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09.異端とまでは言われないけど


 初等部の職員室を出たあたしは、寮に戻るには時間があったので回復魔法研究会に向かおうかと考えていた。


 だがキャリルに武術研究会に行くのを誘われてしまった。


 ここのところキャリルは歴史研究会に入りびたりだったし、たまには武術研で身体を動かしたくなったのだろう。


 それはいいのだけれど、いちおうあたしはキャリルが武術研に行く時は付き合うことにしている。


 学院内だしキャリルの腕前で何かに巻き込まれるとは今さら思えないけれど、それでも武術研という場所が場所だしヘンな部外者がいるかも知れない。


 というかヘンな部外者といえば、今日は多分ウィクトルあたりが顔を出している気がする。


 いや、さすがにもう入部を考えているだろうから、部外者呼ばわりは微妙に可哀そうか。


 彼は転入一日目だし、武術研究会には紹介してしまった。


 あのバトル脳ではほぼ間違いなく入部していると思うのだ。


「ホントにいくの?」


「ええ、たまにはいいではありませんか」


「ホントにホントにいくの?」


「どうしたんですウィン? なにか懸念でもありますの?」


「懸念というよりは確信に近いんだけど、ウィクトルがいるんじゃないかなって思ってね」


 あたしがそう応えると、キャリルは不敵な笑みを浮かべた。


「それはむしろ望むところですわ。ウィンの話では重度の戦闘狂(バトルマニア)ですよね? そういう方とは忖度の無い戦いをしてみたいですもの」


 あたしは思わず眉間を押さえた。


 その後の説得もむなしく、キャリルは武術研に行くことを曲げなかった。


 意気揚々と武術研の部室へ向かうキャリルの後ろから、あたしはトボトボと後を追った。


 部活棟の武術研の部室で着替えたあと、あたし達は部活用の屋内訓練場に向かった。


 あたしとキャリルが辿り着くと、そこでは目を爛々と輝かせたウィクトルが武術研のひとと試合をしていた。


 みんなも練習する手を止めて見学している。


 見学者の中にはカリオの姿があった。


 あたしとキャリルは近寄って声をかける。


「今日は来ていたんですのね」


「ああ、キャリルとウィンか。ご覧のとおり、転入生のウィクトルって奴が試合中だよ」


「そうですわね」


「ふむ、竜征流(ドラゴンビート)風牙流(ザンネデルヴェント)の対戦か。前回ウィクトルが部長と試合をした時は相手にならなかったけど、今回は試合になってるわね」


 ウィクトルと戦っているのは竜征流の使い手で、両手斧を得物にするジェマという名の女子の先輩だ。


 先輩は普段から熱心に鍛えているので、王国の一般兵よりは腕はあると思う。


 それを翻弄するようにウィクトルが動いていた。




「無難な腕だと思う。ウィクトルは冒険者ランクでいえば、ランクB以上はあるだろうな。それよりも俺、気になることとがあるんだよ」


「「気になること(ですの)?」」


「ああ、『挽肉の使徒』っていう二つ名持ちの冒険者の話なんだけどな――」


 カリオは出身地である共和国首都のルーモンで、風漸流ヴェントトルトゥオーソの道場に通っていたそうだ。


 すると同門の先輩から『挽肉の使徒』の噂を聞いた。


 同門の先輩は風漸流以外に、ニコラスの本家が伝える風牙流(ザンネデルヴェント)を学んでいた。


 そして風牙流の本部道場で流派の高弟たちを、コテンパンにブッ飛ばしたのがその冒険者だったらしい。


「――そしてその『挽肉の使途』が高弟相手に使ったのが、胴体を正面向き(スクエアスタンス)にする構えなんだ。風牙流では異端とまでは言われないけど、かなり少数派らしいぞ」


「確かに珍しいかも知れないわね。胴体は斜め向き(ブレイドスタンス)の構えにする方が攻防のバランスがいいもの」


 胴体を斜め向きにするのは、要するに日本の記憶でいうところの半身の構えみたいなものだ。


 これに対して正面向きにすると防御が取りづらくなる半面、格闘の間合いでの手の動きの自由度が上がるのだ。


 いわば攻撃優先の体術の構えの一種だけれど、ウィクトルの構えは正面向きが基本であるようだ。


「もしかしたらウィクトルは本人じゃ無くても、『挽肉の使途』の関係者なのかもな」


「「ふーん」」


 まあ、彼の兄であるユリオの二つ名について、ウィクトルから訊けば色々判明する気がする。


 ユリオも鬼ごっこの時の構えは正面向きだったし。


 でもウィクトルに迂闊に質問すると、「教えるので試合をしませんか」とか言われそうな予感がした。


 カリオとあたし達はそんな話をしながら、ウィクトルと先輩の試合を観戦していた。




 試合に関してはウィクトルの勝利で終わった。


 どちらかが壊れるまで試合をしようと言ってはばからないウィクトルだけれど、対戦相手の先輩が降参を叫ぶとすぐに手を止めて距離を取った。


 それでも構えは崩さず、審判役の部長が試合終了を告げるまで相手に注意を向けていたのが印象的だった。


 試合を終えたウィクトルは対戦相手の先輩と握手をし、部長やライナスなどから試合の講評を聞き始めた。


 あたし達も彼らのところに向かう。


「――ということで今回は、ジェマがウィクトルの間合いでの攻めに対処できなかったのが敗因だろう」


「そうね、それは自分でも分かるわよ。カーッ……蒼蛇流(セレストスネーク)への対処に慣れ過ぎて、ちょっとリズムが違う流派相手だとこのザマよね。参ったわ」


「しかしジェマさんは、ぼくに間合いに入らせないように上手く立ち回っていたじゃないですか」


 部長の言葉にジェマやウィクトルが応じている。


 ジェマとしては内容に納得していない様子だった。


「その辺りは武術研(うち)の練習でさんざんやっているからな――」


 彼らの話にライナスが補足を入れているけれど、部長が対戦した二人の現在の長所と短所を整理して講評が終わった。


「あ、こんにちはウィンさんにキャリルさん、今日はこれから部活ですか」


「「こんにちは (ですの)」」


「ウィクトルはいきなり試合を始めたのね。『壊れるまで試合をしよう』っていう割には、綺麗に試合を終わらせたじゃない」


「ああ、そうですね。ジェマさんとの試合は相手が降参されたので、その試合の中においては強弱が決まったじゃないですか」


「確かにそうですわね」


「たとえ一時的にでもその時点で降参した相手は“弱者”です。ぼくの一族の信仰では、弱者は適切に護られるべき対象です」


 残心を残すように相手に注意を向けつつ、降参した相手への気遣いを同様に向ける。


 それはある意味、とても分かりやすい考え方だと思う。


「まるで格闘神官(モンク)みたいなんだな?」


「ずい分信仰深いのね。でも、試合を断り切れなかった相手が、開始直後に『降参します』って言ったらどうするの?」


 あたしとか場合によっては、そうしてしまいそうではある。


「それは残念です。『戦いを侮辱されたら、同志を集めて粛清しろ』という家訓を守らなければならないでしょう」


「「イヤな家訓だな!」」


 あたしとカリオは反射的に叫んでいた。




「それでウィクトル、あなたとはウィンとパメラ先輩の模擬戦のときに少し話しただけですが、折角ですのでスパーリングをしませんか?」


 あたしとカリオの受けた衝撃をスルーし、キャリルが告げる。


 その優雅な口調はお茶会に誘うような雰囲気があったけれど、誘ったのはスパーリングだ。


 物騒極まりなかったりする。


「スパーリングですか?」


 ウィクトルはキャリルの申し出に首をかしげる。


「何がご不満でも?」


「いえ、鍛錬をするなら試合をした方が、ぼく達のためになるのではと思ったので。スパーリングなど、相手によってはダンスと変わらないと思うのです」


 なかなか辛らつな言葉だけれど、ウィクトルの気にしている部分は一応わかる。


 どうせ身体を動かすなら、試合のように真剣に行った方が身になるのではないか。


 それはもちろん一片の真実を含む。


 でもウィクトルの言葉に、キャリルは首を横に振る。


「何をズレたことを言っているのですか? 真の強者は戦いにおける生殺与奪を統べる者ですわ。常に全力全開が正道だと誰が決めたのです?」


 キャリルの言葉にウィクトルは衝撃を受けた表情を浮かべる。


 それに追い打ちを掛けるようにキャリルが告げる。


「鍛錬でも実戦でも加減が出来ないなど、わたくしはそれこそ怠慢による戦いへの冒涜と思いますの」


 確信を込めたキャリルの言葉に、ウィクトルは茫然とした表情で口を開け、数歩後ろに下がった後に膝から崩れ落ちる。


 そして四つん這いになった状態で呻くように言葉を絞り出した。


「なんという……、なんという基本的なことを……ッ。ぼくは思い込みをして自己満足していただけだったのか……?!」


 なにやら打ちひしがれている様子のウィクトルにキャリルが声をかける。


「それでどうするのです? 気が付いたあなたは、行動するべきですわ」


「……! 仰る通りです」


 そう応えてウィクトルは顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。


「なあウィン、こいつ大丈夫なの?」


「知らないわ」


 カリオに訊かれたけれど、あたしはウィクトルを上手く説明する言葉がとっさに思い浮かばなかった。



挿絵(By みてみん)

カリオ イメージ画 (aipictors使用)




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