12.追いかけてきたんです
学院の生徒で非公認サークルの『美少年を愛でる会』のメンバーなら、名前は分からなくても顔は何となく覚えている。
といっても以前丸刈り事件のときに、玉ねぎ剥き作戦で対処した女子生徒に限られるけれど。
目の前に現れた私服姿の女子五名は、あたしの記憶の中には含まれない人たちだ。
「おはようみんな」
『おはようございまーす』
「もしかして、君たちは初めて会う子たちかな?」
「あ、はい、私たちはブライアーズ学園の生徒です!」
一人が声を上げたけれど、学園の生徒だったか。
というか、他校の女子が攻めて――もとい、エルヴィスに会いに来たのだろうか。
エルヴィスは挨拶の後に彼女たちと会話を始めた。
そうしている間に、もう一組の女子四名が現れた。
四人組の方は何となく顔に見覚えがある気がする。
「キミたちもおはよう」
『おはようございまーす』
「うん、みんなはこの前お茶会に誘ってくれた子たちだね。覚えているよ」
そう言ってエルヴィスが笑顔を浮かべると、後から来た四人組は頬を赤くする。
それを見た五人組が不満げな表情を浮かべていた。
だがそこはエルヴィスである。
彼のイケメンスキルがパッシブスキルとして発動したのか、五人組に視線を移す。
「だいじょうぶ、彼女たちは友達なんだ。キミたちも友達になってくれたらボクは嬉しいよ」
そう言ってエルヴィスが爽やかな笑顔を五人組に浮かべた。
「尊い……」
五人組のうちの一人の子が、呻くようにそう呟いた。
エルヴィスは四人組の方に視線を移す。
「それでキミたちはどうしたんだい?」
「私たちはこの辺りを散策していたら、エルヴィス君を見かけて追いかけてきたんです」
四人組の一人がそう言って微笑む。
だがあたしの『影客』のスキル『影拍子』が、それをウソだと告げている。
でも悪意とかは感じないので、見栄とかそういう感じで話してる感じなのかな。
「ええと、私たちは学園の『美男子研究会』の部員なんです。学院の友だちから、エルヴィスさんが今日の朝、私服で商業地区を散策するって聞いたんです」
『美男子研究会 (ですの)(にゃ)?』
どういう情報網だそれは。
彼女たちの所属する部活も気になる名前だな。
「『美男子研究会』は同好会とかじゃなくて、学園に登録している正式な部活です」
「美男子を美男子たらしめている要素について、研究するんです」
『へー……』
ホントに自由だなブライアーズ学園は。
自由な校風とは知っていたけれども。
「聞いたことがあるにゃー。商業活動で活かせる情報を収集するのを、公けの目的としているって話にゃ」
「なるほど、商業活動の視点か。なかなかインテリジェンスを感じるね」
エリーとジェイクがそう言って頷くと、五人組の女子たちは嬉しそうな表情を浮かべていた。
「話は分かったよ。それでこの後なんだけれど、キミたちが良かったら少しだけ協力してほしいんだ?」
『協力?』
「うん、実はいまボクは仲間と商業地区の辺りの散策をしていてね。街を観察するのに目が多くなるのは助かるのさ」
『おお~!!』
エルヴィスの説明で彼と街歩きが出来ると知ったエルヴィスの追っかけの女子たちは、いきなりテンションが上昇したようだ。
だが――
「そのまえにエルヴィスさん、ひとつハッキリさせておきたいことがあるんです!」
なにやら真面目な表情を浮かべて、『美男子研究会』の女子の一人が声を上げる。
「どうしたんだい?」
「そこの女! 彼女はエルヴィスさんにとってどういう子なんですか?!」
別の女子がそう言ってあたしを指さした。
それと同時に『美男子研究会』の五人組は、あたしに敵意を向け始めたようだ。
さて、これはあたしが対処しなきゃならないのでしょうか。
さっきエルヴィスと握手しちゃったしなあ。
そんなことを考えつつ彼女たちから視線を移すけれど、風紀委員会のみんなは何やら苦笑している。
さらに視線を移すと、『美少年を愛でる会』の四人組が顔色を悪くして首を横に振っている。
そのうちの一人はなにやら魔獣の類いを見るような目をして、怯えた視線をあたしに向けている。
どんだけ恐れられてるんだあたしは。
思わず困った表情を浮かべると、その顔が気に入らなかったらしく畳みかけるように五人組が口を開く。
「ちょっと! あなたのことを言ってるのよ!」
「少しは真面目な顔をしなさいよ!」
「もしかして私たちを甘く見てるの?」
「大体初対面の人間にそんな視線を浮かべるなんてどうなのよ?」
「そもそもあなたは――え?」
まるでリレーするようにあたしに何やら主張し始めた彼女たちだったが、そこで動きがあった。
それまで顔色を悪くしていた四人組の方が、五人組の背後から肩を掴み耳元で舌打ちする。
「いろいろ気になることは――――」
「いまはとにかく落ち着いてちょうだい――――」
「あの子はとにかく関わったらマズいから――――」
「新聞くらい読むでしょ? 彼女は――――」
あ、最後の一人が余計なことを言い始めた気がする。
そう思った矢先に五人組が凍り付く。
つい先ほどまで彼女たちの表情は、やや興奮気味で紅潮していたような感じだった。
それがいまはそれと分かるほどに、急速に青白い顔になって行く。
そしてギギギギギっとさび付いた機械がゆっくりと動くような動作で、彼女たちはあたしに視線を向け、同じ言葉を呟いた。
『――斬撃の乙女……ッ?』
こういう時には、どういう対処をしたらいいものなんだろう。
そう思いつつ、まずは挨拶だろうと思って努めて穏やかに声を出す。
「どうも、おはようございます」
『お、おはようございます』
五人組の彼女たちはそう応えたあとにごくんと唾をのみ、血の気が引いた顔をしてその場で固まってしまった。
どうしようこれ。
それでも五人組の一連の反応を見ていたのだろう、直ぐにエルヴィスが口を開く。
「だいじょうぶ、彼女は心配ないよ。キミたちの敵じゃあ無いんだ。彼女はウィンという子で、風紀委員会の仲間でボクの家の恩人なんだ」
あたしはエルヴィスからの紹介に乗ることにした。
「あたしはウィン・ヒースアイルといいます。エルヴィス先輩の風紀委員会での後輩で仲間です。よろしくおねがいします」
そう告げてから出来るだけよそ行きの感じで穏やかに微笑み、あたしは略式のカーテシーをしてみせた。
あたしの所作とエルヴィスの言葉で、五人組の彼女たちは落ち着きを取り戻したようだった。
ちなみにその後ろでは四人組の女子たちが、ホッとしたような顔を浮かべてため息をついていた。
反応が微妙にひっかかるけれど、いまは気にしないことにする。
その後は事前に打ち合せていた通り、エルヴィスとジェイクが護衛役で同行して、エルヴィスの追っかけの女の子たちと商業地区を散策することになった。
ジェイクは当初は緊張した面持ちだったけれど、女の子たちがジェイクに気軽に話しかけていたりするのが目に入る。
エルヴィスの目もあるし、追っかけの子たちはジェイクを含めて互いに仲間だと思うことにしたのだろう。
彼女たちからはあたしに対して警戒というか、もっと言えば怯えているような視線を感じたから、その反動もあるのだろうかと考えたりもする。
「それじゃあエルヴィス君、ジェイク君、気を付けて。彼女たちを頼む」
「分かりました、彼女たちはボクが護ります」
カールにそう応えたあとエルヴィスはジェイクと頷き合い、追っかけの子たちに向き合う。
「それじゃあみんな、少しの間だけど商業地区で気になることが無いか、見て回りたいんだ。よろしくね」
『はーい!!』
女の子たちが力強くエルヴィスに返事をするころには、あたしのことは彼女たちの意識から忘れ去られていたようだった。
エルヴィスは直後にあたしとキャリルへとアイコンタクトをしてきたので、あたし達三人は頷き合う。
そうしてエルヴィス達が歩き始めるのを、あたしとキャリルは見送った。
彼らを見送りながらキャリルは手をパンパンパンと三回叩く。
するといつも彼女の護衛として見かけるティルグレース伯爵家の“庭師”の男女が、あたし達の傍らに現れた。
「これよりわたくし達はあの女子生徒の集団を陰から見守り、護衛を行います」
「「承知いたしましたお嬢さま」」
一切の物言いも疑問も当惑も無く、“庭師”の二人は了承を告げてその場に気配を消した。
気配の消し方は月輪旅団程ではないけれど、学院に普段から展開している暗部の人たちよりも数段上手い気がする。
「それじゃあ行きましょうかウィン」
「ええ、――それじゃあ、あたし達もエルヴィス先輩たちを追いますね」
あたし達の様子をうかがっていたカール達がこちらに頷く。
ふとエリーやアイリスが、キャリルに苦笑いを浮かべているのに気づく。
視線を向けると、彼女はその手にデッキブラシを握りしめていた。
いつの間に出したんだろう。
「まあいいか。行きましょうキャリル」
「そうしましょうウィン」
あたしとキャリルはダンジョンで移動するとき程度に気配を消し、身体強化を発動してその場から離れた。
キャリル イメージ画 (aipictors使用)
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