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10.いまは鍛錬の時間です


 会話の流れはともあれ、キャリルに促されたウィクトルは彼女とスパーリングをすることになった。


 ウィクトルとしてはキャリルが語った言葉に、酷く動揺していた。


 『真の強者は戦いにおける生殺与奪を統べる者』という言葉。


 それはすなわち、敵を排撃し滅するのみが強者の条件ではないという提示。


「ああ、目からうろこでした。ぼくは本当に王国にきて良かった。魔神さまに感謝を」


 そう呟くウィクトルにキャリルが告げる。


「それでは始めましょう」


「分かりました。お願いします」


 開始位置に立った二人は、互いに頷き合う。


 そしてスパーリングが始まった。


 互いに相手を観察するが、キャリルは腰を落として木製の戦槌(ウォーハンマー)を中段に構えている。


 対するウィクトルはいつものように軽く前後に脚を開いて腰を落とし、胴体正面をキャリルに向けている。


 両手は開いたまま軽くヒジを曲げてキャリルに向け、片方の指先を上向きにもう片方を下向きに伸ばした構えだ。


 互いに隙が無い構えだったが、ウィクトルはいつものように風属性魔力を身に纏わせていると、キャリルが自分のように魔力を纏わせていないことに気づく。


「必要最低限の魔力の使用……、身体操作のみで征するということか……」


 勝つための魔力操作ではなく、技芸の鍛錬のための魔力操作を行うキャリル。


 その気付きにウィクトルは内心で衝撃を受けつつ、平静を装ってスルスルとキャリルとの間合いを詰める。


 そして戦槌の間合いに入ったところでキャリルが反応し、刺突に似た動きの打撃を繰り出す。


 雷霆流(サンダーストーム)雷炙(らいしゃ)による一打だったが、キャリルの動き出しを察していたウィクトルはそれを回避するように動く。


 そして戦槌の引き手の動きに合わせて、ウィクトルはキャリルの間合いに入り込もうとする。


 だがそれはキャリルの誘いだった。


 戦槌を引く動きを使ってそのまま穂先で引っ掛けるように、ウィクトルの脚を後ろから払う。


 ウィクトルもとっさの感覚的な動きで反応する。


 脚を払われるのに逆らわず、その場で後方に回転しつつ跳びすさる。


 それと同じ挙動で器用に脚を動かして、何とか届きそうなキャリルの肩へとかかと落としを繰り出す。


 だがキャリルもウィクトルの気配の変化で、この蹴りを読んで躱す。


 そしてウィクトルの足を払った直後の手で戦槌を動かし、その石突で後方宙返りをしている最中の彼の首の後ろを突いた。


 ウィクトルとしては半ば勘に近い反応で魔力を集中させ、キャリルの突きの威力を殺す。


 だが突きの衝撃自体は殺すことが出来ず、彼はそのまま体勢を崩して背中から訓練場の床に落下した。


 キャリルは容赦なく間合いを詰め、特に感慨を浮かべることも無く威力を落とした縦の打撃――雷落とし(かみなりおとし)という技を相手の胴に繰り出した。


 ウィクトルは間一髪で横に転がってこれを除け、その勢いを使って大きくキャリルから距離を取った。


「『生殺与奪を統べる者』ですか、非常に納得できる動きです。キャリルさん、あなたは場を征している」


「口を動かすのは後でもできると思いますわ、手足を動かしなさいまし。いまは鍛錬の時間です」


 特にウィクトルの言葉に大きく反応することも無く、キャリルは淡々と彼に応じた。


 その態度に感じ入り、ウィクトルは嬉々としてキャリルに向かう。


「無論です!」


 そう叫んでからウィクトルはフェイントを入れつつ間合いを詰め、キャリルとのスパーリングを続けて行った。


 その段階になるとウィクトルは、当初ほどには魔力を纏わずに身体操作へと意識を集中させていた。


 結局その後はキャリルが有効打を入れるまで、ウィクトルの虚を突く形で戦槌を繰り出して十分間ほどのスパーリングを行っていた。




 キャリルが『ブルースお爺ちゃんのような動きの質を目指す』と言っていたのは、いつだったろうか。


 ティルグレース家の王都の伯爵邸(タウンハウス)で、フェリックスやホリーを相手にスパーリングを行っている時の話だった気がする。


 そのときシャーリィ様がキャリルに課題を出した話をしていたけれど、見切りであるとか相手の動きの誘導はかなり上達している気がした。


「二人ともお疲れさま」


「ウィクトルはさっきの試合より丁寧な動きをしてたな。忙しなく動くのも実戦では大事だけれど、基本も大事だよな」


 いつの間にかスパーリングを見ていたあたしとカリオの傍らに、ライナスが来ていた。


「ライナス先輩の言葉はわたくしにも耳が痛いですわ」


 キャリルがなにやら苦笑いを浮かべるが、そのやり取りにさらに困ったような表情を浮かべているのがウィクトルだった。


「キャリルさんがそういうことを言うのなら、ぼくなどはよちよち歩きみたいなものです」


「自分を卑下しなくてもいいんじゃないか? 少なくともウィクトルは風牙流(ザンネデルヴェント)の上級者に届くと思うし」


 カリオがそう言ってフォローすると、ウィクトルは嬉しそうに微笑む。


「カリオさんにそう言って貰えると嬉しいです。あなたも風牙流か風漸流ヴェントトルトゥオーソを修めていますね?」


「俺も練習中だよ」


 そう言ってカリオは肩をすくめながら笑っていた。


 その後はライナスも交えて、あたし達はキャリルとウィクトルのスパーリングの講評をした。


 それが終わるとあたしはカリオとユル目のスパーリングをして過ごした。


 ウィクトルはいつの間にかライナスにくっ付いて動いているし、キャリルはキャリルで他の部員たちと軽めのスパーリングをしていた。


 適当な時間になったところであたしとキャリルはトレーニングを切り上げ、二人で寮に戻った。


 そして姉さん達といつものように夕食を食べたあと、先週同様ニナの部屋に向かった。


 あたしが向かうとニナの他にはプリシラとホリーとディアーナが居た。


「こんばんはディアーナ。そうか、寮で暮らすようになったのね」


「ええ、そうなんです。よろしくお願いしますねウィンさん。……ところで、魔法の鍛錬ということでプリシラさんに誘われてニナさんの部屋に来たんですが、何が始まるんでしょうか?」


「ええとプリシラ、どこまで説明したの?」


「いまディアーナがウィンに伝えた内容がすべてだと回答します」


 プリシラはそう言って頷いた。


 あたしとしてはディアーナを誘ったことに否は無いし、秘密を守るために最低限のことを伝えるにとどめたというのは妥当だろう。


「分かったわ。ちょっと特殊な魔道具を使って魔法の鍛錬を行うことをしているの。魔道具がかなり希少なので、関係者以外に秘密にしているわ」


「あ、分かりました。だからプリシラさんは説明を絞ったんですね?」


 ディアーナがホッとしたような表情を浮かべると、プリシラは彼女に頷いた。


 まあ、いきなりさっきのレベルの説明で連れて来られたら、不安になるのは仕方ないだろうな。


 あたしはそんなことを考えつつ、みんなが揃うのを待った。




 やがていつものメンバーがそろったけれど、まさにすし詰めである。


 闇属性魔力を使う『闇神の狩庭(あんじんのかりにわ)』の特性上、あたしとニナが居るのは決まりとして、他にはずい分人が増えた。


 名前を上げればキャリル、サラ、ジューン、プリシラ、ホリー、アン、アルラ姉さん、ロレッタ、そしてディアーナ。


 みんなへのディアーナの紹介はまた後で行うと話した後、ディアーナには近くの人に手で触れるようにお願いした。


 そしてあたしはいつものようにニナに闇属性魔力を込めてもらい、魔道具を発動する。


「ゲートオープン」


 あたしがそう告げながらペンダントトップ中央に触れると強いめまいが起こり、寮の中の周囲の気配が一変した。


 ニナの部屋の時計の魔道具を見やれば、時間が止まっていることに気づく。


「ええと、いまのは何でしょうか?」


「『闇神の狩庭』っていう魔道具が発動して、特殊な場所に入り込んだ状態ね」


「特殊な場所? ……ですか?」


「説明は後にするのじゃ。まずはみんなの滞在時間を伸ばすのじゃ」


 そう言ってニナは無詠唱でみんなに【意識制御(ヴァルアウェア)】を掛けてくれた。


「うむ、これでまた九時間確保できたのじゃ」


「ありがとうニナ。まずは食堂に移動しましょう、この人数でニナの部屋は狭すぎるもの」


『はーい』


 ディアーナ以外のみんなはそう言って動き始める。


 ディアーナはいま一つピンと来ていない表情を浮かべている。


 まだ説明していないから仕方ないんだけれども。


「ディアーナ、また説明するけれど、ここは魔道具で入り込んだ空間なの。便宜上『夢の世界』と呼んでいるわ」


「『夢の世界』ですか?」


「寮内の周囲の気配を探ってみなさい。あたし達以外の人間は消えているのと、『悪夢の元』の闇属性魔力の塊がうろついてるわ」


 半信半疑と言った表情を浮かべたディアーナは告げる。


「これが魔法の鍛錬なんですか?!」


「正確には、魔法の鍛錬を行う空間に移動したの。さっきも言ったけれど、先ずは寮の食堂に移動しましょう」


「は……、はい」


 疑問を深めている様子のディアーナを連れて、あたし達は『夢の世界』の寮の中を食堂へと移動した。



挿絵(By みてみん)

ホリー イメージ画 (aipictors使用)




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