01.達人を超える達人
ディンラント王家の第一王子であるライオネル様のお妃が倒れた。
何やら『魔素固定化異常神経変性症』とかいう病気であり、その治療には鉱物スライムが必要であるという。
レノックス様の義理のお姉さんにあたるローズ様を助けるため、あたしを含めた『敢然たる詩』のメンバーは王都南ダンジョンにいた。
鉱物スライムは蟻の魔獣であるクリスタルアントと共生関係にあるみたいなのだけれど、デイブなどの情報から蟻がスライムを体内に飼っていることが判明した。
それを知った段階で、あたしはクリスタルアントへの攻撃がストレスになり、鉱物スライムの品質が下がることが心配になった。
そう思ったのは日本の記憶が頭に過ぎったからだ。
日本人は魚を釣ったらすぐに締めるべきだということを良く知っている。
そうで無くてもあたしは狩人の娘であり、仕留めた獲物は血抜きなどの処理をする必要があるのは常識だったりする。
その辺りのことをみんなと相談しつつ、実際にクリスタルアントを解体したところ、目的の鉱物スライムにはストレスが掛かっているようだった。
より新鮮に仕留めるにはアレしかないと頭に過ぎる。
そう、氷締めである――
けっこう笑い事では無くて、あたしはガチで本気だ。
今回はローズ様の治療が掛かってるからね。
それでも氷締めとか考えてる時点で、魔獣相手の発想というよりは狩人とか漁師の発想になってしまっている気がする。
ローズ様の治療を行う先生たちは、鉱物スライムは新鮮な方がいいと言っていた。
幸いシンディ様に確認すると、相手を凍らせる魔法は使えるということだった。
確認したあと、あたしも覚えた方がいいんだろうかと思わず考えてしまった。
狩人を継ぐという意味ではなくて、将来に薬とかを扱う勉強をするとき、ラクが出来るかも知れないからだ。
その辺りはまた考えればいいかと、あたしは頭の中にメモをした。
そうしてレノックス様を中心にみんなと方針をすり合わせ、あたし達は別班が見つけている二つ目のクリスタルアントの巣へと移動した。
一つ目の巣で合流した班はすでに別れ、四番目に見つかった巣に向かっている。
あたし達は二つ目の巣の手前で別班に合流し、改めてレノックス様から作戦が伝えられた。
さっきは近衛騎士が前面に出て蟻たちとぶつかった。
そのあとU字形の陣形に移行し、シンディ様に魔法を掛けてもらって制圧していた。
レノックス様はそこまで説明したあとに、今回はクリスタルアントを奇襲するのを試すと伝えた。
「カドガン殿や月輪旅団の諸君と検討したが、クリスタルアントとの戦闘が身体へのストレスになり、それが体内の鉱物スライムに伝わる可能性が指摘された――」
要するにできるだけ気配を消して近づき、クリスタルアントができるだけ警戒していない状態で魔法で氷漬けにしようという話をした。
その場のみんなの前でレノックス様がシンディ様に確認していたけれど、シンディ様は気配遮断をそれなりに行えるらしい。
暗部の人たちほどには習熟していないそうだけれど、ダンジョンなどで魔獣から隠れられる程度には気配遮断が出来るそうだ。
キャリルが言っていたフィールドワークが関係するのかもだけど、詳細は謎である。
「――そのような方針となったため、気配遮断を充分行える者だけで巣へと突撃する」
暗部の人たちと月輪旅団の仲間に『敢然たる詩』のメンバーの参加は確定した。
それに加えて近衛騎士の中でも、気配遮断を奇襲のために使える人が数名加わる。
シンディ様を囲むように紡錘陣形――進行方向に対してとがったひし形に近い陣形をつくり、気配を消して突撃することが決まった。
「近衛騎士の皆には騎士らしくない戦いを求めて心苦しいが、了承して欲しい」
それに対してクリフが口を開く。
「レノックス様、どうかお気になさらず。騎士らしさなど、王家のために働くことでこそ示されるでしょう」
さわやかな笑顔でそう告げるが、他の近衛騎士たちも笑っている。
「皆の働きを誇りに思う」
レノックス様はそう言って微笑んだ。
彼らのやり取りを伺いつつ、クリフたちのような割り切りが出来るからこそ近衛騎士をしているんだろうとあたしは考えていた。
そうしてあたし達はクリスタルアントの巣に向かったのだけれど、結果を先にいえば上手くいった。
事前のデイブの話では、蟻の魔獣は足音などを感知はしているそうだ。
けれど気配を察知することで、獲物にふさわしい大きさなのかを判断しているらしい。
この場合の気配とは身体の外への魔力の放出具合みたいだけれど、あたし達は上手く隠せた。
陣形を保って巣の近くまで移動し、巣の中まで含めてシンディ様は一気に魔法を炸裂させた。
「お婆様、どのような魔法を使われたのですか?」
「カンタンな説明と詳しい説明では、どちらが良いですかキャリル?」
「カンタンな説明でお願いいたしますわ」
その言葉にあたし達は微笑みつつ、シンディ様の説明を聞いた。
それによると【風壁】の魔法を調節し、魔力波長を制御して水魔法の初級魔法である【氷結】を巣の中に充満させたそうだ。
「【風壁】は本来風の刃を作り出し壁とする魔法ですが、制御により【氷結】の性質を持った壁となりましたの。言うなれば吹雪のような魔法ですが、これにより効果範囲のものは全て凍っておりますわ」
シンディ様はそう言って微笑むけれど、あたしの隣にいたカリオが呟く。
「なあウィン、【風壁】って【氷結】を再現できるのか?」
「そんなことができるのは、シンディ様と同じくらいの使い手だとおもうわ」
「どんな使い手なんだよ?」
そう言われると返答に困るんだよな。
反射的に『変態です』って言いそうになって、あたしはフリーズしてしまったけれど。
「そうね……、武術でいえば達人を超える存在よね」
「達人を超える達人か。凄まじいもんだな、魔法の達人って」
「ホントよね」
そう応えてあたしは思わず細く息を吐いた。
というか、そこまで【氷結】を使えるなら、凍らせる効果の上級魔法を開発した方が自然なんじゃないかと思ってしまった。
その後、食堂の奥さんのマーシアに【鑑定】を使ってもらう。
シンディ様が凍らせたクリスタルアントの身体の中で、鉱物スライムが生きているかを確認するためだ。
「うん、さっきの地点のものに比べたら雲泥の差ですね。仮死状態に近い感じといっていいでしょう。鉱物スライムはいい状態だと思います」
『おお~』
固唾を飲んで鑑定を待っていたあたし達から声が上がる。
「よし、それなら【鑑定】が得意な者は集まって作業をしてくれ――」
レノックス様が指示を出す。
まずシンディ様が凍らせたクリスタルアントの中から、鉱物スライムを体内で飼っている個体を選んぶ。
鑑定の魔法で特定したら、順次マジックケージにそれを格納していく。
「それ以外の者は、関係無い魔獣がここを襲ってくるのを警戒してくれ!」
『はい (ですの)!』
そうしてあたし達は氷漬けのクリスタルアントを手に入れた。
マーシアの鑑定では、施術に十分な量が確保されたとのことだった。
「ジョッキ一杯分どころか、タライ五杯ぶんくらいはありますね」
「そうか。だが王城に持ち帰ったら、蟻を解体する手間が発生する。多めに持っているのは無難だろう」
マーシアとレノックス様が話しているところに、あたしは思いついたことがあった。
「シンディ様、クリスタルアントの体内から、鉱物スライムだけ取り出すことは魔法で出来ますか?」
「そうですわね。――身体の構造が把握できていれば可能だと思いますわ。宮廷魔法使いなら可能でしょう」
「カドガン殿、それは間違いないだろうか?」
「ええ。【分離】で対処ができる処置だと思いますわ。試しで取り出せば品質も分かるでしょう」
「よし、その手順で行こう。現段階をもって、鉱物スライムとそれを含むクリスタルアントは十分な量が確保できたと判断する。いそぎ撤収し、王宮に向かうぞ!」
『はい!』
あたし達がそう叫んだとき、その場に巨大なトラの魔獣が襲って来た。
直前までかなり上手に気配を消していたけれど、フレディとニコラスが二人掛かりで秒殺していた。
それを見たキャリルが、何やら羨ましそうな表情を浮かべていたのが印象的だった。
ちなみに仕留められたトラの魔獣は、そのままシンディ様が魔法で凍らせて、なぜかマジックケージに格納されていた。
もしかしたら素材として何か使い道があるのかも知れないな。
そんなことを思いつつ、あたしはみんなと第二十一階層の出口を目指した。
出口に辿り着くとそのまま第二十二階層の入り口に移動し、転移の魔道具に魔力を登録してから地上の街に移動した。
カリオ イメージ画 (aipictors使用)
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