01.意味深なセリフじゃ動かねえ
今日は闇曜日で休日ということもあり、あたしは風紀委員会のみんなと王都中央部の商業地区を訪ねていた。
今週の風紀委員会の打合せでリー先生から、『聖地案内人』を今後実施すると告げられた。
学生が主体に、王都への巡礼客を支援する活動であるそうだ。
ついでに情報収集も兼ねているらしいけれども。
その『聖地案内人』の下調べで、いまの商業地区がどんな雰囲気なのかをみんなで確認してみようということになった。
だがその途中で、妙な集団が現れる。
エルヴィスの追っかけの女子たち数名で、約半分が学院ではなくブライアーズ学園の女子生徒たちだった。
相談した結果、彼女たちを集め風紀委員会のメンバーとは別立てで散策をすることになった。
その引率兼護衛をエルヴィスとジェイクに任せ、念のためあたしとキャリルが気配を消して護衛することになった。
そしてキャリルが参加している時点で、彼女の護衛であるティルグレース伯爵家の“庭師”も同行している。
「実際の『聖地案内人』に近い形になった気がしますわね」
そう言いながら手にしたデッキブラシを肩に担ぎ、あたしの傍らでキャリルが足元を進むエルヴィス達の集団を眺めている。
「確かにね。こうして見ると、ちょっと気になることは出てくるかしら」
「気になることですの?」
「うん。まあ、後でね」
あたし達はダンジョン探索のときと同レベルで気配を消している。
だからべつに、商業地区にある建物の屋根に上って、そこを移動して護衛することは問題は無いだろう。
ただキャリルは伯爵家の令嬢なんだよな。
今更ではあるけれど、屋根の上から護衛に当たるのは貴族家令嬢には妥当なんだろうか。
こういう状況を想定していたわけでは無いだろうけれど、彼女はあたしと似たような格好をしている。
具体的には上は冒険者が着るような、厚めの生地でポケットが多めになっているシャツだ。
下はスカートにレギンスを合わせてブーツを履いている。
その上から魔獣革素材のコートを着込んでおり、知らない人が見れば冒険者だろうと判断する服装になっている。
もっとも商業地区の街のなかで、貴族家の令嬢と分かるような格好をしていても問題ではある。
手にしているのがデッキブラシなので、駆け出しの冒険者が清掃の依頼の途中なのだと言っても成り立つだろうか。
【洗浄】をケチってデッキブラシとか、どれだけの範囲を掃除する依頼なのかって話にはなるけれども。
その後、あたし達はエルヴィス一行の護衛を続けた。
ジェイクは同行するのに不安そうにしていたけれども、すっかりエルヴィスの追っかけの女子たちに気に入られたのか、彼女たちと無難そうな様子で話し込んでいた。
まあ、ジェイクは時々マニアックな心理面での分析をするような言動はあるけど、基本的には穏やかな性格だ。
彼女たちと接してカドが立つようなことは無いだろう。
時おりエルヴィス達を観察するような気配を周囲から感じるけれども、あたし達の方から確認する限りでは情報屋の類いのようだった。
連中は無害だとは思うけれども、いざ『聖地案内人』の本番になって情報屋が食いつくような学生がいる時は、どう対処したらいいものなんだろうな。
あたしはそんなことを考えていた。
冒険者ギルドの会議室では、デイブが話をしていた。
室内には副支部長のレイチェルの他に、支部長のオーロン・フックが同席している。
仕事の話だということでレイチェルから呼び出されたデイブだったが、オーロンが同席している時点で疲労度が増していた。
彼は支部長を務めるだけあって冒険者のランクはS+だ。
それもS++に近い方の人物で、芯炬という二つ名がある。
若い頃から竜芯流と蒼蛇流を使いこなして魔獣を狩り続けてきた、王国の生ける伝説の一人だ。
だが今デイブの前に居るのは中肉中背の中年男性で、ギルドの身内しか居ないこの部屋の中ではゆるみ切った表情で席に座っていた。
知らない者が見れば職業不詳のうさん臭いオヤジであり、いいところ花街の客引きと判断されてもおかしくない雰囲気がある。
なにせ、オーロンの二つ名や支部長という肩書で会うのを楽しみにしていた冒険者が、『会ってガッカリした』と苦笑するまでがお約束の人物だ。
もっとも、そう評した新米冒険者とタメ口で世間話を始め、どんな相手にもスッと懐に入り仲良くなってしまう手並みはある。
そういう隙の無さであるとか独自の奇妙で広範囲にわたる人脈、どんな時でも保たれる自然体に隠された武の気配などがある。
それらに気付いてしまえば支部長として他にない人物だ。
だがデイブとしては、マホロバ人が言うところの『昼行燈』とはオーロンのことだろうと秘かに確信していた。
「――それで、結局のところはいま脅威がある訳じゃあ無いわ。王宮として月輪旅団を指名してきているけれども、具体性の部分を根拠にすれば断ることは出来るわね」
レイチェルが説明しているのは、月輪旅団への指名依頼だ。
依頼の内容は要人や研究者などの、普段戦闘を生業としない者の護衛である。
「いや、その件は確かに気になる部分はある。王都地下に眠っているかも知れない古代遺跡の開封だろ? 防衛機構が発動した日には、一番危険なのは開けた連中だ」
その中にはウィンが含まれていることは、レイチェルからの説明の途中で気づいていた。
デイブが以前ウィンを交えてライゾウから聞いていた話に重なる部分が多い。
恐らくウィンとパーティーを汲んでいるという第三王子が手をまわして、指名依頼を出してきたとデイブは判断する。
王家が主体になる調査なら光竜騎士団が警護に当たる。
その場合は月輪旅団が噛む余地はない。
だが冒険者としての知見や実績を高いレベルで有する傭兵団ということで、王宮が月輪旅団を指名してきた。
「それじゃあ受けるのかしら?」
「ああ、それでいい。条件はまたうちの奴らと向こうさんで詰めさせてもらうが、大枠はいま聞いた内容で依頼を受けさせてもらう」
「分かったわ。オーロン、何かある?」
「特に無いねえ。デイブのやることで俺が心配するようなことは無いからさ」
よく言うぜ、とデイブは反射的に口に出しそうになる。
そもそもこの場にいる時点で何か意図があることは確実だ。
ギルドの建物内に居る必要があって、仕事をしているフリをしなければいけないけれど、面倒なことはやりたくないからここで時間を潰している。
そういう可能性もオーロンの場合は否定できないのが、玉に瑕ではあるが。
「ところで何でオーロンが居るんだ? ここまでの話ならレイチェルに任せれば済みそうだし、その方が時間が出来るんじゃねえの?」
デイブはオーロンに対し、言外に邪魔だというイヤミを込めて告げる。
それに対し彼は特に動じることも無い。
「え? そうだなあ。オッサンとしちゃあレイチェルにぜんぶ任せることも考えたんだが、念のためデイブと顔つなぎしてこうかと思ってな」
その言い分にデイブは溜息をつく。
「顔つなぎって……。今更つながなくても、悪夢に出てきそうな顔なのは良く知ってるぜ」
「容赦ねえなデイブ。ちょびっと傷つくぜ」
だが言葉の割にはオーロンはケロリとした表情を浮かべている。
その様子を目にして、疲労感を増しつつデイブが告げる。
「おいオッサン、たまには本音で話してもいいんじゃねえか? わざわざあんたが時間を使ってるんだしよ」
「本音ねえ……」
デイブの言葉にオーロンは怪しげな笑みを浮かべる。
こうして見ると本当にうさん臭そうな男だなとデイブは思う。
「デイブ、『聖地案内人』の話は聞いてるか?」
「いや。まだだな」
「ふーん、そうか。それなら取り急ぎ、おまえんとこの八重睡蓮に確認しとけばいいさ。――レイチェル、頼む」
オーロンはそこまで告げて黙り込む。
ウィンの二つ名が出てきたことで、デイブの頭には複数の可能性が過ぎった。
そしてレイチェルからは、王宮が主導して王都にある四つの学校を使った『聖地案内人』という仕組みを運用する話を簡単に説明される。
「――ということで、各学校と学生と王宮のそれぞれにメリットがある仕掛けが動き始めています」
「なるほど、要するに王国がやりたいことは情報集めか」
「ま、そうなんだけどさ、それに関連して月輪旅団にガキ共の護衛に加わって欲しいって打診も来てる」
酒場でおすすめのつまみの話をする時と変わらないような表情で、オーロンが告げる。
デイブとしては見え見えのツッコミ待ちの話だ。
ここでオーロンへと興味を示したら、場合によっては痛い目に遭うのは過去に経験済みだったりする。
「うちがやる理由は?」
「王族やら貴族家の子息令嬢が参加するから、身元が確かで連携が上手くて隙が無いのを使いたいらしい」
「そんなのだったらもっと貴族家向けのクランなりがあるだろ。うちは王家のお抱えの傭兵団じゃあねえんですけどね」
そう言ってデイブは自身が相談役として把握している情報から、貴族家の出身者で構成される冒険者のクランの名をいくつか挙げてみせた。
「――つうことで、あんましまだるっこしいことを言うようなら、ギルドを噛まさずに動くけどいいか? オッサン?」
デイブの言葉にオーロンはあからさまにイヤそうな顔を浮かべた。
「ああ、デイブもヒネちゃってまあ、弄り甲斐がねえなあ」
「捻くれ具合はオッサンの完勝だろ。何を気にしてるんだ?」
「んー……。オッサンとしちゃあ確証が無いのよ、今はなにも」
「もし勘とか言い出しても、意味深なセリフじゃ動かねえぜ」
そう言ってデイブは視線に圧を込める。
オーロンはしばらくデイブの様子を観察したあと、長い溜息をついた。
「ええとだな、王宮が『聖地案内人』の仕組みで集めた情報は、六割七割くらいを暗部の本部でやると睨んでるんだわ」
「ふーん、貧民街にある本部か。普通はうちでも入れねえな」
「イヤミにしか聞こえねえぞデイブ、お前さんや嫁なんかは個人で行けるだろ。うーんと……、ともあれ、『聖地案内人』の情報分析に噛ませてもらうって条件で、ガキ共の護衛のオブザーバーあたりに落とし込もうと思ってんだわ」
デイブとしては、ずい分回りくどい手段をとるように感じる。
正面から王国の情報収集に参加させる手立てを、オーロンが用意する件について。
「いい加減話せよ。何を追ってるんだオーロン?」
「言えねえし、暗部も把握してるか怪しい。そういうの好きだろデイブ?」
「…………」
デイブの無言の圧力に、オーロンが観念した表情を浮かべた。
「わーかった、他では言うなよ。王都の拡張絡みで気になる動きがある」
「具体的には?」
「いまはカネの流れだが、いずれは他にも動きが出るだろう。暗部の情報分析に、ギルドとしても噛んでおきたいのよ」
オーロンがこう言っている以上、王国の動向に関わる話がどこかで進行していることをデイブは想像してしまった。
「――気が進まねえが、そういう話なら受けさせてもらう。だが情報の優先権は月輪旅団でいいんだな?」
「それでいい、お漏らしをするよりはずっといい」
そう言ってオーロンは表情を引き締める。
それを見ていたデイブもまた表情を引き締める。
「ああ、確かにお漏らしはイヤだよな」
二人のやり取りを黙って見ていたレイチェルだったが、そこまで話が及んだところで自身の額を押さえていた。
デイブ イメージ画 (aipictors使用)
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