06.それを忘れていたと言う
ディナ先生がディアーナを連れて教室に現れたことで、クラスの男子は色めき立つ。
「まさか転入生が可愛い女子だと?」
「優しそうな子だな」
「うちのクラスの女子、微妙にこわいんだよな」
「あ、俺もそれは同感だぞ。転入生は優しい子だといいなあ」
「お前の場合は怒らせなければいいだけなんだぜ。俺様なんか因縁を付けられるんだぜ」
「まあまあ二人とも……。でも、この時期に転入するなんて、何か事情があるんだろうね」
「ボクはそういう詮索は良く無いと思うし、彼女なら直ぐに馴染むんじゃないかな」
「まさかもう知り合いなのか?! クソッ、イケメンめッ! 始まる前から終わるのか……」
なにやら妙なやり取りをしている連中がいるけれど、女子たちは男子たちを「アホね」「アホだわ」などと評して呆れた視線を送っていた。
だが直ぐにディナ先生がみんなに告げる。
「はい、それでは朝のホームルームを始めます。――あら、あなたはもしかしてウィクトルさんかしら?」
「はい、今日からお世話になるウィクトル・フェルランテと申します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。ワタシはAクラスの担任のディナ・プロクターです。ええと、あなたはDクラスですね。担任のノーマ先生が探していましたよ。そのまま教室の方に直ぐに向かってください――」
ウィクトルはディナ先生の言葉に慌てた表情を浮かべ、直ぐに向かう旨を伝えたあとあたしに向き直る。
「それではウィンさん、今度こそどちらかが壊れるまで試合をしましょう! では!」
「そんなのはしないわよー! おーい! ……やっぱり聞いて無いし、人の話」
あたしとしては週明けのホームルームが始まる前からくたびれてしまった。
それよりウィクトルはDクラスということは、アンと同じクラスか。
アンがウィクトルに絡まれることは無いと思うから、気にしなくてもいいと思うけれども。
朝のホームルームではまずディアーナの紹介から始まった。
「皆さんおはようございます」
『おはようございます』
「先ず最初に、先日の転入試験で合格しAクラスに転入生が一人加わることになりました。彼女はディアーナといいます。ディアーナさん、皆さんに自己紹介をお願いします」
「はい。――皆さんおはようございます。わたしはディアーナ・リュシー・メイと申します。今回いろいろな巡り会わせがあり、学院で勉強させて頂くことになりました。学院では“魔法を市井の民のために活かす”ということを考えていくつもりです」
そう告げてからディアーナが間をとると、あたし達は彼女に拍手を送った。
だが彼女は直ぐにまた口を開く。
「それから蛇足ですが、いずれ分かることですので先に申し上げます。わたしはエルヴィス・メイの妹です」
『おお~?!』
「兄から聞いているのですが、学院の中には兄妹と知って、わたしに兄への様々な紹介を求める生徒が出るかも知れないとのこと。そういった場合は躊躇なく先生たちや、風紀委員会の先輩たちに相談するよう言い付けられています。――ですので最初にそのように申し上げておきます。どうかよろしくお願いします」
そう告げてからディアーナは可憐な笑顔を浮かべて礼をした。
彼女の言葉を聞いてレノックス様やコウやマクスが吹き出し、そのあとみんなは我に返ったように拍手をしていた。
まあ、最初に言っておいた方がいいよね、うん。
「はい。それでは皆さん、ディアーナさんと仲良くしてくださいね――」
その後はディナ先生が仕切り、ディアーナのとりあえずの席を決めて座らせた。
そしてクラスのみんなで話し合い、彼女の実習班への割りあてはプリシラとホリーが居る班に決まった。
先生からはさらに新学期になったということで、帰りのホームルームで席替えと新しいクラス委員長の選出を行う連絡をしてから授業の連絡を行った。
午前中の授業を受けてお昼になった。
ディアーナがなにやらクラスのみんなの視線を集めていたけれど、プリシラとホリーが彼女たちの実習班のメンバーと共に昼食に行くようだ。
それを見ていたあたしは、イヤな予感まで行かないけれど面倒ごとの予感がした。
初日だし仕方がないけれど、ディアーナへの注目度が高すぎるような気がしたのだ。
注目度を下げるには隠れてしまえばいい訳だけれど、手っ取り早くは気配を押さえればいい。
幸いディアーナは、ダンジョンに挑める程度に気配の扱いに習熟している。
あたしは彼女に同行するホリーに耳打ちすることにした。
「ねえ、イヤな予感がするから、彼女に気配を押さえるように助言して?」
そう言ってディアーナに視線を向ける。
ホリーは不思議そうな目であたしを見る。
「気配を?」
「ええ。あたしからの助言と言ってくれればいいわ。彼女は気配の付け替えまで出来るから」
「あー、それは凄いわねー。とにかく分かったわ。確かにその方が面倒事は減るかも知れないわね」
ホリーはそう応えて頷いた。
そうしてあたしはディアーナを含むプリシラたちの実習班を見送った。
「なあなあウィンちゃん、何を話しとったん?」
「ええと、移動しながら話すわ。あたし達も食堂に行きましょう」
「そうやね」
サラにそう応えて、あたしも自分の実習班のみんなと食堂に向かってお昼を食べた。
昼食はいつものように実習班のみんなと食べたけれど、食堂で妙な騒ぎなどは起きなかった。
いちおうディアーナの気配を探してみたけれど、プリシラやホリー達と穏やかにお昼を食べているようだった。
ちなみに食堂までの移動でサラにさっきの話をしたら、「ディアーナちゃんてもしかして武術の達人なん?」とか訊かれてしまった。
たぶんカリオと同格以上だよと応えたら、サラは微妙そうな顔をしていたけれども。
あたしは何か例えを間違えたんだろうか。
昼食を食べ終えたあと、あたしとキャリルはみんなと別れて実習棟の魔法の実習室に向かった。
『敢然たる詩』の打合せをするためだ。
先週は魔力暴走研究の指名依頼に参加したから、今週はそっちはお休みで王都南ダンジョンに行くことになるだろう。
久しぶりのダンジョン行きだけれど、特に問題になるようなことも無いと思う。
油断するつもりはもちろん無いけれども。
実習室にはあたしとキャリルが先に着いたけれど、直ぐに他のメンバーも集まった。
あたしが【風操作】で周囲を防音にしたところで、打合せが始まった。
「それで今週の予定だが、王都南ダンジョン行きで問題無いだろうか?」
「問題無いんじゃないか? ……ええと、都合が悪い奴は手を挙げて」
レノックス様の言葉にカリオが挙手での確認を促したけれど、一瞬でダンジョン行きが決定した。
「ほらな」
「そうだね。久しぶりのダンジョン行きで、少し気合が入るよ」
「わたくしも楽しみですわ」
キャリルはブルースお爺ちゃん達との模擬戦を経て動きの質を変えたいとか言っていたから、ダンジョンで実戦を経験できるのは望むところなんだろう。
「あたしもまたフルーツを買いに行きたいわ」
「結局食い気なのなウィンは」
「問題ある?」
「いや、無いぞ。俺も割りと、密林エリア内の農場のフルーツは気に入ってるからな」
そう言ってカリオが笑った。
「今週のダンジョン行きは決まったが、オレとしては確認しておきたいことがある。ウィン、毒腺の加工の件は結局いまどうなっているだろうか」
あ、やべっ、完全に意識から除外されていた。
それを忘れていたと言うような気もするけれど、まずは正直に応えるか。
「ごめんレノ。毒腺の件は年末年始を挟んで、完全に意識から漏れていたわ。今日の放課後、ニナの特別講義が済んだ後にでも先生に確認するわね」
「分かった。いちおうオレから補足すると、オレの家の方からは許可は出ているはずだ。ただ、実際にオレが手を動かしてもいいかは微妙かも知れん」
「あ、そうなのね。分かったわ」
レノックス様がそう言う以上、王宮からはゴーサインが出ているようだな。
確か魔獣への理解を深めるという意味で、パーシー先生からは推奨されているのだった気がする。
「ウィンが段取りを忘れるなんて珍しいこともあるんだな」
「仕方ないでしょ。この年末年始は色々と追い立てられて過ごしてたのよ」
あたしの言葉にレノックス様が微笑む。
「だがそんな中でも、ピザパーティーに誘ってくれたのは感謝している。ありがとうウィン」
「気にしないでレノ。結局みんなには手伝ってもらったしね」
「焼き立てのピザは絶品だったねぇ」
「俺もまた食いたくなってきたよ」
「わたくし達だけでも、そのうちまた行いますか?」
「あたしはいつでも大丈夫よ」
みんなもさっき食堂で昼食を食べたばかりだったけれど、あたし達は普通に焼き立てのピザの話をして盛り上がってしまった。
ディアーナ イメージ画 (aipictors使用)
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