04.歴史にかかわる話なら
あたし達は『魔法司書』という“役割”と『使徒叙任』というスキルを覚えることが出来た。
その結果『夢の世界』のニナの部屋の前の廊下では、みんなが使い魔を呼び出していた。
キャリルの使い魔は白いハトで、名前はソアにしたようだ。
ほかのみんなも鳥やイヌやネコ、オオカミやリスなどいろんな姿の使い魔がいる。
というか、花街の獣人喫茶を思い出す状況になっている。
あたし自身モフは常識的な範囲で好きだし、見た目は可愛らしいから癒されるんだけどさ。
でもみんなすごい勢いでナデナデしてるけど、使い魔が鳥タイプだった人は肩や手に止めて話をしてるだけで撫でてはいないな。
さらに観察すると、使い魔たちは一人称が『ぼく』や『私』や『わがはい』などそれぞれ違うけど、口調自体は結構フレンドリーな感じだと思う。
スウィッシュによれば魂の一部がどうとか言っていたけれど、ある程度共通化するものなんだろうか。
まあ、呼び出しているスキルは同じなのだけれども。
「それでじゃ、魔法の方を覚えようと思うのじゃが、せっかくじゃし何か気を付けた方が良いかを使い魔に訊きたいのじゃ」
ニナがそう告げると、使い魔たちは一斉に誰が喋るかを議論し始めた。
見た目上は動物の姿のみんなの使い魔が、人間の言葉で何やら語り合って相談しているので、割とカオスな感じだ。
あたし達はこれは終わるのかと不安そうな表情を浮かべる。
けれどすぐに『闇神の狩庭』の持ち主があたしということで、あたしの使い魔のスウィッシュが代表して案内することに決まった。
「それじゃあ、気を取り直してぼくが案内するね。ニナが言っている緑の本で覚えられる魔法だけれど、本を開けば分かる通り三種類が用意されているよ」
あたしが代表して緑の本を開くと、『以下は構成情報を復元する魔法です』という案内と共に、魔法の名とそれに対となる意味の読み取れない文字列が記されていた。
「闇魔法と時魔法と地魔法について書かれているけれど、全部同じ効果みたいね」
「ふむ……。人為的に緻密に設計された魔法なのやも知れんのじゃ」
「ニナが正解だね。これは『アウレアフェルティリス工業』が開発した魔法だよ」
『え?』
工業ってどういうことだろう。
この世界では産業革命のようなことは、まだ起きていない気がするんだけれど。
「アウレアフェルティリス工業って何かしら?」
「『フェルティリス』という国を代表する、魔法工業の会社の名前だね。白い本に残されていた情報からは、首都『アウレアフェルティリス』にあった大企業だったみたいだよ?」
あたしの問いにスウィッシュは淀みなく応えた。
『…………』
なんだろう、サクッと重要なことを話された気がする。
スウィッシュは“役割”の『魔法司書』を覚えるときに使った白い本に、魔法的な手段で情報が含まれていたと教えてくれた。
その情報の中に、『闇神の狩庭』を作った集団の情報があるのだと説明してくれた。
そこまでは一応理解はできたけれど、説明の内容がピンとこないんですけど。
そして彼は告げる。
「“何がし工業”というのは会社の名前で、会社というのは商会の種類のことだよ。つまり、ここを整備したのは魔法を設計する大手の商会なんだ」
「そんなことをする商会など、聞いたことはありませんわ?!」
「そうだね、ウィンの魂から読み取ったきみ達の日常を考えると、ずいぶん昔に消えた国の商会かもしれないね」
『はぁ~っ?!』
みんなは訳が分からない様子だ。
『闇神の狩庭』はアシマーヴィア様から貰った魔道具で、『プロシリア共和国辺境にあるダンジョンの未踏区画から取り出した』と言っていた。
それを知っているあたしでも動揺する話なので、みんなにしてみれば何倍もの衝撃を受けている可能性はあった。
スウィッシュからの話を受けて、ロレッタ様とアルラ姉さんはあたしを説得し始めた。
「ウィン、この魔道具はすぐにでも国に預けて調査を依頼すべきよ」
「アルラのいう通りよ。一個人が占有していい情報では無いかも知れないもの」
「でも姉さん、ロレッタ様、それじゃあここを使った魔法のトレーニングは出来なくなるわよ?」
「「ぐぬぬ」」
あたしの指摘に二人は考え込む。
そしてその場には重い沈黙が流れる。
「ロレッタ先輩、アルラ先輩。国が調査をすべきだというのは、どの情報にかかわるからですか?」
沈黙を破ったのはディアーナだった。
「さっきの商会の話などね。おそらく、すでに滅びた文明の情報が含まれていると思うの」
「『アウレアフェルティリス工業』と言いましたか?」
ディアーナは淀みなくそう言ってスウィッシュに視線を向ける。
「うん、そういう会社があったみたいだよ」
「『フェルティリス』は“肥沃な地”という意味をもつ名前で、『アウレアフェルティリス』はその首都の名前。副首都は『アルゲンテアフェルティリス』で間違いありませんか?」
「ぼくが知っているのは、国の名前と首都の名前だよ。白い本にあった情報なんだ。副首都とか詳しい話は知らないよ」
「分かりました、ありがとうスウィッシュ。――みなさん、わたしはこの子たちよりも、この魔道具が作られた国のことを知っています」
ディアーナの言葉に、あたし達はどう反応すべきか分からなくなってしまった。
でも彼女が知っていると言う以上、何らかの理由があるハズだ。
毅然と告げたディアーナに、あたしは問う。
「どうしてディアーナはそれを知っているの?」
「わたしは魔神さまが人間だった時の最後の弟子です。魔神さまは人間だった時に、『フェルティリス』というすでに滅んだ国の話をしてくれました」
ディアーナの告白にみんなは息を呑む。
神さまになるような人物なら、色々と知っていることも多いんだろう。
というかこれ、もしかしてソフィエンタが言っていた件じゃないだろうか。
「魔神さまはその国のことを知っていたの?」
「はい。その国が作り上げた超魔法文明の話を、わたしにしてくれていました」
ディアーナの言葉に、みんなは絶句した。
話が長くなるかも知れないからと、そのあとあたし達は緑の本を持って食堂に移動した。
ディアーナはというと、移動しながら話すことを頭の中で整理していたようだ。
食堂ではみんなで中央のテーブルに座り、思うままに虚空からお菓子類を取り出した。
飲み物はサラがカフェラテを全員分用意してくれている。
「それで、どこから話しましょうか?」
「そうね、歴史にかかわる話なら、ロレッタ様とアルラ姉さんにまとめてもらうのがいいと思うわ。あとは魔法の話が絡むなら、ニナも助けになると思うけれど」
あたしがディアーナにそう応じると、ロレッタ様が口を開く。
「ディアーナちゃんの話しやすいように話してくれればいいと思うけれど、個人的にはいきなり気になる言葉を聞いてしまったのよ」
「どんな言葉ですか?」
「さっきあなたは首都 (アウレアフェルティリス)と副首都 (アルゲンテアフェルティリス)の話をしたのだけれど、その都市の名前にこの大陸の名前に似た響きが含まれているわよね?」
「そうですね。そこから話をしますね――」
まず、あたし達がいる大陸の名はアウレウス大陸という。
そして海の向こうの大陸の名は、ディンラント王国とその周辺国ではアルゲンテウス大陸と呼ぶ。
かつて存在しすでに滅んだフェルティリスという国。
ディアーナの説明ではその首都があたし達の大陸にあり、副首都は別大陸にあったようだ。
「つまり魔神さまは人間だったころ、ディアーナに大陸をまたぐ巨大な国があった話をしていたと?」
アルラ姉さんの問いにディアーナは頷く。
「はい。“連邦制”という形の国だったようです」
「それはどういう仕組みなの?」
姉さんの質問は続くけれど、ディアーナは落ち着いて応えている。
「地方ごとに一定の地域を、“州”という単位で国の中にある国とみなします。その“州”の全てを統一する中央の政治機構があり、そこに総責任者として“大統領”という役職を置いて治めたそうです――」
ディアーナの話を聞く限り、地球の記憶でいうところの米国のような合衆国制を採用した国であったようだ。
各州には“色”の名を付けられ、普段は州政府が政治を行ったらしい。
「“色”の名前?」
アルラ姉さんは当惑した視線を向ける。
「全部を説明すると大変なので簡単に話します。わたし達の大陸に八つ、別の大陸に八つの州があり、それぞれ名前がついていました」
「そのフェルティリスという国は、十六の国が集まった大きな国ということなのじゃな?」
「正確には十六の国と、大統領が直接治める首都と副首都の十八です。そして魔神さまによれば、ディンラント王国には少なくとも二つの州があったようです」
「それはっ?! 何ていう名前だったの?!」
ロレッタ様がディアーナの話に食い付く。
場合によっては歴史上の大発見につながる話だし、歴史研究会のロレッタ様とかアルラ姉さん、あとキャリルには気になる話だろう。
「ひとつは『ロセアフェルティリス』で、“バラ色の肥沃な地”という意味だったようです。そしてもうひとつですが『カエルレアフェルティリス』で、“水色の肥沃な地”という意味だと魔神さまが話していました」
「ディアーナちゃん、カエルレアって、もしかして王都の南のサンクトカエルレアス湖と関係があるの?」
アンの質問に、みんなはハッとする。
だってまあ、同じ音の言葉だからね。
「魔神さまは、現在のディンルーク周辺がかつての『カエルレアフェルティリス』だったのではと言っていました」
『は~……』
ディアーナは『ロセアフェルティリス』についても教えてくれた。
ロセアの方は、ディンラント王国西部の海上にある群島にあったのではという説明だった。
「わたしはフェルティリスについては大まかな知識しか教わっていませんが、魔神さまの弟子の皆さんは全員その辺りの話を学んでいるはずです」
ディアーナはそう言って得意げに鼻を鳴らした。
みんなはそれぞれ考え込んでいるけれど、ロレッタ様とアルラ姉さんとニナは口を“への字”にして眉間にしわを寄せていた。
そしてロレッタ様がディアーナに確認する。
「ディアーナちゃん、その話は王国に報告した方がいい話と思うわよ?」
「はい。いま思い出せる範囲でレポートをまとめて、順次王宮に提出しています」
そう言ってディアーナは屈託のない笑顔を浮かべる。
あたしを含めてみんなはそれを聞いて、安どのような何とも言えないため息をついたのだった。
アルラ イメージ画 (aipictors使用)
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