11.王都の開発の主導権
地球ではかつて、第一次世界大戦があった。
多くの国々が戦争状態になり、悲惨な戦いを繰り広げた。
この時には戦いのためのお金――戦費を集めるために、各国は金の取引を停止する。
当時の地球の経済は金本位制だった。
でも、戦争になって戦費に金を使っていたら、問題が起こった。
金が無い国は戦費が無くなり、戦争の武器や兵糧などの物資を買えなくなる。
加えて、手持ちの金以上に国がお金を用意できないので、敵国よりも金が少なければ物資調達で不利になる。
結局この時、イギリスなどの欧州各国はいっせいに金の取引を停止した。
そして代わりに紙幣を発行して補ったけれど、確か敗戦国のドイツではインフレ (物価の上昇)に繋がったんじゃないだろうか。
「金貨を集めまくる、か。王都の拡張事業だぞ? そんなことが可能なのか?」
「俺はムリだと思う、さすがにさ」
レノックス様とカリオは否定的だ。
「うん、現実的じゃあ無いといえばボクもそう思う。ただ、規模がバカみたいに大きいだけで、これが町とか村レベルの話なら否定はできないと思うよ?」
コウは問題がありそうだと考えているようだ。
そこまで黙って会話を聞いていたキャリルが告げる。
「リスクがあるか無いかの話なら、『リスクがある』という前提で議論すべきですわ」
「あたしもそう思う。手段は不明だけれど、商人か貴族かは分からないけど、金貨を集めたら王都の開発の主導権を握れるんじゃないかしら?」
あたしの言葉に他のみんなは表情を険しくする。
「王都の拡張の主導権は握られてしまうだろう。そしてそれが成されるなら、王国の財政面での影響力も大きくなる」
「……俺としては『どうやって?』が無い時点であいまいな議論になると思う。でもそれに成功する奴は、王国内で政治的な主導権を握るようになるかもな」
「カリオ、王国は王家が統べる国ですわ。商人が政の主導権を握るなどは……」
キャリルの気持ちも分かるけれど、政商が政治の実権に食い込んでくるなんて話は地球の歴史ではザラだったと思う。
メディチ家やロスチャイルド家、あとはえげつなさという意味で同列で語るのは憚られるけど、東インド会社などは有名だ。
この世界でもバカにできないと思うんだけれども。
政商――要するに政治を行う人間と繋がりを持つ商人は、古くからいるだろう。
問題なのは彼らがときに、自分の財力を使って政治への働きかけを行うことだ。
いい方に働けば、為政者への寄付とか国債の購入、公共事業などへの積極的な投資で国を豊かにしてくれる。
でも悪い面が広がれば、賄賂や裏金や買収などの犯罪行為、または脱法行為や社会通念から外れた行為で自分たちへの利益の誘導を行う。
ディンラント王国ではそこまでひどい商人は聞いたことが無いけれど、あたしが知らないだけということもあるだろう。
「いいえキャリル、物資の調達や色んなお金の流れは、今でも商業ギルドが大きな部分を担当してるわ」
「それは分かりますわ」
「ええ。全部が全部とは言わないけど、個別の商人でも貴族への寄付もあるでしょうし、商人の影響も無視はできないわよ?」
「そうだね。たとえば王国の騎士が使う武器を用意しているのは商人だよね? お抱えの職人だけで済む量じゃあ無いと思うんだ」
あたしとコウの言葉にキャリルは考え込む。
「ふむ……。数百年前ならいざ知らず、たしかにいまでは、市井の武器工房から調達してお金を民間に流している面はありますわね。寄付についても、母上から耳にしてはおります」
『…………』
その後、この話題の議論は進まなかった。
あたしはここまで相談した内容を、デイブに話すことをみんなに許可を取った。
そしてレノックス様には、王宮の文官などで経済に詳しい人に相談するべきだと伝えた。
「あたし達の話に穴があるかも知れないし、よく検討してもらった方がいいと思うわレノ」
「そうだな、感謝する」
「それとカリオ、分かってると思うけど……」
「ああ。この話はここだけの話ということにする。さすがにヤバいっていうのは俺でも分かるよ」
そう言ってカリオは苦笑いを浮かべる。
あたしとカリオのやり取りを見て、他のみんなは笑顔を浮かべていた。
王宮でのお喋りを切り上げて、あたし達は学院に戻ることにした。
また身体強化して気配を遮断し王都を駆けていくけれど、みんなはダンジョンであたしが『薬草使い』を覚えたからそれを真似てみると言い始めた。
王都を移動しながらそれぞれが気になったところで足を止めて、メモを取って分析するのだそうだ。
確かにあたしもダンジョンではそれくらいしかしていないし、その程度で何か“役割”を覚えるのはお得かも知れないな。
そう思ってみんなのメモ取りに協力した。
いつもの移動よりはけっこう時間が掛かったけれど、学院の正門に辿り着いたときにあたし達は衝撃を受けた。
みんながそれぞれ新しい“役割”をステータス上で覚えていたのだ。
口頭で確認した限りだけれど、まずキャリルが『物流管理者』を覚えた。
レノックス様が『都市計画者』を、コウが『資材管理者』を、カリオが『税吏補佐』を覚えていた。
カリオに関しては個人的にはかなり意外だったけれども、本人に訊いてみた。
「カリオは税金に興味があるの?」
「べつにそういうわけでは無いけど、国の予算とかの動きはすこし興味があるぞ」
『ふ~ん』
あたし達がカリオの言葉に考え込むと、なにやら挙動不審な反応を見せる。
「ど、どうしたんだ?」
「いや、少し意外だなって思っただけよ。別に後ろめたいことが無いなら、あたし達の反応なんて気にしなくていいのに」
「いや、そうなんだけどな。魔法科なのにカネ周りの話に興味があるって、変だって思われないかなって考えてさ」
たしかに留学先が教養科じゃなくて魔法科なんだよなカリオは。
もしかしたらカリオ本人の希望よりも、親の判断が優先されてるのかも知れないな。
あたしはそんなことを考えていた。
寮に戻った後は部屋で過ごしてデイブに連絡を入れた。
夕食後に店まで行くのを伝えて、いつも通りに姉さん達と食事を取る。
自室のカギをかけて黒い戦闘服に着替え、場に化すレベルで気配を遮断してから窓から抜け出してデイブの店に向かった。
夜もまだ早い時間だから表玄関も開いていたけれど、店の裏口からあたしは入る。
「こんばんはー。来たわよデイブ?」
「おうお嬢、こんばんは」
バックヤードに居たデイブがあたしに声をかけるが、直ぐにブリタニーも店の方から声を掛けてくれた。
「それで、王都の拡張事業に絡んで、何か話が出てきたって?」
デイブはハーブティーを淹れてくれたけれど、魔法で防音にした方がいいだろうな。
「もしかしたらデイブも知ってる話かもだけれど、ちょっとね。――魔法で防音にするわね?」
「ああ、頼む」
あたしは【風操作】を使い、部屋を覆うように見えない防音壁を作った。
そして今日、『敢然たる詩』のメンバーで、ダンジョンに行った帰りに相談をした事を説明した。
デイブは特に何を言うでもなく、あたしの説明に聞き入っていた。
「――ということでレノックス様には、金貨を集める貴族や商人が居た場合の想定をすべきって言っといたわ」
「…………」
「デイブ?」
なにやら長考に入ったように、デイブが黙り込んでしまった。
手にはハーブティーの入ったカップがあるけれど、それに口をつけもせずに視線を落として考え込んでいる。
そしておもむろにデイブは口を開いた。
「すまねえ。お嬢が議論してくれた話を考えてたんだ。おれの見立てをいえば、不可能じゃあねえ」
「え?」
レノックス様やカリオでは無いけれど、そこで断言でしていいものなんだろうか。
あたしがそう考えるのと同時に、デイブが話を続ける。
「だがその前に、周りに気づかれて目をつけられる。お嬢の仲間が言った通りバカみたいな規模だ。やろうとすれば時間が掛かる」
「なら手が打てるし対策できるってこと?」
「普通ならそうだ。だが、『金貨の独占』が目的じゃあなく、『金貨の滞留』が目的ならどうだ?」
「滞留って、ワザと金貨での支払いを遅らせるってこと? それって遅らせる本人にメリットが無いんじゃない?」
金貨での支払いが遅れれば、商品が手元に届くのが遅れる。
そうなれば商品の仕入れが遅れて客に売れるものを揃えられない。
「金貨は遅らせるが、別のもので支払うならどうだ?」
「ええと……、金貨は手元に残せて、支払いも済ませられる。そんなことが出来るなら金貨は集められると思うけれど。物々交換っていうか、同価値のモノで支払うってこと?」
あたしがそう尋ねると、デイブはニヤケ顔を浮かべた。
また何か狡いことを考えているんだろうか。
「さすがのお嬢も商売のワザはそこまで知らねえか。ちょっと安心したぜ」
「何に安心してるのよ。商売のワザ?」
「ああ。ディンラント王国とか周りの国じゃあそこまで一般的じゃあねえんだが、マホロバの商人どもは支払いにある方法を使う」
「マホロバ?」
和風な文化圏での取引って何だったろうか。
あたし達の世界の場合は、マジックバッグもあるし鑑定の魔法もある。
でもイエナ姉さんの話では、都市や国をまたぐ取引で商人は盗難や強盗への対策に証文とかを使う。
その方が安全だし。
けど、普段は硬貨で支払うのが当たり前だと聞いていた。
手元に金貨を置いておく方が、何かあった時の備えになるという考え方が、古くからあるそうだ。
いまでこそ、商業ギルドの銀行部門に預けるのが一般的みたいだけれど。
ちなみに地球の記憶では、江戸も欧州も昔から証文などの書類を使った支払いを発達させていた覚えがある。
地球の欧州はキリスト教の影響で金本位制が発達したけど、商売の利便性のために書類を使った取引も行われていたはずだ。
「マホロバでは、王国よりも証文を活用してるって話?」
あたしがそう応えるとデイブは息を吐く。
「なんだ知ってたのか、つまんねえな。せっかくお嬢に得意げに説明できると思ったのによ」
「あたしも詳しくは知らないわよ。イエナ姉さんが卒業したら商業ギルドを志望してるから、ときどき商売の話をしてくれるのよ」
「ああ、そういうことか」
そう言ってデイブはハーブティーを一口飲みこんだ。
イエナ イメージ画 (aipictors使用)
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