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02.面倒事扱いされたような


 あたしとしては必要だったらすぐに動き出して不審者を攻撃する準備があったけれど、その前に目の前の状況が変化した。


 ディナ先生の警告の後に、不審者の獣人は切り落とされた腕に水魔法を使った。


 恐らくは【治癒(キュア)】を無詠唱で発動し、不審者は止血を行った。


 するとディナ先生は躊躇なく魔法の矢を連続して不審者に撃ち込む。


 それを認識した直後には中っていると思い込んでいたあたしは、目の前の状況に驚くことになった。


 その場に急に魔族の男が現れた。


 気配を消していたわけでは無くて、高速移動で跳び込んできた感じだ。


 そいつはディナ先生の魔法の矢を、全て蹴りで破壊してしまった。


「全く、失敗した時点で引けば良かったんだ」


「仰る通りです。欲をかいてこのザマです、お恥ずかしい」


「今日は見学だと言っていなかったか?」


「そうですね、申し訳ありません」


 魔族の言葉に対して、不審者の獣人は丸耳を垂らして謝罪の言葉を述べている。


 どうやら本気で謝っているようなのだけれど、その間にも容赦なくディナ先生の魔法の矢が不審者の獣人へと射られている。


 魔族の方には目もくれず、先に仕留められそうな獣人から狙っているのかも知れない。


 先ほどまでよりは矢に魔力が込められているみたいだ。


 狩猟部での白梟流(ヴァイスオイレ)のお手本を思いだすけれど、ディナ先生は不審者の獣人を確実に射抜くために一本ごとの威力を増しているようだ。


 それでも魔族は素早い動きで蹴りを繰り出し、難なく獣人に向かう魔法の矢を破壊していた。


「あれは……、芳炎流(ノビリスフランマ)では無いでしょうか……」


 半信半疑と言った様子で、あたしの背後からウィクトルが告げる。


 その声に振り返ることなく確認する。


「それはあの魔族の武術のこと?」


「恐らくは、舞踊を源流とする魔族発祥の体術です。流派の名は、『燃え盛る炎の木』という意味が簡略化されたものだったと思います」


「特徴は何ですの?」


 キャリルも油断なく問うが、万一の場合は対処するつもりなんだろう。


「比喩ではなく、どんな体勢からでも蹴りを繰り出し、その全てが斬撃です」


「どんな体勢からでも?」


 あたしが訊くと直ぐにウィクトルが応える。


「はい。飛んだり跳ねたりしている時は当たり前で、片手で逆立ちした状態や、うつ伏せや仰向けになった状態から動き出して技を繰り出すこともできるという噂です」


「うわぁ、面倒くさそう……」


 できればそんな変態じみたトリッキーな奴は、相手にしたくないです。


 でもそう思っていると妙なフラグが立ちそうなので、目の前でディナ先生の矢を破壊している魔族を観察するだけにした。


 観察していると、予備動作というか妙なステップを踏んでいることに気づく。


 いや、蹴るとき以外は両足を地面から離すことは無いのだけれど、軽くその場でかかとを左右交互に上げている。


 イメージとしては地球のボクサーのステップのようではある。


 でもその例えなら、まだ武術研で見かける蒼蛇流(セレストスネーク)の方がまだボクサーに近いか。


「たしかに、ダンスのステップの予備動作みたいね」


 あたしが観察しながらそう告げると、視線に気づいたのか言葉が届いたのか、魔族もあたしの方を観察した。


 なんだよ、戦うのかよ。


 そう思って視線を送っていると、無表情だった相手はあたしを見ながら突然眉間にしわを寄せてため息をついた。


 その反応の真意は分からなかったけれど、一目見ただけのあたしを面倒事扱いされたような予感がした。


 だがあたしの思惑を無視するように、魔族の男は不審者の獣人に告げた。


「もう手当てはいいだろう。魔道具を回収して直ぐに離脱しろ」


「承知しました」


 そのやり取りからの行動は素早かった。


 不審者の獣人は、地面に転がっている自分の腕を無傷な手で回収して告げる。


「先に行きます」


「とっとと行け」


 促された獣人は回収した魔道具のボタンを操作し、直後に魔力が走って姿が消えた。


 どうやら転移の魔道具だったようだ。


「…………」


 それを見届けた魔族の男は、瞬く間に高速移動を行ってその場から消えた。


 武術の身体強化に加えて、何かの魔法でも身体強化していそうだな。


 移動速度そのものはデイブなんかよりも速そうだなと、あたしは考えていた。




「ウィクトルくぅぅぅん、足に力が入らないのぉぉぉ」


 そう言いながらウィクトルにお姫様抱っこされている女子生徒は、ウィクトルの首元に抱き着く。


 かなりギューッと締め上げている感じなのだけれど、ウィクトルは気にしていないようだ。


「それはいけません。直ぐに医務室か、附属病院に行きましょう」


「ううん、このままどこか静かなところに連れてってぇ。私、怖かったから少し落ち着きたいのぉ」


「ええと……、ウィクトル、その人は証人だから、先に職員室に連れて行ってあげて」


「分かりましたウィンさん」


 あたしの言葉で女子生徒は、ウィクトルに気づかれないようにあたしにアカンべーをしてみせる。


 そんなことをやられても、証人なんだから仕方ないじゃん。


 いまあたし達は、戦闘が行われた場所から少し移動して待機している。


 あたしは溜息をつきながらウィクトルに告げる。


「いまは安全が確保されて気が大きくなってるかも知れないけど、その人も冷静になれば怖がるかもしれないわ。独りにしないで、落ち着くまで一緒に居てあげなさい」


 あたしの言葉にウィクトルはハッとした表情を浮かべる。


「わかりましたウィンさん。彼女の友人に合流するまで、付き添います」


「お願いします」


 ウィクトルにそう告げると、現金なもので女子生徒はあたしにウィンクしながらサムズアップした。


 いやまあ、元気が残ってるのはいいんだけど、冷静になって恐怖感が出てくるかもしれないのは言葉の通りなんですよ。


 そこまではあたしや風紀委員会はフォローしきれないぞ。


 ウィクトルと女子生徒はそのあと事情を話すために、その場に居た先生に付き添われて高等部の職員室に向かった。


 たぶんリー先生から聞き取りが行われると思う。


 お姫様抱っこをした彼らを見送った後、現場検証をしているディナ先生たちに視線を移す。


 ディナ先生は今回は魔法の矢だけを使っていた。


 物理的な矢を使った方が簡単に威力を上げやすいんじゃないかと思うけれど、敵に方向を変えられた時にすぐ消せるようにしたんじゃないかと思う。


 万が一でも敵が弾いた矢があたし達に当たらないように、気にしたんじゃなかろうか。


「王都への巡礼客にしては物騒な手合いでしたわね」


「ホントよね。まったく、学院に何しに来たのかしら」


 簡単に話を聞いたけれど、ウィクトルによれば不審者は彼らへの殺意を持っていたようだ。


 しかも赤の深淵(アビッソロッソ)の関係者だろうとのことだった。


 あとから来た魔族は、あたしの見立てでは少なくともデイブと同等以上の手練れだ。


 できればあんな連中と関わりたくないなと思う。


 でも同時にあたしは、友達の誰かが巻き込まれていたら、迷わず戦いを選ぶだろうなと考えていた。


「『見学』と言っていたでしょうか」


「言葉通りに受け取らない方がいいわよ。状況的に何かの下見のように感じるわ。その途中で出会った学生を躊躇なく殺しにかかるのも理解不能よ」


 ほとんど愉快犯の通り魔みたいなものじゃないだろうか。


 全く迷惑この上ない。


「そうですわね……。単純な金銭目当ての賊などとも動きが違うように感じます」


 金銭目的なら、いきなり通りすがりの学生に殺意を向けたりしないだろう。


「考えたくないけど、傷つけたり殺すことそのものが目的だったんでしょうね」


「おぞましいですわ」


「同感よ」


 そこまでキャリルと話をして、あたし達はそろって重い溜息をついた。


「――二人とも良くやってくれたね。見事だったよ」


 ディナ先生が主導した現場検証が終わったのか、あたしとキャリル以外の風紀委員のメンバーがあたし達のところにやってきた。


 エルヴィスが最初にあたし達に声を掛けてくれた。


「今回はたまたま運が良かっただけですね。ウィクトルが間に合わなかったらと思うとゾッとします」


 知り合いでは無いとは言え、狙われた女子生徒は少し前に会話をした相手だ。


 コウの関連のことで妙なことを考えていたとはいえ、少なくともあの女子生徒は誰かを物理的に傷つけようとはしていなかった。


 それが通り魔みたいな手合いにやられていたらと考えると、あたし的にはモヤモヤする。


「でもウィンちゃんとキャリルちゃんは間に合ったわ。見事だったと思います」


 その場にいたニッキーがそう言って微笑んだ。



挿絵(By みてみん)

ウィン イメージ画 (aipictors使用)




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