10.事実があれば良かった
あたしは大講堂前の広場に私服姿で誰かを待っている様子の、コウとシルビアに近づいた。
ザッと二人を観察する限り、気配とかではとくに不穏な感じはしない。
「こんにちはコウ、シルビアさん。二人とも私服でどうしたの? 誰かと待ち合わせ?」
「ああウィン、ちょっとシルビアと王都にデートに行こうと思ってさ」
「こんにちわっすウィンさん。そういえば転入してからは初めて会うっすね」
「ええ。合格発表のときに嬉しそうにしていたし、合格したと思っていたわ」
あたしの言葉にシルビアは恐縮するような表情を浮かべた。
「そうでしたっすか。それは申し訳なかったっす。早めに挨拶すれば良かったっすね」
「気にしないで。……それでシルビアは何組なの?」
あたしが確認すると、魔法科初等部の二年生だということが判明した。
ふむ、一学年先輩だったか。
話をきけば、エリーと同じクラスでBクラスらしい。
「それじゃあシルビア先輩って呼びますね」
「え、でもじぶんは今まで通りでもいいっすよ?」
「自分の中のケジメみたいなものよ、シルビア先輩」
「そうっすか? うーん……、そういうことなら分かったっす、ウィンさん」
「あたしの方こそ『さん付け』にしなくてもいいんですけど」
「性分なんで気にしないでほしいっす」
そう言われると何も言えなくなるんだよな。
「分かりましたシルビア先輩。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくっす」
そう言ってあたし達は握手をした。
「ところでコウさん、さっきじぶんとデートとか言ってたっすけど?」
「ああ、ボクはそのつもりだよ?」
そう言ってコウは爽やかな笑みを浮かべた。
ほらね、妖しい雰囲気というのがそもそも成り立たないんだよ。
コウの場合は何をどうしても、イケメンスマイルで補正が掛かってしまうんだよな。
「ふーん。二人でデートに出かけるの?」
「いえ、いまからもう二人来るっす。エリーさんとエリーさんの先輩っす」
「なるほど。どう考えてもやましいところは無いわよね」
「ええと、やましいってどういう事なんだい? もちろんボクとシルビアのあいだにそんなものが入り込む余地は無いんだけどさ」
「コウさんって面白いっすね」
コウの言動を真に受けるでもなく、シルビアは朗らかな笑みを浮かべていた。
「ちょっと二人のことで通報に近いような扱いでここに案内されたの。直ぐ戻るからここにいてくれるかしら?」
「通報か……。もともと待ち合わせをしていたし、ここに居るのは構わないよ?」
「待ってるっす」
二人の言葉を聞いたのと同時にあたしは内在魔力を循環させてチャクラを開き、場に化すレベルで気配を消しながら身体強化を発動する。
その状態で念のため意識の片隅に置いていた、この場所に案内した女子生徒のところに高速で移動した。
女子生徒は何やらあたしを送り出した位置から建物の陰に少し移って、コウ達を観察していた。
だがあたしが気配を消したのに気づいたのか、何やら眉をひそめはじめている。
あたしは彼女の背後の手で触れる位置に立って、軽い殺気を向けながら告げる。
「詳しく話を訊きたいから、ちょっと同行してください。誰かを嵌める意図があるなら確認したいので」
女子生徒は急に現れたように感じたのか、あたしの言葉で途端にガクガク震え始めていた。
とりあえず女子生徒が怯えていること自体は演技では無さそうなのだけれど、何か底意があったのは把握している。
あたしは顔色を悪くした彼女を促して、コウとシルビアのところに連れて行った。
彼らには、女子生徒に急かされてこの場に来たことを伝える。
さて、ここからどうしたものかなと思っていると、エリーとその先輩の二人が気配を押さえて女子生徒の死角に立っている。
気配を押さえているのは何か意図があるのだろうか。
取りあえずそこは後で確認することにして、あたしは女子生徒に質問した。
「それで、彼らに確認しましたが、これからさらに友人たちと連れ立って出かける予定だったそうです。先ほどのあなたは、『事情聴取した方がいいと思うんです。二人で妖しいことをしたらイケナイと思いませんか』と言いましたよね?」
何やら顔面蒼白なまま視線を落として、女子生徒は声を上げる。
「ちがうんです! 私はそんなことを言っていません! ただ、ウィンさんに確認してもらった方がいいと思ったので、彼らの様子を見て欲しかったんです」
いきなり自分の発言を引っ込めたうえに、それは悪びれる様子が無さそうだ。
もちろんあたしのスキル『影拍子』で、女子生徒がウソを言っていることは分かる。
「それは偽証――ウソの証言ですね? 風紀委員だということを確認したうえでこの場に急げと告げた時点で、あなたは生徒会会則に従って風紀委員に通報したことになりますよね?」
「でも、ウィンさんは知っておくべきだと思ったんです」
何を知っておくべきだというのだろう。
コウとシルビアの関係性の話なら、それは二人が決めればいいことだ。
「つまり偽証は否定しないと。――そもそもあなたは『美少年を愛でる会』のメンバーと記憶しますが、あなたの行動はパメラさんなどの指示ですか? コウとシルビアがここに居るのは誰から聞いたんですか」
「でも、ウィンさんは、二人がこのままでいいと思っているんですか?」
参ったな、この女子生徒はあたしの話を聞いていない。
その上で何かの底意を持っているように感じられる。
「非常に面白い状況だが、俺もこの生徒がどこで集合場所と時間とメンバーの話を知ったのかは興味があるな――」
それまで気配を押さえて、エリーと共にその場で大人しくしていたウェスリーが口を開いた。
「ウィンの話をスルーして自分の主張だけを言い続けるのは構わんが、さっきからこの場での会話は魔道具で記録している」
そう言ってウェスリーは自身の手の中には、地球の記憶にある小型のワイヤレススピーカーみたいなものが握られている。
それまで視線を落とし顔面蒼白にして震えていた女子生徒は途端に表情を変え、ものすごい形相でウェスリーを睨み始めた。
「チッ、料理研の変態野郎がどういうつもりよッ?!」
うーん、顔色を悪くしたり震えていたのは演技だったのだろうか。
いや、殺気を向けたのが効きすぎたのかも知れないな。
本当に必要な時以外は、殺気をバラまくのはやめた方が良さそうだ。
でもそれって当たり前ではあるか、自省しよう。
「変態とはご挨拶だな。俺はただイールパイの可能性を、全ての食卓に広めたいだけだ。――だが今それはいい」
やっぱりイールパイは、ウェスリーにとってはライフワークみたいなもののようだ。
その単語を告げた時の彼は、ものすごくいい笑顔を浮かべていた。
それはともかくウェスリーは、あたしに視線を向けて確認する。
「ウィン、この女が『美少年を愛でる会』のメンバーなのは間違いないか?」
「間違いないわね。丸刈り事件の時の騒動で、片手剣と盾をもって頑張っていたのは覚えてるわ」
「……ッ! 斬撃の乙女はそんなことまで……」
衝撃を受けている女子生徒だが、ウェスリーは彼女に畳みかける。
「それじゃあ回答内容によってはパメラに確認するが構わんな?」
そう言ってウェスリーは怪しい笑みを浮かべた。
その後彼は無詠唱で【真贋】を使ったと宣言し、女子生徒に問いかけた。
女子生徒は途中で逃げようとするがエリーががっちりと手を握り、それを許さなかった。
ウェスリーは単純な質問から始め、女子生徒が複数人の仲間と共謀してあたしとシルビアを嵌めようとしていることを突き止めた。
「――成る程、つまりは『ウィン達三人が話をした』という事実があれば良かったのか。ひとこと言っていいか?」
「何よ変態野郎?!」
「必死だな……プ」
「なんですってー! ちょっと金目娘! 手を放しなさいよ! この変態野郎を殴らせなさい!」
「ホント必死にゃー……」
エリーは途中から呆れるのも疲れたのか、黙ってウェスリーと女子生徒のやり取りを観察していた。
結構単純な煽りの文句が続いたけれど、ウェスリーの怪しい話術によって女子生徒の計画が判明する。
あたしとシルビアとコウが『三人で話をした』という事実を作る。
そこで『何やらあたしとシルビアが、コウを取り合いをした』という噂を流す。
コウの同学年の女子生徒などを使い、その噂の広まりをコウに認識させる。
最終的には、コウが気を使って二人に会う回数を減らすように仕向ける。
そんな策を考えていたようだ。
「本当にヒマな奴らだな」
「うっさいわね! 変態野郎には分からないわよ」
「無論分からんぞ。――なあコウ? ひとつ教えてくれ。お前はいまこの女が言ったような噂が流れたとして、自分の行動を変えるか?」
とつぜん話題を振られたコウだったが、ためらうことも無く応えた。
「それはもちろん――」
大講堂前の広場から背中を丸めて煤けた気配を纏いながら、どこかに向かってヨロヨロと歩き去って行く女子生徒の姿があった。
それを眺めながらウェスリーが告げる。
「本当に惨めだな。勝手に突っ走って盛大に周囲に手間をかけさせた挙句、自分たちの計画とは真逆の回答をコウ本人から聞くか。……コウ、なかなか容赦なくていい感じだ」
「え?」
「グッジョブ!」
ウェスリーは爽やかにそう言い放ち、コウに向かってウィンクをしながらビシッとサムズアップした。
ちなみにコウが件の女子生徒に話したのは、『噂を活かして、三人の絆が深まったことをアピールする』というものだった。
取り合いをしたのなら、『それをきっかけに仲良くなればいいじゃない』ということらしい。
「どうもありがとうございます……?」
グッジョブってなんだよ。
ウェスリーの言葉に戸惑いつつコウが応える横で、あたしは自分の眉間を押さえていた。
シルビア イメージ画 (aipictors使用)
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