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12.むしろ杞憂であってほしい


 デイブによれば、マホロバではマジックバッグの普及が遅れた関係で、利便性を優先して証文の取引が主流になった。


 マジックバッグといっても歴史は古く、元々は宝箱のような木箱の形をしていたらしい。


 でもマホロバでは魔道具が普及するのが遅くなり、その分証文などの書類を使った支払いが発達したという。


「――つうわけだ。なかなか面白いだろお嬢?」


「たしかに興味深いわね。魔道具の普及の遅れで商売のやり方が変わるなんてあるのね」


「そういうことだ」


 あたしに説明するデイブは、どこか得意げな表情を浮かべている。


 確かに勉強になったしそれはいいんだけれど、問題は残っているんだよな。


「でもそれって、冒険者ギルドの支部長さん? オーロンさんが心配してるのが、金貨の滞留ってことなの?」


「そこなんだよなあ……」


 あたしの言葉でデイブはいきなり現実に引き戻されたようだ。


「まあ、取っ掛かりになりそうなヒントにはなった。おれの方でもいま聞いた話や、他の懸念が無いかを調べてみるぜ」


「うん、分かったわ。――ねえデイブ、あたしが気を付けた方がいいことは何かあるかな?」


 あたしの言葉にデイブは「そうだなぁ」と呟いて、今後王都の物価上昇は見込まれるだろうから、必ず使うものは早めに買った方がいいと教えてくれた。


 話が済んだので、あたしは早々にデイブの店から引き揚げ、学院の寮の自室に戻った。


 デイブの言葉で、医学とか薬草の専門書を早めに揃えておこうかなと、あたしは考えていた。


 その後は宿題を片付けて、日課のトレーニングを行って読書してから寝た。




 一夜明けて火曜日になった。


 いつも通り授業を受けて昼食をとり、午後の授業を受けて放課後になる。


 元々は今日の放課後に『神鍮の茶会オリハルコン・ティー・パーティー』を開く予定だったけれど、結局ダンジョンからの帰路に打ち合わせは済んだ。


 だからまずは狩猟部で弓矢の練習をしようと考えた。


 実習班のみんなと一緒に部活棟に向かい、玄関で別れてサラと一緒に狩猟部の部室に向かう。


 そこで動ける格好に着替えて、部活用の屋外訓練場に移動した。


 あたしはみんなと一緒に身体強化しない状態で合同練習を行う。


 その後に個別練習になったけれど、練習を見てくれている女子の先輩から提案があった。


「ねえウィンちゃん、そろそろ魔力の矢を飛ばす無影射(むえいしゃ)の練習を始めましょうか?」


「え、もういいんですか?」


「弓矢に魔力を纏わせる千貫射(せんかんしゃ)はもう出来ているわ。あとは精度や速さの問題だから、そっちは自分のペースで練習すればいいと思うの」


「そうなんですね」


「ええ。対人戦闘や、フェイントが必要な魔獣相手では虚実を意識した練習が必要だけど」


 そこまで話を聞いて、あたしは弓矢におけるフェイントの考え方に興味が湧いた。


 べつにバトル脳ってわけじゃ無くて、狩人の仕事での弓矢は当てることが何よりも重視されていたからだ。


 先輩にそう伝えるとあたしの話に頷く。


「たしかに狩人が矢を当てることを重視するのは当然よね。でもそれは白梟流(ヴァイスオイレ)でも同じよ。そして戦場で使われる弓術のフェイントは、当てるのを補助する技術なのよ――」


 先輩によれば、白梟流のフェイントは他の武術と同じく、要するに敵に誤認識させる技術らしい。


 何を誤認識させるのかは大きく分けて、威力と間合いとタイミングだそうだ。


 威力と間合いについては弓矢に纏わせる魔力の量で調節し、強い矢と弱い矢を織り交ぜて敵を油断させて仕留めるという。


 タイミングについては、射るタイミングを外すことで相手を油断させるとのことだった。


 でも、矢をつがえずに弓の弦を鳴らしたり、仲間と連携して挟撃する戦術なんかも伝わっているらしい。


 そういう戦術レベルの話も、心理的な意味でフェイントなのだという。


「――そんな感じだけれど、本当は魔力の量だけじゃなくて纏わせ方とか、矢に纏わせたときの魔力の形状とかあるわ。でも、その辺はまた説明するわね」


「いえ、ここまでの話でも参考になります」


 確かに話を聞けば、単純に弓矢を射る以上の技術がありそうな気がした。


 デイブから前に聞いたけれど、そりゃ白梟流が『初心者の心を叩き折る流派』と言われても仕方がないよね。


 フェイントの話をしてもらったあとは、先輩からはいよいよ魔力の矢のことを教えてもらった。


「ウィンちゃんは白梟流以外の武術を習っていて、魔力の刃は作れるって言っていたわよね?」


「はい。なので、魔力の矢までは出来ると思います」


 そういうことならと先輩は、最初は水属性魔力の矢を作ってみせるように指定してきた。


 しかも目の前で実演してくれたけれど、魔力の矢の中で魔力が回転しているように感じられた。


「先輩、弓の弦と接しているところから魔力の矢が伸びているのは分かるんですけど、矢が回転していませんか?」


「さすがねウィンちゃん。それが分かるなら話が早いわ。どう? できそう?」


「ええと、やってみます」


 あたしは先輩の目の前で魔力の矢を発生させるのを試してみたけれど、繰り返し試す中でオーケーを貰った。


「うん、やっぱり飲み込みが早いわね。ここまでは武術経験者なら、割と早めに到達するのよね」


「ここから大変なんですか?」


「個人差があるかな。でもディナ先生のノウハウで、白梟流本家の鍛錬よりはかなり習得しやすくなっているらしいけれど」


「ふーん」


「まあ、今日は矢の形成をこの後も練習して、次回以降に状態を確認してから続きを練習しましょう」


「分かりました」


 その後あたしは、魔力の矢を発生させるトレーニングをして過ごした。


 いつもの弓矢を射る練習に比べたらやや退屈だったけれど、ミスティモントで母さんから月転流(ムーンフェイズ)を仕込まれた最初の頃に比べたらまだ余裕があった。


 練習が終わってみんなで挨拶をしてから解散し、あたしはサラと一緒に狩猟部の部室に移動した。


 サラとは部室で着替えた後に別れ、あたしはステータスの“役割”で『薬草使い』を覚えたので、薬草薬品研究会で情報を集めることにした。




 その日、放課後になってからレノックスは王宮に移動していた。


 自身のパーティーの仲間たちと話していた件で、兄と相談することにしたのだ。


 幸い第二王子のリンゼイと時間が合い、会って話をすることになった。


 いちど寮に戻ってから王子としての正装に着替え、その上から地味な意匠のコートを羽織って玄関に向かう。


 そこで顔を知る暗部の人間と合流し、附属病院の敷地から馬車に乗ってコートを着替える。


 レノックスは王宮に着くと、寄り道もせずにリンゼイの執務室に向かった。


 扉をノックし現れた侍女に促され入室して兄の姿が視界に入る。


「突然失礼したリンゼイ兄上」


「いいえ、構いません。レノが会って話そうというのです。それだけで時間を作るに値します」


「だといいのだが、いや――今回の話はむしろ杞憂であってほしい、か」


「先ずはお掛けなさい」


 リンゼイに促されてレノックスはソファに座る。


「現実性があるかは微妙な話だと言っていましたね」


「ああ。だからこそ博識な者に相談したかったが、迂闊な者に相談できなかったのだ兄上」


「そうでしたか」


 リンゼイとレノックスが話す間に侍女が二人に茶を用意してから、控え室に消えた。


 そのタイミングを計っていたわけでも無かったが、レノックスは本題に入った。


「経緯を説明すれば、オレのパーティーの『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー』に所属するウィンとキャリルが王都の拡張事業の件で相談をしてきた――」


 そうしてレノックスはウィンから相談された内容をまず説明した。


 相談相手として、共和国からの留学生であるカリオを含めて話をしたこと。


 王都の拡張事業にはヒト・モノ・カネに注意が必要で、注目すべきは利権の部分であること。


 ウィンが月輪旅団の王都の取りまとめ役から聞いた話を相談して来たこと。


 その内容は、冒険者ギルドの王都の支部長がカネの流れで懸念を抱いていること。


「――というわけだ。それに対してオレ達は留学生のカリオを含めて議論を行った」


「ふむ。ここまで聞く限り、具体的にどうこうという話では無さそうですが」


「ああ。だから杞憂で終わって欲しいが、議論の内容は無視できなくてな――」


 共和国で過去にクマ獣人の故郷である都市国家が、予算を使い切って身売りした話を思い出したこと。


 国でもカネが無くなれば身売りするという教訓を共有したこと。


 戦時に例えた状況を想定し、用地、物資、人員、スケジュールなどは計画立案で問題とならないこと。


 輜重(しちょう)に例えて物資の調達を考えるとき、予算の総額ではなく手元で動かせる資金に問題がありそうなこと。


 そして、何らかの手段で金貨を独占し、王都の拡張事業の実権を握るリスクを想定すべきこと。


「――そこまでは話が出た。正直オレとしては否定的ではあるのだが、言い出したのがあのウィンなのでな」


「なるほど、月輪旅団の宗家の血を引く少女ですね。なかなか手堅いと言っていいでしょう……」


 リンゼイはそう告げて、典雅な所作で茶を口にする。


 レノックスも喉を潤すために茶を飲んだが、その香りの深さに自身の気持ちが和らぐのを感じた。


「いま話を聞き終わった段階で、幾つか調べるべきことを思いつきました。ですが、その辺りはこちらで手を打っておきます」


「さすがだなリンゼイ兄上」


「いいえ、僕もレノ同様に金貨の占有には(、、、、、、、)否定的です」


「それでも、懸念があるのだな」


「はい。レノ同様、僕も杞憂で済めばと思っていますが、安心するためには調べねばなりません」


「ああ、そのとおりだな」


 そうしてレノックスとリンゼイは互いに頷き合った。


 面談を終えたレノックスは早々に兄の執務室を退出したが、王宮を移動中に長兄であるライオネルの妃に会った。


 侍女を連れて廊下を歩いているところに遭遇したのだ。


 妃は名を、ローズ・ヴィクトリア・ルークウォードという。


「ごきげんようレノ君。学院はいかがですか?」


「ごきげんようローズ姉上。お陰さまで日々多くのことを学べています」


 レノックスにとっては義理の姉ではあるが、公の場でない限りは姉上と呼ぶようにお願いされている。


 ローズはおっとりとした性格だが、南の辺境伯家の令嬢だ。


 高位貴族の娘であり妃教育も受けており、ライオネルはもちろんギデオンの二人の王妃との仲も良好だ。


 家柄も人柄も申し分ないローズだったが、彼女は身体が弱いところがあった。


 それゆえ王家が赴く城の外での行事には、たびたび欠席することがあった。


 ここ一、二年は朝のみならず日中を通してやや血色が悪かったが、反面それがローズに儚げな美しさを与えていた。


「そうでしたか。こうしてレノ君と会えるとは、なにか良いことの前触れかも知れませんね」


「だといいのですが」


 レノックスが苦笑いを浮かべたのを見て、ローズは優しく微笑んだ。


「少々図書室に調べ物に行くところだったのです。良かったら一緒に行きませんか?」


「分かりました。ちょうどオレも予定が済んだところでしたので、お供します」


 そうして二人は王宮の図書室に向かい、レノックスはローズの調べ物を手伝ってから学院に戻った。



挿絵(By みてみん)

デイブ イメージ画 (aipictors使用)




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