05.熱い情熱を全身で
昼食の時間帯も少し過ぎたころ、ルーチョの姿は商業地区にあった。
広い路地から人混みを割けるように歩き、仲間が待つ宿に辿り着く。
個室で宿泊していたが旅装のまま自室には戻らず、隣室の扉を叩くと若い男が顔を出した。
外見的には若い男なのだが、顔から生えた長耳と濃く日に焼けた皮膚の色が彼を魔族だと示している。
「申し訳ありませんゼヴェロ、お昼は済ませましたか?」
「いや、ルーチョを待っていた」
「私のことなら気にせずに、やっぱりそこはセラフィーナと昼食に行けば良かったのです」
ルーチョがセラフィーナという名を出すと、ゼヴェロは眉間にしわを寄せて困ったような表情を浮かべた。
「お前が逆の立場ならどうした?」
「それはやっぱり……、その時にならないと分かりませんね」
そう言ってルーチョはあざとい笑みを浮かべた。
彼の様子に細く息を吐き、手にしていた帽子を深くかぶってゼヴェロは廊下に出てカギをかける。
そのまま彼らはさらに隣の部屋に向かい、ルーチョが扉をノックした。
するとすぐに健康的に日に焼けた長髪の美女が顔を出した。
その長い耳から、彼女もまた魔族であると分かる。
「おかえりなさいルーチョ。渡り鳥とまでは言わないけれど、それなりに時間が掛かったようじゃない、らしくないわ。わたし達に春を待つ気分を思い出させながら、一人で春を探していたわけでは無いでしょうに」
「お待たせしましたセラフィーナ。昼食ならやっぱり、先にゼヴェロと食べていれば良かったと思います」
そう言ってルーチョは肩をすくめる。
セラフィーナは目を細めて告げる。
「最初に言ったじゃない、わたし達はできるだけ一緒に食事をしましょうと。冬眠を控えた獣ではないのだから、努めて食欲に正直である必要は感じないわよ」
「もちろん覚えていますよセラフィーナ。いずれにせよ、待たせて済みませんでした。昼食に参りましょう」
「ええそうね。少し待ちなさいね二人とも」
セラフィーナがそう言って身支度のために部屋に引っ込もうとするが、そこにゼヴェロが声をかける。
「済まん、ちょっといいか? “中にいる秘された神”が、『この街で食事をしてみたい』と言っている」
その言葉を耳にして、セラフィーナは固まってしまった。
だが直ぐに気を取り直してゼヴェロに問う。
「ええと……、わたしやルーチョも経験しているから、冬の寒さの中で火の温かさを求めるように否は無いわ。“今まで通り”ならあなたも同時に食事を味わっているのよね?」
「やっぱりゼヴェロは、私たちと食卓を囲むのが苦手なのでは無いですか?」
セラフィーナとルーチョの言葉に、ゼヴェロは眉間にしわを寄せて告げる。
「流石の俺も出来ればメシくらいは普通に食べたいんだがな。しかし“秘された神”には忠誠を誓っている。他の言葉は無かろうさ」
そう言って彼が肩をすくめた直後に、同じ口で告げる。
「ちゅうワケや。せやから鬱陶しい思うかも知れんけど、堪忍やで。チョットだけ王都の味を五感の舌で味わうだけなんや」
「承知致しました」
「御心のままに」
突如口調を変えたゼヴェロに対し、セラフィーナとルーチョは恭しく頭を下げた。
それに対しゼヴェロは嬉しそうな表情を浮かべる。
「ほな、はよ行こか。済まんな嬢ちゃん、支度してんか? ワイは先に表に出とるで」
ゼヴェロはひらひらと手を振って、階段の方に歩いて行った。
ルーチョはそれを慌てて追いかけ、セラフィーナは身支度を急いだ。
店の奥での話が長めになってしまった。
あたしがデイブと店の方に戻ると、キャリル達はすでに姿が無かった。
「お嬢、キャリル達なら別の店に行ったよ。エリーが防具を仕立てたいらしいんだが、素材は冒険者をしてるっていう親の伝手で手に入るらしいんだよ」
「あ、そうなのね」
「まえにお嬢がワイバーン革を持ち込んだ店を教えておいたから、今ごろそっちに行ってるはずだよ」
「分かったわ。ありがとうブリタニー。――あとデイブ、なにか分かったら連絡するわ」
「まあ、気が付いたらでいい」
あたしは二人に手を振ってデイブの店を後にした。
革防具の工房に向かうと、三人には直ぐ合流できた。
「ごめんお待たせ」
「あらウィン、もう大丈夫ですの?」
「うん、話は済んだわ。――それで、エリー先輩が防具を作るって話みたいだけど、どんな感じ?」
あたしが着いた段階では、店の人とエリーとカールが熱心に何やら相談を行っているようだった。
キャリルはそれを眺めている感じだったようで。
「王都南ダンジョンで、マッドリザードという魔獣の皮が取れるそうです。これを革にして使えば、長く使える防具が作れるそうですわ」
「へえ。でもマッドリザードって確か三十一階層から始まる荒野と礫漠のエリアで出てくるんじゃなかったかしら?」
冒険者の適性ランクでいえばBからAにかけてが推奨されるエリアだったはずだ。
そもそも荒野とか、魔獣の方はともかく人間は土魔法を上手く使って隠れないと、休憩も出来ないんだよなたしか。
「どうやらご両親が狩った話を聞いたことがあるそうなのです」
「それでこの工房に注文するときの見積もりを出してもらってる感じかしら」
「そうですわね。カール先輩も後学のためにと熱心に話をしておりますわね」
カールも冒険者志望だったはずだし、参考にしたいんだろうなと思う。
あたしとキャリルはエリーたちの様子を伺いつつ、工房で過ごした。
その後は四人でエリーのおすすめの喫茶店でお茶とスイーツを味わい、それに満足してから学院に戻った。
学院に戻るときは身体強化して移動したけど、カールもエリーと同じくらいには気配の遮断は出来ていたと思う。
カールの場合は竜征流以外に狩猟部で白梟流しているから、そこで気配に関する技術を習得したんだろう。
学院に戻ってからは寮に戻り、夕食は姉さん達と食べて日課のトレーニングを行い、読書をしてから寝た。
そして翌日、週が明けて一月の第三週になった。
今日からディアーナが転入してくるはずだけれど、うちのクラスに来るのだろうか。
どうせなら同じクラスになればいいな。
そんなことを考えつつ、いつものように教室に向かった。
みんなとおはようを言い合いながら席に座り、ディナ先生を待つ。
すると廊下の方から視線を感じたので反射的に顔を向けてしまった。
そこには教室の入り口に立つウィクトルの姿があった。
彼は制服を着て何やらニコニコと嬉しそうな表情を浮かべている。
だがその笑顔は、あたしをロックオンしたという意味だと直ぐに気が付いた。
ウィクトルはみんなの視線を気にすることも無く教室に入り、あたしのところに迫って来る。
思わず本気で戦略的撤退を選択して、気配を消して逃亡するかを考え始めていた。
でもあたしのところにウィクトルが辿り着く前にコウが間に入り、パトリックとマクスがウィクトルを囲んだ。
これはこれでどういう状況なんだよ。
思わずそう考えていたら、コウが口を開いた。
「おはよう、ボクはコウ・クズリュウという。キミは見たことが無い顔だけれど学院の制服を着ているし、転入生だろうか?」
「おはようございますコウさん。ぼくはウィクトル・フェルランテと申します。先だっての転入試験で学院に入ることになりました。よろしくお願いいたします」
コウとパトリックに関してはウィクトルが挨拶をした事で表情を緩めた。
マクスに関しては相変わらず、胡散臭いものを見るような視線をウィクトルに向けているわけだが。
「それでウィクトル、キミはウィンに向かっていく様子だったけれど、何か彼女に用件でもあったのかい?」
コウがそう問うとクラスの女子の一部が色めき立ち、その中の数名はあたしをジロジロと観察し始めた。
「その通りです。ウィンさんには以前も申し込みましたが、入学を果たした今こそ、ぼくの熱い情熱を全身で受け止めて欲しいのです!」
そう言ってウィクトルは爽やかに微笑んで見せた。
クラスの女子たちは一斉に息をのみ、男子たちは勇者を見たとでも言うような視線をウィクトルに向けた。
あ、でもコウとレノックス様とカリオとパトリック、それからマクスは『何を言ってるんだこいつは』という視線を隠さずに向け始めているか。
「コウ、その人は重度の戦闘狂よ。ナンパする雰囲気を出しながら『どちらかが壊れるまで試合をしよう』とか言い寄ってくる変態よ」
「え? ……壊れるまで?」
「ちょっとアレな人だから気を付けなさい」
ため息と共にあたしがそう告げると、クラスのみんなは一斉に残念なものを見るような視線をウィクトルに向けていた。
そんな状況の中、教室の前側の入り口にはディナ先生が現れた。
先生の傍らには、真新しい制服を纏ったディアーナの姿があった。
パトリック イメージ画 (aipictors使用)
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