05.巻き込んでしまっている
あたしとキャリルがニナ達のところに向かうと、ニナとジェイクが両手を繋いでグルグルその場で回転していた。
「やったのじゃー!」
「やったぞー!」
晴れやかな表情を浮かべるニナとジェイクだったが、ジェイクの頭の上には鳥が止まった状態で一緒に回転していた。
あれはもしかして使い魔だろうか。
あたしは野次馬の生徒たちをよけてニナ達の傍らに立つ。
「ニナ? もしかして実験は成功したの?」
「そうなのじゃ! ジェイク先輩が成果を出したのじゃ!」
そう言ってニナは両手を放し、ジェイクの右手をとって上に掲げた。
ジェイクは嬉しそうな照れくさそうな顔をしている。
あたしはジェイクの頭に止まっている鳥を見ると、どうやらミミズクのようだ。
ミミズクというとアルラ姉さんの使い魔が真っ白なフクロウだったので、それを思い出してしまう。
「おめでとうございますジェイク先輩。その鳥が何らかの成果なのですわね?」
いや、キャリルにしろあたしにしろ、使い魔だって分かってるんだけどさ。
「そうなんだよ! これは魔力で出来た存在で、使い魔というらしい。主人に仕えて人間の言葉が分かるようなんだ!」
『おお~!』
魔法の訓練スペースに来ていた生徒たちが集まって話を聞いているけれど、生徒たちの関心は高そうだ。
「え? うん――、そうだね、ニナさんからの説明で使い魔に名前を付けると、存在が固定化されて呼び出しやすくなるという話は聞いているよ。そういう伝承を見つけたみたいなんだ」
ミミズクに話しかけられたのか、ジェイクは何やら会話している。
たぶん名前を付けるよう言われたんだろうけれど。
『おお~!』
ジェイクは彼らに話しかけているわけでは無いけれど、集まっているギャラリーの反応がいいな。
ニナが伝承を見つけたというのは、スウィッシュから訊き出したという意味ではあるけど、いちおうウソじゃあないよね。
「だから名前は決めてあるよ。鳥だったら、ゼファーという名前にしようと思っていたんだ」
ジェイクがそう告げるとゼファーと名付けられたミミズクは地属性魔力を微かにその身に纏うけれど、直ぐにそれがミミズクの身体に吸収された。
たぶんあれで名づけが完了したんだろう。
ゼファーは風にちなむ名前だけれど、『優しい風』とかそんな意味だったと思う。
そこまでのやり取りを見ていたけれど、あたしはアイリスがどうなったのかが気になった。
すると彼女は一心不乱に本棚に向かって【鑑定】を掛けている。
割と鬼気迫る感じだけれど、取り乱しているというよりはとても集中している感じだ。
美術部でこういう彼女を見たことは何度かある。
その時は決まってアイリスは、とても細密な美少年の絵を描いていたのだけれど。
「アイリス先輩も何だか気合が入ってるわね」
「そうですわね。ジェイク先輩が成功したことで、火が点いたのかも知れませんわ」
「大丈夫、アイリスはああなると結果を出すんじゃないかな。やる気にムラっ気があるけど、集中すると彼女は凄いから」
「たしかにアイリス先輩はそういう感じですよね」
あたしとジェイクとキャリルが話をしていると、ニナが野次馬の生徒に囲まれていた。
自分たちもジェイクと同じように、使い魔を呼び出したいという相談だった。
「すまぬがまだ実験中なのじゃ。条件が整理できたらマーヴィン先生の判断で特別講義などが行われると思うのじゃ。それまで待って欲しいのじゃ」
ニナに詰め寄っていた生徒たちも、マーヴィン先生の名前が出たらあきらめたようだ。
そのあとあたしとキャリルは【風壁】の練習に戻ったけれど、すぐにまた歓声が上がった。
再度確認に行くと、アイリスの頭の上には人形のような真っ白なテンがちょこんとしがみついている。
彼女はニナとジェイクと手を繋いで、輪になって笑顔でグルグル回っていた。
「フルコースげーっっっと!」
何やら彼女の魂の叫びを聞いた気がするけれども。
ちなみにアイリスのテンには『軽やか』という意味のスキッターという名前が付けられて、その場の視線を集めている。
あたしでもちょっとだけ撫でたいと思ったくらいなので、あれはモフラーには堪らないんじゃないだろうかと考えていた。
この後ジェイクとアイリスにはデボラからのご褒美のフサルーナ料理のフルコースと、恐らくその席で論文化の話が出るんじゃないだろうか。
論文とか書いたことは無いけれど、たぶん専門知識とかをもとにして色々な検討は必要だろう。
調べ物も多いだろうし、苦行に近いんじゃないかと思う。
それでも今浮かべている笑顔を見る限りすごく嬉しそうだし、ジェイクやアイリスは根性がありそうだ。
「やったのじゃー!」
「やったぞー!」
「フルコースっっっ!」
彼らはきっとデボラからの課題も乗り越えられるんじゃないだろうか。
そう考えてあたしはジェイクとアイリスの今後の健闘を祈った。なーむー。
ニナ達はジェイクとアイリスが使い魔を呼び出せるようになったので、そのまま三人でマーヴィン先生との面談に行くようだった。
あたしとキャリルは彼女たちを見送った後、【風壁】の練習を適当なところで切り上げて寮に戻った。
いつものように姉さん達と夕食を食べて宿題を済ませた。
そして日課のトレーニングを始めようかと思ったところで、何となく今日のニナ達の実験のことを思いだしていた。
あたし達はスウィッシュから、『魔法司書』という“役割”と『使徒叙任』というスキルの覚え方は教えてもらった。
それはいいのだけれど、そもそも『闇神の狩庭』に関して手持ちの情報が少なすぎる。
確認しなかったあたしが悪いのだけれど、現状ではみんなを巻き込んでしまっている。
だから一度、アシマーヴィア様に確認しておいた方がいいんじゃないだろうか。
そこまで考えて、あたしはスウィッシュにあたしの方針を相談することにした。
「ねえスウィッシュ、ちょっといいかしら?」
直ぐに地属性魔力が走り、勉強机の上にスウィッシュが現れた。
「いまあたしが考えていることは分かる?」
「何となくはね。『闇神の狩庭』について、プレゼント元の神様に確認をしておこうって話だよね?」
「あなたはあたしがどうやって『闇神の狩庭』を手に入れたのかは、知ってるのね?」
「うん、知ってる。ウィンのことは他人に秘すべきことも含めて大体わかるよ」
おおっと、それじゃああたしがソフィエンタの分身ということも知っているか。
「それはラクなような怖いような、微妙な感じね」
「でも使い魔ってそういうものだし、ウィンに絶対服従だから勘弁してね」
そう言われてしまったら納得するしかないか。
「分かったわ。それで本題だけど、『闇神の狩庭』は闇神さまに確認しようと思ってるけど、スウィッシュはあの魔道具についてどのくらい知っているの?」
「ぼくが知っていることはもう伝えたよ。あの場所にある『構成情報』で物質を再現することが出来ることと、あの場所を製作した会社の情報くらいだね」
そうなると、詳しく知るにはアシマーヴィア様に確認した方がいいってことだよね。
ソフィエンタには比較的気軽に連絡する気になるけれど、アシマーヴィア様は何となく気を使ってしまう。
「まずは本体にお伺いを立ててみたらいいかしら?」
「それでいいんじゃない? ソフィエンタ様ならウィンを粗略に扱ったりはしないよ」
「それは分かってるわよ」
あたしはスウィッシュの言葉にため息をついてから勉強机の椅子を動かし、ローズマリーの鉢植えに向かって胸の前で指を組んで目を閉じる。
「ねえソフィエンタ、ちょっといいかしら?」
「大丈夫よ」
あたしの耳がソフィエンタの声をとらえたので目を開けると、そこは真っ白な空間で神界に居ることが分かった。
「さっきまで使い魔ちゃんと話していた件ね?」
「ええ。『闇神の狩庭』の件でアシマーヴィア様に話が伺えればと思ったのだけれど――」
「べつに大丈夫よ~」
背後から声がしたと思って振り返ると、そこにはアシマーヴィア様が居た。
「そろそろ確認に来る頃かしらね、なんてソフィエンタと話をしていたのよ」
「それは……、わざわざ済みません」
気軽に話しかけてくれるけれど、相手は闇を司る女神だ。
あたしは闇神さまの巫女では無いし、本来は会話できるような存在では無いんだよな。
神さまとしての仕事の時間を使わせているのはヤバいんじゃないかと、一瞬脳裏によぎる。
「ウィン、その心配は今さらよ。いつもあたしを呼ぶときはそんなことを気にしないじゃない」
あ、ソフィエンタにはあたしの考えを読まれたか。
何というかあたしは観念してアシマーヴィア様とソフィエンタに頭を下げた。
「確かに今更ですけれど、時間を使わせて済みません。今日はお会い頂きありがとうございます」
「気にしなくてもいいわよ~。座って話しましょうね~」
アシマーヴィア様はそう言って視線を移すと、その先にテーブルと椅子が現れた。
「ふむ。じゃあ今日はこれにしましょうか」
ソフィエンタがそう告げてテーブルの上に視線を向けると、そこには大皿に盛られた大量のたい焼きと、湯飲みに入った緑茶が三つ現れた。
「ぜひ頂きます!」
そう応えつつあたしは足取りも軽く席に着いた。
ソフィエンタ イメージ画 (aipictors使用)
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