11.いまは目が笑っていない
あたしとコウとシルビアに対して何やら企んでいた女子生徒は、ウェスリーの協力――というか活躍があって退けることが出来た。
言動の端々に残念な感じがあるのは玉にキズだけれど、結果だけ見るなら助けられてしまった。
助けられてしまった以上はお礼を言わなきゃダメだろう、何となくモヤモヤするけど。
「ウェスリー先輩、さっきの女子生徒への対処、ありがとうございます」
なにか彼のことだから妙な言動でも返って来るかと思ったけれど、その返事は意外なものだった。
「対処自体は俺が好きでやったことだから気にするな。それよりもウィン、少し甘いんじゃないのか?」
「甘いですか? どういう部分の話です?」
「ふむ。前に(鬼ごっこで)会ったとき、ジナさんやジャニスさんと話をさせてもらったが、考え方や立ち振る舞いは俺の師匠の流儀に通じるものがあった」
そう言われてしまうと確認しておいた方がいいか。
母さんのやジャニスの名前が出た以上、ウェスリーに突っ込まれるレベルでの甘さがあるのは気を付けておきたい。
「具体的な話をすれば、ウィンは自分の記憶力の良さに頼り過ぎていると思うぞ」
「記憶力の良さ……、『頼り過ぎている』、ですか?」
確かにどちらかといえばあたしは暗記が得意な面はあると思うけれど、同時に忘れることだって普通にあるぞ。
それでも記憶力に頼るのは何がいけないのやら。
「別に悪いことじゃあ無い。物覚えがいいのは大切だ。無限の可能性の中から試行錯誤して、至高のイールパイを目指すのにも必要な要素だ」
またそれかよ。
でもウェスリーはいまは目が笑っていない。
なにか彼なりに、真面目なことをあたしに伝えようとしている。
「記憶力に頼らない部分ですか?」
「一番シンプルにいえば、証拠の話だ。今回でいえば会話内容を魔道具で記録した。会話の内容は魔道具を複数使えば編集できるが、それでも大元の情報を押さえるのは大事だ」
確かにそう言われてしまえば納得はできる。
あたしは魔道具で記録したりすることは、ほぼ無いからな。
「そうですね、ウェスリー先輩の言うとおりだと思います……」
「もちろん記憶力に任せて、後で問題の人物を【真贋】で調べるという手もあるだろう」
「でもそれが出来ない場合があるって話ですね? 人物だけじゃなくて場所とかもそうですし」
「そういうことだ。やっぱりジナさんがいう通り、ウィンは理解が早いな」
「え、母さんがそんなことを言ってましたか?」
理解が早いとかは、母さんに褒められた記憶は無いんですけど。
褒めたら堕落すると思われているのだろうか。解せぬ。
「さてな、本人に言わせてみるといい。ワイロに菓子を持っていくなら、俺やエリーが協力できるだろう」
「にゃー!」
横で話を聞いているエリーがあたしにウィンクしてみせた。
実際に母さんにワイロを持っていくとして、ウェスリーはともかくエリーの手が借りられるのは心強そうだ。
あたしはそんなことを考えていた。
「――話が途中だったが、可能なら客観的な記録は取るようにした方がいいだろう。諜報などでは基本中の基本だが、べつに料理とかでもいえる話だな」
そう言ってウェスリーはあたしにドヤ顔を浮かべてみせた。
微妙に釈然としない想いが湧き上がってきたけれど、説得力はある話だ。
あたしは小さく息を吐いて、ウェスリーに告げる。
「おっしゃる通りだと思います。記憶に頼りすぎると、『記録』が疎かになるっていう話ですね」
「ああ。誰でもウィンのように出来るわけじゃあ無い。だから誰でもあとで確認できる証拠が必要なんだ」
そう言ってウェスリーはあたしにサムズアップしてみせた。
そこまであたしとウェスリーが話したところで、シルビアが口を開く。
「何だかウェスリー先輩ってかっこいいっす。外見とかの話じゃなくて、なんかこう、内面的な隙の無さみたいなものを感じるっす」
それは正直どうなんだろう。
シルビアよ、そこに居るのはコアなイールパイ信者の変態だぞ。
ときどき言動が的を射ているだけで。
「ははは、あまり褒めるなシルビア。だがお前はセンスがあるかも知れん。エリーの次に俺の弟子になるか?」
何の弟子なんだよ。
あたしはそう言って突っ込みたかったけれど、あたし以外にはそういうことを考えていそうな人はその場に居なかった。
このアウェイ感は何だろう、誰か助けてほしい。
「何ならコウもいっしょに俺の弟子になればいいんだ」
何やらコウまで侵食しようとしているな。
ピザパーティーのときに二人は参加しているし、コウとウェスリーは互いに面識はあるとは思うけれど。
「それは面白そうっす。じぶん、ウェスリー先輩の弟子になるっす」
「そうだね。ボクも興味があるかな。ウェスリー先輩の捉えどころのない強さは、とても興味があるんだ」
シルビアにコウよ、そっちへ行ってはいけないよ。
あたしはそう伝えたかった気がするが、とりあえず黙っていた。
「はっはっは、あまり褒めるな。――ウィンも弟子になるか?」
「もちろんお断りします!」
あたしは秒で断った。
ウェスリーはそれを予想していたのか、可笑しそうな顔をして笑っていた。
彼らの様子をうかがっていたエリーが、何やらニヤリと怪しい笑みを浮かべる。
なにか企んでいることがありそうな気配を感じたけれど、邪まな感じはしない。
ウェスリーの弟子仲間 (?)にコウとシルビアが増えるのが嬉しいんだろうか。
というか、エリーがウェスリーの弟子というのは今回初耳ですが。
「それじゃあウィン、ボクらはダブルデートに行ってくるよ」
「コウさんホントにおもしろいっすね。ウィンさんまたっす」
「じゃあなウィン」
「またにゃー」
そのあとあたし以外の私服姿の四人は、そろって身体強化と薄く気配遮断を行って学院の正門の方に駆けて行った。
彼らを見送った後に何となく疲労感を感じたものの、あたしは部活棟に向かうことにした。
その女子生徒は失意の中、学院構内を歩いていた。
自身とその仲間たちが立てていた計画が、根本的な部分で崩れたからだ。
彼女はコウを慕っている女子生徒の一人だった。
そしてコウがクラスメイトの女子生徒であるウィンと仲が良いことは把握していた。
ウィンの凄さは折に触れて耳にしている。
彼女が所属する非公認サークル『美少年を愛でる会』を取り締まる者として、風紀委員の立場から何度か対峙した。
武術の手並みはもちろん性格的に隙が無く、かといって周囲を押さえつけるような性格でもない。
少しばかり食い意地が張っているという情報はあるが、それは逆に共感できるという評価もあるくらいだ。
ウィンならば、コウの相手をするのは仕方が無いか。
彼女とその仲間たちは言外にそう思い込んで、二人を観察してきた。
そこに新たに加わった者がいる。
転入生のシルビアという女子生徒だが、フサルーナ王国からの留学生だ。
学院の転入試験は、前提となる学力が普通の入試よりも求められる。
初等部でも二年生の試験という時点で、異常にハードルが高くなるのだ。
それを突破し、しかも二年の上位のクラスに転入した。
そのシルビアがコウの幼なじみであり、どうやら初恋相手であるらしい。
シルビアが割込む余地があるなら、いちど状況をリセットすれば自分たちのチャンスも出来るのではないか。
女子生徒たちはそう考えてしまった。
「必死かぁ……、何やってるんだろう私……」
先ほどのウェスリーの言葉が、今さらながら彼女の耳に残る。
それでも自分がコウを想う気持ちはウソでは無いし、ウソだと思いたくない。
だがコウ本人の眼中に自分が無いことが、酷く惨めに感じられた。
そんな女子生徒に声を掛ける者があった。
「あの、すみません。お嬢さんちょっといいですか?」
「え……? あ、私ですか?」
女子生徒が声の主に視線を向けると、ちょうどすれ違おうとしていた獣人の男が彼女を見ていた。
その成人の男は旅装をしていて、頭は何も被らずに丸耳を出している。
そういえば丸耳といえば、あの時の転入生はどうなっただろうなと彼女の頭に過ぎる。
「ええ。もしお忙しいので無かったら、道を伺いたいのですが?」
「……正門で案内は受けなかったんですか?」
道を尋ねるという時点で部外者であり、女子生徒は何となくその獣人にイヤなものを感じた。
外見上は柔和そうなのだが、他の印象が隠されているというか、意図的にそう振る舞っているようにも感じる。
「ええ、病院の方から来たのです」
「そういうことなら、あっちに行くと食堂があるので、入り口の近くに案内板がありますよ?」
「そうですか。……できれば案内して頂けませんか?」
そういって笑う男だったが、口調は穏やかだったし表情も柔和な笑顔を浮かべている。
だが女子生徒はその笑顔を向けられて、ひどく背筋が冷たくなっていくのを感じた。
自分でも奇妙だと思いつつその理由を考えた時に、男の視線が何かに似ていることに気づく。
そして彼女はその視線が、商店や市場などで商品を値踏みするような視線に似ていると気づいたところで、恐怖を感じて身動きが取れなくなっていた。
パチン――
その場に誰かが指を鳴らす音が響き、女子生徒と獣人の男がそちらに視線を向けた。
「あなたは彼女に【感情制御】を使って――」
そこには獣人の男へと視線を向けるウィクトルの姿があった。
「何をしようとしていたんですか?」
そう告げて獰猛に嗤うウィクトルは、獲物を見つけた捕食者の目をしていた。
ウェスリー イメージ画 (aipictors使用)
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