08.とてつもないプレッシャー
ニナの精霊魔法の特別講義は前回の続きになった。
ディアーナは今回からの参加だけれど、彼女は風の精霊魔法が使えるので、別の属性である地の精霊魔法を習うことになった。
まずはみんなも行った魔力操作のトレーニングをニナが確認し、ディアーナは直ぐにオーケーを貰っていた。
どうやら風の精霊魔法を習得していることや、一心流と言ったか、実戦杖術での魔力操作を習得しているのが効いているようだ。
そこから直ぐにディアーナは精霊に関する説明――精神生命体説をニナから受け、みんなが今も練習している精霊の感知のトレーニングを開始した。
ディアーナが練習に入ったのを見届けると、ニナは他の生徒の様子を見に回った。
あたしはニナのデモンストレーションで使ったバラの鉢をマジックバッグに回収し、デボラの木像については本人に引き取らせた。
デボラとしては王宮の職場に持ち込んで、何かに使えないか考えるそうだ。
「何に使うんですか?」
「詳細は秘密だけれど、魔法を使った遠距離での連絡に関する研究で、使える余地があるかも知れないと思いついたんだ」
まさか魔法通信用の、喋る人形とか作るつもりじゃあないよね。
見てみたいような見たくないような。
「そうなんですか……。ところでデボラ先生、ぜんぜん特別講義とは関係無いんですけれど、ちょっと気になったことがあったんで、もし知っていたら教えてほしいんですが」
「何だい、改まって」
「魔法って、発動すると魔力を感じ取れるじゃないですか? この発動時の魔力をおさえて、魔法が発動したことを隠すことって可能なんですか?」
「…………」
あたしの突然の質問に、デボラはどう応えたらいいものかと考え始めた。
確かに唐突な質問だけれど、いちおう理由はある。
今日の帰りのホームルームで席替えのクジ引きが行われた。
この時にあたしは時魔法の【符号演算】で、クジの結果を誘導できないか考えてしまった。
実行はしなかったけれども。
なぜやらなかったかというと、ひとつはデボラにも訊いているけど時魔法の発動がバレると思ったからだ。
もうひとつ理由があって、クジを引くときにどうイメージすればいいかとっさに想像できなかったということがある。
「そうだな、ウィン君ならそれを知ったとしても悪用はしないだろうけれど、ちょっと教えられないかな」
「あ、そうなんですね。解決策はあるんですか?」
「それを含めて秘密なんだ。なぜかといえば軍事機密に関わるんだ」
そういうことか。
魔法の発動の隠ぺいができるなら、騎士団とか暗部とかが奇襲で魔法を使うときの力になるだろうな。
「もしもウィン君が宮廷魔法使いを志すという覚え書きでも一筆書いてくれるなら、さわりだけ教えるのは吝かではないけれどね」
そう言ってデボラは不敵に微笑んだ。
その笑顔を見てあたしは『悪魔との契約』という単語が思い浮かんだけれど、たぶん妙な予感とかは働かなかったと思う。
「それなら諦めますよ」
「そうかい? それは残念だね。だがまあ、独り言でヒントだけいえば、『環境魔力を上手く使うことだ』と言っておこうか」
「はぁ……。ありがとうございます。なにやらデボラ先生からも暗号を授かったような気がします」
「はは、魔族の精霊魔法の達人たちに並べられるなら光栄だがね」
あたしの言葉にデボラは機嫌良さそうに微笑んだ。
今回の精霊魔法の特別講義も無事に終了した。
ディアーナに関しては、本人は手ごたえを感じているような表情を浮かべている。
ほかの参加者たちも自信を深めている様子なので、トレーニングは上手くいっているようだ。
ニナはみんなを集め、今回の特別講義の終了を告げ、そのまま休憩に入ることと刈葦流の指導を行うと伝えた。
直後にディアーナがニナに質問していたが、どうやら彼女も刈葦流の鍛錬に参加することにした様だ。
休憩時間の間にあたしは参加者が使ったランタンと、水が入ったバケツをマジックバッグで回収する。
今回もアルラ姉さんとロレッタ様と付き添いのキャリルが来ているな。
休憩が終わると直ぐ練習が始まって、参加者たちは基本的な鍛錬から行っていった。
「たしかにディアーナの動きはキレイですわね」
一緒に練習を見学しているキャリルがそんなことを言った。
キャリルには以前ディアーナのことを話したことがあるし、彼女が一心流を使いこなすことは知っている。
「そうね。重心移動とかがやっぱり実戦経験者って感じがするもの」
「わたくしも負けてはいられませんわ」
「キャリルとは強さの方向性が違うと思うわよ」
あたしはディアーナの動きを見て、何となく実戦杖術である一心流の本質は生き残り技術であるような気がした。
キャリルが修めている雷霆流は、戦場で敵を征するための技術だと思う。
「方向性の差はあっても個性みたいなものと思いますの。『敵を征する』という部分ではかなり似ていますわ」
「まあ、キャリルのセンスは鋭いから、そうなのかも知れないわね」
キャリルとあたしがそんな話をしている間に、参加者たちは約束組手による鍛錬を始めていた。
その後、刈葦流の鍛錬が終わり解散となった。
あたしとキャリルはディアーナを含め、ニナとカレンと姉さん達とで部活棟まで行った。
みんなはそれぞれの部室に行くようだけれど、ディアーナは料理研に向かうとのことだった。
あたしとキャリルはみんなに「用があるから」と告げて、ディナ先生のところに向かった。
昼休みに『敢然たる詩』の打合せで、毒腺の加工についてレノックス様に確認された。
そのときは放課後に確認しておくと応えたけれど、キャリルと話してディナ先生に相談してからパーシー先生を訪ねることにした。
まえに狩猟部の部活の帰りに、ディナ先生に毒腺の件は相談したことがあった。
その時にすでにディナ先生も関係者なので、勝手に話を進めたらがっかりさせるような気がしたのだ。
勝手に話を進めても、たぶん、おそらく、まず間違いなく怒られるようなことは無いと信じたいところですが、慎重に行動することにしたのですよ。
初等部の職員室に向かうとディナ先生が居た。
あたしとキャリルは職員室に入り込み、先生に声をかける。
「ディナ先生、今ちょっといいですか?」
「あ、はい。――ウィンさんとキャリルさんですか。どうしました?」
「じつは以前相談した毒腺の加工に関する件がどうなっているかを、年末年始の忙しさで忘れていたんです」
あたしの言葉にディナ先生が納得した表情を浮かべた。
「そう言えばその話はそのままでしたね」
「ええ。いまどんな感じかをパーシー先生に確認して、今後どうするかを訊こうかと思ったんですが、先生もパーシー先生に訊きたいですよね?」
あたしがそこまで話すとディナ先生は固まり、すぐに小さくコホンと咳をして告げる。
「ええとウィンさん、あまり妙な気遣いを大人に見せるものではありませんよ?」
そう告げるディナ先生は頬を赤らめている気がする。
気遣いか。
毒腺の知識は、弓矢の使い手であるディナ先生には必要なものだと思う。
それでも先生は自分の仕事があるのだし、ヘタに気をまわして相談するのも手間を増やすばかりだっただろうか。
「それは失礼しましたディナ先生。あたしとしては先生の助けになるかと思ったのですが、却って余計な気遣いだったかも知れませんね」
「助け……、いえ、ええと、そこまで配慮をしてもらう必要は……。失敗するとワタシの場合はもうチャンスが無いという意味では大変なのかも知れませんが」
確かに毒腺の加工は命にかかわるという話だ。
もしあたし達が担任のディナ先生の知らないところで作業に失敗したら、先生の責任問題などになるかも知れない。
それはあたしとしても望んだりはしない。
「確かにもしものことがあったら、あたしとしても、とても残念に思います」
「ぐっ……、そ、それは……、そうですか。残念、ですか。ワタシも同僚などからはまだしも、生徒からも『残念なディナ先生』などと呼ばれたら、立ち直れないかも知れません」
そう言って先生は肩を落とす。
「いえ、でも、あたし達は先生がいつも、あたし達に真剣に接してくれていることは分かっています。もしものことがあって失敗しても、そのことで先生を責めたりはしませんよ」
「うぐっ……、生徒に責められる先生ですか。それはワタシにはとてつもないプレッシャーです。確かに失敗できないですね」
「ええ、毒腺の毒は命が掛かっていますから」
あたしの言葉にディナ先生はふと我に返る。
「毒……。毒、ですね……」
「ええ、先生の場合は狩猟部ですし、加工に失敗してあたし達や生徒がダメージを負ったら、責任問題になるのはそうかも知れませんけど」
「でも【解毒】を使える人がいれば、毒で被害が出ることは避けられると思いますわ」
「うん、あたしもそう思う」
ディナ先生の責任感が強いのは分かるけれど、そこまで背負い込む必要は無いと思う。
そう思って先生の様子をうかがうと、何やら固まって顔を赤くしている。
「先生? なにか余計な気遣いをしてしまったでしょうか?」
「…………、いえ、まったく、問題ありません。ノープロブレムです」
「少なくとも先生の失職に繋がるような、チャンスうんぬんを気にする事態にはならないと思いますわ」
「そうですよ、ディナ先生」
「はいっ、その通りですね。全くその通りです。先生の気にしすぎでしたね?」
ディナ先生はそう言ってぎこちない笑みを浮かべたあと、パーシー先生と連絡を取ってくれた。
その結果、毒腺の加工の説明は三日後の風曜日に行われることに決まった。
あたし達はそこまで話をした後に職員室を退散した。
その時のディナ先生の張り付いたような笑顔は、微妙に不自然な感じがした。
デボラ イメージ画 (aipictors使用)
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