12.それはまさに魂の記憶
第二十一階層の入り口付近を出発し、あたし達は森林と山のエリアを駆ける。
森の中を伸びる道沿いに数分間移動し、先行する班が道沿いの木につけた印を頼りに森の中に分け入る。
森の中を進むと言っても、密林エリアの森と違ってうっそうとした針葉樹の森林だ。
倒木や岩なんかが転がっているし、山地の斜面のような地形になっていたりするけれど、丈の長い草などは生えていない。
移動がラクでいいなあと思っていると、周囲数キロ圏内に時々魔獣の気配を感じる。
「明らかに密林エリアよりは強そうな魔獣がウロついてるわね」
思わず呟いてしまうけれど、気配の感じでは群れで行動している連中も結構いるようだ。
あたし的にはその中に気になる気配の連中がいる。
「オオカミの魔獣なんかも居るのかしら。けっこうめんどくさそうだなあ……」
もともと王都南ダンジョンは鍛錬目的で挑み始めたのだし、魔獣の強さが上がってきても仕方が無いといえばそうなのだけれど。
森の中を移動していくと少ししてまとまった人数の気配がして、あっという間に先行して探索していた班の一つに合流した。
そこであたし達はいったん停止する。
みんなに囲まれる形でレノックス様が発言を始めた。
「よし、皆準備は出来ているな? 報告ではこの先に二キールほど直進したところに、一つ目のクリスタルアントの巣があるそうだ。オレ達はまずこれを叩く」
そう言ってレノックス様はあたし達を見渡すが、みな彼の話を聞いている。
「先ほどオレのいる班で小休止をしている時、月輪旅団のデイブ殿より情報共有と指摘事項があったので幾つか説明する。まず前提だが、今回捕獲する鉱物スライムだが、クリスタルアントの身体の中で飼われている」
レノックス様の言葉にデイブが頷く。
それを視界の隅で確認しつつ、レノックス様が言葉を続ける。
「それでも蟻が凶暴なため、これを何とかする必要があるのは変わりない。加えて、注意が必要なのは蟻だけではない。これも指摘を受けたが、蟻との戦闘が完了したところで周辺の魔獣が襲ってくるのも良くある話だそうだ。そうだな、デイブ殿?」
レノックス様の言葉に頷き、デイブが告げる。
「仰る通りです。ご存じの方も多いかも知れませんが、この階層付近に生息する魔獣からかなり強さが増しています。縄張りなども広く、戦闘終了後にそのおこぼれを狙って別の魔獣が襲ってくるケースが増えてきます――」
デイブによればそう言ったおこぼれ狙いで別の魔獣が寄ってくるのは、森林と山のエリアの特徴であるという。
そのため、戦闘が終わっても周囲の警戒を怠ってはならないそうだ。
「情報共有に感謝するデイブ殿。それでだ、オレ達の陣形や基本戦術を説明しておく――」
レノックス様からの説明では、重装備の近衛騎士の全員を前に集め森林の中を進む。
巣に近づいたところで近衛騎士は蟻たちの突進を受けとめるが、蟻たちが出てこないようであれば魔獣寄せの香を焚く。
蟻たちが近衛騎士の人たちに押さえられているうちに残りのメンバーで二手に分かれ、左右から挟み込むようにU字形の陣形を作る。
このU字形の陣形は王国では半月型陣形などと呼んだりするそうだけれど、その状態で包囲殲滅して蟻を無力化するそうだ。
「ここまでで何か懸念はあるだろうか?」
レノックス様が問うと、そこでシンディ様が手を上げて発言した。
「よろしいですかレノックス様?」
「何だろうかカドガン殿」
「そのように半月型陣形で囲んで対処するのでしたら、わたくしの魔法で最初に無力化できるかも知れません」
おっと、最終兵器シンディ様の魔法が炸裂するんだろうか。
魔法でズバンと片が付くならラクでいいのだけれど。
ああでも、戦闘が終わったら別の魔獣が攻めてくる可能性があるとか言っていたか。
「可能であるならばお願いしたいが、大丈夫だろうか? 月輪旅団の者と暗部の者たちの見立てでは、これから攻める蟻の巣には三十体ほどは生息するようだが」
その言葉にシンディ様は穏やかに微笑む。
「問題ございませんわ。集まった魔獣をまとめて麻痺させますので、無力化するなりとどめを刺すなりしてくださいまし」
『おお~』
それまでレノックス様の言葉を黙って聞いていた近衛騎士の人たちや暗部の人たち、そして月輪旅団の面々まで感心するような声を上げた。
「……キャリル、そんなことができるの?」
「お婆様でしたら大丈夫ですわ」
キャリルはそう言って胸を張った。
準備が出来た一同に対し、レノックスが声を上げる。
「蟻の巣は幾つか見つかっているし、そもそも将軍たちが別の階層で頑張っている。ここでオレ達が鉱物スライムを確保できなくても、次の地点に向かうだけだ」
そう言って一同を見渡してから言葉を繋ぐ。
「だから、油断せずにケガなどに気を付けて行くぞ」
『おおー!』
「それでは、全員かかれ!」
レノックスの指示を受け、近衛騎士の一団を前にしてその場の者たちはクリスタルアントの巣へと向かった。
鬱蒼とした森の中を進むが、幸いにも地形はそれほど起伏が無い。
だが目的の地点に近づくにつれて丘を上って行くようになり、急な斜面が前方に見えたところでそのふもとに大きな穴が開いているのが視認できるようになる。
そしてその段階になると、穴からはクリスタルアントが次々に出現した。
事前の予定通り近衛騎士の一団とクリスタルアントが接敵した段階で、その両翼から残りのメンバーが攻撃を開始した。
その中でウィン達『敢然たる詩』の面々は右側から攻撃を加え、事前に魔法を放つことを提案していたシンディも彼らに同行していた。
その場の殆どの者が包囲殲滅が始まったかと思ったところで濃密な風属性魔力が走り、霧のような形でクリスタルアントたちを包み込む。
シンディによる無詠唱の【風壁】の発動だった。
彼女は風属性魔力制御を緻密に行うことで魔力波長を強制的に変換し、風魔法の【麻痺】の効果を付与していた。
これにより本来は風の刃による壁が展開されるところを、【麻痺】の効果を持つ風属性魔力が充満して蟻たちを包んだ。
シンディの魔法の効果は直ぐに現れた。
クリスタルアントたちが動きを止めたのだ。
「よし、蟻たちが麻痺している間に脚を切り落とせ!!」
『応!!』
レノックスが指示を出し、その場の者たちは動かない蟻の制圧に入った。
報告されていた蟻の硬さに苦労する者も居たが、おおよそ作業が完了したところでレノックスはクリスタルアントの解体を始めるかを考え始めた。
するとその場へ魔獣の気配が迫っていることに気付いた者たちが居た。
ウィン達をはじめとする月輪旅団の面々だった。
「魔獣が迫ってるわ! 巣に対して右手の方向!」
「気配からすると蜂の魔獣だ! 恐らくはキラービーで数は二十一! 飛ぶやつだから防御陣形は上から迂回されるぞ!」
ウィンとデイブの叫び声にレノックスが指示を叫ぶ。
「よし! 全員乱戦に備えろ! 近くの味方と連携して数を減らせ!」
『応!』
近衛騎士たちは魔獣が来るという方向に移動して、急ぎ壁を作る。
だが森の中から現れた蜂の魔獣たちは、昆虫というよりは犬猫の大きさがある。
蜂たちはその場のメンバーの上を飛び越えてほぼ均等に散らばり、全員を標的に襲い始めた。
そのまま乱戦に突入するかと思われたが、月輪旅団と暗部の者たち、そして『敢然たる詩』の面々が高速で攻撃して回り、あっという間に蜂型魔獣は無力化された。
「うーん、やっぱり凶悪ねこのチーム」
「わたくしとしては、まだ肩も温まりませんわ」
呆れるようなウィンと不満げなキャリルのやり取りに苦笑しつつ、レノックスが叫ぶ。
「さらなる魔獣の襲来に警戒しろ! カドガン殿、デイブ殿、『敢然たる詩』の者、それからクリフとロッドは集まってくれ! 蟻の解体をして鉱物スライムの確認を行う」
『はい (ですの)!』
そうして一つ目のクリスタルアントの巣は、ほぼ制圧された。
日本人は本能的な部分の知識として、釣った魚は締めるものだと知っている。
回転ずしだとかスーパーで買うお刺身だとか、生活のいろんな場面で魚が溢れているけれど、美味しく頂くには手間をかける必要がある。
あたしでさえ、マグロとかをすぐに血抜きや氷締めしなければ、魚に乳酸が貯まって不味くなるという記憶を持つ。
それに加えてあたしは狩人の娘で、狩った獲物は血抜きして肉屋に持ち込むのは常識だ。
さらに父さんからは、街から遠く離れて狩りをするときは内臓や皮を取り、食べない内臓や素材として使わない皮は廃棄するよう教わっている。
とつぜん何の話をしているのかといえば、狩った獲物の新鮮さの話だ。
今回鉱物スライムを捕獲するために、共生しているクリスタルアントを攻撃した。
当然鉱物スライムが目的だから、クリスタルアントを解体して取り出す必要がある。
でもクリスタルアントを攻撃したことで、魚でいえば乳酸に当たるような何かが体内で発生して、鉱物スライムに影響することは無いだろうか。
日本人の記憶によれば、マグロは至高である。
そう、それはまさに魂の記憶。
それを支えるのは丁寧な前処理だと思うんですよ、うん。
その辺りのことを思いついてしまい、エイミーだとかデイブに相談し、食堂の奥さんのマーシアを呼び出す羽目になった。
マーシアは別の班で探索中だったのを急ぎ来てもらったのだ。
デイブによれば王都に居る月輪旅団のメンバーの中で、生き物の身体に対して【鑑定】を行う腕は上位に属するそうだ。
「……うん、そうね。確かに鉱物スライムはダメージを受けてるとおもうわ」
「そのダメージは、クリスタルアントへの攻撃がきっかけと思いますか?」
マーシアの言葉にシンディ様が問うが、その場のみんなも気になっていることだろう。
「あくまでもわたしの意見ですが、蟻がダメージを受けたことでその影響が伝わったんだと思います」
「鉱物スライムは治療に使うのだが、品質を保つことはできないだろうか?」
「何とも言えませんね。そのあたりは医者の範疇と思います」
レノックス様に問われてマーシアが困った表情を浮かべている。
たしかに彼女の言う通りではある。
タヴァン先生たちの話では、品質については標準化できていないから、新鮮なのはありがたいって言ってたんだよな。
そこはマグロでいえば氷締めだろう、ぜったい。
そう考えてからあたしは、もっとラクが出来そうなことを思いついてしまった。
「あの済みません、一ついいですか?」
「どうしたのだウィン?」
「シンディ様に伺いたいのですが、対象を凍らせる魔法は使えますか?」
「使えますよウィン……。あなたまさか……」
あたしが思いついたことを口にすると、その場のみんなは感心した表情を浮かべた。
いや、キャリルとカリオとデイブは呆れたような顔を浮かべてたけれど。
「けっきょく、『ラクは正義』だと思いませんか?」
「その言葉は検討の余地がありますが。今回のウィンの案はわたくしは賛成しますわ」
そう言ってシンディ様は機嫌が良さそうに笑う。
「よし、念のため、次のポイントで検証してから採用しよう」
レノックス様がそう告げると、あたし達は頷いた。
キャリル イメージ画 (aipictors使用)
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