11.自然の中の流転を象徴
みんなで食堂に移動してから、改めてディアーナをアルラ姉さんとロレッタ様とアンに紹介して、本人に自己紹介してもらった。
姉さん達もディアーナに自己紹介を済ませ、ニナに『夢の世界』のことを説明してもらった。
「――はぁー……。ウィンさんが王都で入手した魔道具で入れる空間ですか。しかも『当事者が認識した情報で身の回りの出来事が定まる』。ホントに『夢の世界』と言うしかないですね」
「うむ。加えて、ここで思い浮かべて取り出したものを、現実に持ち出すことは叶わぬのじゃ。持ち出せるのは基本的には記憶のみじゃが、前回利用したときにステータス情報での変化なども持ち出せることが判明しておるのう」
ニナの説明を把握するために、ディアーナは何やら考え込んでいた。
あたし達にしろ順番に経験しているから把握できている面はある。
でもディアーナがいきなり連れて来られて『夢の世界』の案内をされても、当惑するだけだろうな。
そう思っていたのだけれど、ディアーナは突如ハッとした表情を浮かべる。
そして食堂の席に座ったまま手を伸ばし、その直後手の中に細長いものを取り出していた。
「ホントに……」
ディアーナはそう呟いて固まったあと、ポロポロと涙を流し始めた。
それを見ていたサラが手の中にハンカチを取り出し、ディアーナに差し出す。
「……ありがとうございますサラさん」
「気にせんでええよ」
「ちょっと…………、わたしの師匠と一緒に失われた、師匠の杖を思い浮かべてみたんです。……わたしが継ぐことは考えたことはありませんでしたが、――ふと考えてしまって」
虚空から取り出した杖をテーブルの上に置き、サラから受取ったハンカチで涙をぬぐった。
「それはもしや、魔族が使う杖かの?」
「はい」
「何か違いがあるんですの?」
キャリルは食い入るように杖に視線を送るけれど、何か気が付いたんだろうか。
「杖の両端に自然の中の流転を象徴するようなデザインが入っておるのが特徴じゃな。例えば植物のツタであったり、あるいは海の波であるとか雲の流れをデザインに取り入れておる」
『へ~』
あたし達がディアーナが出した杖を見ると、両端には植物のツタの意匠が彫られていた。
素材という点では、杖全体に金属のような質感が見てとれる。
「伝統に従うのであれば、魔族の杖には磁性鉱物を用いた合金が使われて居るはずじゃ。流派ごとに、魔力を保持するのに最適とされる合金の割合があってのう。その辺りのノウハウが、のちに聖剣や神剣の材料と名高い金属である、アダマンタイトの開発につながったはずなのじゃ」
聖剣やら神剣の材料の、原型となる金属を使う杖っていう辺りがスゴイなと思う。
長命な種族である魔族の武術だからなんだろう。
それよりも流派と聞いて、以前本人から耳にした話を思い出す。
「ディアーナの流派は一心流よね?」
「はい。師匠の流派は一心流でした」
あたしとディアーナのやり取りに突如キャリルが固まり、ロレッタ様が目を見開いて問う。
「キャリル、お婆様の流派は何だったかしら?」
「一心流ですわ。お婆様が学生の頃に、王都に居た女性の魔族から習ったとのことでした」
ディアーナがその言葉の意味を理解するまで、少し時間が必要だったようだ。
彼女は恐る恐ると言った表情で、キャリルに問う。
「キャリルさんやロレッタ先輩のお婆様は、一心流の杖の作り方をご存じなんでしょうか?」
「恐らくは知っておりますわね。この杖のデザインをどこかで見たことがあるような気がしていたのですが、確かにお婆様の杖に似ている気がしますわ」
その話を聞いた段階でディアーナが彼女の師匠、恐らくは魔神さまが人間だった時に使っていた杖の再現を出来る気がした。
でも、それよりも個人的に衝撃的だったのは、シンディ様の杖術の流派の話だ。
以前キャリルが話した内容では、シンディ様は状術でシャーリィ様を軽く捻ると言っていたと思う。
その時は護身術の杖でも、トレーニングでそこまで行けるのかと思っていた。
それがそもそもの間違いだったようだ。
シャーリィ様は結婚前に後宮警備にあたる女性騎士団に所属していた。
ミスティモントのティルグレース伯爵家の別邸では、領兵相手の稽古でシャーリィ様が戦槌を振るっているのを見たことがある。
学院に入ってからは観る機会は無いけれども。
そのシャーリィ様を軽く捻る時点で護身術ではなく、実戦杖術を使えると気づくべきだったんだろうな。
「竜殺しのラルフ様の奥様と言う時点で、フツーと思う方がおかしいわよね」
あたしはそう苦笑しつつ、ディアーナたちの様子をうかがう。
彼女はキャリルとロレッタ様からシンディ様を紹介すると約束され、半ベソをかいて感謝を述べていた。
そのあと一通り『夢の世界』についてディアーナに説明したあと、あたし達は寮の中の『悪夢の元』を狩ってから屋上に移動した。
そして前回までと同様に、四大属性の操作系魔法のトレーニングを始めた。
時間とか寿命とかの制限はあるけれど、あなたの世界は大抵のことは実現できる。
そう本体から説明されたのはスキルの話を相談したときだったと思う。
まさかそれが、こんな訳の分からない空間に魔道具を経由して入り込めることまで指しているとは、あの時思わなかったけれど。
そもそもこのメンバー――クラスメイトの実習班の仲間や友人たちと、姉とその友人で、機能が解明されていない魔道具を使っている。
本当はみんなの安全のため、慎重かつ念入りに魔道具の調査を行うべきなんだろう。
でも物質の取り出しや意識の切り替えなど、イメージしたことをこの空間の中では現実化させられて、経験した記憶を現実に持ち帰られるというのは破格だ。
現実の限りある学生生活での魔法のトレーニングの時間をこの空間補えるなら、せっかくの貴重な道具を使わない理由にはならないと思う。
そんなことを考えながらトレーニングを進める。
最初に違和感を感じたのはあたしとニナが同時だったと思う。
いつものようにあたしは、基本であり奥義につながる【風操作】のトレーニングを行っていたのだけれど、ふと手を休めた時に予感がしたのだ。
胸騒ぎと言ってもいいかも知れないけれど、かなり確信に近いものだ。
酷く不穏なものが迫っているような感覚を覚えて周囲に視線を走らせる。
そして異常を感じた時には身体が動いていた。
この空間での得物の取り出し方はいい加減身についているので、反射的に自身の武器である短剣と手斧を虚空から取り出す。
得物を順手で握り、そのままの勢いであたしは月転流の四閃月冥を両手で繰り出していた。
左右の手でそれぞれ四撃一斬を叩き込んだ相手はすでにキャリルに迫り、その身を現わしている。
純然たる濃密な闇属性魔力の塊だが、初めて見る種類の奴だ。
この空間に来ていつも相手にする『悪夢の元』に比べてひどく昏い闇属性魔力を感じる。
それが本能的な部分で、誰かのこころの奥底にある煮詰まった感情のような、不穏当なものを感じさせる。
あたしが斬撃を放った直後にニナが漆黒の大鎌を繰り、闇属性魔力を込めた刈葦流の斬撃を放っていた。
何となく闇属性魔力の塊に同じ属性を込めた一撃が効くのかは気になったけれど、彼女が初手でミスをするとも思えない。
そしてあたしとニナの初撃に関わらず、その濃密な魔力の塊は解けることも無く、存在感を増してキャリルに一撃を繰り出していた。
認識できるのはその闇属性魔力の塊が巨大な人型であることで、キャリルへの一撃は拳による打撃だった。
だがキャリルも武門の娘であるからか、と言うよりいつもの常在戦場な感じのバトル脳が働いているからか、虚空から自身の得物を取り出して対処する。
彼女の手の中にあるのは白い戦槌で、現実でこのまえ新調したミスリルの合金製の綺麗な武器だ。
威力は物騒極まりないけれども。
キャリルは即座にヤバい相手と判断したのか、雷霆流の身体強化技法である雷陣を発動し、全身と得物に雷属性魔力を纏わせる。
そして自身に迫る巨大な拳打に対し、刺突技に近い打撃技である雷炙を連続で繰り出して軌道を逸らそうとした。
だが闇属性魔力の人型にダメージが通っている様子が無く、キャリルは流派に伝わる歩法で位置取りを変えながら攻撃を避ける。
「一体何なのよ?!」
「わたくしが知りたいですわ!」
「精神生命体のたぐいと判断するには、動き自体は単調じゃの」
あたしが思わず叫ぶとキャリルとニナが応じる。
確かにあたしやニナが自分の得物を振るってさっきから斬りまくっているけれど、動きが単調だから攻撃自体はとてもしやすい相手だ。
でも全く堪えた様子が見られないのは、非常にヤな感じだけれども。
「少しは手伝うわよー」
「わたしも攻撃します」
あたし達が応戦しているのに続きホリーやディアーナも自分の武器を使い、闇属性魔力の人型へと攻撃を加え始める。
二人が加わりこの場にいるメンバーでいえば、実戦に耐える力量の仲間が攻撃に参加したことになる。
けれどもやっぱりダメージが通ってる感じがしないな。
「ねえニナどう思うこの相手?」
「まあ、ウィンが気にしているのは攻撃が効果が無いことじゃろう? 妾の見立てでは対象へのダメージは出ていると思うのじゃ」
そのニナの説明の時点で、あたしはイヤな予感が増す。
「ゆえにこ奴の耐久性が高すぎるために、中々斬り飛ばせないだけと思うのじゃ」
ちょっと前にあったなあそういう状況。
あの時は天使とか出てきて色々大変だったけれども。
あたしは攻撃のために手足を動かしつつ、割とうんざりした声を上げる。
けっこう普通に会話が成立しているけれど、この間にもあたし達は普通の魔獣なら挽肉以下になる程度には斬撃を飛ばしている。
でも効いている感じがしない。
「このデカブツを相手にするよりは、この場所を出ちゃった方がラクかしら?!」
「待つのじゃウィン! 妾の闇魔法の【意識制御】で意識が加速しておる。現実への帰還がどう作用するか未検証じゃ!」
「それって、ここで対処して倒すのが一番いいってこと?」
「恐らくそれがベストなのじゃ」
ああ、めんどくさい。
戦いなんて無ければ無いでその方がいいに決まっている。
でもさっき、期せずしてキャリルを守ろうと考えながら体が動いてしまった。
マブダチを護ろうとするのは理屈じゃ無いんだけどさ。
可能ならここでムリに戦わなくても現実に戻ればラクが出来るんじゃないのか。
その思い付きは早々にニナから待ったを出されてしまった。
やっぱりめんどくさい。
あたしは死んだような目で作業をする感じで、移動しながら淡々と斬撃を繰り出し続ける。
その様子に気づいているのかいないのか、キャリルはすごく楽しそうだ。
初めて見かけたよく分からないものに狙われている本人が楽しいなら、それはそれでいいんだけれども。
「あのっ、ウィンさん! まえに天使を斬ったときのように斬れませんかっ?!」
ディアーナにはあの時の一撃を見られているんだよな。
確かにあの斬撃の性能なら、斬って捨てるのは苦にならないとは思う。
絶技・識月――
いちおう過去に失伝している技だし、あたしが本体と相談しながら詰めている技だからあまりポイポイ披露するものでは無いんですよ。
それに秘密の保持という面では心配はしないけれど、キャリルやニナの反応が怖かったりする。
いや、ニナは大丈夫か。
「ちょっと試してみるわ……」
そう応えつつあたしは手の中の蒼月と蒼嘴に、時属性魔力を込め始めた。
こいつを倒すのはどうにかするとして、この空間の謎を解くことを考えるとあたしは頭が痛くなってきたのだった。
ロレッタ イメージ画 (aipictors使用)
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