働くのは貴族の責務です。それにパーティーの仲間を助けるのは当たり前ですわ」
「キャリル殿の言葉は妥当だと小官も考えます。加えて、友好国のディンラント王家のお力になれたのなら、共和国の外交を担うものとして誉れです」
キャリルとフレディがレノックス様にそう告げると、あたしやコウやカリオも頷いて同意した。
「本当にありがとう。いずれ皆にも礼をさせてもらう」
「レノ、デイブも言ってたけれど、ホントに気にしないで」
「オレもデイブ殿に伝えたが、快気祝いという形で贈らせてもらう。ウィンは何か食べたいものはあるか」
「えーと……」
あたしが一瞬考え込むと、キャリルとカリオが揃ってジトっとした視線をこちらに向けていた。
さすがに空気を読まなくちゃマズいよな。
「その話はいいってばレノ。それに、まだシンディ様や宮廷魔法使いの皆さんが作業中よ」
「ふむ、確かにな……。少しだけ気が緩んでしまった。まだローズ姉上の治療が始まったわけでは無いな」
「レノ、先ずは妃殿下の回復を祈ろうよ」
「俺も今はそれで十分だと思う」
コウやカリオに諭され、レノは細く息を吐く。
「そうだな。鉱物スライムを使う治療など初めて聞くものだ。いまは滞りなく行われることを祈っておこう……」
そう言ってレノックス様は、静かにシンディ様たちの作業を見守り始めた。
しばらく待っていると宮廷魔法使いの皆さんから歓声が上がった。
みんな『やったぞ!』とか『成功した!』とか叫んでいる。
シンディ様とかすごく機嫌が良さそうな笑みを浮かべているな。
やがて宮廷魔法使いの人が三人ほど大事そうに陶製の器を抱え、近衛騎士の人たちに先導されて速足で王宮の方に去って行った。
それを見送ってから、シンディ様があたし達のところに戻ってきて口を開いた。
「レノックス様、鉱物スライムは無事に分離できました。その状態も、鑑定の結果非常に良好であることが確認できましたわ」
「ああ、良くやってくれたレディ・ティルグレース。心から感謝する」
レノックス様はそう言ってシンディ様に頭を下げたけれど、シンディ様も“王国の貴族の義務を果たしただけだ”という趣旨のことを言って話を逸らしていた。
「それにしてもスライムを使うなんて、変わった医療なのね。機会があったら、あたしはあの双子の先生たちと話をしてみたいかな」
「何だウィン、お前の男の好みって医者なの?」
あたしが知的好奇心の話をしていたところに、カリオが空気を読まずに好みがどうこう言い始めた。
「へえ、ウィンにはそんな好みがあるんだね?」
コウも何やらイケメンスマイルを浮かべてそんなことを言っているけれど、たぶん冗談の一環で言ってるだけだな。
というか、コウの場合はレノックス様への気遣いだと思う。
何となくあたし達に恩義を感じているようなので、そこまで重い雰囲気にしないように冗談を口にしてるように感じる。
一方カリオは天然だと思うけれど。
「そんなワケ無いでしょ。べつにお医者さんとお付き合いしたいとか、考えたことは無いわよ」
まだ十歳だぞあたしは。
確かにこの世界は妙に人生が早く感じるときがあるけど、あたし的には医者の先生に恋愛対象として憧れるようなことは無い訳で。
「ウィンの好みの問題は措くとして、お前が治療方法に関心を持っていたことはストレイカー先生たちに伝えておく」
「あ、うん。ありがとうレノ」
「気にするな。タヴァン先生は学院の附属病院で働いているようだから、学院内で会うこともあるだろう」
そうか、そういうことなら回復魔法研究会の顧問をしているアミラ先生に相談して、紹介してもらうのもアリかも知れないな。
あたしはそんなことを考えていた。
その後、あたし達は解散となった。
シンディ様は馬車でティルグレース家の邸宅に向かうらしい。
フレディも王国の馬車で送ってもらうようだ。
あたしは『敢然たる詩』のみんなと一緒に馬車で学院まで送ってもらった。
学院の附属病院の車寄せで馬車を降りるけれど、時間的には夕飯までまだ時間がある感じだった。
「みんなお疲れさま」
『お疲れさま (ですの)』
「ウィンは寮に戻るのかい?」
「まだちょっと早いかな。でもまずはアルラ姉さんとディアーナに連絡をしておくわ」
「ロレッタ姉上にはわたくしから連絡しておきますわ」
「うん」
あたしとキャリルのやり取りを聞いて、レノックス様が口を開く。
「そうか。ウィン、今日のことだが――」
レノックス様が気にしているかもだけど、あんまりローズ様がどうこうという話はしない方がいいだろう。
そう思っていたのだけれど、少し反応が違った。
「うん、秘密にしておけばいいのね?」
「いや、信頼できる者には話してくれて構わない」
ほう、それはどういうことなんだろうか。
「べつに秘密じゃあ無いってこと?」
「王都南ダンジョンにはそれなりの規模の騎士たちを送った。いまさら秘密にしてもいずれ話は広まるだろう。どういう結果になるにせよ、治療結果は新聞で発表があるはずだ」
そこは情報統制というか、ある程度絞ったほうがいい気もするけれど。
「正直に公表するのね?」
「その方がいいだろう――どういう結果でもな」
あたしはレノックス様の言葉に頷いた。
その後みんなで順番にグータッチをして、レノックス様とコウとカリオは連れ立って寮に戻って行った。
ジャニス イメージ画 (aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。