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12.ほぼ全力の一撃を


 その日ウィクトルがその場を通ったのはたまたまだった。


 学院に提出した書類の件で管理棟に呼び出され、必要事項の記入を行っていた。


 転入生として用意した書類だったが、記述例をもとにそのまま書いて提出したところ、留学生の転入生の場合に記載すべき項目が漏れていたのだと言われた。


 ウィクトルとしても学院に迷惑をかけるつもりは無いし、担任の教師に促されて早めに対応した。


 その帰りに武術研究会に向かうか礼法部に顔を出すか考えていたところ、学院関係者では無さそうな旅装の男が女子生徒に詰め寄っているのを見かけた。


 しかもウィクトルの気配察知の感覚では、男から闇魔法が放たれているように感じられた。


 ざっと遠目で見る限り、旅装束の男はネズミ獣人の雰囲気を感じさせた。


 ネズミ獣人は細かい部族が多数あるが、総じて武よりは魔法に長けた聡い一族であるのが共和国で共通した評価だ。


 それでも中には高度な魔法の腕を悪用し、犯罪に用いる者がいることも知られている。


 目の前に居るのはどうやらそういう手合いであるようだ。


 そこまで流れるように一方的に判断したウィクトルは、この現場に介入することにして状況を観察する。


 そして彼は、気配をやや押さえた状態で近寄って指を鳴らした。


 音によってネズミ獣人の男の集中を妨げ、女子生徒に恐怖を与えていた魔法を止めさせた。


 指を鳴らしたくらいで解けない魔法だったならば、ウィクトルは直ぐにでも殴りかかるつもりだったが。


 彼の問いに柔和な表情を崩すことも無く、ネズミ獣人の男は口を開いた。


「何をしていたと言いましても、この子に道を訊いていただけです」


 男は笑顔のまま、朗らかに応えた。


 それに対してウィクトルは敵意を隠さないままに告げてみせる。


「ひどく、腐った臭いがします」


 会話が成立しておらず、ネズミ獣人の男は少しだけ困ったような表情を浮かべる。


 だが相手の反応に付き合うことも無く、ウィクトルはさらに告げる。


「あなたがネズミ獣人族なのは分かります。ですが、賢そうなのはフリですか?」


「賢そうですか。確かに我が一族は魔法に長けていますので、そういう評価も多くあります」


 ネズミ獣人の男はあくまでも柔和な表情は崩さない。


 それに対しウィクトルは首を横に振って告げるが、まったく相手の話を聞くつもりは無いように見えた。


「ああ、ドブの臭いがします。ネズミ獣人の中でも、ドブネズミの獣人でしたか」


「はぁ……、安い挑発ですね。品性が疑われる」


 ネズミ獣人の男は目を細めつつそう告げて、意識をウィクトルに移した。


 そのときには既に、闇魔法を掛けられていた女子生徒は男から離れ、ウィクトルの陰に隠れていた。


「あなたが何を言っても、彼女に闇魔法を掛けていた事実は変わりません。義か不義かを判断すれば、魔神さまに誓って不義であると確信します」


 ウィクトルの言葉で、ネズミ獣人の男の表情が硬くなる。


 いや、笑顔は崩さないが、その目は笑わずにウィクトルを観察する。


「魔神さま……、フフッ、あんな紛い物。真なる神の前では欺瞞ですよ」


 ネズミ獣人はそう言い放ち、くつくつと笑う。


「参考までに教えてください、真なる神とは何ですか?」


「無論、血神です!」


 そう告げてネズミ獣人の男は恍惚とした表情を浮かべ、まるでウィクトルたちを歓迎するかのように両手を広げてみせた。


 当然ウィクトルたちには、歓迎される意図は無かったが。


「やはり、 赤の深淵(アビッソロッソ)の関係者でしたか。臭うわけです」


 そう言ってウィクトルは嘆息する。


 その言葉にネズミ獣人は怪訝な表情を浮かべる。


「さて……、誰からその名を聞きましたか?」


 その問いに対し、ウィクトルは敵意を強めながら告げる。


白の衝撃(インパットビアンコ) です」


「なるほどなるほど、あなたはイタチ獣人族……、いえ、フェレット獣人族ですか……」


 そう言ってネズミ獣人は黙り込んだが、張り付いたような笑顔のままだった。


 だが次の瞬間、風属性魔力を込めて無詠唱で【風壁(ウインドウォール)】を発動し、風の刃の壁でウィクトルと女子生徒を包んだ。




 最初に感じたのは非常に強い殺意のようなものだったか。


 普段そんなものを感じる機会は学院内では皆無だけれど、その時はなぜか気付いてしまった。


 それと同時にあたしの予感が、これを無視してはいけないと告げている気がした。


 大講堂前の広場でコウ達を見送った後、トボトボと部活棟に向けて歩いていたのだけれど、突然異様な感じを覚えたのだ。


 すぐに風紀委員会の仲間に連絡を入れなければと思ったのだけれど、いつもならこういう状況ならキャリルと二人一組(ツーマンセル)で動いている。


 いちおうキャリルには連絡を入れておこうかと思い【風のやまびこ(ウィンドエコー)】を使う。


「ごめんキャリル、いまいいかしら?」


「どうしたんですのウィン?」


「もしかしたらトラブルかも知れないわ。いま大講堂前の広場から部活棟に移動する途中だったのだけれど、普段感じないような強い殺気に気が付いたの」


「それは……、なかなか不穏ですわね」


 そう応えるキャリルの声が心持ち弾んでいるのに気が付いた時点で、あたしは初手を誤った気がしてきた。


 それでも話してしまったので最後まで伝えた方がいいだろう。


「マジメな話よ。あたしの予感が放置しちゃいけない感じだって言ってるわ」


「予感ですか。ウィンの予感は確認した方がいいですわね。わたくしも向かいます」


 すこしはキャリルの反応も落ち着いてくれたので、あたしとしては内心胸をなでおろした。


「キャリルは歴史研究会の部室かしら? 近くに誰か信頼できる人が居たら、先生たちに通報してもらいたいの。詳しい場所は――」


 あたしは殺気の発生場所と思われる地点をキャリルに伝えた。


「それじゃあ先に行ってるわ。悪いけど状況によっては、対処は始めてるから」


「承知しましたわ。姉上たちに言伝(ことづて)して急行いたします」


 そこまで話してあたしは連絡を終えた。


 そして【収納(ストレージ)】から取り出したワイバーン革のロングコートを纏い、ステータスの“役割”を影究(テナシティシャドウ)に変える。


 取り急ぎそこまで準備したけれど、迷ったあげく学院内なので刃引きした短剣と手斧を【収納】で取り出して装備した。


 そうしている間に同じ場所から、濃密な風属性魔力が発せられるのが感じられた。


「【風壁】かしら? ちょっと穏やかじゃ無い感じね」


 あたしはそう呟きつつ内在魔力を循環させてチャクラを開き、場に化すレベルで気配を消して身体強化を行い、その場から現場へと急いだ。




 ネズミ獣人の男が無詠唱で発した【風壁】がウィクトル達を包んだと思われたのとほぼ同時に、ウィクトルは女子生徒を抱えてその場から移動するのに成功していた。


 回避のタイミングとしてはかなりギリギリだったが、彼は兄であるユリオからの情報を耳にしていた。


 曰く、赤の深淵の王都ディンルークへの先遣部隊は、魔法を多用する連中であると。


 しかも無詠唱などを実戦レベルで使いこなす連中とのことだった。


 ウィクトルとしては目の前の相手を赤の深淵と疑った段階で、魔法兵タイプの敵だと想定していた。


 これで相手が赤の深淵の幹部という『三塔(さんとう)』で、体術の使い手なら窮地だったかも知れないが。


 だが『三塔』は魔族という話だったし、ウィクトルとしては先方が無詠唱で魔法を使ってくる可能性を想定していた。


 それでも想定していたのはそこまでで、相手がいきなり【風壁】を炸裂させ自分たちを比喩では無く挽肉にしようとする可能性までは考えていなかった。


「ふむ、なぜ避けるのです? せっかく血神への供物にして差し上げようとしたのですが」


「やはりドブネズミは駆除するに限りますね。死肉をありがたがる残念な連中です」


「残念なのはあなたがたです。しかし、直ぐに供物にして差し上げますので、ご期待ください。私は(、、)供物をもてあそぶ趣味はありません。良かったですね?」


 そう言ってネズミ獣人の男は柔和な笑みを浮かべた。


 やはり会話が成立していなかったが、ひどく不穏な情報がその場で交わされた。


 そしてウィクトル達を包むように再度【風壁】が展開されたが、彼は再度回避することに成功する。


 だが同時に現在の状態――女子生徒を一人横抱きしている体勢では、足を使って逃げ回るのが精いっぱいだということもウィクトルは気付いていた。


 ウィクトルとしては、ネズミ獣人の男から距離を取って学院内を逃げることもできる。


 だがその場合は、この赤の深淵関係者らしい者を野放しにしかねない。


 自身の腕の中の女子生徒以外で犠牲者が出る可能性が頭に過ぎり、ウィクトルとしては撤退の判断が出来ずにいた。


「やれやれ、威勢がいいのは口だけですね。白の衝撃に連なる者といっても所詮は子どもです」


 そう言ってネズミ獣人の男は首を横に振る。


 そしてその場の者たちが予期しない硬質な音が幾度かその場に響き、直後にウィンの声が響いた。


「ガハッ……、しくったわ……」


 声に気づいたネズミ獣人の男が視線を向けると、そこには両手に武器を握ったウィンが居た。


 男の見立て(、、、、、)では胴体部分に深い斬撃が何本も入り、彼女の口からは少なくない量の喀血が見えるように(、、、、、、)感じられた。


「これはこれは、あたらしい供物が来てくださいましたか。血神に捧げるには少々作業が足りませんが、手間を省いてくれる子は好きですよ」


「ゴフッ……、自動で魔法……カハッ、防御するのね……」


「ええ、私は体術はそれ程でも無いですが、魔法は得意です。私の認識の外からでも、致命の一撃を貰わないために自動反撃を繰り出す風魔法を展開しているのです」


「…………」


「ああ、貧血で意識が朦朧としてきているのでしょうか。直ぐにラクにして差し上げますね」


 その言葉でウィクトルと彼に横抱きされる女子生徒に緊張が走るが、魔法による自動反撃の話を聞いてしまった以上、迂闊に動くことが出来なかった。


 それでも彼らはネズミ獣人の男の言動に大きな違和感を感じ、その場の変化に備えていた。


 そして――


「無詠唱使いで、上級魔法を使用。風属性魔法による、斬撃型自動反撃の常時展開を確認。自動反撃の有効な範囲は、正面を中心に約二百度ちょっと。間合いが約二ミータ。斬撃の強さはそうね――」


 それまでユラユラと立っていたウィンが、視線を落としながらハッキリとした声で告げる。


「ブルースお爺ちゃんよりは大したことは無いわ」


「一体、何を……」


 ネズミ獣人の男が呻くようにウィンに問うが、それを最後まで告げることはできなかった。


「了解しましたわ!」


 声と共にキャリルが気配をその場に現す。


 それと同時に、雷属性魔力を纏わせたキャリルの真銀(ミスリル)製の戦槌(ウォーハンマー)が振るわれ、ネズミ獣人の男を背後から強打した。


 キャリルのほぼ全力の一撃を死角のゼロ距離から喰らったネズミ獣人の男は水平に吹っ飛び、最寄りの講義棟の壁に大きな音を立てて衝突しクレーターを作る。


「まあまあのタイミングだったわねキャリル」


「ウィンは闇魔法が使えないはずですのに、スキルとは凄いものですのね」


「ウィンさん? 一体……」


「話はあとよ、油断しないで。増援が来るまでその子を護りなさいウィクトル」


 全く汚れの無い装備を纏ったウィンの顔を伺いつつ、ウィクトルはその言葉に居住まいを正す。


「ウィンさんはダメージは無いのですか?」


 女子生徒を横抱きする手を強めつつ、ウィクトルは問う。


 今になってその体勢に気づいた女子生徒は、頬を染めつつウィクトルの表情を伺った。


 そんな二人をよそに、ウィンとキャリルはネズミ獣人の男の気配を注意深く探っている。


 それでもウィンはウィクトル達に一瞬だけ視線を向ける。


「あたしがダメージを負ったと、あいつに錯覚させたのよ」


 そう言って彼女は不敵な笑みを浮かべた。



挿絵(By みてみん)

ウィクトル イメージ画 (aipictors使用)




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