07.幾らでも代わりが居る
『敢然たる詩』のメンバーを含め、近衛騎士と光竜騎士団暗部の精鋭四十名で王都南ダンジョンに挑む。
目的は森林と山のエリアに生息する鉱物スライムの生け捕りだ。
いちおう本命はさらに深層の荒野と礫漠のエリアで、将軍が指揮する騎士団の精鋭百名による本隊が捕獲に向かう。
あたし達はレノが指揮する部隊で保険の意味が強い訳か。
「レノ、魔獣に関する情報をもう少し欲しいわ。生け捕りしたいのは鉱物スライムで、クリスタルアントっていう魔獣と共生関係にあるって話よね」
「うむ。将軍たちが向かう方は、クリスタルアントが大型だ。先ほども言ったがウシほどのサイズらしい。一般的な昆虫型魔獣と同様に音に敏感なのはもちろん、アリの魔獣だからか嗅覚にも優れるそうだ」
「あたし達の方も、クリスタルアントは同じくらいのサイズなの?」
「やや小ぶりになるらしい。羊かヤギのサイズくらいと聞いている。ひとつの巣にいるアリの数はオレ達の方は二十から三十体くらいだそうだが、将軍たちの方は百体を超えるようだ」
レノの言葉にあたし達は眉をひそめる。
昆虫型魔獣が百体いる巣の攻略か。
それは普通ならやりたくない。
「名前がクリスタルアントってことは、体表というか、身体の外側の外殻は鉱物で出来ているってことかい?」
「そういうことらしい。振動波を叩き込むか、魔力を増し気味にして斬るべきだな」
レノックス様はコウの質問に応えたけれど、あたしの場合はワザに幾つか選択肢がある。
アリへの対処はどうとでもなる予感がした。
それよりも共生関係という部分が引っかかっている。
「根本的な話だけど、なんで鉱物スライムがアリ型魔獣と共生関係にあるの?」
「オレが聞いた説明では、鉱物スライムは身体のほとんどが鉱物でできていて、一般的なスライムよりも動作が緩慢なようだ。それゆえ単独で暮らすにはエサ集めに苦労するため、アリと共生しているらしい」
そこまで聞いたところで、あたしは何か重要なことが漏れている気がした。
「つまり共生はスライムにとってメリットがあるってことね? アリにとってのメリットって何かあるの?」
「ふむ……、オレはその情報は聞いていない」
あたしとしては、何となくその辺りが重要そうな気がするんだけどな。
「ウィン、生き物の共生関係には種類がありますわ。両方にメリットがあるのは『相利共生』で、片方にメリットがあるのは『片利共生』といいますの。アリ側のメリットの話が無いのは、片利共生なのかも知れませんわ」
シンディ様がそう言って補足してくれた。
「はい……」
たしかに日本の記憶でも、そういう話を何となく聞いた記憶がある気がする。
あとは片方にメリットがあって、もう片方にデメリットがあるのは『寄生』だったかな。
あたしは理系じゃ無いけど、なんとなく生き物とかの話は好きだった気がする。
理科でも物理は体質レベルで受け付けなくてムリだったけど、生物と化学はまだ好きだったような。
いまはその話はいいか。
「分かりました。ありがとうございます」
「他に何かあるだろうか?」
あたしの言葉に頷き、そう言ってレノックス様はあたし達を見渡す。
「まだ訊きたいことはあるわ。お妃様はどういう病気だったの? 治療法にスライムを使うってどういうこと?」
「そうだな、その話もまだか――」
レノックス様はそう言ってから説明してくれた。
・第一王子の妃であるローズ・ヴィクトリア・ルークウォード妃殿下は『魔素固定化異常神経変性症』という病気と判明した。
・初期の症状では血の巡りが悪かったり倦怠感やめまいなどがみられるが、悪化すると自発呼吸や心臓の拍動に影響が出る。
・宮廷医師の診断で、脳や神経の中に通常の人体では存在しないたんぱく質があることが判明した。
・魔法で一時的に除去しても、妃殿下の無意識の魔法制御が失敗し、すぐにたんぱく質が発生してしまう。
「たんぱく質とは生き物の肉の材料でしたわね。それが異常に発生するとなると、身体の地属性魔力制御機構の暴走ということでしょうか」
「オレはそう説明を受けている、カドガン殿。宮廷医師たちでは根治が出来ず、再発のリスクが常にあるのだそうだ」
そんな症状が再発するのは身体に負担が掛かるだろうし、早めに対処したいところだな。
「それでだ、宮廷医師からオレ達の学院とブライアーズ学園のそれぞれの附属病院に問い合わせた。その結果、両方から『薬師』という“役割”をもつ医学研究者が見つかり、彼らの知見で治療法が判明した」
「『薬師』ですの?」
シンディ様が興味を示した。
あたしも聞いたことがある単語だな。
「ああ。海の向こうのアルゲンテウス大陸で医療を学んだ研究者で、王国の医療に活かせないかを研究している連中とのことだ。実際ここ数年で成果も出し始めているそうだ」
その“役割”の話はソフィエンタからこの前聞いたな。
まさかとは思うけれど、今回の騒動に魔神さまが関わっていないだろうな。
まあ、関わっていたとしても、あたしは自分が出来ることをするだけだけど。
「病名と治療法についてはそんな所か。他には何かあるか?」
レノックスはそう言って室内を見渡す。
せっかくなのであたしは提案する。
「もう一点いいかしら? いま話を聞いたばかりだから都合がつくか分からないけれど、月輪旅団に協力を頼めないか訊いてみていいかしら」
「ふむ。それは実現すればありがたいが……」
そう言ってレノックス様はロッドに視線を向ける。
ロッドは一つ頷いて口を開く。
「八重睡蓮殿、申し出はありがたいが月輪旅団は国におもねることが無い。気を使わなくて大丈夫だが」
「ええとロッドさん、ご無沙汰しています。あたしのことは二つ名ではなくウィンとお呼びください。確認ですが、月輪旅団の協力自体は不要ですか?」
「いや、ウィン殿。協力が頂けるなら心強いと考えている」
「分かりました。十分ほど時間を下さい。……あと、別の個室か、または廊下から取りまとめ役に連絡を入れたいのですが」
「分かった、手間をかける。――誰かウィンを隣室に案内してやってくれ」
レノックス様が壁際に立つ侍女さんに声をかけると、侍女さんはあたしを隣室に案内してくれた。
通された部屋はみんなが居る部屋と同じくらい豪奢な部屋だったが、誰も居ない分広く感じられた。
「御用がお済みになりましたら、このベルを鳴らしてくださいまし」
「ありがとうございます」
そうしてあたしは部屋に一人残された。
【風のやまびこ】を使うと、デイブに直ぐに連絡が取れた。
「ごめんデイブ、ちょっと急ぎの話があるの。いまいいかしら?」
「お嬢が急ぎの話? どうした? どこかの屋台のメシを仲間内で食べ切って、店主と揉めたか?」
そう言ってデイブはハハハとお気楽に笑う。
個人的にはかなり色々と突っ込みたいところなのだけれど、それは我慢しよう。
急いでるし、機嫌が良さそうなのは好都合だ。
「実はいまあたし王宮に呼び出されてるの。レノックス様の都合で『敢然たる詩』のメンバーに協力が頼まれたのよ」
「話を続けてくれ」
「うん。実は第一王子のお妃が脳や神経の病気で倒れて、その治療に鉱物スライムが必要になったの。その関係で王家が王都南ダンジョンに二チームを送ることになったわ」
「チームの内訳は?」
「本命が将軍が指揮する騎士団の精鋭約百人で、荒野と礫漠のエリアに行くわ。その補助として、レノが指揮する近衛と暗部の精鋭約四十人で、森林と山のエリアに行く。あたし達はレノのサポートね」
「そうか。そんでおれに連絡したのは情報共有か?」
そこなんだよな。
デイブに協力を頼めるだろうか。
「それもあるけどそれだけじゃないの。ねえデイブ、第一王子の妃殿下を助けるのに、手伝ってくれないかしら?」
「え?」
「え?」
えって何だよ、もっと何とか言えよバカデイブ。
「なんでだ?」
「なんでって言ったって……、命が掛かってるし、レノを手伝いたいんだけど」
「ふーん。――あのなお嬢、良く聞いてほしいんだが、『王国にとってのお妃さま』なんざ幾らでも代わりが居るぜ」
「ちょっとデイブ?!」
「『そういう理由』なら、おれらが動く道理はねえな。何か間違ったことを言ってるか?」
確かに月輪旅団は特定の国に仕えるとかじゃなくて、基本的には互助会だ。
とはいうものの、こういう問答をしている時間は無いし、月輪旅団のみんなの助けがあるならホントに心強いのだけれど。
幾らでも代わりが居る、か。
「間違ったことは……」
「おれらがどういう連中で、『なんのために戦ってるのか』は知ってるよな、お嬢?」
そう言われて、あたしは冷静になる。
月輪旅団が戦う理由――
「そうね、『身内のため』ね。ごめんデイブ、ちょっとあたしボケてたわ」
「ああ、そんで?」
「言い方を変えるわ。友達っていうか、パーティー仲間の義理のお姉さんの命が掛かってるの。力を貸して」
第一王子妃殿下の代わりはいるかも知れない。
けれど、レノックス様の義理のお姉さんである、ローズ様という一人の人間の代わりは居ないだろう。
「おう、ソッコーで地の果てまですっ飛んでくぜ。…………あ」
「どうしたの?」
「今回は関係ねえみたいだが、もし海の向こうの大陸まで行く時は、店を休む準備するから二、三日くれや」
そう言ってデイブは可笑しそうに笑った。
自分で『地の果て』って言って、海を越えることを想起したんだろう。
たぶんまたニヤケ顔を浮かべながら笑ってるんだろうなと思うと、あたしはなぜかホッとした。
デイブ イメージ画 (aipictors使用)
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