02.課題になりそうな話を
商業地区の散策は一区切りがついた。
幸いエルヴィスの追っかけの女子たちのグループは、特にトラブルに見舞われることも無く散策をすることが出来た。
現在は昼には少し早い時間で、商業地区にある公園で風紀委員会のみんなが集まっている。
エルヴィスの追っかけの女子たちはいちど分かれて、後ほどエルヴィスと彼女たちとで昼食を一緒に取る約束をしていた。
そのあと女子たちはあたし達に手を振って、全員で仲良く何やら話しながら去って行った。
たぶん散策を通して仲が良くなったのだろうと思う。
あたしへの視線も和らいでくれたので、内心少しホッとする。
「まずは、現時点までに気が付いたことを共有しておこう。誰か、気になったことはあるだろうか」
公園のベンチに風紀委員会のあたし達女子を座らせ、カールとエルヴィスとジェイクがその前に立ったまま話し込んでいる。
念のためニッキーが、先ほど無詠唱の風魔法で周囲を防音にしていた。
「それじゃあまずアタシからにゃ。商業地区の案内を行うにゃ。その時の基礎知識はどうやって揃えるか気になるにゃー」
「基礎知識を揃える? どういう知識かしら?」
ニッキーに問われてエリーが頷く。
「にゃ。巡礼客で困った人たちは、買い物とか宿泊をすると思うにゃ。その店を案内するにゃ。でも特定の店に偏ったら、案内されなかった店はかわいそうにゃー」
「ああ、それは同感だな。僕も王都が地元だが、特定の店に案内が偏るのは問題だと思う」
エリーとカールのやり取りにエルヴィスが頷き、ポケットから手帳を取り出す。
「いまは課題の洗い出しまでにしておかないかい? 解決策はボクらが考える必要は無いとおもうんだ」
エルヴィスの言葉にジェイクが頷く。
「そうだね。場合によっては学院だけじゃなく、商業ギルドや王国の対応が必要になるかも知れないし」
エルヴィスの指摘はあたしも同感だったりする。
気になったことをリー先生に報告しておけば、学院の方で検討してくれるんじゃないだろうか。
「うん。だから、みんなの話はボクが書記として記録しておくよ」
「分かった、頼む」
カールもそう応えて同意した。
「じゃあ、『商店を案内するときの偏りの少ない情報提供』だね」
エルヴィスの言葉にみんなは頷く。
そしてアイリスが口を開いた。
「それじゃあ次の話ね。巡礼客は聖地だけじゃなくて、王都見物も兼ねて来るんじゃないかって思ったのよ」
「そういう方たちは多そうですわね。王都の歴史的な建造物などは見学したいという声は出てくるかも知れませんわ」
アイリスの言葉にキャリルが頷くけど、歴史的な建造物か。
各貴族家は内部を見学させるわけには行かないし、現実的なのは国教会の建物とか、あとはいまあたし達がいるような公園とかだろうか。
あたしの場合は日本の記憶が発生して、おみやげの確保を考え始めるかも知れないけれど。
でも王都のおみやげっていうのはいい視点な気がするな。
そこまで考えていると、アイリスからの説明をエルヴィスが整理してメモを取っている。
「はい、『王都の歴史的な建造物や、名物料理の案内、王都で人気の景観などを案内する情報』ね。メモしたよ」
「あ、それに『おみやげの情報』もあってもいいかもです」
「はーい」
そうしてあたし達は課題になりそうな話を整理していった。
メモを取っていたエルヴィスは、自分も課題として考えていたことを告げた。
「女の子たちと歩いていて思ったのだけれど、『聖地案内人』に参加する生徒のやる気を引き出す仕組みは欲しいかなって思うよ」
『あー』
あたしを含めて、みんなも盲点だったようだ。
エルヴィスの指摘に感心するような声を上げる。
「それは確かに大切ですね。報告書を出すことになっているし、そこで記録されていた巡礼客からの感謝の声を公表出来たら、やる気に繋がりませんかね」
「いいねえウィンちゃん。それもメモしておくよ」
「やる気……、モチベーション……、うん。他の生徒を褒める仕組みがあってもいいと思うけど、学院、いや、自分の学校じゃなくて他の学校の生徒を褒める仕組みならいけるのか……」
ジェイクがなにやら呟いているけれど、エルヴィスはそれもメモしているようだ。
他にはニッキーから「生徒を表彰する仕組みが欲しいわ」という意見が上がった。
参加生徒のやる気に繋がる話が出た後は、あたしが話題を変える。
「キャリルとも話していたんですけど、生徒の安全に関することを幾つか考えてたんです」
そう言ってキャリルの方を見ると、彼女が頷く。
安全という言葉で、みんなの表情もすこしだけ引き締まった気がする。
「ええ、そうですわね。今回離れたところから護衛を行ったのですが、目で見て直感的に『聖地案内人』と分かるような共通装備は欲しかったですわ」
「帽子でも腕章でもいいけど、護衛対象って直ぐに分かるようにしておくと確認がラクになるし、少しは安心かなって思ったの」
あたしとキャリルの言葉にみんなも納得するような表情を浮かべる。
じっさい、パッと見で人混みの中で護衛対象を区別できるようにしておいた方が、衛兵などの護衛担当者がラクになるだろう。
「そう、ラクこそ正義なので、あたしとしては『共通装備』は提案したいです」
今回のあたしの言葉には、みんなも同意したのか微笑んでくれた。
「他には安全に関わる話で、今回もいましたけど街の情報屋の目が気になりました」
『情報屋 (にゃ)?』
あたしとキャリルが護衛の途中で見かけた、情報屋らしき連中の話をした。
するとみんなは呆れたような困り顔を浮かべる。
「王都の裏社会には、『子どもを狙わない』という暗黙のルールがあります。ですが、子供の情報を使って、その保護者に金銭的な被害を与える場合もあるかも知れません」
「それは極論だが、絶対に無いとは言えないな」
あたしの言葉にカールが表情を曇らせる。
でも今は課題の洗い出しなので、対策までは考えなくていいだろう。
それを指摘するとエルヴィスがメモを取った。
カールやエルヴィスの様子を伺いながら、ニッキーが口を開く。
「生徒の安全か……。あとは宗教的な文化の違いからのトラブルとか、あんまり考えられないけど言葉が通じない地域からの巡礼者への対応とかもあるかしらね」
「言葉が通じない地域って、どの辺りなんですか?」
ニッキーの指摘に思わずあたしが訊くと、直ぐに教えてくれた。
「ディンラント王家と親戚関係がある為政者が治める国と共和国は、方言の違いはあるけど何とかなるわ。でも共和国の北側とか南側にある国は、個別の言語を保っているところもあるみたい」
「言葉の問題に関しては、普段の仕事から衛兵の皆さんがノウハウを持っていると思いますわ」
『あー』
キャリルの指摘で、改めてあたし達は解決策をいま考える必要は無いと思い至った。
『聖地案内人』の課題になりそうなことはおおよそ洗い出せたとおもう。
時間的にもお昼時になってきているし、あたし達は解散することになった。
エルヴィスは予定通り追っかけの女子たちと昼食を取るとのことだったけれど、どうやら彼女たちからジェイクも誘われていたようだ。
二人はあたし達に手を振って商業地区の雑踏に消えた。
「それで、みんなはどうする? 僕はこれから近くの店で食事を取るが」
「どんなお店なんですかカール先輩?」
王都出身のカールが行くような店なら、ハズレということは無いだろう。
ここで話を訊いておいて損は無い気がした。
「夜は酒場になる店だが、昼はランチを出している。個人的にはお勧めの店だ」
「王都ではけっこーあるにゃ。この辺りだとどの店にゃ?」
「エリーは知ってるだろう。『幸運の矢』だよ」
「むむっ、それだと“白身魚と根菜のクリームポットパイ”にゃ?」
何やらエリーからとても食欲を呼び起こすような単語を聞いてしまった気がする。
「はいっ!! あたしもその店に行きますっ!!」
その様子にカールとエリーは笑顔を浮かべる、
「結構広い店だし、客がごった返して入れないようなことも無いとおもう。良かったらみんなで行かないか?」
『賛成 (ですの)(にゃー)!』
そうしてあたし達のお昼は、ポットパイを頂くことになった。
ニッキー イメージ画 (aipictors使用)
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