09.褒められるべき美徳
小休止も終わり、あたし達はジャングルのエリアの踏み固められた道を進む。
第十八階層の移動は前回同様に『街道の安全確保』に見立てて進む。
カマキリの魔獣だとかヘビの魔獣、オークやらアロエの魔獣とかを撃破しながら移動して、ときどき農場を見つけては休憩させてもらう。
みんなも腕を上げているし、さすがにジャングルのエリアを第十一階層からの経験はあるし、移動は安定している。
学期末試験やら年末年始の休みでブランクがあったけれど、『敢然たる詩』としてはもうこのエリアでの移動には適応できたと思う。
そんな感じで危なげなく第十八階層の出口に辿り着き、その足で第十九階層の入り口に移動して転移の魔道具に魔力を通す。
あとはいつものように地上の街に帰還して魔石を換金し、魔道具を使って王宮に転移した。
部屋を借りて戦闘服からもう少し普通目の服に着替えさせてもらい、みんなで応接室でお茶を頂いた。
パーティーとしては問題無く動けていたので、次回到達予定の第二十階層でのボス戦の話を少しした。
それが一区切りしたところであたしが『薬草使い』という“役割”を覚えたことを話した。
あたしがダンジョン内でそうしたように、みんなも王都を移動するときにメモを取りながら学院に戻ると言っていた。
そして話題が途切れたところで、レノックス様が口を開いた。
「ところで、大切な話をいいだろうか?」
「何かあるのかい?」
「ああ、“茶会”の件だが、カリオを招待しようと思ってな」
レノックス様がこのメンバーで“茶会”という以上、『神鍮の茶会』のことだろう。
あたしとしてはレノがそういう話をカリオにする可能性は、いちおう考えたことはあった。
ただまあ、不安感はあるんだよな。
「俺の話なのかレノ?」
「そうだ。――おまえ達、オレの独断だがカリオを誘おうと思うがいいだろうか?」
「わたくしは構いませんわ」
「ボクもいいと思う」
ぐぬ、あたし以外は賛成に回っているか。
それでもリスク管理とか諸々の側面からは、きちんと言っておいた方がいいことは言わなきゃだよね。
「あたしは心配な面があるわ」
「例えばどういう話だ?」
「カリオは心根は善良だけれど、良くいえばおおらかで、厳しくいえば迂闊で雑な面があるのよ」
「なに? 俺の裁判か何かなのかっ?!」
カリオは面を食らっているけれど、指摘はしておいた方がいいんだよな。
「ウィンは俺が迂闊だって言いたい訳?」
「ええと、そういう面があるって話。その上でレノが話そうとした内容をもう少し説明するけど、あたしが話しちゃっていいかしら?」
「任せる」
レノックス様がそう言うと、キャリルやコウも頷いた。
そこで『神鍮の茶会』の話をした。
そもそもはあたし達のパーティーの名を決めるとき、『敢然たる詩』以外にキャリルの案が他に使えそうということになった。
結果的にその流れから、初期メンバーで打合せをする秘密会議的な集まりという位置づけで落ち着いた。
「――カリオを誘わなかったのは、話している内容が万が一フレディさんやニコラスさんに伝わって、それが王国の秘密とかだったら面倒だって思ったのよ。少なくともあたしはそう理解していたわ」
あたしの話を聞いていたカリオは、とくに気落ちする様子も動揺も無くあたしに問う。
「俺ってそんなに迂闊かな?」
「ええ。……大物感はあるかも知れないわ。でも時々行動が雑かも」
「だが、おまえの善性は褒められるべき美徳だ。その点はみな同意できるだろう?」
レノックス様があたしとカリオの会話を横から補足した。
特に否は無かったのであたしが頷くと、コウとキャリルも頷いていた。
それを見たカリオが真剣な表情を浮かべて問う。
「王国の秘密……。俺を誘ってくれるのは光栄だし、ウィンが心配してることも妥当だと思うぞ。そういうことならいっそ【誓約】で……」
レノックス様と接している時点で、情報管理ついてはカリオなりに思うところがあるのかも知れない。
だがカリオがそこまで言いかけたところで、レノックス様が首を横に振る。
「オレの友にそれをしたくはないのだ」
「レノ……」
「でも真面目に、あたし達がスパイ扱いとかは困るわね」
あたしの言葉を鼻で笑い、レノックス様が説く。
「何、オレ達が国家機密漏洩で処分されるというなら、おまえ達を見誤ったオレの責任だ」
「こええよレノ?! つうか誓約の魔法よりも重いんだが?!」
カリオが呆れたような表情を浮かべる。
気持ちは一応想像できるけれど、自分が原因で仲間に累が及ぶとかは考えたくないよね。
「それくらいレノはカリオを買ってるってことじゃないかな」
「問題が起きるなら、その時はその時ですわカリオ」
コウやキャリルは楽観的だけれど、この辺は度量の差なのかもしれないな。
こうなったらあたしも腹をくくるか。
わざわざ集まって議論する内容によっては、共和国出身者からの王国への客観的な目というのは貴重だと思うし。
「仕方ないわね。万が一の時はカリオを差し出してみんなで逃げるわよ」
「ひどいぞウィン?!」
「冗談よ」
あたしの口調にカリオは溜息をついてから苦笑した。
カリオを『神鍮の茶会』のメンバーに誘うとした以上、この応接室で話をしようということになった。
確かに学校なんかで話すよりは、ヘンなところに情報が流れるリスクは減らせるけれど。
「それで、王都の拡張に関することで、ウィンが話をしておきたいということだったな」
「ええ。王都が魔神さまの聖地になった関係で巡礼客が増えているじゃない? それを受けて王都の敷地を広げるって話が噂になっているわ」
「貴族家のあいだでは既定路線の噂ですわね。いつ始まるかが問題という噂ですわ」
「「へぇ~」」
コウとカリオが興味深そうな声を上げた。
ただまあ、あんまりおもしろい話では無いかも知れないんだよな。
「話を続けると、月輪旅団の仲間というかデイブと話をしていて、巡礼客が集まるとトラブルが増えるわねって言っていたの――」
ヒトが増えるということは、商機が増えて王都に流れるカネが増える。
それはモノの値段の高騰を起こすから、ヒト、モノ、カネに注目する必要がある。
注目するべきは利権の部分で、要するに取り分の問題だ。
「そこまで話をして、誰にとっての取り分かって考えたの」
「普通に考えれば商家だよね?」
「あとはその商人と関連のある政治家……、じゃなくて貴族か」
カリオは皮膚感覚だと共和国の価値判断が出てきてしまうのだろうか。
たしか父親が共和国の議員だと聞いた気がするんだよな。
「ともかく、そこまでが前提部分の話で、そこからもうちょっと話が動くの。ここから話す内容は、部外者には秘密にしてね」
「少し待ってくれ」
あたしはレノックス様に話を止められる。
なにかマズいことを言ってしまっただろうか。
「文官などが密談をするための魔道具を念のため持ってこさせる。ついでに茶と菓子を補充してもらおう」
レノックス様はそう言って微笑む。
「分かったわ」
そうしてレノックス様は壁際に控えていた侍女さんに声を掛け、魔道具を用意してもらいお茶やお菓子類のお代わりを頂いた。
彼がテーブルの上に置かれた小型の魔道具のスイッチを押すと風属性魔力と闇属性魔力が走り、あたし達を囲むように魔力の壁のようなものが展開された。
「話を再開しよう」
「はい。改めて、これから話す内容は部外秘でお願いします――」
まずデイブが冒険者ギルドの支部長であるオーロンから、王都の拡張に関連して『おカネの動きで怪しいって思った』という話を聞いたと説明する。
そして具体的な情報源の話が無く、それでも支部長の話だから無視も出来ずという状況を説明した。
その上でデイブと相談し、オーロンが怪しいと思ったのは何か過去の事例があったのではないかと仮定した。
あたしとデイブはそれぞれ、過去に都市の拡張を行い何か問題が発生したことが無いかを、知り合いに訊いてみようという話になった。
「――ということで、みんなは何か思いつくことは無いかしら。前兆をとらえるために、過去の事例を知っておきたいのよ」
『…………』
あたしの言葉にみんなは考え込む。
それぞれ思考を整理しながらお茶を飲んだりしているけれど、直ぐに返答はない。
「もしも思いつかないようなら、学院の先生に相談してみようかしら」
あたしがそう告げると、レノックス様が口を開く。
「いや……、都市の拡張の話では無いが……、一つ都市の予算という視点で思い出した話がある」
レノックス様の言葉にキャリルとカリオがハッとした表情を浮かべる。
「もしかしてクマ獣人族の出身地の話かレノ?」
「たしかにあの事例は都市の拡張ではありませんが、問題点という部分では考えさせられる歴史ですわね」
あたしとコウはレノックス様たちの反応について行けず、思わず顔を見合わせる。
それに気づいたのか、三人はあたし達を見て何かを考え始めた。
「済まん、勝手に納得してしまった。プロシリア共和国の、一地方の歴史の話なのだ」
そう告げてレノックス様は表情を緩めた。
キャリル イメージ画 (aipictors使用)
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