08.問題意識が奇行の準備
放課後になったので、あたしは身支度をして学院の正門で『敢然たる詩』のみんなと合流する。
そこから王都を駆け、王宮内の魔道具を使って王都南ダンジョン地上の街に転移し、ダンジョンに入った。
転移の魔道具を使って前回到達した第十七階層の入り口で小休止を取る。
あたしは斥候役の一番手の担当なので、ステータスの“役割”は『影究』にしてある。
装備のチェックを済ませ、目の前に広がる密林エリアに視線を向けたところで、何となくため息が出た。
「どうしたんだいウィン? なにか心配事でもあるのかい?」
「あ、うん。心配事ってわけじゃあ無いわ。でもちょっと考えていることがあって」
「考えていること?」
「ええ。武術の鍛錬目的で来ているダンジョンだけれど、戦いのスキル以外に、何か伸ばせたらいいのにって思ってたのよ」
自身の使い魔に言われたことがビミョーに悔しかった、とも言いますけれども。
なにかもっと、バトル以外でも活かせるような鍛錬は出来ないんだろうか。
「武術の腕前を伸ばす以外で、もっと日常生活とか、商売とか、何かは分からないけれど戦い以外で使える能力を鍛錬したいってことかい?」
「そう、それよ! さすがコウ!」
あたしは思わずコウを指さしてしまった。
そのやり取りに気づいた他のメンバーが近づいてくる。
「どうしたんだ? また何かウィンが妙なことを始めるのか?」
「どういう意味よ?!」
取りあえずあたしはカリオをシバくのを我慢した。
「いまウィンが何か考えている様子だったから声を掛けたけれど――」
そう言ってコウはあたしとのやり取りを説明した。
「ふむ、戦闘以外の能力の鍛錬を、ダンジョン内で行えないか、か」
「またウィンは妙なことを思いつくんですのね」
「まあウィンだしな」
なんだろう、さりげなくキャリルとカリオによって、あたしの問題意識が奇行の準備みたいな捉え方をされ始めた気がする。
べつに奇人変人なことをしたい訳では無いんだけどな。
「単純に体力を鍛えるとか、そういうことでは無いんだな?」
「ええ。もっと商売だとか文化的な活動につながるような、何かが出来ればと思ったんだけれど」
「ふむ……」
レノックス様は少し考え込んだ後、あたし達から距離を取って護衛をしている冒険者の格好をした近衛騎士の人を呼び寄せた。
そしてあたしが浮かべた問題意識をもとに質問をしてくれたのだけれど、近衛騎士の人たちは爽やかな笑顔を浮かべて首を横に振っていた。
「『ちょっと思い浮かばない』だそうだ」
ですよねー。
首を横に振られた時点で、あたしもそうだろうとは思ったんですよ。
「まあいいわ、ちょっと考えただけだから」
「そうか? だが、そうだな。――ウィンは意外と妙なところで物事の本質を射抜いている時がある」
「買い被りよ」
「それを判断するのはオレだ。ともかく、ウィンは何か思いついたらすぐに相談しろ。移動中でも構わん」
「分かったわ、ありがとうレノ」
あたし達はそこまで話をしてから、装備類の最終確認をして移動を始めた。
ジャングルの中の道を縦列の陣形で進む。
前回同様あたし、キャリル、コウ、レノックス様、カリオの順だ。
気配遮断と気配察知に手は抜いていないし、みんなも油断せずに移動できている。
魔獣の気配を感じれば、大きく迂回して先に進むのも今まで通りだ。
ここまでの階層の感じからすればそろそろ農場の一つもあるだろうなと思ったところで、視界に気になるものが捉えられたように感じられてハンドサインで停止を促す。
でも周囲に魔獣などの気配が感じられないのはみんなも把握している。
すぐに先頭のあたしのところに集まって声を掛けてきた。
「どうしたウィン。何か懸念でもあるのか?」
「ごめんねレノ。ちょっと気になるものが視界に入っちゃって、それで足を止めちゃったのよ」
「気になるものですの?」
「うん。ダンジョン探索に関係無いんだけどさ、その木がちょっと気になったの」
『木?』
「薬草の一種だなって思っちゃって。……ごめんなさいね」
あたしの言葉にみんなは息を吐く。
「気配の変化もないところでウィンが足を止めたから、どんなヤバい魔獣が出てくるかと思ったぞ」
カリオがジト目であたしを見る。
「だから謝ってるじゃない」
「ふーん。ちなみにどんな薬草なんだい?」
「ミツリンキハダっていう薬草よ。王国南部からさらに南の地方で見られるわね。厳密には葉っぱじゃなくて、樹皮に民間療法で使われる成分が含まれるのよ」
あたしはコウの質問に応えながら目的の木に歩み寄り、腰の手斧を抜いて斬り付け、すこしだけ樹皮を剥がす。
「なるほど、樹皮の中が黄色いんですのね」
「うん。お腹の調子を整えたり、炎症をやわらげたり、打ち身にも効くはずよ」
『へ~』
「炎症か……。ふむ。病気の種類によっては、回復の魔法が効かない炎症もあると聞いたことはある。そういうものにも効くのか?」
さすがレノックス様、博識だな。
医学とかまで家庭教師から教わっているのだろうか。
「図鑑ではそこまでは説明はなかったかしら。でも、民間療法として古くからあるみたいだし、有効なのかも知れないわね」
回復魔法が効かない炎症とは、具体的には腫瘍の類いだ。
魔法による医療の基本は、地球の知識を使えば自動車のパーツ交換に似たようなものだ。
病気で弱った部分を取り除いて、魔法で再建する。
でも腫瘍の原因は、日本での記憶によれば細胞が増えるときのコピーミスだ。
魔法で元通りにしても、コピーミスが起こる原因が元の細胞にあれば、腫瘍は治らない。
もちろん再発して重症化するまでの時間は稼げるから、地球でのがんの治療を考えれば回復魔法は有効な面はあるだろう。
でも脳に腫瘍がある場合は、記憶を保持するためには切除が出来ないので、魔法があっても打つ手が限られる。
その辺りのことが頭に過ぎるけれど、いまはダンジョンの攻略中なんだよな。
あたしの好奇心でパーティーを停止させたので、奇行と言われても仕方がないぞ。
「とにかく、移動を止めちゃってごめんなさいね」
「いや、構わん。ウィンに限らずおまえらも、気になったことがあれば相談してくれ」
『はーい(ですの)』
そうして移動しようとするところで、カリオからツッコミが入った。
「なあウィン、せっかくだしどの辺にどういうのが生えてたのか、メモしといてもいいんじゃないか? あとでウィンが採りに来るかもしれないし」
「おお、カリオにしてはナイスアイディアね!」
「あ゛? どういう意味だそれ?」
あたしはカリオの視線は無視した。
べつに褒めてるんだからいいじゃない。
それはそうとあたしは【収納】からメモ帳と鉛筆を取り出す。
そしてここまでのルートの模式図と一緒に、あたしが確認した木のメモを取った。
移動を再開したあたし達はそれまでと同様に進み、ときどきフルーツなどを育てる農場に寄りながらジャングルを進んだ。
いちど気になってしまったからなのか、それ以降もあたしは薬草を見つけてしまった。
そのたびにみんなに待ってもらい、念のためどの場所に何があったのかをメモを取った。
そうして前回よりは少々時間が掛かりつつも、第十七階層の攻略を完了した。
あたし達はそのまま第十八階層の入り口に移動し、転移の魔道具に魔力を登録して休憩をとった。
第十八階層ではいつも通りに、道沿いに進んで魔獣と戦うことになっていた。
あたしは覚えたばかりの“役割”である『経津』に切り替えようかと思ってステータスの情報を確認した。
「あれ? なんか新しい“役割”を覚えちゃったわ?」
「何を覚えたんですの?」
「ええと……、『薬草使い』って“役割”で、『薬草選定』ってスキルも覚えたわね」
あたしがそう言って頭を掻くと、みんなは何やら考え始めた。
「ウィン、念のために確認するが、狙って習得したわけでは無いな?」
「ええ。もし狙ってたならもっと早くに覚えられたと思うわ」
「ダンジョンで覚えるとは、やっぱりウィンは目端が効きますわよね」
「ちょっと予想外だよねえ」
「確かにな」
キャリルはそう言って微笑み、コウとレノックス様は感心したような表情を浮かべた。
「ダンジョンに来て薬草がどうこうするような“役割”を覚えるとか、さすがに想定外だぞ」
カリオは呻くようにそう言って、変人を見付けたかのような視線をあたしに送っていた。
レノックス イメージ画 (aipictors使用)
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