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05.先人から教えを受けた重み


 一夜明けて闇曜日になった。


 今日はティルグレース伯爵家の王都の邸宅(タウンハウス)を訪ねて、シンディ様から魔法の指導を受ける日だ。


 自室の扉がアルラ姉さんにノックされた時点でベッドの中でそれを思い出し、のそのそと起き出した。


 扉を開けて先に食堂で朝食を取っていてもらうことにして、身支度を整えてから向かった。


 食堂には姉さんのほかにニナとディアーナもいて、三人で朝食を食べている。


 あたしも配膳口で料理を出してもらってから食べ始める。


「ちょっと待っててね、すぐ食べきるから」


「行儀が悪いわよ。待ってるからゆっくり食べなさい」


 姉さんとそんなやり取りをすると、ニナとディアーナには笑われてしまった。


 そのあとあたし達は揃って寮から出かけ、王都内の乗合い馬車で移動して、ティルグレース伯爵家の邸宅(タウンハウス)にいちばん近い停留所に向かう。


 キャリルとロレッタ様については、今日シンディ様からの指導があるので昨日の段階で寮から邸宅の方に戻っていた。


 道すがらディアーナがあたし達にシンディ様のことを訊いてきた。


 あたしはそれに応える。


「ひとことで言えば“キャリルのお手本の魔法使い版”かしら」


「ウィンよ、それはかなりお主の主観が入っていると思うのじゃ」


 ニナが呆れたような視線をあたしに向けた。


 でも間違って無いと思うんですけど。


「多分だけど、ディアーナちゃんが心配するようなことは無いとおもうわ。伯爵夫人だけれど、ティルグレース家は武門だから虚礼は不要と言って憚らない方ね」


「そうなんですね」


「王国の有力貴族の奥方じゃし貴族の風格は持っておられるが、それよりも人として尊敬できる方と思うのじゃ。妾も何も心配は要らないと思うのじゃ」


「たしかにそうね。でも、あたしなんか初対面のとき最悪だったわよ。シンディ様が庭いじりのための作業着で、あたしを連れたシャーリィ様がワンピース、あたしに至ってはキャリルかロレッタ様の高そうなお古のドレスよ」


「それは……何が起きたんですか?」


「あのときは元々キャリルの家の手伝いで、侍女服を合わせるために行ったんだけど――」


 あたしが着せ替え人形にされてシンディ様に挨拶をした話をしたら、ディアーナの緊張は解れたようだった。


 そのまま移動してティルグレース伯爵家の通用門を通り、通用口でエリカの迎えを受けた。


 エリカに案内されて伯爵邸の訓練場に移動すると、キャリルとロレッタ様とシンディ様が待っていてくれた。


 みんなで挨拶を済ませてから、ロレッタ様がディアーナを紹介してからシンディ様が口を開く。


「初めましてディアーナ。わたくしはシンディ・アデル・カドガンと申します。孫のキャリルが世話になっておりますわね。ありがとうございます」


「初めまして伯爵夫人閣下。わたしはディアーナ・リュシー・メイと申します。魔神さまの巫女であり、それにより一代限りの騎士爵を賜りました。若輩者ですがよろしくお願いいたします」


 ディアーナはそう言ってカーテシーをしてみせた。


 といっても彼女の格好は冒険者が着るような厚手のシャツにスカートとレギンスを合わせ、靴はブーツだ。


 シンディ様は特に気にすることも無く、ディアーナに笑顔を浮かべた。




「我が家は武門ですから、硬くなる必要はありませんわディアーナ。わたくしの事はシンディとお呼びなさいまし」


「ありがとうございますシンディ様」


「それで、まずは一心流(シンプリーチタス)の話をしましょうか」


 そう言ったのとほぼ同時に、シンディ様の手の中には木の杖が一本現れた。


 無詠唱で【収納(ストレージ)】から取り出したのだろう。


 杖術を行うための何の飾り気も無い木の杖だ。


「ディアーナ、あなたの修めた杖術を見せてくださいませんか?」


「承知しましたシンディ様」


 ディアーナは恭しく木の杖を受け取るとあたし達から距離を取り、木の杖を振るって演武を行った。


 幾つもの基本動作が含まれているのだろうけれど、演武の流れの中でディアーナの実戦での動きを想起させるものも幾つか見かけた。


 それでも一人で行う演武なので、見学者が分かりやすい動きを丁寧に見せてくれた。


 途中から風属性魔力を身体や杖に纏わせて動き出すと、キャリルの目の色が変わっていたな。


 ディアーナは一通り杖を振るった後に元の位置に戻って杖を収め、あたし達に一礼してこちらに戻ってきた。


「いかがでしょうかシンディ様」


「良く練習しましたねディアーナ、わたくしの学んだ杖術と同じものです。一心流の動きに間違いありません」


「はい。ありがとうございます」


 ディアーナから木の杖を受け取ったシンディ様は、無詠唱で【収納】に仕舞った。


「聞けば魔神様が人間だった時の、最後のお弟子さんだったとのこと。杖の伝授を受けなかったのは残念でしたが、わたくしの見立てではあなたは皆伝に達していると思います」


「「おお~」」


 キャリルとあたしは思わず声が出てしまった。


 ニナとロレッタ様とアルラ姉さんは、あたし達の反応を笑っていたけれども。


「ですので、わたくしは魔神様の代わりにはなり得ませんが、同門の先輩としてあなたにはこの杖を贈ろうと思います」


 そう言ってシンディ様は再度、無詠唱で【収納】から一本の杖を取り出した。


 そのデザインは『夢の世界』で、ディアーナが虚空から取り出した杖と同じ形をしていた。


 金属製で、両端には植物のツタが彫られている。


「わたしが頂いてもいいのでしょうか?」


 そう言ってディアーナは当惑した表情を浮かべる。


「それはあなた次第ですわディアーナ」


 シンディ様はそう言って両手で杖をディアーナに差し出す。


「ディアーナ。あなたは師匠が魔神様だからではなく、ひとりの一心流の先人から教えを受けた重みを大切にし、これからもその技を磨くことを誓えますか?」


 そう問うシンディ様の表情はあくまでも穏やかだ。


 それ故に却って、彼女の表情には一分の隙も含まれない峻厳さが表れていた。


 そしてディアーナは一度目を閉じてから一人頷き、目を見開いた。


「わたしは先人から受けた教えを守り、磨き続けることを杖に誓います」


「よろしい。ディアーナ、あなたはこの杖を持つに値すると示しました。これからも励みなさい」


 そう言ってシンディ様はディアーナに杖を両手で手渡した。


 ディアーナはやや緊張した顔をして、両手で杖を受け取った。


「ありがとうございます、シンディ様」


「おめでとう、ディアーナ」


 二人がそう言い合うと、あたし達もディアーナに「おめでとう」と言った。


「これはわたくしの想像ですが、魔神様はディアーナの年齢を考えて、将来独立した段階で皆伝の証として杖を渡すつもりだったのかも知れませんわ」


「え゛、そうですかね……」


 シンディ様からの補足の説明を聞いたディアーナは、何を想ったのか微妙そうな顔を浮かべていた。




 ディアーナに一心流の杖が渡された後は、残りのあたし達はそれぞれが練習していた魔法をシンディ様にチェックしてもらった。


 その結果、アルラ姉さんとロレッタ様は【風壁(ウインドウォール)】を習得していることが判明した。


 あたしとキャリルもそろそろ【風壁】を覚えられそうだとシンディ様から評価された。


 ニナに関しては、【振動圏(シェイクスフィア)】の効果範囲を広げる訓練が順調だと評されていたな。


「それでは今日はキャリルとウィンとニナは自習としましょう。ロレッタとアルラは【振動圏】の指導を始めます。ディアーナは少しだけ見学をしていなさいまし。後ほど杖の素材について説明をいたしますわ」


『はい(ですの)(なのじゃ)』


 そうしてあたし達はそれぞれ魔法を練習したりして過ごした。


 ディアーナについては最初の休憩のときに、みんなでお茶を頂きながら合金の話を聞いていた。


 あたし達が聞いてしまっても良かったのだろうか。


 それをキャリルがシンディ様に確認していたけれど、現代ではアダマンタイトもあるし、他にもさまざまな魔法金属がある。


 流派の伝統を守る意味で合金の作り方は伝える必要はあるけれど、もっと強力な素材はあるのだという話をしてくれた。


「ちなみにお婆様、わたくしが戦槌(ウォーハンマー)を作るとしたら、最強の素材はどんなものになるでしょうか」


「そうですわね、我が家の秘伝になるのでラルフから聞くべきでしょう。ヒントを言うと、魔法金属に竜種の素材を混ぜたものとだけ言っておきますわ」


『へぇ~』


 さすが竜殺しの伯爵さまの家は、秘伝の合金のレシピを持っているのか。


 しかも竜の素材を使うという時点で、普通じゃ無いカンジだな。


「分かりましたわ。こんどお爺様にお会いしたときに訊いてみることにします」


 キャリルはそう言って晴れやかな笑顔を浮かべた。


 笑顔だけ見る分にはファッションやらカワイイものを語る女子のそれだったけれど、戦槌の素材のことで胸を高鳴らせているのがちょっと残念だなとおもった。




 その後も練習をして、二度目の休憩でみんなでお茶を頂いていた。


 すると侍女のおねえさんがひとり、急いだ様子で現れてあたし達に告げた。


「恐れ入ります。キャリルお嬢さまに、王城より至急の協力要請の連絡がございました。第三王子殿下のパーティーの召集とのことです」


「召集の理由は何ですか?」


「王族の緊急事態とのことです」


 侍女のおねえさんの言葉にシンディ様が確認すると、そのような応えがあった。


「そういうことであれば、わたくしもキャリルに同行します。キャリルが呼ばれた件は、急ぎラルフとウォーレンに伝えなさい」


「はい。それと補足ですが、ウィン殿。あなたが居るようであれば、キャリルお嬢さまに同行して欲しいとのことでした」


 また急だなおい。


 でも王族の緊急事態で『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー』の召集って、どういうことなんだろうか。


「是非もありません。同行は承知しました」


「ありがとうございます」


 侍女のおねえさんに応えたあたしは、戦闘服を持ってきていたかを考えていた。



挿絵(By みてみん)

アルラ イメージ画 (aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




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