07.畏れ多いといえばその通り
あたしはソフィエンタやアシマーヴィア様との会話の中で、アカシックレコードのことが良く分からなかった。
それをソフィエンタに訊いてみたら、地球の記憶をもとに3Dゲームの話が彼女から飛び出した。
「3Dのゲームは、画面の向こう側では三次元の情報があるけれど、ネット端末やテレビやゲーム機の表示画面では平面よね? それにゲームの情報も人間が分かるプログラミング言語でもあり、同時にそれはコンピュータが分かるゼロと一の羅列よね?」
「うん……、ゲームの画面の向こう側の話と画面が平面の話と、プログラムの話は分かったわ……」
「さらに言えば、コンピュータの中では電気信号よね? でも考えてほしいの。3Dゲームが立体でも、画面上の平面でも、プログラミング言語でも、ゼロと一でも、電気信号でも――それってぜんぶ同じゲームを別の視点から見たものよね?」
そう言われたらそうだけれども。
それはアカシックレコードの説明なのか?
「情報と物質を考えるとき違うように見えるのは、見ている人の視点の違いだけなのよ。特に神々が管理するアカシックレコードは、そういう情報なの」
「分かるような分からないような……」
あたしとソフィエンタの会話を、興味深そうに眺めていたアシマーヴィア様が告げる。
「もっと別の例でいえば、アカシックレコードは雪原の雪で、現実の身体は雪だるまみたいなものかしら~。そうじゃなければアカシックレコードは鶏卵と塩で、現実の肉体は目玉焼きとか~」
「そういう関係性でのイコールですか? 余計わからないような……」
あたしがこの話題を振ったのを少し後悔し始めていると、ソフィエンタがあたしに微笑む。
「ウィンに実感が無いのは仕方が無いわ。あなたにおぼろげにでも記憶のある地球でも、その辺りの話はようやくホログラフィック宇宙論とか出てきたばかりだし」
宇宙論かあ。
テレビのドキュメンタリー番組で見始めたら、速攻で撃沈する自信があるぞ。
「知ってて言ってるのよね? あたし文系だったと思うんですけど」
ソフィエンタが面白そうに笑う。
「ふふ、もちろん知ってるわよ」
「むう。……けっきょくどういう話なのかしら?」
「『闇神の狩庭』はアカシックレコードでは無いわ。『構成情報』とそれを生成する魔法は、たい焼きの材料と型みたいなものよ」
「……アカシックレコードは?」
「一個分のたい焼きの材料とレシピと調理器具がセットになって、できあがった一個のたい焼きと関連付いているようなものよ」
だめだ、やっぱり分かるようで分からない。
ただ、分からないなりに理解できたことはある。
特に3Dゲームを使った説明は、落ち着いて考えれば参考になることは多そうだ。
「そうね……。『アカシックレコード』ってひとつの単語で呼ぶから一つのものって感じがするじゃない?」
だから話がややこしくなる。
でも視点が違うたびに別の見え方になるということは――
「――けれど、それを観察した人の視点だけバリエーションがある情報だっていうのは、何となく理解したわ」
あたしがそう言うと、アシマーヴィア様がニコニコしながら拍手してくれた。
そしてソフィエンタが大きく頷く。
「うん、いいわね。現時点でもその辺りの理解があると、アカシックレコードと関連が深い『時』というものの本質に近づけるわ。時属性魔力を使う魔法やワザが上達するわよ」
時か――
確かに時も、観察した人の視点だけバリエーションがある概念だけれど。
「そうですよね、ティーマパニア?」
「え?」
ソフィエンタがティーマパニア様の名を呼んだ直後に、あたしは傍らから伸びた手で頭を撫でられた。
撫でている相手に視線を向けると、そこには作業着みたいな恰好をしたティーマパニア様があたしを撫でながら立っていた。
「ティーマパニア様?」
相変わらずの無表情な感じだけれど、機嫌が良さそうなのが分かるのは彼女の反応に慣れたからだろう。
「……いまはむずかしく感じても、いずれは納得できるようになります……」
「ええと、それにしても難しい話でした」
「……だいじょうぶです……後悔するひつようはまったくありません……、世界のひみつをしることは、まほうやまりょくの制御を上手にするのです……」
相変わらずあたしがもやもや考えている内容を、先回りして応えてくれている。
「分かりました、今後も励みます。ところでティーマパニア様、その作業着は――」
「……ワタシの権能は……時のほかにテクノロジーをたんとうしています……それが姿にあらわれています……」
それは不勉強で知らなかったな。
「ティーマパニアの権能は、創造神さまが決めたものよ。あなたの世界ではあまり知られていないわ。あなたが知らなくても別に無礼じゃないから、気にしなくていいわよ?」
「……ソフィエンタのいうとおりです……」
そう言ってティーマパニア様はあたしの頭を撫でる手を止めて、サムズアップしてみせた。
「はあ……。頭の中にメモしておきます」
「……いまここに来たのは、あなたたちが時の本質にかんするはなしをしていたからです……」
「ティーマパニア、うちのウィンですけど中々いい感じに理解が進んでいますよ」
いい感じってどういう感じなのやら。
取りあえずあたしとしては『闇神の狩庭』のことが知れたのなら、今は満足なのだけれど。
「そういう訳でティーマパニア、あなたは見ていたと思いますが、ウィンが世界や時に関する理解を深めました」
「……ひじょうにこのましいと思います……」
「ええ。なのでティーマパニアからウィンに、何かを送ってあげられませんか?「ちょっと待って」」
いや、それはどういう話なんだよ。
別にあたしはそんなことは頼んでいないぞ本体よ。
「待ってよソフィエンタ。それって何かコネを使って、神さまから特別に助けをもらうみたいで気が引けるんですけど」
あたしの言葉にソフィエンタは笑顔を浮かべる。
「律儀ねえ」
「なんとなくアンフェアなのが嫌いなだけよ」
「うん、知ってるわ」
いや、あたしの本体なら価値基準とか共感できるだろうに。
「……キミにはすでに、加護をあたえています……くわえて、薬神の巫女に時神の巫女をけんむさせるのは……たましいのじょうほうりょう的にむりです……」
ティーマパニア様は相変わらずの無表情で淡々とそう告げる。
でも、不思議とその無表情さの内面が、何となく理解できるような気がした。
彼女はさみしそうにしているんじゃないだろうか。
あたしはそう考えた時には口を開いていた。
「あの、友だちになりますか?」
あたしはそう訊きながら席から立ち、ティーマパニア様の前に立つ。
「「はっ?!」」
「………………」
あたしの言葉にソフィエンタとアシマーヴィア様は目を丸くし、ティーマパニア様は固まった。
神さまを相手に友だちとか、畏れ多いといえばその通りだ。
でも、思いついてしまったのだから仕方がない。
ソフィエンタとアシマーヴィア様からの説明で、アカシックレコードに関する取っ掛かりのイメージを持てた。
それはまた時というものを考えるのに、有効なイメージだというのも理解した。
だからと言って、それで特別目を掛けてもらいたいという訳じゃあ無い。
でも、ティーマパニア様の権能を今までより理解したということは、彼女との距離が近くなったという意味でもある。
それなら友だちでもいいんじゃないのか。
「ちょっとウィン。あなたねえ、自分の言ってることを分かってるの? 人間と神が友だちって……。えーと……」
さすがのソフィエンタも言葉が続かないようだ。
でもこれは理屈じゃなくて気持ちの問題なんだよな。
「あら、ワタクシはティーマパニアの答えに興味があるわ~」
そう言ってアシマーヴィア様は、面白そうに笑顔を浮かべる。
ティーマパニア様はあたし達を見渡した後、あたしの目をじっと覗き込んだ。
その視線はあたしという人間を観察されているようであり、ただ何かを準備しているだけのようにも感じられた。
そして――
「……ともだちに、なりましょう……」
ティーマパニア様はそう言って頷いた。
あたしも頷いて右手を出し、彼女と握手をした。
「そういうことなら、ワタクシも友だちになるわ~」
そう言ってアシマーヴィア様が席から立ち上がって傍らに立ち、あたしに手を差し出した。
あたしとアシマーヴィア様が握手をしているのを見ながら、ソフィエンタは何やら苦笑していた。
ティーマパニア イメージ画 (aipictors使用)
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