01.不謹慎に感じるのはなぜ
狩猟部で白梟流の魔法の矢を形成するトレーニングをした後、あたしは薬草薬品研究会に向かった。
昨日のダンジョン行きで『薬草使い』という“役割”を覚えたので、部活で情報を集めようと思ったのだ。
部室に向かうとジャスミンやカレンを含めた部員のみんなが居た。
それぞれいつも通りな感じで薬草の鉢植えの手入れや記録付けをしたり、薬草の栽培についての本なんかを読んだりしている。
「こんにちはー」
『こんにちはー』
挨拶をして部室に入るとカレンが時計の魔道具に視線を走らせて、「そろそろお茶にしましょう!」と言い出した。
あたしも手伝ってハーブティーを淹れてみんなで飲む。
「それでジャスミン先輩、じつは相談があるんです」
「あら、なにかしら?」
あたしからの相談という単語で、ジャスミンはなぜか意外そうな顔を浮かべている。
「昨日『薬草使い』っていう“役割”と、『薬草選定』ってスキルを覚えたんですけど、何か気を付けた方がいいことってありますか?」
『おお~』
部員のみんながあたしに拍手してくれた。
「ありがとうございます?」
「ウィンちゃんおめでとう。凄いじゃない」
「凄いんですか? 『薬草使い』って」
「スゴイと思うわよ! だって『薬草使い』を覚えているだけで、市場で薬草の取引の仕事ができるもの!」
「カレンの言う通りね。『薬草選定』の効果は『症状に対して有効な薬草を選びやすくなる』だから、それだけで薬草を扱う商家の仕事を手伝えるわ」
「ん……? 商家で使えるってことは、病院とは別ってことなんですね?」
あたしの問いにジャスミンが頷く。
「そうね。ウィンちゃんには繰り返しになるけれど、薬草は民間療法という扱いなのは知っているわよね?」
「はい、それは何回か聞いています」
病院での治療は魔法を使ったものが中心だし、薬草はその補助だというのは知っている。
「ええ。それにわたし達の部活でも民間療法を行っているのよ?」
「それは……どういう内容ですか?」
あたしの当惑気味な表情に、カレンが嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「これのことよウィンちゃん!」
そう言って彼女はハーブティーの入ったカップを掲げてみせた。
「ハーブティーを飲むことが民間療法っていうことですか?」
「その通りよ。民間療法の目的は、対象を元気で健康にすることよね? そのためにハーブが秘めた効果をお茶という形で取り入れるのは、民間療法になるわ」
「たしかに……、そうですね」
ハーブティーはあたしにとっては、どちらかといえば飲み物って感覚が強いんだよな。
そこまで考えてあたしは、以前ソフィエンタに怒られたのを思い出した。
アロウグロース領に温泉リゾートがある話を聞いたときに、『【洗浄】の魔法があるから風呂が発達していないのでは』とソフィエンタに言った。
すると『身を清めることと湯治はべつの文化でしょ』と言われ、『この星の常識はこの星に根差すもの』と怒られたのだ。
あたしは思わずため息をついた。
「はぁ……。うかつでした。香りや味を楽しんだりするだけじゃなくて、健康にもいいですよね」
「ええ。鑑定の魔法でそういう効果があるのは分かるじゃない? でも病院で行われる医療とは違うでしょう?」
「はい……」
あたしの様子にカレンが不思議そうな表情を浮かべる。
「でもお茶を飲むだけといえばその通りね! 民間療法だと、薬草を煮しめたスープを作って飲む方のイメージが強いかも知れないけれど!」
確かにそういう使い方は、『健康法』みたいな扱いでミスティモントの実家のご近所で見かけた記憶がある。
当時はそこまで深く考えていなかったけれども。
「ただ、薬草の鑑定が出来なければ、危険な効果があるものを間違って採取することもあるわよね。それを防ぐ意味でも、『薬草使い』ってイイと思うわよ?」
あたしのテンションが下がったのが気になったのか、ジャスミンがそう言って『薬草使い』を持ち上げてくれた。
「そうなんですね。がんばって『薬草使い』を伸ばしたいと思います」
「がんばってねウィンちゃん! うちの部はどちらかといえば薬草の栽培がメインで、ハーブティーは息抜きだけどね!」
「知ってます。息抜きはむしろ優先すべきです!」
カレンとあたしのやり取りをみながら部員のみんなは笑っていた。
ハーブティーをみんなで頂いた後は、あたしは乳鉢を用意し、塩と砂を使って【鑑定】と【分離】を組合わせる練習をした。
分離した砂と塩を魔法で鑑定して精度を確かめつつ、それを繰り返して過ごす。
それも飽きてくるので、適当なところで切り上げて薬草図鑑を読んで過ごした。
夕方になって寮に戻ってからはいつも通り姉さん達と夕食を取り、宿題を片付けて日課のトレーニングを行った。
寝るには少し早いので読書をするか考えていると、薬草関連の“役割”についてソフィエンタに確認してみようと思いついた。
窓際のローズマリーの鉢植えに椅子を向けて胸の前で指を組み、目を閉じて頭の中で呼び掛ける。
「ソフィエンタ、ちょっといいかしら?」
「どうしたのウィン?」
今回は念話で連絡することにしたようで、すぐに応答があった。
「ダンジョンに行ったときに『薬草使い』を覚えたんだけれど、これってここから伸びるの?」
「そうね。割と初期に覚える“役割”だし、使って行けば伸びるわよ。それに加えてあなたはあたしの巫女だし、普通の人よりも上位の“役割”を覚えやすいと思うわ」
「上位の“役割”? そんなものがあるなら、薬草とかも民間療法じゃなくて治療法が確立してもいいような気がするけれど」
「そこは魔法医療が発展した弊害ね。今回あなたは『薬草使い』を覚えたけれど、そこから経験を積むと『薬草学者』という“役割”を覚えるわ――」
ソフィエンタの話によると、以下のようになっているそうだ。
・『薬草使い』は『薬草を有効に使う者』で、『薬草選定』というスキルを覚え『症状に対して有効な薬草を選びやすくなる』という効果がある。
・次に覚える『薬草学者』は『薬草の有効性を実証する者』で、『薬草特効』というスキルを覚え『症状に対して薬草の効果を最適化できる』という効果がある。
・その次に覚える『薬師』は『薬を有効に使う者』で、『薬効選定』というスキルを覚え『症状に対して有効な物質を選びやすくなる』という効果がある。
「――という感じね。『薬師』はウィンの大陸にはあまり居なくて、別の大陸で伝統医学の医師が覚えていることが多いわ」
「伝統医学? 地球の漢方みたいなやつかしら?」
「そうね。あとはアーユルヴェーダ的なものも混じっているけれど、先に言えば錬金術的な“化学”の研究には結びつかなかったわ」
「えー、そこは『不老不死の薬を求めるぞ!』って言い出した人が、色々やらかすべきなんじゃないの?」
地球の漢方だと不老不死を求めて、仙薬と呼ばれるものを研究したんじゃ無かったのか。
「……あたし的には同意見だけど、あなたから言われると不謹慎に感じるのはなぜかしらね」
解せぬ。
それはひどい言い草だぞ、我が本体よ。
でも『薬を有効に使う者』が化学分野の科学技術を発展させないのは、大丈夫なのかと考えてしまう。
それを指摘すると、ソフィエンタは「鑑定の魔法で色々とうまく回っちゃうのよ」と応えた。
「本当に何でもアリね【鑑定】って」
「べつに使う人間を堕落させるわけでは無いし、魔法の一つに過ぎないから、神々も規制とか文明の方向付けをしようとは思わなかったのよね」
「ふーん」
方向付けという話を聞いて、あたしは以前魔神さまから報酬を貰う話を思い出した。
ディアーナをマルゴーやエルヴィスに会わせた件の報酬だ。
ソフィエンタと協力して、魔神さまがこの世界に魔法薬以外の薬を発展させるように導くっていう話があった。
「ねえソフィエンタ。そういえば前に魔神さまがあなたと協力して、世界に地球式の薬品を普及させる話をしていたわよね」
「あー……、そうね」
ソフィエンタは微妙に言い淀んでいるけれど、何か問題があったのだろうか。
「どうしたの? なにかトラブルでもあるのかしら」
「うーん、いちおうアレスマギカを指導しながら手伝ってるんだけど、方針は決まったわ」
「へえ。なら大丈夫なのね?」
「そうね。大枠でいえばさっき言った『薬師』の上位の“役割”へと有望な人を導くようにしてるところよ。『薬学者』っていう“役割”で、『薬の有効性を実証する者』ね」
なかなか凄そうな“役割”だな。
「なら大丈夫なんじゃないの?」
「そうなのだけれど、社会的インパクトにこだわって、アレスマギカが色々と暴走しがちなのよね」
ソフィエンタの声からはそこはかとない疲労感が感じられた。
「そ、それはヤバいってこと?」
「まあ、あたしが見てるから、ホントにヤバいことにはならないわ」
そういうことならいいんだけど、微妙にあたしは魔神さまが予定している件に巻き込まれる予感がしていた。
それをソフィエンタに告げると「いま気にしても仕方が無いわ」と言われた。
「ウィン。あなたはまず『薬草使い』を伸ばして、『薬草学者』を目指しなさい。部活でハーブティーを飲む話をしていたわね? お店でハーブティーの茶葉を下見するときに、どの茶葉がどういう効果を生むかを想像するだけでもあなたの場合は鍛錬になるわ」
「……! 分かったわ! ありがとうソフィエンタ!」
「薬の本質はカギとカギ穴よ。両方の知識が無いと使えないけれど、まずは薬草で経験を積みなさい」
カギとカギ穴というのは、たぶん薬とその標的の話なんじゃないだろうか。
それを確認するとソフィエンタには肯定された。
「へー……。難しそうだけれど、面白そうね」
「そう言ってくれると、あたしとしては嬉しいわね」
そこまで話をして、あたし達は念話を終えた。
ジャスミン イメージ画 (aipictors使用)
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