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10.教訓は教訓だけど


 ディンラント王国の隣国、プロシリア共和国。


 その北側は今でこそ共和国と国境を接する一つの国にまとまっているけれど、過去には都市国家が林立する地域だった。


 そして現在の共和国でクマ獣人たちの故郷と呼ばれる土地には、一つの都市国家があった。


 その都市国家は、近隣の都市国家同士の戦争で発生した難民を、大量に引き受けたことがあったそうだ。


 これは同情交じりの国民感情を含む選択だったけれど、引き受けた国としては領地に林業に適した広大な森林があった。


 だから、その開発に動員できないかという計算が働いたようだ。


 難民を受け入れたその都市国家は、自国の街の拡張を始めた。


 だがこの時、想定を上回る難民の流入によって、建設資材や食料などの物資が不足したそうだ。


 このため戦時に次ぐ緊急事態という扱いで、国庫から資金を供出した。


 資金の総額では、不足分はおぎなえた。


 食糧などの緊急性の高い物資の調達はそのお金で他国から行うことができたのだけれど、その結果国庫が空になった。


 国として使える予算が尽きて、その都市国家は物資調達やらインフラ整備やら、国として計画していた事業がストップしてしまった。


 そこまでをレノックス様が説明してくれた。


「それは何というか、見込みが甘い以前に、かなりドンブリ勘定だったんじゃないかい?」


「予算の見積もりが甘過ぎね。……都市国家じゃあ国債を発行して民間の商人なんかから資金調達をすることも出来なかったんじゃないの?」


 この世界では国債という仕組みもあるし、銀行も商業ギルドの中にある。


 国債も銀行も、地球の記憶では中世には登場していた。


 国債は要するに国の借金で、民間などから国がお金を借りる仕組みだ。


 お金を借りる代わりに、返す時に利子をつけてくれる。


 利率はうろ覚えだけれど、前にイエナ姉さんから聞いたことがある。


 商業ギルドの銀行部門の定期預金と同じか、少しいいくらいだったと思う。


 王国の場合は年率で五パーセントくらいじゃなかっただろうか。


 例えば金貨百枚を十年物の国債に使った場合、十年後に償還――買った人にお金が戻ってくるときは複利計算で百六十三枚になって返ってくる。


 複利計算の考え方は、細かい話になるのでここでは省く。


 日本の記憶でいえば西暦二千年時点の十年もの国債の利率は、1.7パーセントくらいだったと思うけれどどうだったか。


 国債の場合は信用される国ほど――国の借金を踏み倒される危険が少ない国ほど、利率が低くなるようだ。


 でもレノが話をしてくれた都市国家の例では返す当ても怪しいから、そもそも国債を買ってくれる商人とかがいないとおもう。


「結論をいえばコウとウィンのいう通りだ」


「でもこの国の場合は何とかなったのですわ」


 レノックス様とキャリルの言葉に、カリオが苦笑いを浮かべて告げる。


「ああ。クマ獣人たちが奥の手を使ったんだけど、ウィンとコウは何だかわかるか?」


「奥の手? そんなものがあるのかい?」


 あたしはいちおう反射的に思いついたことはあるけれど、それを言ってしまってもいいんだろうか。


「思い付いたことはあるけれど、それを言ってもカリオは怒らないかしら? べつにクマ獣人の人たちや、あなたの国をバカにするつもりは無いんだけれど」


「言ってみてくれ、ウィンはたぶん思いついたんだろうと思うし」


「分かったわ。クマ獣人たちの都市国家は、国を丸ごと身売りしたんじゃないのかしら? 別の国の領土になるように交渉したってことじゃない?」


 あたしの言葉にコウが驚いた表情を浮かべる。


「なるほどね。もしかして……、林業に使える広大な森を交渉材料にして、共和国に国を丸ごと引き取ってもらったってことかい?」


「二人とも正解だ。まあ、かなり思い切った方法だったけれど、この場合は色んな条件が重なって上手くいったんだ」


「「はー……」」


 肩をすくめて苦笑するカリオの言葉に、あたしとコウはどう応えるべきか考えていた。


「結果論でいえば、この時の共和国の判断は正解だった。クマ獣人たちの故郷を他の都市国家群への足がかりとして確保することが出来た――」


 レノックス様はそう言って説明を続けた。


 地政学的なバランスでいえば、共和国が現地の戦乱に直接口を出すことが可能になったそうだ。


 個別の都市国家の軍事力を軽く超える共和国が、えげつないほどの圧力をかけた。


 そのことで都市国家群は相互不可侵条約を結ぶ方向に進み、平和な時代に向かったという。




 レノックス様が思い付いた話は理解したけれど、この話をそのままディンラント王国の例に当てはめるのはムリがあると思う。


 都市国家は一つの街を一つの国とするような規模の話だ。


 対する王国はディンルークを都として、東西南北に広大な領土を持つ大きな国だ。


「話は分かったけれど、国としての安定性は王国の方が断然上よね?」


「無論その通りだ。ただ、クマ獣人たちの故郷の話からは『国でもカネが無くなれば身売りすることになる』という教訓が得られた」


「それは分かるけれど……」


 教訓は教訓だけど、冒険者ギルド支部長のオーロンがこの話を思い出したなら、何を心配したんだろう。


「ウィンは何か心配があるんですの?」


「ええ。そもそもの冒険者ギルドの支部長がいまの話を参考にしたのか分からないし、仮に参考にしたとしたらディンルークの拡張で何を心配したのかしら?」


『…………』


 あたしの言葉にみんなは考え込む。


 というか、あたし自身も言いっぱなしにするだけじゃなくて、少しは頭を動かさないとな。


「ねえレノ、他に都市の拡張とか予算に関する話で思いついたことは無いのかしら」


「直ぐには思いつかんな。さっきの話にしろ、クマ獣人たちの故郷が共和国領になったのは百年近く前の話だ」


「そうなのね……。ということは都市の拡張と予算の例でいえば、さっきの話が最初に思い付くのか」


「参考にするとしたら、あとは国では無くて商家の事業の拡大の話で、支部長さんが思うところがあったのかも知れないね」


「それだと商売の話になれば、俺たちじゃあ追いきれないんじゃないの?」


「商売と考えるから難しくなるのですわ。例えばこれが(いくさ)や陣取りという面から考えれば、もっとシンプルに見えるかも知れません」


 そう言ってキャリルは不敵に微笑む。


 陣取りってどうなんだよ。


「いや、キャリル。さすがにそれは乱暴じゃないかしら?」


 いくら武門の娘とはいえ、経済の話を軍事の話に置き換えて問題点を洗うのはバトル脳すぎるんじゃないのかな。


「同じですわウィン。戦が論理の飛躍だというなら、未踏ダンジョン攻略でもいいですのよ?」


「どういうこと?」


「いまわたくし達は未踏ダンジョンに挑んでいて、その拠点とする前線のキャンプが手狭になってきたとします――」


 その場合、キャリルとしてはキャンプの規模を急いで拡張したい。


 でなければ冒険者が寝泊まりする場所も無くなってしまうからだ。


 幸い攻略のための資金は潤沢にあるが、この場合の問題点は何か。


 用地、物資、人員、スケジュールなどの問題はあるが、適切に計画すれば問題とはならない。


「――ということは、用地や物資、人員やスケジュールは拠点拡張を根本的に妨げる要素ではないのですわ」


「それならキャリルは、拠点の拡張――要するに王都の拡張には問題が無いって言いたいのか?」


 あたしとキャリルの会話に、カリオが横から述べる。


 だがキャリルは首を横に振る。


「いいえカリオ、そうではありません。いま挙げた要素のほかに、輜重(しちょう)――ようするに物資の調達などで注意すべきだと教えられることがありますの」


 輜重っていう単語は思いっきり軍事用語な気がする。


 兵糧とか装備品なんかの軍事物資のことだったと思う。


 何やらキャリルのバトル脳が、すごい勢いで回転してる気がするんですけど。


「ふむ、カネに関していえば予算の総額ではなく、具体的かつ機動的に動かせる手元の資金のことだな?」


「あ、そうか! それは分かるよ。ボクの家は刀鍛冶だけれど、商家とも言えるんだ。商売をしている家では、手元に現金が無いと困ることは多いね。材料の仕入れとかあるし」


「「あ~……」」


 あたしとカリオは思わず感心の声を上げてしまった。


「でもキャリル、レノ、王国は国庫を持っているのよ? 手元の現金が足りなくなるなんてことはあるのかしら?」


「ふむ……、普通は考えられんが。可能性だけなら、資金の移動で時間を取られて直ぐに動かせなくなるようなことはあるかも知れん」


 レノックス様の言葉で、あたしは何か重要な言葉を聞いた予感がした。


 今後起こりうる何かに関連することだ。


「資金の移動で直ぐに動かせない?」


「うむ。支払いに使うカネがきちんと額面通りあるか、金貨を数えねばならん。額が大きくなれば集まる金貨も多くなるだろう。――まあ鑑定の魔法を使って数えるだけとはいえ、その時間を無くすことはできないな。その間、金貨は集められて山積みになる訳だ」


「たしかに金貨は確かめる必要があるよな。王都の拡張ともなれば、ちょっとした金山で出る量と同じくらいの金が集まるんじゃないのか」


 積み上がった金貨の山を想像したのか、カリオは愉快そうな表情を浮かべた。


 だが――


「ちょっと! いまの言葉!」


 あたしは反射的に大きな声を出してしまった。


「ん? 俺の言葉か?」


 あたしはカリオに頷く。


「『金貨は確かめる必要がある』?」


「ちがう、その後よ」


 カリオは眉根を寄せて告げる。


「『金山で出る量と同じくらいの金が集まる』か?」


 あたしの予感は、その事実が問題だと告げていた。


「あくまでもバカみたいな思い付きだけど、いいかしら?」


 みんなは何も告げずにただ頷く。


「王都の拡張事業を通じて、貴族か商人かは分からないけど、金貨を集めまくって計画の主導権を握ることは可能かしら?」


 その時あたしは頭の中で、地球の金本位制のことを考えていた。



挿絵(By みてみん)

カリオ イメージ画 (aipictors使用)




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