03.名前を付けた方がいい
スキルを覚えられるという白い本を開くと、王国の文字で『以下を音読しなさい』という文章と共にまた意味の読み取れない文字列が記されていた。
さっきニナが音読しても変化が無かったけれど、これはどうなるんだろう。
「どうじゃウィン?」
「ちょっと待ってね……」
ここでためらっても他の誰かがやると言い出しかねないし、あたしからやった方がいいだろう。
そう考えつつ記されている内容を音読した。
みんなはあたしの様子を怪訝な表情で観察しているけれど、指示通りにやっているんだから仕方がない。
そして読み上げると同時に闇属性魔力があたしを包み、直ぐに霧散した。
体調などは特に変化が無い。
すぐに【状態】を調べてみるけれど、『魔法司書』という“役割”と『使徒叙任』というスキルを覚えているのが分かった。
他にも変化があって、“役割”『雷切』のスキル『専心毀斬』が別のスキルになっている。
これも調べてみると、どうやら『経津』という“役割”と『専心至斬』というスキルを覚えているようだ。
『経津』のほうは斬る関連のスキルだから、『闇ゴーレム』を撃破したときに覚えたのかも知れない。
まあ、その辺はまたあとで確認すればいいか。
「何やら『使徒叙任』ってスキルを覚えたわ」
『へえーーー』
「これはスキルを使ってみればいいのかしら?」
「おそらくそうなのじゃ」
あたしはニナに頷き、意識の中でスキルの名を強くイメージした。
すると地属性魔力があたしから沸き上がった直後に目の前の空中で集積し、何かを形成していく。
みんなは身構えるけれど、あたしは手を挙げてそれを征する。
「たぶんこれ、プリシラの縫いぐるみとかと似たようなものだとおもう」
あたしの言葉にみんなは緊張を解き、目の前に集まっている魔力に視線を送った。
すると二十秒ほど経っただろうか、魔力の塊は一つの形をとった。
「鳥だわ。――これはチョウゲンボウ?!」
チョウゲンボウはハヤブサの仲間で小型の鳥だ。
カラスなんかよりも少し小さい体つきだけど、ミスティモントで父さんの同業者の狩人が肩に止めているのを見たことがある。
その狩人のおじさんは、たまにチョウゲンボウに狩りを手伝わせるのだと言っていた。
たしか狩りをするときには低空を物凄い高速で飛ぶ鳥だったと思う。
他にも空中で激しく羽ばたいてホバリングし、一か所にとどまることが出来る。
でもあたしの目の前では割とのんびりした雰囲気で浮遊しつつ、ゆっくりと羽ばたいている。
いや、羽根を軽く動かして浮遊しているだけで、実際に空気をとらえて飛んでいる訳では無さそうだ。
「この子がガイドなの?」
「そうだよ、ぼくがきみのガイドだよ。よろしくねウィン」
即座に返事が返ってきた。
あたしとしてはニナに確認しようとしていたのだけれど。
「喋ったーーー?!」
思わず叫ぶとすぐにツッコミが入る。
「どうしたのじゃウィン? その鳥の言葉が分かるのかの?」
「え、いまだって、言葉を喋ったわよね」
「大丈夫なんウィンちゃん? ウチたちはその鳥が鳴いたようにしか聞こえへんかったけど」
それはどういうことなんだろう。
あたしはサラからチョウゲンボウに視線を移すと、彼 (?)は告げる。
「いまは許可されていないから勝手にしゃべらないだけだよ。この姿はウィンの魂の一部をスキルが反映して生み出しているんだ。それがバレないようにしてるんだ」
「それならあなたは普通に喋ることはできるの?」
「うん。ウィンが許可してくれた相手には普通にしゃべるよ。あと、今じゃなくていいけど、ぼくに名前を付けてくれたらうれしいな」
「名前? 名前を付けたらどうなるの?」
「ぼくはぼくとして固定されるんだ。スキルを発動するときに前回の記憶を覚えていられる」
「あー……、デメリットとかは?」
「他の姿に変われなくなることかな。姿を変えたいときは闇魔法とかを使ってぼくの名前の記憶を消してもらう必要があるよ」
それは特にデメリットでも無いか。
いや、でも闇魔法で記憶をいじるとかはリスクはあるかなあ。
ただあたし的にはチョウゲンボウは好きな鳥だから、別に構わないけれども。
「名前は考えておくわ。それから、みんながあたしを鳥と会話する怪しい人みたいな目で見てるから、この場にいる人とは今後普通にしゃべって欲しいわ」
「分かったよ。――みんな、ぼくはウィンのガイドです。よろしくね」
そうチョウゲンボウが告げるとみんなは固まったあとに叫んだ。
『鳥が喋ったーーーっ?!』
いや、スキルで発生した鳥だと分かってても驚くよね。
あたしはみんなにも、同じスキルを覚えてもらうかを考え始めていた。
結論からいえば、考えるまでも無かった。
あたしが『魔法司書』という“役割”の『使徒叙任』というスキルでガイドを出していると知ると、プリシラとアンの目の色が変わった。
ガイドという呼び方に関してはあたしのチョウゲンボウから訂正が入り、魔法学的には『使い魔』と呼ぶのが正しいと言われた。
「そのスキルを習得し、私も使い魔を得るのだとここに強く宣言します!」
「わたしも使い魔がほしいよウィンちゃん。だめかな?」
いや、ダメじゃあ無いと思うけれど、どうしよう。
あたしを含めて現実で使い魔を呼び出すことで、『闇神の狩庭』の秘密がバレるのは少し困るんだよな。
それをみんなに相談するとアルラ姉さんが口を開く。
「ええとガイド――いえ、使い魔さん。ちょっと確認したいのだけれどいいかしら?」
「きみはぼくと話せているし、もちろん大丈夫だよ。なにを知りたいんだい?」
そうか、このチョウゲンボウに会話する許可を出した相手とは、普通に話が出来るわけか。
「ウィンはあなたを現実の世界で呼び出せるのかしら? それから、ウィンが覚えたスキルは、その白い本を使わずに覚える方法はあるのかしら?」
「もちろんウィンは現実でぼくを呼び出せるよ。『魔法司書』という“役割”と『使徒叙任』のスキルは、鑑定の魔法を使えば覚えられるよ」
『え?』
それは聞いたことが無い話だけれども。
「すまぬ使い魔よ、【鑑定】で『魔法司書』をそのスキルを覚えるとはどうやるのじゃ?」
「カンタンだよ。あらかじめ一つの文章を暗記して、その文章が書かれている本が書棚に含まれているかを魔法で鑑定するんだ」
「文章の長さや、書棚の冊数は?」
ニナとチョウゲンボウの会話を聞き、ロレッタ様が確認をした。
「あらかじめ覚える文章は三つから五つほど単語を含んでいた方がいいね。書棚には百冊くらい全体で本があって、そのうちの一冊が目的の本ならいいとおもう」
『ふーん』
「話を聞く限りそれほど難しい条件でも無さそうじゃが、いままでそのような“役割”は報告されたことは無いのじゃ」
「それは鑑定の魔法をあまり使わなかったからじゃないかな。同じ書棚で、半日以内に五十回以上は魔法を使う必要があると思う。百回以上行えばほぼ確実に覚えるよ」
『うわぁ……』
それは割と見落としがちな条件かも知れない。
【鑑定】の魔法のトレーニングにしても、わざわざ書棚の本を何十回も探すようなことはしないだろうし。
それよりもこのチョウゲンボウに名前を付けた方がいい気がしてきたな。
いちいち鳥の名前で呼ぶのも違う気がする。
ペットの名前と同じ感じでいいのかを少し考えて、あたしは腕組みする。
「どうしたんですのウィン?」
「あ、うん。なんかこの鳥型使い魔を『使い魔』って呼ぶのもよそよそしいというか、微妙に落ち着かないのよ。それにチョウゲンボウって呼ぶのも何かズレてる気がして」
「名前を付ければいいではないですか」
「うん、そう思って考えてたんだけど……、そうね。決めたわ」
「ぼくの名前、決まったの?」
「ええ、あなたは今後、風切り音を意味する『スウィッシュ』と名乗りなさい」
「はーい!! ぼくはスウィッシュ!!」
スウィッシュは他にも『粋な』という意味もあるし、悪い言葉じゃあ無いだろう。
スウィッシュと名付けられたあたしの使い魔は、微かに地属性魔力の流れをその身に生み出すけれどすぐにそれも落ち着く。
「つぎからは、ウィンが名前を呼べばぼくは出てくるから」
「分かったわ。よろしくね」
「よろしくー」
『いいな~!』
あたしとスウィッシュのやり取りをみていたみんなは、今すぐ“役割”とスキルを白い本で覚えることにしたようだ。
「『魔法司書』と『使徒叙任』のスキルは、現実に戻ってから検証すれば良いのじゃ」
ニナが順番を待ちながらあたしにそんなことを言う。
「どうやるの?」
「なに、ジェイク先輩とかアイリス先輩などを巻き込んで、スキルを一から覚えてもらうのじゃ。場合によっては大騒ぎになるかも知れぬのじゃ」
それって何十回も【鑑定】を使わせるのか。
ジェイクはニナを慕っているようだし協力してくれそうだけれど、アイリスはどうだろうなあ。なーむー。
「その時はまずマーヴィン先生に相談した方がいいと思うわよ」
「分かっておるのじゃ」
あたしの言葉にニナは機嫌良さそうに頷いた。
アイリス イメージ画 (aipictors使用)
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