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04.存在感を増したいのです


 デイブは今日の午前に冒険者ギルドで、支部長のオーロンという人と副支部長のレイチェルから、月輪旅団への依頼の話を二つ聞いたそうだ。


 両方とも王宮からの護衛の依頼で、ひとつは王都地下の古代遺跡調査に関連するもの。


 もうひとつは『聖地案内人』に参加する生徒の護衛。


 後者については月輪旅団は護衛の相談役(オブザーバー)で参加して、王国の暗部の情報分析に食いこむつもりらしい。


 情報分析への参加はオーロンが調整した話で、王都の拡張計画に関連しておカネの動きで気になるものがあるそうだ。


「話を聞く限り、暗部の情報分析に参加する話って、地味な仕事になりそうね」


「そうなんだよな。ただまあ、お嬢は色々目端が効くし、ここまでの話で何か気が付かねえかなって思ってな」


「それは過大評価よデイブ。だいたい『おカネの動きで怪しいって思った』ってだけじゃあ、情報としてどうなのよ?」


 あたしの苦言にデイブは珍しく困った顔を浮かべる。


 何か事情があるんだろうか。


「いや、それはそうなんだけどよ。オーロンが言ってる時点で無視も出来ねえのよ。あのオッサンが『カネの動き』といった時点で、商業ギルドや王国や周辺国の高位貴族、ヘタすりゃ王家のどこかまで関わるかもしれねえ」


 冒険者ギルドの支部長だと、色んな人脈があるんだろうな。


 当人がナイショにしてるなら、独自に調べるだけでも大仕事になりそうな気がするぞ。


「そこまで大ごとな話なら、前兆ぐらいは把握できるんじゃないの?」


「確かにな。だが前兆が出てきた時点で手遅れになるときもあるし、早めに手は打った方がいいワケよ」


 そう言われても、デイブたちが集まって“おカネ”って以外には問題を絞り切れないようなネタって、何なんだろう。


「街の拡張に関わる個別の商品の流れを、地道に追うしかないんじゃないかしら」


「ひとつはそれだよな。そのためにギルドや豪商の動きを追うことか」


 とは言っても後手に回る可能性はある。


 もっとラクは出来ないだろうか。


 何か当たりを付けられたら、先手を打てるかもしれないのに。


 そこまで考えてあたしは思いつくことがあった。


「ねえデイブ、支部長さんが怪しいって思ったのは何か理由があるのは分かったわ。でも、確証なくそう結論したのは、過去に似た何かを見たか聞いているからじゃないかしら?」


「過去の事例か、無難な線だな」


「王都でこれから行われる拡張がどの位の規模になるかは分からないわ。でも似たような都市の開発は過去にあったのかしら? その時に問題は起きたの?」


 あたしの問いに、デイブの目が鋭さを増した。


「直ぐには思いつかねえし古い話になるだろう。即答は出来ねえが、独自に調べてみる価値はあるな」


「いいと思うわ。あたしも知り合いに訊いてみる」


「ああ。なにか分かったら教えてくれ」


 あたしはデイブに頷いた。




 王都ディンルークには貧民街がある。


 善政が敷かれる王都でそのような地区がある原因は様々だ。


 だがその根本には「王国の資金の不足」、「重犯罪者を身内を持つ者の受け皿」、「裏社会の勢力の受け皿」の三つがあると言われる。


 これらの原因に加え、代々の宰相や王宮の要職にある者たちが「王都の必要悪」と位置づけ、一定の範囲以上は介入をしてこなかったことがある。


 これには多分に、反社会的勢力の拡大による王都全体の治安悪化などを防ぐ戦略の影響がある。


 その王国の暗黙の方針のほかに、一般的な王都住民の立場は二つほど上げられる。


 大半の無関係を貫く者と、宗教的な使命感から貧民を助けようとする少数の者だ。


 そしていま貧民街の街並みを確かめるように歩く男は、そのどちらにも属さなかった。


 濃く日に焼けた男は異国風の旅装を纏っていた。


 地味な色の外套を着て、頭にはターバンのようなものを巻いている。


 貧民街の街並みはうらぶれていて埃っぽいが、道沿いに立ち並ぶのは古い石造りの建物が多い。


 歴史的には歓楽街があった時期もあるが、王都の変遷の中で取り残されて今に至っている。


 貧民街の住人は様々だが、強いて分ければ様々な理由で自活する手段が無い者か、世を倦んだ都市の中の隠者の二種となる。


 そういった住人たちを横目に、やがて男は足を止め細い路地に入り目的の建物の中に入る。


 建物は外見は何かの商店だったような造りで、表玄関から中に入れば古びた木のテーブルがあるだけの小さな部屋となっていた。


 木のテーブルの上には、片手で握れる大きさの木製のハンマーが無造作に置かれている。


 男はそのハンマーを使い、符丁とされている拍子でテーブルを叩いた。


 そのまま待つことしばし、やがて小さな部屋の奥にあった木戸が開き、別の男が現れた。


「誰に聞いた?」


 冒険者にも見える荒事に慣れた体つきの男が旅装の男に問うと、仲介した者の名を告げた。


 それを確認すると二人は木戸をくぐり、何も置かれていない薄暗い部屋から階段を上がって建物の二階に移動した。


 旅装の男は小さな部屋に案内されると、そこで待つように告げられ椅子に座る。


 程なく部屋の戸が開き、彼を案内した男の他に二名の男が現れた。




「こんな年寄りのところに、何の用だ?」


 一番年配に見える男が口を開いた。


 それに旅装の男が応じる。


「あなたがダーノックさんでしょうか? 初めまして、私はルーチョ・ヴィットーリオ・サングイーニと申します。お会いできて光栄です」


 ダーノックはルーチョの言葉を鼻で笑う。


「ハッ、こんな貧民街の路地裏で光栄もなにもありゃせんよ」


「ですが、ダーノックさんはこの街の長老に当たる方と伺っています。やっぱりご挨拶は重要ですので」


 ルーチョの言葉に否定も肯定もせず、ダーノックは問う。


「その旅装に魔力の気配。お主は魔族だな? 用件は何だ?」


 決して表情や態度を崩すことも無く、ダーノックは問う。


 それに動じることも無く、ルーチョは笑顔を浮かべる。


「やっぱり警戒されますよね? 一見(いちげん)さんお断りでしょうか? ここでお互いの緊張を解くようなお話をゆっくりと申し上げることもできますが、やっぱり直截(ちょくさい)的な説明の方が皆さんには好みのようです」


「…………」


「正直に申し上げますと、私たちは王都で存在感を増したいのですよ」


「『私たち』か、具体的には?」


 ルーチョが話した通り、直球で自身の目的を語ったことがダーノックの印象を良くしたようだ。


 もっともダーノックとしては、ルーチョの言葉がどこまで真実かはこれから聞く話で判断するしかないわけだが。


「ええ、ええ、皆さんは把握して居られるでしょうが、ディンルークが聖地と呼ばれるようになり、巡礼客の増加が見込まれます。これに伴い、やっぱり商売の機会は増すでしょう」


「商業ギルドにでも行くがいい」


「いえいえいえ、まだお話は途中です。ですが目的をいえば、いずれ商売のための人材不足になるはずです。その辺りのことはやっぱり商業ギルドが押さえています」


「……ふむ、商業ギルドが押さえていない人材を扱うか」


「やっぱり気が付かれますか。具体的には、巡礼目的で来た人材を商会に引き合わせる手立てを考えています」


 そう告げてルーチョは口角を上げる。


 その作られた笑みは年季によるものか別の理由があるのか、妙な迫力があった。


 ダーノックはそれを前に平静を装う。


「商業ギルドのまね事かね? 敵を作ると思うがね」


「やっぱりそう思われますよね? でも私としてもそれなりに長く生きておりますし、今さら怖いものも無いんですよ。もし問題となるにせよ、外から賛同する方に手伝って頂いてもいいですし」


 ルーチョのここまで述べた話について、ダーノックは考えを及ばせる。


「あくまでも仲介をするか。それを儂らの所に持ってきたのはどういう判断だ?」


「そこはやっぱり手が欲しいことと、王都の情報が欲しいということがあるんです」


 ルーチョの言葉でダーノックは息を吐き、この街の住人について想いを巡らせる。


「儂は細かい話には関わらんよ。だが、この街に居ついた者が割を食わない分には、話が分かる奴に紹介しても構わん」


「ええ、ええ、やっぱりそこは気を付けて振舞います。商いに関わる話は、信義が大切ですし」


「信義が大切なのは商売に限った話では無かろうよ。――ルーチョと言ったか、ワシらは王都に存在しない民だ。それゆえ握手には握手を、死には死を返す」


 そう述べるダーノックの表情はルーチョを脅すようなものでは無く、どちらかといえば忠告めいた色を含んでいた。


 そしてルーチョはその言葉に笑顔を浮かべた。


「やっぱり対等な関係は大切ですよね。私も好きなんです、それ」


 そう告げてルーチョはダーノックに握手を求めた。


「物好きな魔族だな」


 ダーノックはニコリともせずに握手に応じた。


 そしてルーチョに何人か住人の名と訪ね方を教えてから話を終え、ダーノックたちは彼を見送った。


「どう見ますか?」


 最初に口を開いたのはナレスという元冒険者の男だ。


 公国で依頼に失敗して違約金を払えず、それを完済できずに逃亡した。


 王都に流れ着いてダーノックに拾われた人間だ。


「商売のタネ自体は本気だろう。あ奴がその気になれば、息をするように儂らを屠っておったはずだ」


「紹介先を訊き出して、それでも生かしておくと?」


 そう問うのはルーチョに最初に応対した、元冒険者のブランデックだ。


 フサルーナ王国で活動していたが、仲間の裏切りで心を病み故郷を捨てた。


 彼もまたダーノックに拾われた人間だ。


「少なくとも今は儂らの敵では無いだろう。ただ、あ奴は魔族の中でも厄介な手合いかも知れん」


「厄介、ですか?」


 ナレスの問いにダーノックはゆっくりと頷く。


「こればかりは勘働きだが、ルーチョと言う奴は王国で魔神信仰が避けられていたころから、熱心に魔神を信じていた者かも知れん」


「どの辺りで分かるんですか?」


「所作や、魔力の流れだな」


 そう告げてダーノックは首を横に振った。



挿絵(By みてみん)

ウィン イメージ画 (aipictors使用)




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