04.現場にいたから報告して
風紀委員会のみんなとは適当なところで別れて、あたしはキャリルと一緒に寮に戻った。
食堂を離れるとき、ウィクトルに護られた女子生徒は少し落ち着いたような表情を浮かべていた。
あたし達が席を立ったのに気づくと、彼女は今度は底意なくあたしに手を振ってくれた。
あたしも小さく手を振ってからその場を離れた。
寮に戻ってからは自室で部屋着に着替えた後、いつも通りにアルラ姉さん達と夕食を食べた。
「学院に不審者か。それはちょっと問題よね」
「うん。でも先生たちもそれは分かってると思うし、警備の強化なり何なり手を打つとおもうわよ」
姉さんが心配そうな表情を浮かべたのでそう告げると、ロレッタ様が息を吐く。
「それは当たり前よウィン。問題は今回のことが防げなかったことだとおもうわ」
「確かにそうですわね。学院は色んな生徒が在籍しますし、安全対策が不十分だったことは問題となるでしょう」
確かに今回のことへの責任の話とかが出ると、先生たちは色々大変だろうな。
それでもケガを負った生徒が出なかったし、それを根拠にして学院としては上手く生徒や保護者なんかに説明すると思う。
姉さん達にその辺りの話をすると、納得した顔をしていた。
「そのように考えると、今回の殊勲はウィクトルでしょうね」
「あたしも同感よ」
彼の名前が出たので、姉さんとロレッタ様には食堂での話もしておいた。
「へえ、意外と人気が出るかも知れないわね」
「誰かを護れる人はモテるんじゃないかしら」
ロレッタ様とアルラ姉さんは順にそんなことを言った。
他には王都の治安の悪化は困るという話や、人間を供物にしようとする信仰ってどうなんだろうという話をした。
夕食後に自分の部屋に戻り、あたしは【風のやまびこ】でデイブに連絡を入れた。
さすがに赤の深淵らしき人間が学院の敷地で問題を起こしたことは、デイブの耳に入れておいた方がいいだろう。
もしかしたら既に知っているかもだけど、不審者たちに関する続報も何かデイブのところに集まっているかも知れないし。
「こんばんはデイブ、今ちょっといいかしら?」
「構わねえぜ。学院で不審者が出た件か?」
「やっぱり知ってたのね。現場にいたから報告しておこうって思ったのよ」
「おっとそうか。それは聞かせてもらいてえな。頼むお嬢」
「うん――」
あたしは先ず学院内で女子生徒が襲われ、ユリオの弟のウィクトルが現場に居合わせて助けた話をした。
襲ったのは旅装をした獣人の男で、ウィクトルによればネズミ獣人らしいとのこと。
また相手と言葉を交わしたところ赤の深淵の者らしく、魔神さまを紛い物呼ばわりして、血神を称えていたことも説明する。
獣人は無詠唱で風の上位魔法を学生相手に殺意をもって使用し、供物にすると宣言していた。
ウィクトルが逃げ回っているところにあたしとキャリルが間に合い、キャリルが一撃を入れて痛打を与えた。
それでも無力化には至らなかったが、現場に到着したディナ先生が白梟流の魔法の矢による攻撃を加えた。
すると体術を使う魔族がどこからともなく現れて、魔法の矢による攻撃を全て蹴りで防いだ。
獣人は魔道具で転移して逃げ延び、魔族は高速で移動してその場から去った。
「ユリオの弟の見立てでは、その魔族は芳炎流を使ったっていうんだな?」
「ええ。たしかに独特のステップを踏んでいたわ。自然体で立って左右交互に踵だけで足踏みをするような動きね」
「あー、そりゃ確定だな。魔族の蹴り技の武術で芳炎流だ。練度にもよるが、相手にするとめんどくせえぞ」
めんどくさいと言われると、あたし的には完全に逃げ一択な気分になる。
「どういう面でめんどくさいの?」
「まず前提として、魔力を纏った足による蹴りが主体だ。その蹴りはほぼすべて斬撃になるが、蹴りによる打撃を混ぜてくる奴もいるな。動きの特徴はとにかくトリッキーで、定型の型みたいなものは実戦の中ではあって無いようなもんだ。でも一番面倒くさいのは魔法と組合わせてくることだな――」
デイブによれば魔族はだいたい魔法が得意なので、蹴り技主体の武術の動きの中で無詠唱の魔法による攻撃を混ぜてくるのだという。
「そんなの逃げたいんですけど」
「奇遇だな、おれもだ。まあ、問答無用にぶった切ってくしかないんだが、回避する動きもトリッキーだ。いっそ植物系の魔獣の動きと思った方が、まだ対処しやすいかもだな」
「植物系?」
「ああ。割と普通に逆立ちして、ぐるぐる回転して蹴りを出してくる。それだともう、ツタとか枝とか触手とかを伸ばすような、魔獣の動きと思ってた方が対処しやすいな」
「うへぇ……、それくらいヤバいのね。とにかく分かったわ」
状況によっては逃げるのを最優先にしよう、うん。
デイブに説明できることを話したら、何やら謝られてしまった。
「すまねえお嬢、先に注意喚起で赤の深淵の話をしておけば良かったな」
「なにか情報があったの?」
あたしが確認したところ、デイブはユリオから事前に話を仕入れていたらしい。
「あいつは冒険者登録してるんだが、所属してる白の衝撃 が色々問題あるみたいじゃねえか」
「うん、同感ね」
「何かあるたびにカチコミを遣りやがったら、色々と場が荒らされる気がしたんだわ。そんで冒険者の斬った張った以外で、出来ることは無いかを面談してみた――」
その結果ユリオは、建築の仕事が出来そうだということが判明した。
教会も含めて暴力沙汰で破壊したのを再建して経験を積んだそうだけれど、もはやどこから突っ込めばいい話なのやら。
「それで王立国教会に紹介したらスッ飛んでった」
「へえ、興味があったのかしら」
「冒険者ギルド相談役の名前で紹介状を書いてやったが、興味が出るように格闘神官にも紹介をしておいた。じっさい国教会の連中には稽古相手として重宝されるだろう」
なるほど、ユリオはむしろそっちがメインで飛びついたのかも知れないな。
そして国教会で無事に仕事を貰える話をしてきた帰りに、赤の深淵の話を色々と訊き出したそうだ。
首領の下に『四赤』と呼ばれる四人の幹部が居る。
その『四赤』の指示で動く実働部隊で有名なのが『三塔』と呼ばれる幹部とその部下たちなのだそうだ。
「――ってことで、学院に現れたのは禁術用の生贄を探していたんだろう。もしくはその下見か」
「…………」
「お嬢?」
「次から見掛け次第ぶった切るわ。問題無いわよね?」
「学生を狙うような連中は斬り捨てて問題ねえだろ。殺意が感じられて魔法の発動に十分な魔力を感じた時点で刃を入れても説明は立つ」
全く、私塾や学校に通う子どもが狙われやすいって時点で、カケラも納得がいかないんですけど。
「正直、今からでも狩り出しに行きたくなってくるわ」
「気持ちはわかるが一人で動くなよお嬢」
あたしは一つ長めに息を吐く。
「分かってる。何かあったらすぐに相談するから」
「ああ、それでいい」
デイブの話では学院から逃げた連中については、衛兵は結局捕まえられなかったようだ。
衛兵では場合によっては、獣人や魔族の個人を見分けることが苦手かも知れないとのことだった。
「そうなのね」
「暗部の奴が張り付いてりゃあ、追跡だけは何とかなったかも知れねえが、結果論だ」
確かに凄い移動速度だったんだよな。
「デイブよりも移動が速いかも知れないわよ」
「たぶん速くなる魔法を使ってるんだろ」
ここまでの話を考えるに、あの魔族は幹部の一人だったんだろうな。
「『三塔』かあ……。けっこう手練れっぽかったわ。デイブと同格じゃないかしら」
「魔法を使うから、ダメージ管理という点で長期戦では向こうのが有利だな。ペース配分は速攻がいいだろう」
「ふーん」
そこまで話してから、あたしは魔族の男がこちらを見て眉間にしわを寄せていたのを思い出した。
面倒そうな視線を向けられたことを話すと、デイブが興味深そうな声を上げる。
「へえ。お嬢の情報が漏れている可能性は、いちおう否定は出来ねえな」
「マークされてるのかしら」
「そうかも知れねえし、あとは蹴りを使う流派だから、自分よりも小柄な相手は面倒に感じたってのも考えられるな」
確かにリーチの問題でいえば、魔力を纏った蹴りで斬撃を出すなら間合いが近い相手は苦手という可能性はあるかも知れない。
「うーん……。正直その真意を確かめるような機会は来ないでほしいんですけど」
ただ、連中が生徒を使って禁術を行うっていうなら、場合によっては相対することもあるだろう。
「何とも言えねえな。お嬢だけの話じゃねえし、当面は学校関係や王都の警備を強化させて、儀式どころじゃ無くしていくべきだろう」
「さっき言ってたユリオからの情報は、王宮とかには提供しないの?」
「旅団だけで掴んでても、安全確保っていう面では下策だ。理由もなくヤバすぎる情報を出し惜しみして商売するのは、うちの流儀じゃねえ。ギルドのレイチェルには話を上げてある」
「そう。なら大丈夫かしら」
冒険者ギルドの副支部長に話が通っているなら、すぐに王宮まで赤の深淵の話が伝わるだろう。
「ああ。とりあえずそんなとこか」
「そうね。また何かあったら連絡するわ」
あたしはそこまで話してデイブとの連絡を終えた。
その後は宿題を片付けて日課のトレーニングを済ませ、読書をしてから寝た。
ロレッタ イメージ画 (aipictors使用)
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