02.君らの安全のためです
一夜明けて、今週も四日目の風曜日になった。
いつも通りにみんなと授業を受けて放課後になる。
今日は『敢然たる詩』のメンバーで、毒腺の加工をパーシー先生から教わることになっていた。
あたしとキャリルは実習班のみんなと一緒に部活棟の前まで移動したあと、そのまま附属研究所の玄関に向かった。
するとすでにディナ先生と残りのパーティーメンバーがあたし達を待っていた。
「遅くなってすみません」
「直接こちらに来た方が宜しかったですわね」
「いいえ、気にしないでください二人とも」
あたしとキャリルの言葉にディナ先生が微笑み、レノックス様とコウとカリオも機嫌が良さそうな感じだった。
「研究室って初めて訪ねるかもだな俺」
「ボクもちょっと楽しみだな」
「歴史関連の研究室は訪ねたことがあるが、害獣の研究室はオレも初めてだな」
「まずは目的の研究室に移動しましょう」
『はーい』
あたし達はディナ先生に案内されて附属研究所の中を移動し、新館にある『害獣生態学研究室』の扉の前に到着した。
「ちょっと待って下さいね」
ディナ先生はそう告げて、無詠唱で風魔法を使いパーシー先生と連絡を取った。
するとすぐに研究室の扉が開く。
「ようこそ皆さん、先ずは中に入ってください」
『失礼しまーす』
あたし達はパーシー先生の研究室に入り、初対面のメンバーはそれぞれ自己紹介を行った。
その間にあたしは、研究室隣の実験室から複数の気配が感じられることに気付く。
何となくイヤな予感がしたけれど、先生が二人いるし妙な事にはならないだろうと考えて黙っていることにした。
「――というわけで、今回の説明ではウィンさん以外では、条件を満たさない人は実験は見学してもらいます」
「どんな条件ですの?」
パーシー先生が提示した条件は、ステータスの『器用』の数字が二百以上に到達していることだった。
「あと、申し訳ないがレノックスさんとキャリルさんは保護者の意向で、実験参加の許可が下りなかった。これは了承して欲しいが、見学だけでも参考になると思う」
「「分かりました (の)」」
その結果、今回の実験はあたしとコウとカリオが参加できることになったけれど、カリオは見学でいいと言って辞退した。
安全が掛かっているし本人が乗り気では無いならと思って、あたしはカリオを煽るのは今回は自粛した。
「それじゃあ実験室に移動しよう。他にも今回は見学者が居るけれど、気にしないでほしい」
『見学者 (ですの)?』
あたし達の言葉に頷き、パーシー先生が告げる。
「ああ。いま俺が顧問になる予定の部活を準備中でね。その一環で部員になる予定の生徒を今回集めています。彼らは今回は見学です」
あたし達はパーシー先生の説明に納得し、研究室内の扉から隣の実験室に移動した。
するとそこには、叫び芋を料理していた闇鍋研究会のメンバーが集まっていた。
あたしとキャリルが表情を硬くしたことで、パーシー先生は察してくれたようだ。
先生の方から彼らについて紹介をしてくれた。
「彼らはこれから学院で公認となる予定の魔獣素材研究会のメンバーだ。元々は非公認サークルの『闇鍋研究会』に所属していたが、そちらを抜けて俺の監督下で魔獣素材や魔獣食材の研究、あとは害獣対策の研究を行うことにした生徒たちだ」
『よろしくおねがいしまーす』
「彼らには君たちのことは、冒険者登録して王都南ダンジョンに挑んでいる生徒たちだと紹介しておきました。少々好奇心が強いところはあるけど、研究に向く資質を持つ連中です。少しだけ大目に見てやって欲しい」
『よろしくおねがいします……』
叫び芋の件でリー先生に報告に行ったときに、先生からそういう方針で対応すると話を聞いている。
その時は『けっこうまともになりそう』と応えた記憶がある。
でも『地上の女神を拝する会』に所属するジュリアスとか、『虚ろなる魔法を探求する会』に所属するはずのゴードンの顔がある。
実際に彼らの顔を見ると、あたしとしては不安感が高まってしまった。
ただパーシー先生は『罠魔法士』という“役割”を覚えるくらい罠に精通している。
罠の基本は標的の行動を想像することだし、少々クセがある生徒でも先生は上手く指導できるような気もした。
実験室にあたし達が移動したあとは、最初に理論面での簡単な講義を行ってくれた。
「まず毒腺には、『消化腺が発達したもの』、『汗腺が発達したもの』、『それ以外が発達したもの』に大別されます――」
黒板を使って説明してくれたけれど、あたし達は筆記用具を出してメモを取った。
その内容は以下のような感じだ。
・動物や魔獣に限らず生物に含まれる毒はすべて、魔法薬と違って命の危険があると考えるべき。
・毒はキバや針などで標的に打ち込んだり、霧やガス状にして吸い込ませたりして働く。
・魔獣の毒の場合は、魔法を使った加工によって毒以外の素材に変化する場合がある。
「――というわけで毒とひとことで言っても、個別の生物の特徴を知っていないと有効に活用することはできないのは覚えておいてください」
『はい』
「あと、魔獣素材を扱う人は全員に【解毒】の魔法を覚えてもらうのはもちろんですが、【分解】であるとか【鑑定】や、自身を回復させる魔法を必ず覚えてもらいます。――まあ、君らの安全のためです」
『はーい……』
パーシー先生がものすごくツヤツヤした笑顔で宣言した言葉に、魔獣素材研究会のメンバーは微妙にテンションが下がっていた。
パーシー先生からの講義の後は、あたしが採取してきたキラースパイダーの毒腺の加工を行うことになった。
実際に作業を行った生徒はあたしとコウとジュリアスの三人だった。
革製の長手袋とエプロンをしてマスク代わりに口を布で覆い、実験器具を使って加工を行った。
取り分けた液体にはさらに【鑑定】と、【分離】の魔法を使った。
実験器具はパーシー先生によれば油絞り機とのことだった。
「油絞り機って、菜種とかナッツとかから油を搾るための道具ですよね?」
「そうです。見た目も円筒形の容器にブツを入れてフタをして、機械のハンドルを回して上からフタを押し付けていくだけのものです」
ブツって何だよと思いつつ、先生に応じる。
「オレンジとかを搾るのにも使えそうですね」
「そうだね。でも果物とかならいきなり【分離】を使ってもいいと思います」
あたしとパーシー先生のやり取りを見ていたディナ先生が問う。
「魔獣素材の毒腺で器具を使ったのはどういう目的ですか?」
「非常にいい質問ですディナ先生! 単純に効率や精度のためですが、それが安全に繋がるからでもあります――」
パーシー先生の説明によれば、毒腺から直接【鑑定】と【分離】を使うのも間違いではないらしい。
ただ、事前に液体を搾り取っておいた方が、魔法で毒を分離するのがラクになるのだそうだ。
その理由としては毒腺の液体成分以外の、魔獣の皮脂とか肉や脂肪などを避けることが出来るからとのことだった。
「料理とかでもそうだと思うのですが、ひと手間かけるだけでラクに作れるとおもうんです」
「パーシー先生の言う通りです。なんなら今度料理を作って差し上げたいですよ」
「ははは。もちろん俺は、ディナ先生の料理ならいつでもウエルカムです!」
「パーシー先生……」
「ディナ先生……」
なにやら先生たちは色んな可能性を想像し始めた気がするけれど、いまは毒腺の加工中だ。
とりあえずこの状態で二人の世界に旅立たれては色々と困ってしまう。
「それでパーシー先生! あたし達はこの魔法で分離した毒は、どうすればいいですか?!」
あたしの言葉に我に返った先生はバツが悪そうにガラス瓶の容器を取り出し、それに仕舞うように説明した。
「えー……。今回の毒は魔獣の針で標的に打ち込むタイプのものです。もし吸い込ませて仕留める毒の場合は、風魔法の【風操作】などで封じ込める手間が発生します」
「その場合は作業が終わって容器に封入したら、封じ込めた空間に【解毒】を使うことになりますか?」
「その通りですコウさん。いずれにせよ、毒腺の加工は注意深く行う必要があるのは覚えておいてください」
『はい!』
そうしてあたし達は、毒腺の加工の知識を得ることができたのだった。
ディナ イメージ画 (aipictors使用)
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