04.訊き出した方法を試して
気を取り直してロクランがユリオに問う。
「赤の深淵の連中が迷惑野郎どもだっていうのは分かった。連中が王都に来るとしたら、どのくらいの規模で来ると思う?」
「そうですね……」
ユリオは腕組みして考え込んでから注意深く告げた。
「赤の深淵の連中はまず首領が居て、その下に『四赤』と呼ばれる四人の幹部が居ます。その『四赤』の指示で動く実働部隊で有名なのが『三塔』と呼ばれる幹部とその部下たちです。その『三塔』が動くかも知れません」
「どういう連中だ?」
ロクランが淡々と問えば、ユリオも冷静に応える。
「『三塔』は魔族の男二人と魔族の女一人からなります。男の一人が蹴り技を主体にした武術を使うと言われています。残り二人は普通の魔法や精霊魔法、呪術や禁術を使うようです」
「魔族の蹴り技って言えば、舞踊から発達したっていう芳炎流か?」
「芳炎流だとしたらめんどいな。ノールックで動き出して吹っ飛んでる途中の体勢で蹴りを放ってくる。しかも蹴りが魔法で強化されて、斬撃になってくるんだよな」
ロクランの言葉にデイブがウンザリしたような表情を浮かべた。
ユリオは表情を硬くして告げる。
「流派まで特定できていませんが、恐らくは芳炎流と言われています。……『三塔』の連中は十名から二十名規模の実働部隊を率いて動くので、現在に至るまで仕留め切れていないんです」
「その実働部隊の特徴は?」
ロクランに問われ、ユリオが応える。
「実戦レベルの精霊魔法と無詠唱魔法を使う連中です」
『メンドウ (だな)(だね)』
「同感です。ですが、僕が共和国を出るときには、白の衝撃の同胞たちは『三塔』と実働部隊の動きを警戒していました」
そのあとロクランはユリオに『三塔』の名や特徴を確認した。
だが氏名は不明とのことだった。
「外見的には一般的な魔族らしい魔族で、長耳で全員日焼けしたような肌の色をしているようです」
「魔神さまみたいに、エルフ族みたいな肌色では無いんだね?」
「魔神さまが人間だった時の姿は伝え聞くだけですが、魔族の中でも少数派の日焼けしていない肌色だったようですね」
そこまでユリオから話を聞いたが、他に何か思いだしたらデイブ達に伝えるということになった。
「それではみなさん、今後ともよろしくお願いいたします」
「おお、試合とかはともかく、いつでも顔を出してくれ」
「もちろん買い物も歓迎だよ」
「当然俺の所もだ。いつでも来い」
三人の言葉に顔をほころばせてから一礼し、ユリオはデイブの店を後にした。
パーシー先生の研究室で毒腺の加工について教わったあたし達は、説明が済んだところですぐに解散した。
ディナ先生はもう少し、魔獣素材研究会の準備の話を見学していくことにしたようだ。
あたしを含め『敢然たる詩』のみんなは、先生たちにお礼を言って研究室を後にした。
寮に戻るには少し早い時間だったので、キャリルとあたしは【風壁】の練習をしていくことにした。
魔法の実習室外にある訓練スペースに移動したけれど、今日はナタリーは来ていないようだ。
その代わりというわけでは無いだろうけれど、そこにはニナとジェイクとアイリスが居た。
マジックバッグもあるのであれで持ってきたのだろうけれど、本が大量に格納された本棚が屋外に野ざらしになっていて、それに向かってジェイクが魔法を掛けている。
何やら他の生徒の注目も集めているぞ。
アイリスはジェイクの様子を死んだような目で眺めていた。
あたしはキャリルとアイコンタクトで確認して頷き、彼らに近寄ってニナに声を掛けた。
「ニナ、これは何かの特訓なの?」
たぶんスウィッシュから訊き出した方法を試しているんだろうけれど。
「ああウィンとキャリルかの。うむ、これは『魔法司書』という“役割”を得るための実証実験なのぢゃ」
「そうなんですのね。実験は順調ですの?」
キャリルの問いにニナは真面目な表情を浮かべて応える。
「そうじゃの。今回は検証のために魔法の熟練度を測る魔道具をマーヴィン先生より借りてきているのじゃ」
「「熟練度 (ですの)?」」
「うむ。この水晶球型の魔道具を片手で握って魔法を発動すると、その魔法の魔力の波長を計測して一から百までの数値で示してくれるのじゃ」
「「ふーん」」
「妾たちの大陸では一般的な方式のものじゃが、基準となる魔法の魔力の観測値をもとに、計測対象の魔法の波長を正規化したうえでポイント化して評価しているのじゃ。その正規化の機構は製造者ごとに秘されておるが、魔力波長のノイズ除去と、最も強い計測対象の魔力波形の増幅が基本であるようじゃの」
「「ふーん……」」
ダメだ、ニナは研究者モードのスイッチがオンになっているようだ。
傍らでライフ――もとい、やる気を使い果たし気味な感じで立ち尽くしているアイリスに声をかける。
「アイリス先輩はニナに協力しているんですか?」
「…………」
「先輩?」
アイリスはゆっくりとあたしに顔を向け、死んだような視線で告げる。
「ふさるーなりょうりふるこーすがまってるの」
「え? フサルーナ料理のフルコース?」
何の話だ一体。
というか地球でいえばフランス料理のフルコースと同等の料理な訳で、あたし的には魂の根源的な部分が動揺するパワーワードな訳ですけど。
「になちゃんのじっけんをてつだえば、でぼらせんせいがおごってくれるの……!」
ああ、食べ物で釣られたか。
あたしはアイリスの現在の心境を一瞬で理解した。
非常にその動機に共感できる。
先の見えない挑戦とそれでも諦めきれない報酬との間で、内面的葛藤が対消滅して虚無的になっているに違いない。
あたしならこういう時はどうされれば嬉しいだろう。
まあ、報酬が確実にゲットできる確信が何よりだよね、うん。
「アイリス先輩、なにやら切実そうな感じですけど、そこまで思いつめなくていいんじゃないですか?」
「うぃんちゃん……?」
「デボラ先生が奢ってくれるってお話でしたけど、デボラ先生は実際に以前稽古をした時、ランチを奢ってくれたじゃないですか。今回も同じですよ」
「ウィンちゃん……!」
「先輩がフサルーナ料理のフルコースを食べるのは確定しています。あとはやるだけです。いいなあ、フルコース……」
おっと、思わずかなり実感がこもってしまったぞ。
「……そうね、ウィンちゃんの言う通りよ。ワタシはフルコースを食べるの!」
「頑張ってください」
あたしとアイリスのやり取りは、キャリルとニナに加えて周囲の生徒から生暖かく見守られていた。
そしてアイリスはジェイクの隣に立ち、本棚に向かって【鑑定】をかけ始めた。
「それで、先輩たちの実験は順調ですの?」
「そうじゃな。熟練度に関しては間違いなく向上しているのじゃ。すでに水、火、風曜日と三日目なのじゃ。そろそろ何らかの手ごたえがあっても良いと思うがの」
「ああ、三日目だったのね」
それはアイリスの気持ちも察するよ。
あたし達は使い魔を呼び出せる確信を持っている。
でも『闇神の狩庭』を秘密にするために、ジェイクやアイリスはそういう話は秘密にされているだろうし。
「いちおう今日と、明日の放課後に先輩たちが風紀委員会の打合せを終えた後までをスケジュールとしておるのじゃ」
「「ふーん」」
ニナのことだから魔法に関しては確かな腕があるはずだ。
ジェイクやアイリスに無理をさせることも無いだろう。
「ところでフサルーナ料理のフルコースって言ってたけど」
「うむ。ジェイク先輩とアイリス先輩を巻き込むときに、マーヴィン先生とデボラ先生に許可を取ったのじゃ。その時にの」
「『馬にニンジン』らしいですわ」
「デボラ先生は二人に論文を書かせたいみたいじゃの」
ああ、それは本人たちのためになるだろうけれど、知っているのだろうか。
あたしは必死に本棚へと鑑定の魔法を掛けるジェイクとアイリスを見ながら、二人の健闘を祈った。なーむー。
その後あたしとキャリルも【風壁】の練習を始めた。
あたし達の練習も順調に進み、ずい分スムーズに魔力を動かすことが出来るようになっていた。
「そろそろ【風壁】を覚えられそうね」
「そうですわね。『魔神の加護』があることも大きいでしょうが、うれしいですわ」
「うん」
あたしとキャリルが会話していると、その場で歓声が起こった。
視線を向けるとそれはニナ達の方向だった。
ニナ イメージ画 (aipictors使用)
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