06.その所作の意味は
レノからキャリルに連絡があり、王族の緊急事態で『敢然たる詩』が集まることになった。
あたしも誘われていたようで、キャリル経由で連絡を頼まれていたらしい。
シンディ様も急きょ同行することになり、魔法の指導は中断された。
またシンディ様の時間が取れるときに行われることになり、あたしとキャリル以外はシンディ様から個別に課題を貰っていた。
ディアーナに関しても魔法を習うことになったので、次回は参加することになるだろう。
みんなが課題の話をしているあいだ、あたしとキャリルは装備を整えていた。
改めて【収納】を確認したら『敢然たる詩』でダンジョンに行く時の装備一式があったので、あたしは結局それを装備することにした。
まずは王城に向かうのだし、武器類に関しては必要になってから装備すればいいだろうという話になった。
準備を整えてキャリルと共にティルグレース家邸宅の玄関に向かうと、シンディ様も上着を羽織って待っていた。
「それでは参りましょう」
「「はい (ですの)」」
「ウィン、気を付けてね」
「姉さん、行ってくるね」
「キャリル、あまり暴走しないようになさい」
「大丈夫ですわ姉上」
「気を付けるのじゃぞ、二人とも」
「お気をつけて」
みんなが順に声を掛けてくれたけど、あたしとキャリルは手を振ってからティルグレース家の馬車に乗り、王城に向かった。
馬車の中では召集の話になった。
「お婆様、王家の緊急事態とはなんでしょうか」
「そうですわね。現時点では情報が少ないですが、確実に言えることは幾つかありますわ。いま陛下と第二王子殿下が外交で王国を離れておりますの――」
シンディ様によれば、王家の年初の行事が済んだので、『魔神騒乱』で王都が聖地になった件を各国の為政者に説明しに行くことになっていたらしい。
そのうえで巡礼客の受け入れの話などで、協力体制の確認をすることになっていたそうだ。
「二人はもう知っているでしょうが、来月には公式に王都の拡張事業が始まります」
シンディ様の言葉にあたしとキャリルは頷く。
「いきなり大規模なものになるわけでは無いでしょうけれど、事業の指揮のために王家は当面のあいだ――少なくとも事業を運営する体制が構築できるまでは、外交で王国を離れづらくなりますわ」
「陛下と第二王子殿下とおっしゃいましたが、レノは学業のため、第一王子殿下は不測の事態への備えのために残られたということでしょうか?」
キャリルの問いにシンディ様が頷く。
「そのような理由で残られたのではないかと思いますわ」
「そうなると、王家の緊急事態とは陛下と第二王子殿下がいらっしゃらないことが原因なのでしょうか?」
あたしが問うとシンディ様は首を横に振る。
「まだそこまでは分かりませんわ。ですが今回、第三王子殿下のパーティーのメンバーが集められたことが不可解です」
「たしかに王家の警護という意味では近衛騎士団が真っ先に上がりますわ。光竜騎士団も動けるでしょう」
キャリルがシンディ様の言葉に頷く。
それに暗部だって戦力としては動かせるはずだ。
「そうですよね。そうなるとあたしとキャリルが呼ばれた時点で、レノがパーティーとして行動するような状況が発生したということですね」
「そう考えるのが妥当ですが、集められた理由までは矢張り不明です。ただ王家の緊急事態と伝わった以上、ティルグレース家の者は参加する義務があります」
シンディ様はそう告げてあたしの目を見る。
その所作の意味はあたしにも分かる。
「あたしは貴族ではありませんが、レノは仲間です。彼が困っているなら助けるのは当然です」
「ありがとうございますウィン。キャリルがあなたの友人であることが誇らしいですわ」
シンディ様はそう言って綻ぶように笑った。
王城に着くと馬車はノンストップでそのまま城門を抜け、車寄せに停車する。
そのまま近衛騎士の正装をした男性に案内され、あたし達は王宮内を移動して応接室に辿り着いた。
そこにはレノックス様のほか、見知った顔が揃っていた。
『敢然たる詩』の仲間としてはコウとカリオがいる。
それに加えてそこにはフレディと近衛騎士のクリフ、そして暗部に所属するロッドの姿があった。
あたし達は室内に入ると侍女さん達に案内されて席に着いた。
それを確認してからレノックス様が口を開いた。
「先ずはレディ・ティルグレース。あなたのお孫様を急に呼び立てて手間をかける。急な連絡に関わらず来てくれて、本当に感謝する」
「もったいないお言葉ですわレノックス第三王子殿下」
「済まないがこの場では時が惜しい。無作法で申し訳ないが、無礼講とさせてほしいのだ」
「承知しましたわレノックス様」
「うむ、助かる……。それでだ、キャリル、ウィン、いつも通りに話して欲しいが、先ずはオレから状況説明をさせてもらって良いだろうか?」
シンディ様から視線を移し、レノックス様はキャリルとあたしに確認した。
「お願いしますわレノ」
「レノ、時が惜しいなら概要から話してくれるかしら。その上で必要な情報を掘り下げることにしましょう」
「分かった。すでにコウとカリオには話したが、『敢然たる詩』を集めたのはオレが王都南ダンジョンに行くためだ。その手伝いを頼めればと思っている。そしてダンジョン行きの理由は、魔獣の生け捕りのためだ。具体的には鉱物スライムを生きたまま持ち帰る。ここまでいいだろうか?」
レノックス様の説明にあたしとキャリルは頷き、ダンジョン行きも了承した。
「おまえ達の協力に深く感謝する。魔獣を生け捕りするのは、病人の治療に使うためだ」
スライムを病人の治療に使うとはどういうことなんだろう。
あたしがそれを訊くべきか迷っていると、レノックス様がそれを察する。
「いろいろ気がかりなところはあるだろうが、まずは概要を話させてくれ」
その言葉にあたしやキャリルは頷いた。
レノックス様の説明は以下の内容だった。
・第一王子の妃が今朝、急に体調が悪化した。
・意識が無く、時おり自発呼吸も怪しくなるので、宮廷医師たちが診断したところ病名が付いた。
・通常の魔法医療では治療が難しい難病で命にかかわるが、別の大陸では鉱物スライムを使った治療法があることが分かった。
・治療に使う鉱物スライムは王都南ダンジョンに生息するが、蟻型の魔獣と共生しており、採取には戦闘が想定された。
・王都周辺における、鉱物スライムの主たる生息域は、王都南ダンジョンでは第三十一階層から第四十階層までの荒野と礫漠のエリアである。そちらには確実に生息することは記録がある。
・別の生息域として第二十一階層から第三十階層までの森林と山のエリアにも生息するが、こちらは小規模な蟻の巣が分散しているため探索する手間が発生する。
「――そのうえで決定したが、本命の荒野と礫漠の階層には将軍が率いる騎士団の精鋭部隊が向かう。オレはその補助として、森林と山の階層に向かう。『敢然たる詩』を集めたのは、連携の取りやすさが理由だ。だが完全にオレの事情だ――」
「レノ、もうその話はさっきまでで済んだだろ。念のためもう一度確認すりゃ済む。参加していい奴は手を上げてくれ」
カリオがそう告げると、その場の全員が手を上げた。
なにやらシンディ様まで手を上げているけど、とりあえず今は気にしないことにする。
「よし、話を進めるぞ」
「その前に伺って良いでしょうか?」
「何だろうか、カドガン殿」
レノックス様を含めて、その場のみんなの視線がシンディ様に集まる。
「確認ですが、第一王子殿下は魔獣の捕獲には参加されないのですね?」
「ああ、その件か……。参加しない」
そう言ってレノックス様は苦笑する。
「兄上は、当初は将軍やオレを差し置いてダンジョンに突っ込む勢いだったのだが、叔父上――将軍が一喝したのだ。『こんなときこそ嫁のそばにいないとブッ飛ばすぞ』とな。まあ、なんだ……、そう言いながら一発殴っていたが」
レノックス様の言葉にあたし達は微妙な笑みを浮かべる。
将軍様って一体どんな性格なんだよ。
いやまあ、レノックス様が叔父上って言ったから、将軍様から見たら第一王子殿下夫妻は甥夫婦なんだろう。
そりゃ殴ってでも止める心情は理解できるけれども。
レノックス様の説明にシンディ様は納得した表情を浮かべた。
「オリバー様らしいですわね。――指揮系統が整理されているのでしたら、わたくしは問題ございませんわ」
「ああ。先ほども言ったが、将軍は光竜騎士団と近衛騎士から選抜した者達を指揮する。各自がダンジョンに挑んだ実績がある、精鋭騎士百名だ」
「騎士百名とはちょっとした軍事行動ですわね」
シンディ様に続いてキャリルが告げるけれど、じっさい以前ブルースお爺ちゃん達と模擬戦をした時の事を考えると、結構な戦力だと思う。
「うむ。鉱物スライムは問題無いそうなのだが、蟻の魔獣――クリスタルアントが牛サイズで硬くて凶暴な上に、群れて戦闘力が高いのでな。その巣を狙うために百名規模となった。一方オレ達は、近衛騎士と暗部の精鋭四十名規模で臨む。その指揮はオレが執る」
「了解ですわ」
そこまでレノックス様から話を聞いたあたしは、二つ思い付いた。
ひとつはもっと魔獣の情報が欲しいことと、デイブをはじめとした月輪旅団の助けを得られないかということだった。
レノックス イメージ画 (aipictors使用)
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